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七星天道図鑑
七星天道図鑑へようこそ

七星天道(ななほしてんとう)図鑑


テントウムシの眼写真集

私は「京都写楽苦会」会員の七星天道、視覚に大きな障害があります。
私にとって自分から皆さんに近づいていける強力なツールがインターネットだと思ってます。今は色々な音声ソフトも開発されてきており、障害を越えてインターネットも日常的な楽しみになりつつあるようです。実は写真を撮ったりすることも可能なのです。
インターネット写真塾に会員として参加していたらチーム新切(しんぎれ)さんが「京都写楽苦会」(きょうとしゃらくかい)のホームページから七星天道の独立したサイトに作りかえてくれました。
今は、色んな面で配慮していただいてることに甘えてます。
どうぞ「七星天道図鑑(ななほしてんとうずかん)」で検索・閲覧してください。スマートフォンでも楽しめます。(補記)平成31年3月にこちらのアドレスに移行しました。令和3年2月21日に再開しました。26.6.27F

七星天道図鑑のご愛読ありがとうございます。

目次(クリックでジャンプします)
最近の項目最近の項目
「天平の世から」(R2.2.1追加)
「手作りしましょう」(R2.2.5追加)
「春先小花」(R2.2.5追加)
「冬鳥の住処」(R2.2.5追加)
「優しい川達/春夏秋冬」(R2.2.6追加)
「私の女子会」(R2.2.7追加)
「千の風」(R2.2.10追加)
「ようこそ東京に」(R2.2.11追加)
「旅でもしようか・・・・」(R2.2.15追加)
「明日があるさ・明日が有る!」(R2.2.16追加)
「思い出のアルバム」(R2.2.20追加)
「青春に乾杯」(R2.2.22追加)
「子猫と遊んで三寒四温」(R2.2.27追加)
「春ヨ来い、早く来い!」(R2.3.1追加)
「春の足音」(R2.3.5追加)
「春なのに・・・?」(R2.3.5追加)
「お日様色が一杯」(R2.3.13追加)
「花は咲く!花は咲く!」(R2.3.13追加)
「桃色椿に雪が舞う」(R2.3.17追加)
「時には小鳥に成って何処までも?何処までも?」(R2.3.19追加)
「花言葉は思いやり」(R2.3.27追加)
「大正琴の優しい音色」(R2.4.3追加)
「明日の希望」(R2.4.15追加)
「若葉の頃」(R2.4.15追加)
「東海道走れ走れ」(R2.4.28追加)
「途方に暮れて山桜」(R2.4.30追加)
「触れ合い」(R2.5.16追加)
「森林浴」(R2.6.22追加)
「巡る季節」(R2.7.2追加)
「デーゲームでついホッコホコ」(R2.7.5追加)
「やっぱり気に成る都知事選」(R2.7.7追加)
「春を待つ冬の蜂の巣」(R3.2.21追加)追加しました
「囀りに誘われて」(R3.2.27追加)追加しました
「明日に繋げ」(R3.3.6追加)追加しました
「エメラルドグリーンで入社式」(R3.3.31追加)追加しました
「七色の風のリボン」(R3.4.5追加)追加しました
「風踊る新学期」(R3.4.12追加)追加しました
「唸る天気に芽吹く新芽」(R3.4.18追加)追加しました
「産まれて来たんだね?光ってもみじ」(R3.4.20追加)追加しました
「心の旅」(R3.4.26追加)追加しました
「歌おうよ?ドレミの歌」(R3.5.7追加)追加しました
「今が旬紫色」(R3.5.9追加)追加しました
「件名は!母の日おめでとう」(R3.5.10追加)追加しました
「遠き日の思い出の手作り鯉のぼり」(R3.5.11追加)追加しました
「アカシアが咲いたよ!子猫も一緒」(R3.5.12追加)追加しました
「ドイツアイリスは虹越えて」(R3.5.14追加)追加しました
「爽やかな朝の芽吹き」(R3.5.14追加)追加しました
「結婚しようよ?6月の花嫁さん」(R3.5.16追加)追加しました
「小鳥歌って川は流れる」(R3.5.16追加)追加しました
「公園のどよめき」(R3.5.29追加)追加しました
「太陽が一杯」(R3.6.2追加)追加しました
「不思議の世界に行きませんか?」(R3.6.2追加)追加しました
「紫陽花花暦」(R3.6.10追加)追加しました
「お茶目な妖精」(R3.6.13追加)追加しました
「季節巡って淡々と」(R3.6.15追加)追加しました
「芳し梅の実」(R3.6.17追加)追加しました
「松の緑」(R3.6.19追加)追加しました
「そろそろ収穫ジャガタライモ」(R3.6.21追加)追加しました
「行ってみようよ立葵の花まで」(R3.6.23追加)追加しました
「ジャブジャブ雨降り」(R3.6.27追加)追加しました
「瞼の睡蓮」(R3.6.27追加)追加しました
「私の家は昔ながらの洋食屋さん」(R3.6.30追加)追加しました
「幸せ紡いでパッチワーク」(R3.7.4追加)追加しました
「お陰様ですデージー図書」(R3.7.7追加)追加しました
「愛しき赤いリボンの名札は私だけ?」(R3.7.11追加)追加しました
「夢と終着駅」(R3.7.18追加)追加しました
「パラリンピックに大声援!」(R3.9.3追加)追加しました
「貴方は頭の体操何してる?」(R3.9.5追加)追加しました

題「貴方は頭の体操何してる?」


貴方は頭の体操何してる?

時々今日は何日だったかな?と訪ねてる私なのです何曜日鴨ついでにね。助けに成るのはラジオです。そうでした、デーサービスに通っていた時に聞かれるのはみなさんにですがこの時はデーサービスに行く日が決まっているのでわかるのです。すこしおしゃれもして楽しみにしているからです。あれからもう何年が過ぎたのか分かりません。大きく新しく成って家の近くに建て替えられた私が通ってお世話に成っていたそのデーサービスの事業所です。この間二人で行ってきたのです。この間と言ってももうはや1年前にも成るのかも知れません。増えていくコロナ患者の為に懐かしい署長さんや従業員のみなさんにも会えないでいるのです。新しく契約の為にも行こうと思いながらですが、何しろ密避けなければいけないのです。仕方なく病院通いはしているのですが、この間久しぶりに行った時には、おやつ御馳走になったのですが、みなさんマスクは無しです。両方の御隣の方も密でお話しもして少し心配しながらの手作りの、ゼリーいただいたのです。ドーナッツが老人施設にもお元気なヘルパーさんや施設の人達は柔らかくて美味しくてといいおやつだとおもうようです、昔は病人のお見舞いに卵も持って行ったものです。でも問題にも成りましたが、病院でも看護師さんに食べさせて頂いている患者さんは水もお茶も喉につまらせるのです。私も水分とるときは口の中で1度噛むようにしてから飲み込みます。時々夫もアー又やってしまったとのどつまらせて、肺いに間違えて誤飲してしまいそうに成るのです。これは年老いたらある程度は仕方が無いのです。だから注意です。家族が施設に入れる時にはおやつはどんな物出しているのか聞く方がいいですね。看護師さんが病院なら背中トントンしています。今は特に救急車も来られないのです。私は背中叩いてあげられないよ気をつけてねと言うのです。物忘れも多く成りました。物忘れ外来というのが私が通っている病院の、脳神経内科に有るのです。初診はキチンと診てもらったほうがいいのです。警察所で免許更新の為に今年からのようですが、警察所で認知症の検査が有ってセーフ90点以上だったようです。それから次には教習場に行ってやっと終了。後3年は運転出来るとほっとしているのです。運転も脳の為にも良さそうです。私は今は少しの体操や、歌うたっていたり、お話ししたり、文章書いたり、ラジオ聞いたり本当はリスナーに成ってラジオネームで登校すればいいのですが、今ラジオネーム考え中です。みなさん楽しいラジオネーム考えておられるのです。よく耳にするラジオネームも有るのです。私は今の処短歌も作ってみたいと思っているのです。ラジオ深夜便で短歌の時間も有るのです。啄木も、斎藤茂吉もそういえば点字で打ったのでした。介護短歌というのも聞きますが、その反対、患者短歌慰めに成るかも知れないです。どうしてもたまっていく気持ちの変化も有るのです。今夢中に聞いているデージー図書の作家は、水上勉作品ですが、水上勉ハチマキしめて、題材に成るのは、恨みに思った人、子供の頃ならいじめられた人や少し人には言えない話ですがそういう昔の人が題材に成っているようです。貧しい家に産まれて、金閣炎上、越前竹人形、水俣病描いた殺人。海と牙。雁の寺。飢餓海峡。良寛。一休。故郷。まだまだ有りそうです。遠い昔にテレビで見たのは、越前竹人形だったのです。何か不思議な気持ちで見たのです。人は何かに心の悼みや後悔を拭うために何かをするのかも知れないです。エネルギーに成るのかも知れないです。生きていく為の前向きに行く為の、短歌や、小節や、歌なのかも知れないです。どちらにしても今は特に日々大切に周りの人達思って自分自身もいためないで、静かにお休みともうしっかり布団被って寝られる事に感謝しても、デージー図書読んでくれる人達には眠れぬ夜に感謝です。藤沢周平も、大勢の読み手の人達に頭の体操頼りなのです。今夜は何のメニューにしようか?これも頭の体操に成るようです。ても水仕事はいいのです。又ドライイーストで作りたいパンです。ヘルパーさんに色々やって来たんだねと言われたのです。本当にそうでした。明日からも前向きです。青春歌謡も、童謡も歌うのです、パソコンでも聞くのです。梶光男の、青春のの城下町が大好きなのです。淡い初恋の歌なのです。海外では、クリフリチャードの曲リンクポケットにもパソコンにもバックアップしているのです。懐かしい若い頃です。日本の一番長い日、8月14日のシネマデージーも聞いたのです。思えば、たったの76年前の事なのです。私の頭の体操は今はデージー図書聞く事が一番の良薬に成ってくれているようです。2021年9月5日    (我が家の百合の写真です)     

  

不整脈 上限下限 身は痺れ 深海に吾 沈み行くかな

     

       

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題「パラリンピックに大声援!」


パラリンピックに大声援!

ラジオで楽しいのはパラリンピックの水泳です。大声あげて応援するのです。アナウンサーも大忙しの声張り上げています。解説者も、行け行けと力が入るのです。特に知的障害の選手達はここまで来るのにどのくらい頑張ったのでしょう。視覚障碍者達もそうです。頑張りましたよ。母親になったつもりでとても嬉しい感動と喜びくれたのです。くやしいよという選手もいました正直ですね。私も歩ける時に温水プールに通っていた時が有ったのです。勿論夫が付き添いです。水着もいろいろ揃えてスイスイ泳いだり。歩いたりしたのです。歩いている人が多かったですね。お願いしてもいないのに教えてくれるおじさんもいたのです。夜に行くのです。その時に有る事が起きたのです。何処かの施設の子供達が来ているのです。昔は家の土蔵に閉じ込めていた話も聞きますが、家の庭に小屋立ててそこに住まわせていたそしてその子が亡くなったという事件も有ったのです。その家庭に入れば仕方なく愛情もあれば施設には入れられないという事も有るのでしょう。相模原の事件も思い出します。閉じ籠りも驚く程に多いのです。さて我が家の事ならどうするでしょう。私が通っていたプールではみなさんがプールサイドに上がってしまうのです、みてはいられないからでした。お母さん達は高い窓から見ているのです。パラリンピックの選手にでもするのでしょうか。先生が子供達の顔叩いたりつねったりするのです。みてはいられません。泳いではいられません、歩いてはいられません。みんなじっと見ていてなに思っていたのでしょう。何度か一緒に成ったのです。パラリンピックの選手達は愛情こめて、知的障害の人も、視覚障害の人もここに来るまではどんなに努力して残されたちからを日々監督や、コーチの言う事守って努力してきたのでしょう。つい大きな声で応援です。イケイケと興奮気味の、解説者です、私も興奮してしまいましたと言いましたよ。アナウンサーは大忙しのアナウンスです。今夜も楽しみなのです。パソコンで映画みている夫は、私の大声にも知らん顔です。映画や、キャンプのuチューブが楽しいようです。でも夫はイヤホーンつけているので聞こえないのですが、斜め背中合わせのパソコンと、ラジオの時間なのです。冷たい雨が降っているようです。何か音がしているぞという夫に何もきこえないよという私です。庭に出て見たようです。雨が結構降っていたようなのです。携帯も私は、チャクメロが音が小さくて聞こえにくいのです。だれだれさんから電話ですとは設定しているのですが、こうして書いたり、聞いたりしていたら聞こえないのです。秋には障碍者の運動会も有ったのです。今のコロナ禍では開かれてはい無い筈ですが、私はヘルパーさんと参加したのです。玉入れと、体操と、パン杭競争です。ヘルパーさんに車椅子押してもらっての参加です。1回だけでした。視覚障碍者には参加できにくいのです。走ったり、楽しんでいましたよ。チアリーダーも来て賑やかに飾ってくれていたようです。ボーイスカウトもお手伝いのようです。視覚障碍者の子供にはなにが出来るのか親が早くから見抜いて無理に出なく道つけしてやることが必要な気がします。知的障碍者の子どもたちにも力も有るのです。今回で感じた事は、オリンピックも個人の力で区分します。それと同じでタイム競うのなら障害が有っても無くても同じだなと思ったのです。水泳なんかはとくにそうです。バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形、視覚障害の選手は平等に成るようにブラインドにする事が必要ですが、いつか近いうちには、パラリンピックも分けることも無く足りないところ与えれば区別も差別も無いオリンピックに成ると思うのです。コロナ禍での中での1年おくれの開催がなにか残してくれたのです。子供達にも差別の無いスポーツから学んでくれた気がするのです。日本で閉じ籠りでテレビ見て、ラジオ聞いて応援した子供達も多かったのだと思うと日本での開催が残した宝と成ってくれる事祈るのです。 2021年9月3日    (鬼百合の写真です)      

  

秋雨や 我が家包んで のあの箱

     

       

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題「夢と終着駅」


夢と終着駅

驚きです。AIが入社試験員に成って遠隔で入社試験が行われるようなのです。個性見抜けるのでしょうか。どうなっているのか説明受けてもなかなか理解出来ないのです。ここまで来たAIの知能なのでしょう。もっと何処にでも生かされればいいなと思うのですが日々進歩の研究者なのでしょう。楽しい毎日なのでしょう。宇宙もそうですが夢は追うのは心が踊るのです。思い出すのは古いでしょうか、特撮ウルトラマンの初めはウルトラQだったのです。特殊撮影した円谷です。食事していても頭はその事ばかり考えていたようです。私の時代に夢くれたのです。世界の円谷です。キングコングと戦っゴジラです。決して血は流さないのです。歌も覚えてウルトラマン家族の勢揃い。ウルトラの星からやって来たのです。直ぐにシンゴウです帰らなければいけないのです。怪獣に人気も有ったのです。夢は叶うのです。私は突然ですがハモニカ吹きに成ったら良かったなと今なら思っているのです。思えば小学生の頃から学校帰りにもハモニカ吹いて帰ったのです。そう、芸人さんに成っても良かったかな。舞台に立っているのかな。AIにはほど遠いけど違う世界も楽しそうです。時々ハモニカは吹いているのです。木琴も大好き。でもはもにかは見えなくても吹けるのです。今思うと与えられたハモニカだったのかもしれないのです。指には力が入らなく成ったのです。立て笛も穴も押さえる事は出来ません。太鼓は好きですが叩くと骨にこたえます。よく出来ているものです。何かが与えられているのです。こうして音声のPCも今なら書く事も出来るのです。ユックリです。医者にも書いてプリントアウトして症状見せるのです。点字ではじれったいのです。点字は相手も分からないと不便です。ハモニカ芸人になりたいと言いながら病から離れられ無いのは夢に過ぎないのでしょうか。私の終着駅は何処に有るのか。この世は修業の場所だと言った人がいたのです。そう言えばみんな修業しているのかも知れないです。遊び惚けていた子供の頃は何も知らないで守られていたのです。今も二の腕に残るコブは何時もぶら下がっていた鉄棒の名残りなのです。クルクル何でも出来たのです。時代も違ったのです。でも放射能の雨も降って核実験も何処かでされて、赤家蚊に刺されては日本脳炎に成る人もいたのです。汚染で起こる奇妙な病気も有ったのです。進行していく身体に褪せって助けられて様々な事にも挑戦もしたのです。でもハモニカはそんな時にも時々は吹いていたのです。腹筋に力がいるのです。身体が痺れて直ぐにストップです。今ならヘルパーさん頼んでお祭りにでも参加するのです。近くの公園で開かれる祭りも今は中止なのです。行ったり来たりの夢見る閉じ籠りの日々です。テーブルにはハモニカが有るのです。大きな鞄には何処に行くのか入院の準備もされています。吹くことは出来なくても持って行くハモニカです。音声のPCはキー撃つのはそっとです。軽くて見えなくても撃てるこつも教えても頂いたのです。iPatも音声で出来るのです。キーボードも使ってなのです。おかしいですね。車椅子に乗ってハモニカ芸人してる姿しか浮かばないのはどうしてなのか。長い車椅子生活だからこれが私なのでしょう。でも、ハモニカ芸人に成れたら観客大拍手です。聞き入るのです。一緒に歌うのです。皆が知ってる歌ばかりです。何時どうなるのかわからない日々なのです。夢見てハモニカ吹いて終着駅も心穏やかに光浴びて輝いているのでしょう。1歩1歩進めばそこが私の終着駅なのです。 2021年7月15日    (ひまわり畑の写真です)                    

  

観戦や 浴衣艶やか はっけよい

     

       

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題「愛しき赤いリボンの名札は私だけ?」


愛しき赤いリボンの名札は私だけ?

今はもう1週間も前の事に成ったのです。土石流の熱海の大災害です。哀悼も、必死の力合わせの救急です。行方不明のお母さん探して協力する息子さんも助かっていてと必死です。せめて早く土石から出してあげたいのです。溜まっていた雨水が流れたようです。家も旅館も流されたのです。海まで流れた人もいたようです。九州の鹿児島、宮崎、熊本の大雨の災害には何十年もなかった災害のようです。毎年のように繰り返す災害なのです。1か所に降る大雨です。ラジオ放送に聞き入るのです。リスナーからも天気予報しからもアナウンサーも、地地域のでしょうか、記者からの報告も届くのです。田圃も道も隠れて海に成っているようです。もう夜に成れば避難も出来ません。最高レベルの5に当るようです。天が破れてしまったのか。誰もが恐ろしく傷ましく、コロナと、大雨、熱中症、どうぞ早くこの災害から逃れる事思うのです。日本海側にも移ったのです。今は群馬のようです。そしてオリンピックパラリンピックも、東京都に出た4度目の緊急事態宣言です。合わせるかのように無観客に成る会場が増えて行きます。もっと早くにそうならなかったのかと様々な所賀大慌てのようです。まだ入国する海外のアスリートが陽性に成っているのです。広がっていくインド型の新型コロナなのです。新しい薬も開発されて行っているようですがアメーバーが増殖していくように後から後から切りが無い戦いに思えるのです。そんな時にふと思い出すのは何と私は幸せ者だったのデショウ。愛しく心込めて綺麗に赤いリボンに名前書いてくれていたのです。家にいるには手は借りますが困りません、病院に入院も困りませんが、ショートステーに何度かお世話に成った時の事なのです。洗濯物はしてくれます。それ以外でも必ず名前はいるのです。持ち物全てにです。有る人が言うのです。ソックスが間違えてくるから嫌だわとです。何で自分でも娘さんいるのに名前書いてもらわないのかな?思い出すのは母の事です。鉛筆も、百合の模様のアルミの幼稚園の時のお弁当箱にも鍼で書いてくれた名前だったのです。鉛筆は上のほう削ってそこに書くのです。そして今は、洋服にそのまま黒のマジックで書いている人が殆どのようだったのです。直ぐに気がつくのです。まだ若くて元気です、チョコンと糸で印縫いつければいいのです。私の赤いリボンの名札で無くても、糸で私の物よと分かるのです。少しでも綺麗にとの心遣いなのでした。きっと他にもみんなそうだった気がします。自分でも出来る事だからです。文句言っていないで考えて見れば直ぐに分かる事なのです。そして私は何て幸福だったのか。ソックスにも今も赤いリボンが縫いつけられているのです。言わなければいけないです。ありがとうとです。忙しいのに私のソックスも下着も、パジャマも、何もかも、つけられる物には赤いリボンが結わえて有ったのです。そこに私の名前がかれて有るのです。知らなかった私なのです。綺麗だね。これ旦那さんがが書いてくれたんだ。二人暮らしの若くは無い我々でした。新薬使った時にも家出は丁寧に消毒してくれました、腿と、お腹とお尻に撃つのです。鍼に薬が入れられない私は任せます。とうとうガリガリ頭に異変です。入院して撃ってもらえば、看護師さんは消毒もチョコンとその当たりだけです。アー鍼残して来たわ。ベチャベチャ話乍ら撃つのです。はいおわりとトン叩くのです。これでは困ります。もう止める事にしたのです。パルスの撃ち過ぎで糖尿病にも成って家出も指先ではかります。インシュリン撃って病院では施設で撃つこと勧められたのです。家出は二人暮らしです。それも年齢もいっています。でも家で撃ちますつれて帰りますと言ってくれてそれから毎日朝昼晩と計測もインシュリン注射するのです。冬には冷たく成ってなかなか計測も出来ないのです。食事作って本当に二人三脚ダッタノデス。いいえ私はお任せばかりだったのです。糸印突けないで文句言ってる患者です。私は赤いリボンつけてそこに名前書いてくれていたのです。お花も差し入れてくれたのです。笑顔でです。高速道使っても1時間半はかかるのです。会社帰りにも洗濯物持って帰って又洗ってアイロンかけて持って来てくれたのです。元気な時には病院食と、鮭弁とでデールームで食べたのです。そして又帰って行くのです。富士山が高く施伊作見える高速道なのです。仕事が有るので初めは入院してくれていた方がいいなと言っていたのが、今は家に居てくれたほうがいいよと言うのです。何年か前からです。1人ボッチは寂しいのかな。私ももう入院なんかしたくはないのです。今度はもう赤いリボンは無理かも知れないです。糸印でいいのです。糸入れてくれたら私にもバッテンなら縫えるわよ。2021年7月11日      (桃色百合の写真です)              

  

好物の 水滴乗せて プラムかな

     

       

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題「お陰様ですデージー図書」


お陰様ですデージー図書

名古屋場所が始まりました。久しぶりの国技館からは離れました。観客も入ります。制限は有りますが力士も力が入る事でしょう。楽しみが増えました。スポーツが大好きな私は忙しく成ったのです。プロ野球も聞いているのです。何と言っても大谷翔平に応援です。アメリカでも大人気者。世界中でも人気者。又ホームランです。撃って投げて大活躍。でもオリンピックパラリンピックはどうもスッキリしないのです。日本点字図書館のサピエ図書館からバックアップしたりpcにダウンドードしたりして聞いているのです。初めに日点から借りて点字本も指でなぞって読んだのです。入院中のリハビリ室で教えられて触れたのが点字本だったのです。もう点字勉強したほうがいいよと言う事だったのでしょう。OTのリハビリ室には何台ものパソコンが並んでいたようです、そして自分の声吹き込んで今とは違う音声のPC勉強だったのです。私も勧められたのですがよく内容も分からなくその時は挑戦はしなかったのです。それから日点にも白杖突いて何度も行ったのです。点ピツも、点字版も、用紙も買って、拡大鏡も、ドイツ製の点字タイプライターも見たのです。欲しくて買ったのです。点字本も借りて触れて読む時は眠れ無い時には触れていると心も落ち着くのです。指にもそっと触れる小さな点字です。日点から送られて来るデージー図書の目録のCDでした。デージー図書聞く為のプレックストークで聞くのです。cdが入るくらいの大きさです。高さは分厚くて様々な作用もできるのです。器械が入っているようです。拡大鏡で見ながら点字も撃ったのです。日点から借りていたデージー図書もサピエが開始されて今はサピエが中心です。障碍者センターにも講習会に通ったのです。そしてサピエから借りる方法も先生に教えて頂いたのです。そう初めは森鴎外だった気がします。自分で日点からデージー図書借りたのは、親鸞でした。それからもう数え切れないデージー図書なのです。今は掌に乗るリンクポケット使っているのです。好きな音楽もSBカードにバックアップです。後癒しのCD2枚入れたいのです。最近は本の内容も変って来たようです。今の時代に合わせているのでしょう。広報も録音のCDが届くのですボランティアーさんが吹き込んでくれているのでしょう。最近体温計について話題に成ったのです。音声で知らせてくれる体温計です。日点でもう昔に買ったのですがどうも上手く測ってくれず取り換えたりで、やはり10分計の体温計にしたのです難病かで測れるのです。速いですでも音声は無いのです。見てもらうのです。病院の入り口では頭やこめかみで測ります。耳でも測るようです。デージー図書から反れましたが、音が頼りの盲人は本当にデージーとしょが知識にも成って1番は楽しみなのです。今夜も眠れずに、水上勉の、金閣炎上聞いてしまったのです。昔には三島由紀夫の本は読んだのです。でも、水上勉の金閣炎上が心に残ったのです。長い本読んでくれたボランティアーさんには感謝です。20年かけて書いたと後書きに有るのでした。ロシア文学も聞くのです。ジャンヌデ選んでは芥川賞も、直木賞も、サスペンスも、短歌も、俳句も、夏目漱石も、芥川の全集も聞くのです。太宰もです。今はお気に入りに、サピエ入れているのです。耳が聞こえるので助かっていのです。耳鳴りはするのですがこれもお慰めです。デージーとしょ聞いていると何もかも忘れているのです。障碍者センターの受付にでも好きな本持って行くとデージー図書のCDにしてくれるのです。障碍者センターでの講習会で教わった事も、iPadは私の場合ですが音声で扱えるのです。キーボードで撃つと早いので間違いも無いのです。それもまとめてデージーにしてくれています。とても聞き安くてよく分かるのです。家事も忙しいだろうにいろんな人達に助けられて今は盲人も音声PCから始まって生き甲斐に成っているのです。何十年も前には係りつけの医師が情報はどうしているのと聞いていたのです。見え無いので新聞は駄目です。本も読めません。ラジオが便りだったのです。まだ調子の良い日には母親も妻もできたのですが進行性だったのです。そんな時にも慰められたデージー図書だったのです。1昔前には大学生にも寄らず入試も普段の学習も点字での勉強だったのですとても嵩張るのです。大変だった事でしょう。ボランティアーさん何人にも助けられての学習だったのです。今は全く変ったのです。やる気があれば挑戦です。認められるのです。障碍者はまだまだ不便さや不公平な所も有るようです。長い歴史から見ればやっとバリアフリーも点字のブロックも駅での事故も多いのです。定められた職業にしかつけなかった頃からは受有には成りましたが一人暮らしではなかなか自立は出来ないようです。許されないようです。マンションでの入所が問題にもなっています。老人にも小友にも障碍者にも優しい街が本当に成れる日が来る事がこの未曾有の地球が何時か平和に成った時なのかも分かりません。どういう人達が日本中のサピエで読んでくれているのでしょう。私達盲人に、弱視の人達にも応援してくれているのです。東野圭吾も聞いています。関西人の彼は関西弁の指導も受け持っているようです。ファイブ5も聞くのです。眠れない私はデージー図書聞いては又眠れ無く成るのです。今はいいのですが早起きは我慢出来なくてベッドから起きるのは4時にしておきましょう。小野小町も、松本清張もバックアップしたのです。雨が降り出したようです。2021年7月6日(菖蒲の写真です)           

  

土砂降りに 手足刺し出し 延びる爪

     

       

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題「幸せ紡いでパッチワーク」


幸せ紡いでパッチワーク

もう庭の果物も野菜も花も描いても色が違っているよとずっと後に成って教えられたのです。知らずに描いていたのです。入院中も医者に色も聞かれたのです。でも楽しかったのです。葉書にも葉書絵では無いけれど便箋にも描いては親しい人には描いて出していたのです。宛てな書きは書いてもらっていたのです。そうか間違えていたんだ。という事でもう画用紙に色々描くのは止めたのです。それからは何かやりたいなと考えたのです。そうだパッチワークがやりたいなと思いついたのです。まだ音声PC始めていなかったのです。白杖突いて点字図書館にも行っていたのです。入院中にリハビリ室で初めて教えられた点字だったのです。点ピつも用紙も買って、拡大鏡も見たのです。ドイツ製のテンジタイプライターブレイラーも見たのです。欲しく成って買ったのです。届いたブレイラーで点字の練習もしたのです。タイプライターは裏から点字は撃たなくてもいいのです。拡大鏡で見ては色々タイプに撃ったのです。リハビリの先生が点字の勉強もしてくれたのです。後で障碍者センターの点字教室にも通ったのです。少しです。入院したからです。点字本も借りて読んだのです。家族の手借りてです。そういう事みんな浮かぶのはチクチク夢中でパッチワークのピース縫っている時なのです。母が何処に行くのにも小さな鞄に入れた残り毛糸糸と鍵針でチクチク編んでいた可愛いお花模様のピースだったのです。それは一体何十個イイえ何百個編んで形よく色良く紡いだのか暖かい炬燵かけにしたのです。1つのピースごとに愛情が溢れているのです。母の手と心のこもったお花模様のパッチワークの炬燵かけなのです。そうだ私もパッチワークが作りたいと思ったのです。難関です出来るかなお裁縫も好きだけどまだ指痛くて綺麗な残り布探すのです。どんな形にしようかな。思いついたのはコーヒーカップが幾つも並んだ所でした。でもカップの丸い握る手の所が素敵だけどそこが難しいなと先ずは厚紙に台紙作ってと考えたのです。これがずらりと並んだだ素敵なパッチワークに成るわ。ヨーシ頑張るぞと決めたのです。創造するのです。この当たりではもう太いマジック使っていたのです。大きさも形も、画用紙に先ずはコーヒーカップ書くのです。これでよし。それから厚紙にそのコーヒーカップの形これが大事です。丁寧に描くのです。カップと手の部分は別々に作ります。後でバランス良く縫いつけるのです。大きな広い布になん十個出来るのかな。夢は出来上がりに瞼に浮かぶのです。小さなコーヒーカップの集まりです。コーヒーカプの手の所は別にしたのです。でも1つのカップからむ縫っていくのです。綺麗な布は有るのです。手触りも色々です。仕方がないから濃いい色の布に薄い水生の細いマジックペンで書くのです。後で見えないようにする予定です。へらで布に型紙に添っ押し付けてへこますのです。厚紙で作った型紙に宛てて切りにくい布も切るのです。きっとコーヒーカップの手の所はカーブが上手く成っているのか心配です。大事なのはコーヒーカップが出来たら着物縫った時に使う小さなコテでしっかりアイロンかける事なのです。綺麗に仕上げるこつの1つです。さあ手の所がカーブが難しいのです。けど出来たらとても素敵です。ここもやはりコテで丁寧にアイロンがけです。カップの所幾つも縫ってそれから手の所です。嬉しくて時々テーブルにコーヒーカップと手の処くっ付けてみるのです。まだまだです。大きなパテストリーにしたいのです。綺麗に出来るかな「そんな物飾るなよ」と言われるのかなとも少しは気に成るのですが今までの我が家ではそんな事は無かったのです。夢中で時間があれば時間見つけては拡大鏡もつかって鍼に糸通さなければいけないのです。目に良くないのかな。医者には聞いていないのです。ドライアイだからきっと良く無いのでしょう。右目は全くの闇です。大事にしようねと言ってくれる眼科の先生なのです。いい事は無い筈ですが拡大鏡は光るのです。今まで楽しい事家族でしてきたのです。登山もして帰りに足が動けなくなってしまった事も幾度も有ったのです。買い物に行って帰り道にひどい痺れも有ったのです。頭も痛くて片頭痛です。涙もボロボロ流れるのです。秋には疲れがでて必ずというように入院んです。医者もまだ何も知らなかったのです。パッチワークチクチク縫っていると何もかも忘れてしまうのです。ダルさも、痛さも、これからどうなるのかなとか考える事もです。点字タイプライターパタパタ撃っていた時も点字の勉強もしたのです。斎藤茂吉の短歌も、啄木の短歌も、タイプライターーで撃つのです。跳ねるばねです。正岡子規の俳句です。入院ばかりの子育て中です。そんな時にも浮かぶ家族の事ばかりです。猫も病気で死んだのです。息子が病院に連れて行ってくれたそうなのです。猫も入院したのです。私のチクチクパッチワークにはそんな思いが籠っているのです。幅は1メートル有ったか、縦はやはり1メートルは有ったのか大きな布にコーヒーカップのパッチワークを縫いつけたのです。暫く壁に飾ったパテストリーです。母の作ったお花模様の炬燵かけは何処に行ったのか。もう満足して私の作ったコーヒーカップのパッチワークのパテストリーは何時か棄てたのです。色んな思いと共にです。縫いこんだ色んな思い出と共にです。 2021年7月3日   (睡蓮の池の写真です)                           
          

  

雨河童 もたもたおでこ 体温計

     

       

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題「私の家は昔ながらの洋食屋さん」


私の家は昔ながらの洋食屋さん

今日のお昼はチキンライスがいいわ。それなら鶏肉冷凍庫から出しておかなければね。フワフワ卵焼きでくるめばオムライスが出来上がりよ。今度作ってね。そうかオムレツよく作ったよな。そんな会話が交わされる私の家なのです。収穫した男爵芋でポテトサラダも作ってくれたのです。洋食屋さんのメニューの1つです。簡単に丼物も色々です。年とってもお肉は必要なのです。勿論魚も食べるのです。洋食屋さんには鮎の塩焼きは無いようです。塩が一杯で私はお品書き聞くのです。鯖の味噌煮は有るようです。鯵も炊いてくれます。これも私は今は食べられなく成ったメニューです。でも少しは塩分1日に測って食べたりもします。こういう時には塩分調節のお届のお弁当食べるのですが量が多いのです。最近特に食べ切れ無く成ったのです。メインのオカズと、後2品ついているのです。鰯に小麦粉付けてフライパンに油引いて焼けば美味しい鰯のメニューです。でも我が家の洋食やさんでは後しまつが大変なようですのでこれはメニューには無いのです。小松菜と油揚げの煮物が小皿につくのです。いんげんの胡麻和えも小皿に有ります。胡麻とオフも有るのです。何でも白和えです。お豆腐で栄養もタップリ。箸休めにも成るのです。でも私はお行儀が悪いのですが見えないからつい1つの物から食べて行くのです。こうすれば残す事も無いのです。嬉しい今日はお好み焼きするよと言うのです。小麦粉から作ってくれます。大きなイカも、肉入れたお好み焼きがテーブルの上に私用のトレーに乗っているのです。三角に切られていると言うのです。ヨーグルトは左の横です。薬のケースもその横に有るのです。お腹が一杯だわ。つい食べ過ぎてしまうのです。蕨餅も有るよ、後でね。食べ過ぎには注意だわ。季節に合わせたメニューがお品書きに有る昔ながらの洋食屋さんなのです。ひじきの煮物も五目煮物です。食べたいのは関西風の狐うどんと、三角の狐寿司です。海苔巻きも高野豆腐が入ったジューと甘い汁が出てくるのです。狐寿司は大きな油揚げは三角に切て五目寿司入れるのです。これは洋食屋さんには有りません。よく作った私のお得意メニューだったのです。筍もいれた五目寿司も今は季節の物です。今は胡麻もすり下ろして売っているようです。フライパンでパンパンハジケ出したら出来上がりいい香りがするのです。すり鉢ですりこ木で擦った頃が懐かしいのです。大きなすり鉢は何処にいったのか。お母さん達が働くように成ってからはデパートでもスーパーでも手軽に食卓には帰りに買ってきたお惣菜が並ぶのでしょう。同じ味のもの食べている小友達なのでしょう。我が家はコンビニも時々は利用しますが洋食屋さんなのです。カレーライスも勿論です。飲み物はサイダーに、カルピスです。夏に成ればフルーツカルピスに、コーヒー牛乳です。最近はウメッシュも買って来ているようです。私はあのシュワーがどうも駄目で暖かいそば茶と、カルピスと、ドクダミ茶と、ミントティーと、豆乳バナナ味と、豆乳蜂蜜味と、玉ねぎ革茶が今のメインです。カフェインカットなのです。みなさんも懐かしいと思いませんか。遠い昔は定食屋さんが有ったようです。これは私は知らないのですが、1人暮らしの男性には助かったようです。駅の立ち食い蕎麦屋さんは働く男性も冬は温まったようなのです。今は宅配に成ってしまっています。でも我が家の昔ながらの洋食屋さんに来て見てはどうですか、店主は大忙しですがそれは美味しいのです。懐かしいのです。ソースは、いろいろ、そうです。ライスカレーにソースかける人もいるのでした。ご自由にお食べ下さい。食べる時はマスクとって黙って食べて下さいね。食べ終われば新しいマスクかけるのがお勧めです。楽しくて美味しい昔ながらの洋食屋さんにいらっしゃいませ。店主は趣味はバドミントンと、釣と、写真です。ここに貼って有るのは、風船草の写真です。もう早く朝顔も咲いたのです。今年は何もかもが早いようです。そうでした菊栽培も菜園も店主の楽しみだったのです。台風が沖縄に居座っているようです。集中的に1か所に大雨のようです。早く避難です。アンパンとおむすびの差し入れだけでは飽きるのです。届けてやりたい昔ながらの洋食屋さんのメニューです。コロナにも注意して負けないで頑張れ。少し少なく成った沖縄のコロナ感染者です。夏が来て砂糖黍畑の歌が穏やかに流れる日が楽しみです。日本中が今日は雨模様のようです。静かに流れている音楽は「ショパンの雨垂れ」です。車椅子に乗った店主の奥さんが音声PCで流しているのです。チキンライス美味しかったわ御馳走様。 2021年6月30日    (風船草の写真です)               
          

  

夜遊びや 道案内の 蛍草

     

       

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題「瞼の睡蓮」


瞼の睡蓮

台風のシーズン到来です。さて今年は水による災害は大きいのでしょうか。熊本県のような悲しい水の事故が無いように無事に早くの避難です。水が流れ込んで来たらベッドもなにもかもが水に浮かんでしまって身動きもとれなく成るようなのです。台風が来ると聞けば一刻も早い避難です。早いに越した事は無いのです。沖縄県も九州も大雨が降っていたようですが梅雨前線はどの当たりまで来たのでしょう。小笠原諸島や、伊豆は大雨が降っていたようです。多摩川も氾濫した昨年だったのです。多摩川と言えばテレビドラマで見た台風で家も流された、岸辺のアルバム思い出すのです。家がどんどん流されたようです。ドラマの主人公はやっとアルバム1冊だけ持って逃げるのです。昨年は牛も流されたのです。取り返しがつか無い地球に成っていっている気がします。何時かは果てる地球でもまだまだ短い気がしてきます。小友達の為にも、若者の為にも今のママではバトンタッチは出来ないのです。暫くは台風の発生に注意です。蒸し暑い日が換気忘れないように要注意です。クーラーつけたら1時間に1回ぐらいはドアあけて空気の入れ替えです。これから真夏にかけても大事なようです。冷えすぎると体温調節が出来なくて困ります。クーラーの当らない所に逃げていくのです。早く梅雨があけてそう7月の終わりごろに成るのでしょう。子供の頃に大きな台風の経験が有る私は台風が怖いのです。裏庭の犬小屋の犬はどうしていたのか今頃思っているけど多分玄関にでもいれてあげていたのでしょう。猫もみんな家族だったのです。家族中が1部屋に集まってこういう事も珍しいのです。ラジオでも台風情報聞いていたのでしょう。1晩中大雨の音と風の音に震えていた気がします。でも卓袱台には母が握ったおむすびが有って他にも食べ物が有った気がします、停電に供えての蝋燭も有って、勿論お茶も水も大事です。少しわくわくしたのです。何か何時もとは違った怖いけど、不思議な体験だったのです。無事に朝が来て台風が去っていたのです。階段の下まで調度家の前は海に成っていたのです。原っぱも見えません。お米屋さんの友達の家は私の家より低いのです、お米はどうしたのでしょうか。家の中にも大水が入っていたのかも知れないです。電信柱も倒れていたのです。電線も垂れてそれはすっかり変ってしまった風景だったのです。アメンボウが何処からきたのか浮かんでいたのです。水がひくまで何日かかったのでしょうか。低い所の家はやはり災害にもあったのでしょう。昨年の台風の被害は大きくて驚きです。幸い私の所は何も無く終わりましたが近くの川も氾濫したようなのです。雨台風だったのです。様々な災害が起こるのです。何か今が夢の中のような気もしてきます。寝ていて夢なら覚めるからいいのですがこの目で確かに見た美しい睡蓮が思い出される頃なのです。初めに行った時には板の道の間に睡蓮が浮かんでいたのです。あんまり綺麗なのでしっかり覚えているのです。帰りには雨が降り出したのでした。それからもやはりこの時期に成れば見に行きたくて何度か行ったのです。その度ごとに身体の変かもして行ったのですが夏は出歩けなく成ったのですが無理したのかけど家族で思い出も作ったのです。振り返れば反省もあるけど大事にしたいその時その時だったのです。だから瞼にはあれもこれもと浮かんで来るのです。台風のやって来る季節なのですがお天気のいい日選んではヘルパーさんお願いして行くようにも成ったのです。車椅子に成ってからも行ったのです。そして私のような見えなくて歩けない障碍者には助かるのです。睡蓮の池も管理してくれてい毎年浮かぶ睡蓮も変っているようなのです。ヘルパーさんはよく分かるように説明もしてくれるのです。車椅子の扱いも慣れていて上手です。今は閉じられている睡蓮の池です。外は雨でも創造出来るので瞼にはっきり浮かぶ睡蓮の池の色も取り取りなのです。夏に成れば庭の鯉の池には布袋葵が咲いたのです。プカプカ浮かぶ布袋葵です。睡蓮の花は初めて見たのです。見えていて良かったと瞼に今残る雨上がりの睡蓮なのです。あちこちで大蓮の便りも聞こえる頃にも成るのです。可愛い睡蓮も素敵です。芥川龍之介の、蜘蛛の糸思い浮かべます。今がその時のようです。助け合って自分勝ってはお釈迦様にみすてられるかも知れ無いです。子供が読んだお釈迦様の本思い出すのです。他にも読書が大好きだった小友の声も聞こえて来るのです。雨降りは読書も楽しいのです。童謡の雨の歌も何曲も歌うのです。尻取り歌合戦です。小さな頃から母に教わった可愛い童謡なのです。睡蓮の花が夢もくれるのです。今日も雨がお昼から降るのです。 2021年6月28日     (睡蓮の花の写真です)          
          

  

雨下駄や 箪笥の片隅 すすり泣く

     

       

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題「ジャブジャブ雨降り」


ジャブジャブ雨降り

突然の短時間の大雨です。叩きつける何かの音だと思ったら雨だったのです。これがもしも1時間降ったら大変な事に成りそうです。土砂災害の注意報も出ています。今年も又大雨の災害に襲われる場所も出るのでしょうか。雷注意報も出ています。菊の刺し芽は終わったようですが次の作業が有るようです。朝から熱心にシトシト雨降りの中、庭の雨が当らない場所での無口に黙々と作業なのです。水分とってねと言うのです。つい忘れがちな水分補給です。私は車椅子に座って居てテーブルの上に水入りのぽっとが有るので何時も飲んでいるのですがなかなかとりにくい水分です。私は腎臓の為にも水分量には注意しているのです。このポットにも直ぐになくなって補給してもらうのです。金魚飼っていた時には大きな水槽に音声PCの学習会の帰り道に有る金魚屋さんに寄って買って帰ったのです。季節ごとに思い出す梅雨の思い出なのです。水槽に寄って行っても、トントン叩くと寄ってくる金魚達なのです。餌がもらえると分かるのです。最後は川に離してあげたのでした。水分補給は、朝飲んで、夜にも飲んで、3度の食事の時にも飲んで、お風呂の前と後、その間に2回とるといいようです。今はシャワー浴はヘルパーさんにも来てはもらっていないのです。何もかもが誰でもが負けてしまいそうな弱い気持ちに成るのです。入院中は看護師さんからは水分補給は言われ無いのですが、ショートステーでは時間区切って水分タイムが有ったのです。今は何処にも行きたく無いコロナ時代です。昨日は大笑いのラジオタイムだったのです。ジ・アルフィーの再放送です。楽しみな水曜日の午後なのです。3人それぞれが個性的です。古い曲も聞けるのです。昨日は最後にコロナの野郎と愛嬌タップリの声で言ったのは誰だったのでしょう。今アーティスト達も我慢の時なのでしょう。こうしてラジオで放送出来る人達はまだお喋りも歌も歌えて懐かしい曲も流せるのです。そしてリスナーも楽しくしてくれるのです。アーティスト達もお客さん呼んでパホーマンスも出来なく成っているのです。若いファンからの{勇気がもらえます。とファンクラブにはいりました半年目です}のメールにありがとう頑張ろうねの言葉に私も若返る時間だったのです。増えていくコロナ情報にも仕方が無いねと言う我が家です。花達相手にしていると荒々しい心持ちからも穏やかに成れるのかも知れ無いです。フルーツミニトマトが大きいのが2個初収穫出来たのです。甘くて口に一杯です。実りの夏の始まりです。幼稚園では今も七夕祭りの笹飾りは作っているのでしょうか。もう直ぐです。毎年決まったように雨が降るのです。ベランダに飾った笹飾りが濡れるのです。病院でも病棟ごとに大きな笹がエレベーターホールのソファーの横に置かれるのです。短冊が色取り取りのようです。看護師さんが書いてねと言いに来るのです。書けない私は願い事書いてもらって高い笹の所に結いてくれるのです。「白杖を棄てて銀河のはてまでも」と書いてもらった事も有ったのです。眠れない時には病室そっと抜け出して笹飾りの所まで行くのです。今は病院に行くのもどうしようも無い予約の時だけ行くのですがそれでも全く変ってしまった患者さんも病院もなのです。きっと入院患者さんは寂しい思いもしている事でしょう。小雨に成ったら長靴はいて探検です。田圃には蛙の卵も見つけるのです。そしていつしかおたまじゃくしに成るのです。そのおたまじゃくし捕まえて来て家の水槽で飼うのです。もう街中では見つける事は出来ないのでしょう。けれど子供達はやはり興味は有るのでしょう。おたまじゃくしが蛙の子と何時の世もおたまじゃくしにはきっと子供達も興味が有って大好きなのだと思うのです。早く思う存分走り回れてマスクなんかしなくてもいい日が来て欲しいのです。ジャブジャブ雨降りも外で友達と誘って遊ぶのです。庭にはミントの葉が実っています。ミントティー飲んで恵みに感謝です。ミニ菜園で楽しんでいる人が多いようです。茄も、インゲンも、きゅうりも、そしてフルーツトマトも収穫です。生きている野菜達です。人間も負けないでおたまじゃくし探しに行こう。
2021年6月24日    (おたまじゃくしの写真です)                      
          

  

お持たせの 母と食べよう 水無月や

     

       

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題「行ってみようよ立葵の花まで」


行ってみようよ立葵の花まで

腕借りて白杖突いて雨上がりに行ったのは何時の事。毎年咲くのです。何方かがお手入れしてくれているのでしょう。綺麗に咲くのです。それとも何方の立葵なのでしょうか。広い道に咲く立葵の花です。雨上がりの散歩道で見つけた時は嬉しかったのです。梅雨のこの時期に成ると思い出すのです。黄色に、ピンクに、ブルーに、赤に、白も有るのです。もっと有るのかも知れないです。歩き疲れてしまってここからはユーターンなのでした。今は車椅子に成ってかえって押してもらってどこだか回ってからこの立葵の所にも立ち寄るのです。どんな色が咲いてるのと聞くのです。遠回りしたので背中も痛く成るのです。でもあの立葵の花だわと創造するだけでも浮かびます嬉しく成るのです。二人でこうして居られるのがよかった。もう見る事も出来なくなったけど連れて来てもらえるのです。立葵の所まで行こうかがこの磁気の散歩の合言葉に成ってしまったようです。今日は夏至です。明日からは昼間が短く成ると思えば少し寂しくも成るのです。夏の花達は何時もの道にもう咲いているのでしょうか。蚊取りまっとも出してもらわなければいけないのです。夏の準備です。冷たい物食べたいけど食べ過ぎ無いように、アイスさえもドクターストップなのです。そうでなくても身体には暖かいい物がいいようです。美味しい物も考えるのですが、簡単に作ってもらえるメニュー考えるのも楽しいのです。別々の味付けなので工大変のようです。却下されそうです。百合も、向日葵も、朝1番の散歩道に咲いているのでしょうか。今年は梅雨あけはやはり7月近くに成るのでしょう。震えながらのプールの授業も始まるのです。事故も起こった時も有りました。学校はもっと自由で有りたいものです。デズニーランドも入場者減らして開かれてもいるのです。殆どのイベント会場は開かれているようです。オリンピック、パラリンピックもあと1か月になったのです。東京とも日本中が開会後の感染者が増える事恐れているのです。中には多くの人が望んでいるようですが、医療従事者の人達の努力も尽きるのでは無いかと思うのです。毎日運ばれて来るのです。亡くなっていくのです。さければ出来る事も有るのです。立葵の花まで行こうかは忘れさせてくれるひと時なのです。緊急事態宣言もどうしてなのか解除に成っています。緩められるばかりなのです。困っている小店舗の人達には難しい届もいるようで、ここを乗り越える一時金もなかなか払ってもらえないとも聞くのです。何時まで経っても困っている人達の事は零れているのです。花が咲いても楽しむゆとりも無いのでしょう。花達も、虫達も、そ知らぬ顔です。人間よりも生き抜く力も、方法も知っているのでしょう。鳥は恐竜から変化したようです。そんな遠い過去も地球には有ったのです。広大な創造するだけの宇宙のこと考えていると小さな地球、人間の事もちっぽけに思われます。小友達が難病に置かされてもお母さんは笑顔です。そういう私の病院で会うと何が幸せで何が不幸なのかは分から無く成るのです。生き甲斐を失っている人達が多い最近です。私も心細く成ってしまいます。そんな時にも音声のPCに触れていると何か音楽でも検索したり、沢山入っているCD聞いたり、分からない事検索したり、ユーチューブで可愛い小鳥の声きいたり、ブラジコに、ラジルラジルで楽しんだり。次は名古屋場所です。オールスターも小友の頃は、夏休みに入る頃だったのです。西瓜も座敷に何個も転がっているのです。お辞儀草も、ねむの木も咲く紙芝居のおじさんの所まで自転車走らせて友達誘うのです。あの頃の合言葉は、紙芝居のおじさんの所で会おうねだったのです。そんな事思い出す立葵の咲く道なのです。 2021年6月22日      (赤い花の立葵の写真です)            
          

  

焼き茄や 飛んで行きたし 父笑う

     

       

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題「そろそろ収穫ジャガタライモ」


そろそろ収穫ジャガタライモ

ジャガイモの花が咲きました。球根は大きくするのには花は可愛そうと思うけど切ってしまうと聞いたのです。検索してみたら、ジャガイモの時はそうでも無いようです。花が枯れてしまってから掘り起こしても変わりは無いようなのです。友人がバケツ山もりにジャガイモ持って来てくれた時が有ったのです。ここに越して来て直ぐの時だったのです。ジャガイモ育てているんだとこの友人はお節も持って来てくれたのです。私がまだ新婚の時の事です。多分作っていないと思ったのでしょう。テーブルに並んでいたお節も他にもテーブルからはみだすくらいの御馳走に驚いたようなのです。母からおそわっていた料理ばかりです。そういう気がつく夫の友人でも有ったのです。ジャガイモはそれから毎年育ててくれているのです。ジャガイモの種芋は早くから売り出されるようなのです。植えるにはまだ早いからと思っていたら芽を出してもいいようです。その芽の所をジャガイモの種芋を3個くらいに切り分けるようです。灰をつければ満点のようです。我が家はどうしたのでしょう。とにかく毎年多くのジャガイモがこの時期には花が咲いて収穫出来るのです。男爵芋です。新玉ねぎに、新ジャガイモときけばもうそれは肉じゃが料理ですが、男性には面倒なようです。キュウリも実っています。ポテトサラダは作ってくれています。自家製のジャガイモだから美味しく成るのです。カレーライスにも大きく切てゴロゴロ入れてくれるのです。人参が嫌いな子どももカレーライスならきっと楽しく食べられるのでしょう。給食のカレースープというのかみんなが好きだったのです。給食室からお昼近くに成ると香って来る香りです。嫌いな物は無理には食べなさいという先生では無かったので、本当に楽しい先生もみんなのグループの合わせたテーブルクロスも白くかけた所に順番に回って来たのです。お花も置いて小学5年と6年の楽しい給食の時間だったのです。私は嫌いな物は無かった気がします。私の子どもの頃はポテトサラダはよく作って私もお手伝いしたのです。りんごいれると美味しいのです。肉じゃがは余ったら肉ポテトコロッケにするのが美味しいです。本当にそのままでも美味しいジャガイモです。今はお醤油もつけられなく成りましたが、北海道で食べているというバターつけたらホクホクのジャガイモは美味しい事でしょう。食べる事ばかりのお話しですが、田舎では新ジャガイモは小さい物もなにか樽のような物にいれて水いれて、木の十字のようなものでゴロゴロしたら薄皮が剥けていくのです。新じゃがいもは皮はとても薄いからです。茹でても皮は剥がれて実はホクホクです。何処の国にでも有るようなのです。子供が大好きなシチューにも、ロシア料理にも、ポテトチップスは身体には良くないみたいですがつい食べてしまうようです。何年前に何処の国から渡って来たのでしょう。気に成るので調べてみました。17世紀の初めにオランダから、南アメリカのジャワ島のジャガタラをケイユして長崎に渡って来たようです。多年草のようですよ。毎年植えているのに元は多年草ダッタノデス。1つ勉強でした。私の音声PCは大活躍しているのです。耳鳴りが小鳥の声のようです。それでもまだ痛む腕動かしながらこれを書いているのです。雨が上がったら掘り起こしてくれる待ちかねたジャガイモです。早く天気にナーレ。 2021年6月21日      (ジャガイモの花の写真です)           
          

  

白粉の 蕾震えて 花5津

     

       

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題「松の緑」


松の緑

緑色が映える頃のようです。何故なのでしょうか、雨に洗われた後の光る緑だからなのか。新しい芽吹きの頃なのか。この時期緑色が映えるのは雨に関係が有りそうです。出かけたのです。突然バタバタと自動車が大雨に叩かれたのです。困ったわ。車椅子では濡れてしまう。出かける時には晴れていたのに。天気予報も曇り空だったのに。小雨ぐらいは降ってもと思っていたら、何分そうしていたのか雨雲の下は抜け出したようです。ポンチョ持ってくれば良かったわ。肌寒くも成って来ました。大雨の避難のお知らせも変ったようです。又大雨が降って避難のお知らせなのでしょうか。災害が起こるのでしょうか。毎年の事に成ったのです。それも大災害に成っていくように感じるのは私だけなのでしょうか。環境問題が騒がれてもいます。大切にしなければ人間が綺麗な大事な地球を壊してしまうのです。でも自然災害には立ち向かってもどうしようも無いのです。思い出される大津波です。思いもよらない大災害が起こったのです。幾年に何度かは起こっているようなのです。自然災害が起こらないようには何をすればいいのでしょうか。せめて人間同士の争いは無くなってほしいものです。核問題も訴える日本です。戦いも無くなりません。大きな雹も降ったようです。夜中に叩きつける雨の音もしていたのです。何処まで人は耐えられるのでしょう。帰り道も晴れていたのに、自動車でマスクとって除菌もしたら、又降り出した雨なのです。降られ無くて良かったですが、暗く成ってきたぞ。冷たい風も吹いて来たぞと言っていたその時だったのです。今年も集中的に大雨が降るようです。晴れたうちに台風が来るときけば、大きな重い菊鉢や、鳳仙花の大きな重い花達を軽々持ち上げて風の当らない所に運んだのでした。家の中にも大事に菊鉢入れたのです。集中豪雨で避難の時はまだ明るい内に避難しなければ道に水が貯まり始めてからでは遅いのです。この松も耐える事は出来るのでしょうか。椿の葉も雨に洗われて光るのです。椿餅も作る地域も有るようです。お餅を椿の葉に挟むのでしょう。庭にはシソが勢いよく生え始めたのです。嬉しいのです。大好きなシソの葉です。高知県の茗荷にシソの葉とで夏は蕎麦にそうめんです。付け汁には塩分には注意ですがタップリの大根おろしも美味しいのです。薬味は欠かせません。殆どが薬味で食べているみたいなのです。そしてシソの葉には「オンブバッタ」が乗って遊ぶのです。シソの葉を食べるのです。オンブバッタが食べたくらいではとても食べ切れない多さのシソの葉です。菊の刺し芽も済ませました。このしとしと雨降りの時期にする恒例の行事なのです。又つい多く成ってしまったよ。この中からいい物選べばいいのだけれどついこれもこれもと結局はみんな棄てる事も無く秋には庭を飾るのです。手間をかけなければ嬉しい美しい庭には成らないのです。これからの作業も大変なのです。でも楽しみのようです。今は剪定の時期なのでしょう。松は特に形が難しいのでしょう。シルバーさんが半分ボランテアーでお年寄りが多くなった庭の手入れもして差し上げているようにもかんじます。少し前に成るでしょう、大工さんも簡単に家も建てられるようにも成ったように感じます。ツーバイホーとかいうのでしょう、アーという間に家1件が建っているのです。眺めているのが好きだった私は大工さんや左官屋さんの仕事見ているのが楽しかったのです。左官屋さんは特に子ねてそれは上手に壁ぬるのです。我が家の家の壁も家の中は座敷はそうなのです。化粧壁も塗るのです。外壁はそれでも、足場組んで時間も係ります。巧ですね。木の剪定は特にセンスが必要でしょう。持って産まれたものかも知れ無いです。センスは教えてもどうにも成らないものの気がします。ここに乗せている松はとても珍しい松のようです。芽が出てくる時期に当っているのもこの特徴を目立させているようです。長い葉と言うのか芽を教えられて珍しいねと言うのです。白い卯の花も咲く頃です。垣根もいいのですが手入れがずさんだと道行く人の迷惑にも成るのです。ブロック塀も危険なのですが、バラの木も特に垣根から出ないようにして欲しいものです。桜の木も大きく成るのです。ご近所ではなかなかお付き合いも難しくて言えないようです。原因はやはりお年よりが多くなったせいでは無いでしょうか。特にお1人くらしの人も増えています。シルバーさんが大忙しです。何時までも役に立つのは生き甲斐にも成って健康にも良く地域の仲間です。こんな時こそ声かけだけでも嬉しいものです。マスクは忘れずに。 2021年6月18日    (長い芽を出した松の写真です)             
          

  

吸い込めば 癒し香って ラベンダー

     

       

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題「季節巡って淡々と」


芳し梅の実

今年も半年が過ぎようとしています。そしてこれから本州は1か月程の梅雨の時期にはいったのです。沖縄と、九州は大雨が降っているようです。アノ大河や近くの河川の氾濫が思い出されます。台風も発生しています。そんな中、梅の実る頃に成ったのです。お弁当にはかせない梅干し1つです。ほっと一息お茶にいれた梅干しは少ししょっぱく何とも言えず家族送り出して飲む1と休みと、さあ今日も頑張るぞと思わせてくれたのです。今は塩分調節で塩分はいちいち調べてくれて食べるのです。お取り寄せのお弁当も食べるのですが、美味しくは出来ています。冷凍品なので、レンジでチンです。いろいろメニューがお取り寄せのお弁当には有るのですが、魚はにおいが出てどうも苦手です。だから煮魚は、焼き魚は、料理してくれるのです。鰯炊く時には、お茶の葉と、梅干し入れると臭みがなくなるのです。熱中症にも、欠かせない梅干しです。何と言っても暑い焼ける日に、漬かった梅干しを干すのは甘い香りに包まれて何時までも香っていたい幸せの時間なのです。今は硬い青梅が実っている頃なのです。庭に有った小梅は、小梅よりも少し大きな梅の実の木は、庭の工事で移動したのが悪かったのか、収穫出来なくなって木もとうとう枯れてしまったのです。沢山の美味しい梅も食べたのです。白い花も咲かせたのです。梅干しも家庭高かな、和歌山県の梅干し、柔らかくて大きいのです。蜂蜜漬けや、様々に工夫されてもいるようです。梅干しはやはり、知おっぱいのがいでは作らなくなったのでしょう。道に有る青梅の実った実も悲しく、落とされている姿のようなのです。シロップにしても美味しいのです。手間は係りません。ホークでブツブツ穴あけてこの作業は小友も楽しくお手伝いしてくれそうです。小友と楽しむのもこの時期だからいいのでは無いでしょうか。子供の頃は我が家では、梅酒飲んでいたのです。薄めて氷いれて、砂糖いれて飲むと美味しいのです。学校から帰ったら冷たい梅酒飲んでほっとするのです。友達が一緒だったので、友達にも飲ませたら大変、顔も身体じゅうが真っ赤に染まったのです。どうも私はお酒には強かったのか成れていたようなのです。お正月には御とそ代わりの日本酒飲んだのです。そんなくらいですが、体調も変って今は受け付けないお酒類です。でも梅酢はとても美味しい何方にも推薦出来るのです。梅と言えば、今年も、指にルビーのような、ゆすらうめが沢山実ったのです。ジャムにもしたのはもう昔の事です。その後は酢と氷砂糖と、酢でゆすらうめ酢を仕込むのです。これも美味しいのです。桃色の、すももの木もあったのです。なかなか実はつけても落ちてしまい、これは受粉が出来てなかったのでしょう。梨に袋掛けが行われているようです。なんでもてをかけてあげないと美味しい物は実らないのです。どうしたのか1度だけ実った事が有ったすももです。桃色の口に入る大きさだったのです。雨戸と窓の隙間に小鳥が巣を作ったようなのです、以前もそうだったのです。もう飛び立ったのでしょう。来年は蓋して置こうと決めたのです。台風がきたら雨戸は閉じなければいけないのです。巣箱作ってあげるのが1番いいのですが。今年はまだ、ホトトギスの声は聞いていないのです。なんともなく嬉しく成るホトトギスの声です。梅の時期が過ぎてカラなのかナ。病院から帰ったら迎えてくれたホトトギスの声だったのです。
2021年6月16日    (青梅の写真です)              
          

  

曙に きじ鳩ホーホー 吾を呼べ

     

       

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題「季節巡って淡々と」


季節巡って淡々と

巡る季節です。交差点で子供達の見守りしていた柴犬に感謝状が送られたようです。子供達は雨降りでも柴犬に会えると楽しみだった事でしょう。雨降りの日にはわんちゃんはレインコート着ていたのでしょうか。今日も学校の帰り雨上がりの道はブラブラ友達と楽しそうです。アスファルトの道にも小さな水たまりが出来ています。傘は持って虫探しです。花も滴乗せてシットリ濡れています。かたつむりが見つかるといいですね。蛙も乗せているかも知れないですよ。蕨餅の食べたい頃にも成ったのです。面白いものです。食べ物も季節に寄って変って来るのです。本わらび粉探すのです。宅配の最近です。ネットでは、和歌山県のくず粉、くず餅がお勧めのようです。綺麗な葛の花が咲くのでしょう。あじさい祭りの便りも届くのです、それは様々なあじさいのようですが、今は緊急事態宣言中です。子供達も何処かに出かけたい気持ちも分かりますが、目に見えない細菌はマスク無しでは2メートルは離れないと飛沫感染するようです。入場者減らしてのイベント会場も開かれているようです。今は夜明けも早いのです。早起きして綺麗な空気の中歩いてみるのもいいですね。夜もお帰りなさいのチャイムも遅いのです。人ごみ避けて、アサメシマエノヒトシゴトです。ご飯も美味しく成るでしょう。頭も冴えています。変ってしまった学校の勉強です。慣れていない子達はお勉強もいいですね。探して見れば近くにも大発見も有るかも知れないです。チャンスかも知れないです。出来れば迷わされる日々なのですが、大人も子供も、淡々と穏やかに生活が出来たら最高です。指導しなければいけない、守ってあげなければいけない大人です。その大人もどうしていいのか分からないのです。今までには襲った災害も、最近では新型インフルエンザです。スペイン風邪も、香港風邪も、今は予防注射が行き亘りましたが、まだ途上国ではポリオにかかる子供達も多いのです。ペットボトルの蓋でポリオのワクチンで助かるようです。子育ての時には予防注射に忘れずに通ったのです。江戸時代には、ナミアブダ、ナミアブダと呟いて襲う風邪や、どうしようもない災害から逃げたのでしょう。逃げ惑うしか無かったのデショウ。思えば何が変ったのでしょうか。何も変ってはいない気もするのです。進む化学と、医学と、今はITです。空飛ぶ自動車は子供の頃の未来の地球の本で見たのです。人間は足がなくなっていたのです。5gを肥えて、6gの時代だそうですもう分かりません。高速の飛行機もアメリカでベンチャー企業です、出来たようです。遠隔操作です。宇宙も遠隔操作。怖い事も起こるようです。自転車乗って遊んでいた頃が懐かしく成るのです。雨降りも、傘さしてレインシューズはいて傘には雨の音です。水たまりぽちゃぽちゃ歩いて、ツノだしたカタツムリ大きいのです。探した日に戻りたいきゅうそくに変化した地球です。色々見てきたのです。体験してきたのです。何時の世も任せるだけなのでしょう。その中で自分らしく淡々と生きて行く事が残された選べる自由なのです。運命が有るのなら、それも運命、運命の中で淡々と生きて行ければ肩の力抜いて穏やかな心に成るのです。 2021年6月15日    (蘭あじさいの写真です)         
          

  

湿る日や 点字タイプに 跳ねる吾

     

       

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題「お茶目な妖精」


お茶目な妖精

愚痴ったりしては、ついいけない、いけないと思いながらも心が荒む事も有る最近なのです。涙が出てきたり歌歌うのも忘れたりもするのです、ラジオのニュースにうっとうしいなとスイッチ押して消してもしまいホットするのです。不整脈がアー又苦しいと自分で測れない血圧です。測ってと頼むのです。失心して気がつくと1時間は過ぎています。コロナが無ければとあれもしたかった、あれもと後ろ向きに成るのです。人の心の中は不思議です。そしてどうにでも変かもするのです。気持ちの持ちようのようです。上手くストレス解消出来る人もいます。又悲しい事件も事故でしょうか。起こるのです。長い時間の間には私も悩んだり落ち込んだりしては、家族には助けられても来たのです。とても1人ではここまで来られなかったのです。家族だけで無く大勢の人達のお陰なのです。病持つ私は特にです。でも楽しい事も沢山したのです。ママ友とも誘い合ったり、お招きしたりもしたのです。抱きしめられた看護師さんです。応援してくれたお医者さんです。笑顔くれたリハビリ室の先生達。美味しい食事作ってくれた食堂の人達、日替わりメニューも有ったのです。今なら、金目鯛か、お肉料理のどちらにしますか?看護師さんが希望聞いては用紙に書き込んでくれるのです。洗濯物アイロンかけて持って来てくれるのです。仕事しながらの看護です。そしてデールームで一緒にお昼食べるのです。具合が悪い時も有るのです。そんな時には悲しそうな顔しないでね。障碍者センターの先生達と仲間達。昔からの友人達。古里の、近江平野は思い出の何時も忘れられない勇気もくれる場所なのです。白い長い土塀伝えば、くぐり門潜れば母が好きなお茶の木が並んで白い花を咲かせるのです。ヤギに、鶏小屋、ヌクヌクの産みたての卵も集めたのです。土間には牛小屋がいます、板の間で足ブラブラさせては牛と話すのです。笑い声とお餅つきのあの音も聞こえてきそうです。二十歳には、家族と、二十歳に成りましたの報告です。親戚にも仕立ててくれた、金糸、銀糸の御所車紋様の振袖着て、古里の屋敷にも行くのです。いとこと家の回り歩いたのです。竹藪にはサラサラ細い川も流れています。三つ葉も、ふきのとうもそこら当たりに一杯です。母は大きなトマト育てたのです。思い出す事ばかりです。汽車に乗って大阪に行ってからも度々帰った古里です。窓から眺めては歌うのです。蔵の上は危ない階段だったようです。私が母のお腹にいる時にはホイホイ母は階段登ったようです。いとこから思い出話聞かされては又懐かしい古里に成るのです。モンペも縫ってくれたよ。勉強も教えてくれたよ。カニが好きやったよ。お豆腐作ってくれたよ。「そういえば母と二人で時々カニ食べたのでした」お墓参りも行くのです。大きな墓はそろそろ壊すわと聞いて少し寂しくも成るのです。今はすっかり変って、4車線の国道も出来ているそうなのです。おじいちゃんに、おばあちゃん、おじさんに、おばさん、従妹達。賢い犬は新聞咥えてきたのです。大阪にはその犬の子供連れて行ったのです。家族に成って何時も側に有る古里なのです。青い琵琶湖はついそこなのです。菜の花が美しい滋賀県です。今も迎えてくれそうな産まれて育った、父の産まれた、母が嫁いだ、兄と、私が産まれて育った古里なのです。盆踊りには、江州音頭を、お盆には遅くまで1人大人に混ざって踊るのです。京都の美しい「大谷祖廟」には今は紫陽花が飾っているのでしょうか。みんながいるのです。私を待っているのかな。声が聞こえる気がしてきます。
2021年6月12日   (桃色のあじさいの写真です)           

  

梅雨の声 午前0時の 深呼吸

     

       

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題「紫陽花花暦」


紫陽花花暦

何と多くの花達がこの地球上に存在しているのでしょう。私が知っている花達よりも気が遠くなるくらいに多くの花達が産まれて散っていっているのでしょう。日本で限って言えばですが、寒い冬の季節にも、春が来ても、太陽燃える夏が来ても、秋は日本中を七色に染めるのです。そしてハラハラちるのです。吹き寄せたそんな七色の落ち葉に喜んだ日も有ったのです。そして今は紫陽花の咲く頃に成ったのです。音声PCを学習した時にはもう何年前になるのか。障碍者センターでたまたま元気な身体の時に丁寧に教えて頂いて今はもうこのPCが無ければ毎日が生きているかどうかも分からない日々に成っているのです。そんな時に始めたのが「七星天道図鑑」だったのです。青い紫陽花が郵便局に行く道に咲いたのです。雨を乗せた大きな紫陽花ダッタノデス。毎年咲いてくれるのが楽しみだったのです。我が家にも同じような青い大きな丸い紫陽花が咲いたのです。息子が小学生の時に文化祭で作った、黒い竹模様の筒の花瓶に生けたらよく似あったのです。国営昭和記念公園の紫陽花畑にも行ったのです。触れたのです。ずらり並んだそれは様々な紫陽花だったようなのです。お願いしてヘルパーさんと行ったのです。まだら模様の紫陽花ヨと教えられるのです。紫陽花の思い出は、父の俳句にも有るのです。やはり大きな紫陽花だったようなのです。その俳句を色紙に書いて残したのです。この時期には立葵もやはり雨に濡れても鮮やかな色を増して咲くのです。1度だけ我が家にも咲かせてくれたのです。大きな植木鉢に植えたのでもう1年切りにしてしまったのです。綺麗に咲いてくれたのです。立葵の所まで行ってみようよと、ピンクや、黄色や、水色の花にタッチして帰ったことも有ったのです。その立葵はまだ美しく雨に咲くようです。そうでした。郵便局に行く道の「紫陽花小道」と書いたのでした。その紫陽花も今はもう道を狭くするからでしょうか。揺れて雨が紫陽花を跳ねさせるのでしょうか。だから切られてしまったのでしょうか。長い年月が流れたのです。毎日花の暦がある様です。紫陽花の花言葉は何なのでしょう。移り気か?七変化?ポンポン跳ねる愛らしいお嬢様でしょうか?白い紫陽花よと教えられて、頭に描くのです。そう言えば浴衣の模様に紫陽花が描いて有ったのです。母に初めて教えてもらって縫ったのでした。今日も夏日のようです。紫陽花が雨が欲しいと言っているように思われます。紫陽花は挿し木でも増えていくようです。花も何時でも好きな花が手に入るようです。母の日に注文するようです。花キューピットですね。世界中からも届くのでしょうか。母から甘い香りの胡蝶蘭が届いた時が有ったのです。部屋中飾って母が来た様だったのです。胡蝶蘭と共にです。6月10日の花は、美女撫子。花言葉は。かわいらしいのようです。楽しい花暦ですね。 2021年6月10日   (マダラ模様の白い紫陽花の写真です)          

  

気がつけば 背中丸めた かたつむり

     

       

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題「不思議の世界に行きませんか?」


不思議の世界に行きませんか?

不思議と聞けば先ず宇宙天体、銀河の事が浮かぶのです。先日、皆既月食を見られた人も多いようです。小学校の校庭で皆既日食は見たのです。下敷き通してだったのです。子供達は、今はブラックホールに興味が有るみたいです。扱い慣れたIT機器で調べるようです。月にうさぎがいると教えられた子供の頃にはアポロの映像が不思議だったのです。クレーターをフワフワ飛ぶのです。テレビに見入ったのです。すこしがっかりでした。驚きも有ったのです。亡くなった子供が月にいると言われているアイヌの本も子供と読んだのでした。私の頃には学校で作って来た動く月のうさぎがお餅つく工作だったのです。帰り道動かして早く家族にも見せたかったのです。お月見も楽しい行事なのです。天気予報氏が、流星群んが見られますと言えば、喜び、宇宙の話には心が弾むのです。それは創造できるからなのです。民間でもロケットも打ち上げてもいます。小惑星も大成功。夢が膨らみます。時空肥えての不可思議です。膨張していく宇宙のようです。もう私にはこれこそ不可思議の世界です。月の横に並んだ惑星達です。天体ショーも見られるようです。入院中には、リハビリの先生が、綺麗な西に見えるだろう夕焼けだよと走って来てくれた時が有ったのです。古里が同じだったからなのです。気持ちが嬉しいのです。恐竜好きな子供達が多いようです。よく勉強しています。今は博物館には行けないですね。発掘されて行く恐竜時代です。小さな不思議に触れたのは、顕微鏡見た時だったのです。雪の結晶見られたらいいのですが、化学室で何見たのかは覚えてはいないのです。小さな植物だったと思うのです。もっと小さな時には、本のふろくでついてきた、虫眼鏡でした。今は大きな拡大鏡有るのですがもう置きぱなしなのです。大きく見えたのです。役にたってくれました。鍼の穴も画面一杯見えたのです。糸通して着物も縫ったのでした。今日は美しい花のお話しです。蝶に成ってみたら、花粉は雄蕊、真ん中の雌蕊が不思議なのです。可愛いのです。うさぎ花と名ずけました。黒いのは何なのでしょう。うさぎの目のように見えるからうさぎ花なのです。蘭にも似ています。紫色は蝶を呼ぶのでしょうか。香りなのでしょうか。うさぎ花の香りがするのでしょうか。このうさぎが呼ぶのでしょうか。カメラ近くで蝶になって見るのです。大きな不思議も、小さな不思議も有るとしたら、近くにいるのは小さな不思議でしょうか。菜園には、きゅうりが早くに育っています。朝露にイガイガも痛いのです。花も咲きました。可愛い花です。茄も可愛い花なのです。茄の色です。描いた時が有ったのです。天道虫も来るのです。花には、このうさぎ花にも、甘くて花の蜜に寄ってくる蟻も、蜜蜂も、こうして花は散って行きそして、全てを託して又命が再生です。花は散るから美しいと思うのです。このうさぎ花は不思議の花です。ラジオは消しました。ニュースも聞きません。不思議の世界で息継ぎなのです。宇宙も夢が大きく明日を怖がらせはしないのです。風に揺れて咲く不思議の世界の小さな世界に行くのはほっとさせてくれるのです。蝶に成って不思議を遊ぶのです。 2021年6月1日  (紫色の不思議なうさぎ花の写真です)         

  

蛍来い ともしび辿れ 道案内

     

       

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題「太陽が一杯」


太陽が一杯

今日は朝から蒸し暑いのです。又よく眠れ無かった私は早起きして、友達のあの子に電話しようか。顔が浮かぶのです。もう明日で5月も終わりだなとラジオの天気予報にまだ夕方からは雷注意報も出ているのです。その当たり1回りしようかと言われて、そうね、行こうか。マスクに、サングラスして、ツバの広い帽子もカブッテ行くのです。肌はなるべく出さないようにしてです。もう夜明けが早くて太陽は夏のようなのです。角の家には今頃は枇杷のみが実るのです。きっと実っているのだなと思いながら、あの大きなタネの枇杷の実は小鳥の御馳走に成ってしまうのかなと思っていたら、どっちに行こうかと尋ねられたのです。私がまだ美容院に通っていた頃の美容室の前通って行くのです。小学生の時の息子の友達の家も通ります。もう何処かのホームにでも行かれたのかな。空き家に成っているようなのです。新しい家が建って行くのに、空き家が多く成っていくようなのです。左に曲がったようです。又息子の友達が居た家の前です。引っ越しされて、大好きな民謡踊りの仲間達とは今は集まれないのでしょう。近所の祭りにも来ていたのです。夏祭りも、花火大会も中止です。肌が出ている所がジリジリ焼けるのです。太陽です。あの太陽が一杯思い出すのです。アランドロンです、日本人にも好まれたアランドロンの映画、禁じられた遊びも、鉄道員も、父について映画館にもよく行ったのです。多分その時に見たのか。洋画も、邦画も、怖い映画も、悲しい映画も、学校からも、友達とも、見に行ったのです。今日は本当に太陽が一杯です。車椅子に乗っている膝も焼けるのです。帽子も、目深にカブッテ、何軒も建った家ももう売れたようです。トンボが飛んでるよと聞かされます。何トンボかな。土手に遊びに行った時には、しおからとんぼが飛んでるよとまだ跳ねていた私だったのです。暑い夏も、太陽も大好きだったのです。おはようございますと挨拶したようです。何方だったのと聞くのです。何時もなら私も大きな声で挨拶するのです。散歩の人は何方も朝の挨拶してくれるのです。だから知らない方にでもです。帽子目深にカブッテいて太陽が一杯の映画の、たぶんカセットテープにも吹き込んだ綺麗な曲口ずさんでいたのです。マスクに、サングラスに、帽子、奇妙です。それに何か歌っているのです。自分ながらに、太陽に焼けておかしく成ってしまったのでしょうか。帰りは何時ものお宅の前です。みんな閉じ籠りで、奇妙な姿は披露しなくてもすんだのです。整地された土地には、9区画あるなと言っています。まだ建築は始まっていないようです。息子が電子オルガン習っていた先生の家もここに有ったのです。小さな時にはオルガンは家にも有ったのです。息子が選んで引いたのは。オーマイパパも、幌馬車も、渋谷まで発表会にも行ったのでした。渋谷もハチコウ見る事もできたのでした。アノ頃は待ち合わせの場所、携帯も無かったのです。途中で入院して、チェッカーズの曲も引いて、私は手拍子、お客さんは歌っていたのです。やってみたいという事はみんなして、大学で友人が出来たのは、この電子オルガンのお陰だったのです。今も大切な友人なのです。私もヘッドホーンかけて引いたのです。ペンションが流行った頃にもお父さんとも何回も自転車乗って見物、したり、友達ともテニスしにも行って。私と行こうと言っていた時には又入院して、行っておいでよと二人だけで行った事も有るのです。手焼きの、フスマパンが土産だったのです。沢山の写真とです。これからも、今の困難は乗り越えるのです。太陽が燃えている限りに子供達も若者達も生き抜くのです。 2021年5月30日   (太陽のような黄色い花の写真です)       

  

叶うなら この手に受けん 沙羅双樹

     

       

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題「公園のどよめき」


公園のどよめき

覚えておられる方はお元気で長生きされている人達が多い最近です。大勢おられる事でしょう。新幹線が走って、開催された東京オリンピックです。快晴の青空1面にあのオリンピックの、五輪を5色で描いた美しい航空自衛隊のアクロバット飛行、ブルーインパルスです。本当言えば美しい五輪の輪は記憶には有るのですが、オリンピックを飾ったアクロバット飛行隊が、ブルーインパルスだとは知らなかったのです。大阪万博ではEXPO70と描いたのです。新大阪駅も大阪を変えたのです。そのブルーインパルスが富山県のチュウリップ祭りにも、あの大地震の慰霊にも、コロナにも応援のあくろばっと飛行をしたようです。「遠くからも見えます、3密にもならないように見物してください」とラジオのアナウンスでした。どんなアクロバット飛行が見えたのでしょう。オリンピックのあの五輪の輪を創造するのです。突然の轟音でした、何の大きな音がしたかと思ったら、そのブルーインパルスが飛んで行ったのです。久しぶりにの車椅子の公園行きだったのです。自動車に乗って行くのです。家の中では肌寒く上着も着ていた私は、行きたいけどどうしようか、身体に自信が無いのです。血圧測って、痛み止めも昨日から呑んでいるのです。大丈夫かな。折角の調度良いお天気のようなのです。あまり暑いといけません。行こうと決めて、熱中症にも水持って、マスクして、マフラーまで持つのです。肌には、半袖です。カーデガンも忘れないでと言うのです。手には、安定剤握っているのです。玄関からは庭に出たら車椅子です。自動車まで車椅子です。自動車に、車椅子つみこんでくれて、私は後ろの座席に手借りて乗り込むのです。席では足が震えます。マフラーはいらないようです。到着です。静かです。膝掛忘れたよ、いいよ、カーデガンかけておくね。肌に当る風です。水のはいったポットも車椅子の横に置くのです。安定剤は握ったままです。説明してくれるのです。大きな音は草刈りの音のようです。あんなに大きな音しているのに、小鳥が後歩いているよ。掘り起こされた土から虫達餌が出てくるのを食べているようです。草のにおいがしてきます。小鳥達の声も聞こえます。アー鶯があちらにも、こちらにも上手です。他の小鳥達も曇り空に楽しそうです。ご夫婦で散歩の人もいるようです。子供達の声がしないねと、本当です。川も流れています。水が少ないなと覗いて、そうね雨降ってい無いからね。川に飛び込んで水浴びかな。している小鳥がいるようです。パターゴルフの何時もの仲間達は見当たらないようです。その当たりには「密を避けましょう」と有るよです。ブランコの所で休憩しようか、車椅子おしてくれるのも疲れます。安全運転です。喉も乾きました。ブランコは遊ぶ人も無く静かにそよ風に揺れてもいないのです。こわごわ座ってみた日はもう遠い昔です。置きざられた鉄棒も、ブランコも、つい心寂しく成るのですが、聞こえる音は小鳥の囁き。大きなブルーインパルスの飛んでいく音に空を見上げたようです。ブルーインパルスの説明してくれるのです。気持ちがいいね。いつの間にか来て良かったと身体が緩む私なのです。昼食はなにが食べたいのと聞いてくれるのです。メキシコバナナがまだ有るよ。揺れる肌撫でて行く初夏の空気に触れて、アンパンが食べたく成ったのです。大きな北海道の小豆と栗が入ったアンパン1個丸ごと食べてしまった私です。いつもの手作りパン屋さんです。ヨーグルトに、豆乳でした。又庭で食べたいな。今度はアンパン半分にしないと太ってしまう。腹8分目だよね。ルビー色の山桜桃梅が実ったようです。今年は作れるのかな、山桜桃梅酢です。なんにでも甘くて美味しい山桜桃梅酢なのです。もう直ぐじゃが芋の花も咲くのです。 2021年5月29日(緑の竹林の写真です)  

  

1碗の 湯気吸い込んで 茶飯かな

     

       

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題「小鳥歌って川は流れる」


小鳥歌って川は流れる

早起きしてドライブがてらの長い道を行くのです。もういよいよです。山道に入ったのです。路の両端には緑の大木も並んでいるのです。長い道なのです。何の木なのでしょう。スーと自動車の中でも空気が澄んで来た酸素タップリのようです。朝早くても大木に囲まれて少し薄暗く成ったようです。夜が来たかと思うのです。時々すれ違う自動車も走ります。いよいよ到着です。この当たりには、釣の仲間もいるのだけれど、今日は、約束もしていないのです。新しくマンションも建っているのです。いいねここに来ようか、そう思わせてくれる気持ちの良さなのです。散歩の人も居ます。そして地元の人達は川の周りや川の中の魚の動きも見ているようです。結構もう自動車も来ていたのです。広い駐車場も空いています。朝早いのでどうかなと思っていたら、川遊びの人達も、勿論釣り目的の人はいい穴場探して歩いている人もいるのです。歩けた時には、宿泊所も有って、友人達とも、家族でもお風呂も有ります。宿泊した事も有ったのです。会社の寮の、箱根の登山列車は、ギアーチェンジだったのです。博物館も有って、家族で行った時には、疲れて休んでいたらお土産には、雪の下の白い花の入ったペンダントを買ってきてくれたのです。話が跳びましたが、川の流れる音聞きながらは、無口に成るのです。吸い込まれてしまいそうな流れの音です。朝の湿った空気に小鳥達の可愛い声もするのです。食事だけでも出来るのです。これは歩けた時にも、車椅子に成ってしまった時にも友人とも待ち合わせの場所です。山女魚も他にも食べたのです。お土産も買って帰るのです、だから久しぶりのゆったり流れる、多摩川にのドライブなのです。朝の小鳥の声にはほっとさせられるのです。まだ朝露に湿った木の葉です。そこら当たりも湿っているのです。以前は大きなつつじの花畑が有ったのです。手入れする人がいたのです。台風で大きく川の流れも変って行くようです。釣り師にはポイント探しにこれも慣れていないと難しいようです。釣りはしなくても気分は晴れるのです。釣り師は竿は出したいようです。鮎釣りはとくに縄張り争いでグイグイ引く竿がなんとも言えない楽しさのようです。山女釣りは私も釣果には釣果は楽しみなのです。さっぱりしておいしいです。雪が残る3月が解禁ですが、多摩川では無いようです。今は他県には行けない時期です。そうで無くてももう遠い大きな川までは家をあける事も出来なく成ったのです。私がいるからです。今度は秋にはどうかな、少しは落ち着いているのかな。山梨県にも行きたいね。ヘルパーさんも頼んでね。家の近くにも川も有るのです。人は川が好きなのでしょう。クルミの木も有ってみなさんは実ったクルミの実を集めていたので、私達も真似て集めた事も有ったのです。あの固いクルミです。川の流れに何時かか到着して、そこで又クルミの木に成るのは、幾年かけて実にも成るのでしょう。川の流れも、クルミの木も気の遠く成るくらいゆったり生きているのです。そんな気持ちに成れるから、川に来れば笑顔で帰って来る筈です。梅の時にも人出が多いのです。鮎見橋には梅見のお客さんです。鮎見橋が揺れるのです。多くなった川鵜です。早い台風シーズンが来るのでしょうか、暴れ川に成らないように、怖かった大きな川の氾濫も有ったのです。嘗めてはいけない大自然です。夏に向けて水には注意したいものです。臆病なくらいでいいのです。熱中症にも注意です。コロナには勿論対策しましょう。 2020年5月16日           
   (多摩川の写真です)  

  

何の真似 夢見心地で 鮎を釣る

     

       

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題「結婚しようよ?6月の花嫁さん」


結婚しようよ?6月の花嫁さん

若い男性が髪の毛を長く伸ばしていた頃が有ったのです。その時に流行って歌った、結婚しようよです。今結婚も式もあげられ無いで寂しいお思いしている若者もいるのです。家族達もです。祝ってやりたいのに、友人達も招待して、花嫁さんの披露です。拓郎が歌った明るい歌だったのです。仲間を呼んで花をもらおうよ。そんな時代が早く戻って来たらいいのにと思うのです。真っ白なドレスにしようか、ピカピカ光っています。キンコンカン教会のカネです。厳かに神主さんの三々九度です。綿帽子に、羽二重の白無垢です。祝われて新しい門出です。6月の花嫁さんは、微笑み色のパールなのか。ネックレスの純白光るパールなのか、ジューンブライドは花一杯、明るい夜が明けてブーケには色取り取りの花ばかりです。長い冬が明けて明るい6月春が来た、ヨーロッパのようです。だから6月の花嫁さんは幸せに成れるようです。シトシト、雨の梅雨入りの日本の6月の花嫁さんです。今は、海外でのお式をする人達も増えたようです。海外旅行も毎年の5月からの終わりの連休には、日本脱出の人達で空港は満員だったのです。クルーズ船での長い世界旅行です。新幹線で子供達は初めての一人旅もするのです。大冒険です。駅で心配そうに待っているおじいちゃんです。自家用車にはお土産も積んで古里に里帰りです。長い渋滞にも負けないで、久しぶりの方言も、訛も古里が近く成ると出てくるのです。御馳走作って待っている懐かしい家族たちです。久しぶりの友人達とも会えるのです。産まれた街を学校を花嫁さん連れて、歩くのです。アラ可愛いお嫁さんねとお菓子屋さんのおばさんにも挨拶です。お嫁さんはちょっとお母さん、お姑さんと仲良くキッチンで町の御馳走作るのです。田舎料理も教えてもらうのです。旦那さんが、彼が食べていたお料理だからです。それも出来なく成ってしまったのです。オンライン結婚式もしたカップルも有ったようです。お嫁さんに憧れた子供達も昔はいたのです。子育てにも大変な頃にも成ったのです。子供達は、本来の子供のエネルギーを持て余しています。大人もなのに、工夫が必要です。今まで通りではやっていけないのです。お母さんは疲れているけど、ギューと抱きしめてあげたいものです。走って帰って来て、お母さんと飛び込んでお話も聞いて欲しいのです。毎日違った事の発見です。お友達もまた出来たのです。遊びも教えてもらって、ねえお母さんサッカーボール買ってよね。クルミ団地まで自転車で行ったんだよ。準備していたおやつも一緒に食べるのです。アニソンも歌っています。大イベントです。私は白無垢姿に包まれたのです。大勢の親戚達や友人達に囲まれての祝われての思い出なのです。参列して下さったみなさんの心の隅にでも残っていたらいいのになと、今はあの日の事を思うのです。すっかり変って、女性も、やりがいの有る仕事も持って家事もお互いに出来る人がなのか、分け合ってしているのか、子育ても、まだ行き亘ってはいなくても、子供とにとってはよい環境が出来たのでは無いでしょうか。少し無理矢理だなとおもう時も有りますが、女流作家とか、女性が頭につかなく成ったら本物ですね。お年頃に成ってきて、女性はフックラ身体が変化していくのです。男性は逞しく成っていくのです。男の子だからなかないのよとは言わなく成ったようです。よくなく男子のようですよ。涙は流したほうがいいみたいです。わざわざ悲しく成るビデオ見て涙も流してしまうと、精神的にもいいようです。お医者さんです。目も綺麗に成りますよ。気分もさっぱりしますよ。6月の誕生石はパールです。白い色が似あいそうなサワサワ雨降りでも傘さして、黄色い長靴はいてポチャポチャ、水たまり歩いて、でんでんむし探すのです。御隣に朝顔の苗差し上げたようです。今日の日は無事に終えました。 2021年5月15日         
   (白いカップに飾った白いドイツ鈴蘭の写真です)  

  

    鈴蘭や 誰の仕業か 卓の上

     

       

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題「爽やかな朝の芽吹き」


爽やかな朝の芽吹き

広がって今までの仲間達とラジオ体操始めた人もいるようです。緑の芽吹きの頃です。多分です。ずっともう長い間家の中ばかりです。外に出たらヘルパーさんに教えてもらうのです。咲いてるよとです。5月デス。茶摘みも終えて新茶も出回っているのでしょう。日本茶を飲飲む人が減ったようです。茶畑が飾った日本です。蒸して紅茶のように、ウーロン茶のようにでしょうか、するようだと聞いたのです。コーヒー飲む人が増えたようにも感じていました。お年よりも昔飲まなかった人までもが、日本がインスタントのコーヒー作ったのですよね。サイホンで美味しいコーヒー豆買ってきて、ガリガリ砕いて飲んだ日はもう何十年も前の事です。まだサイホンも有るのです。いつかいつかと思いながら、デミカップも磁気の黒い5つせっとなのです。何も出来ずの長いステーホームを送ってしまいました。鮎釣りの竿もどうしようか。海釣りの竿もどうしようか。リールもどうしようか。カメラもどうしようか。私のバッグ棄ててね。置いておいてもしようが無いわ。洋服も、着物も、着物も。野球のグローブは置いておいてねと頼むのです。日々追われて今日も何も出来なかったのです。草匹もしてくれたのです。朝が来て、早起きです。もうベッドにはじっとしていられないのです。転んではいけません。手すりによく捕まって車椅子に移動です。やっとべっどから解放されたのです。動けないベッドの上の私だからなのです。車椅子に乗ってあちこち触れながら移動です。辿り着いたら口の中うがい薬でうがいです。ぽちゃぽちゃ顔も拭って、朝の仕上がりです。お早うと声かけです。机の上のポットの水飲むのです。PCのメールのチェックからです。爽やかな朝のようです。ラジオの仲間が教えてくれるのです。スポーツニュースも聞くのです。新聞の、内容も聞かせてくれるのです。美味しい物食べたいね、何がいいの、もう買って来るものには飽きてしまったのです。宅配も多すぎるのです。それに私は食事には注意なのです。穢れの無い朝の空気です。芽吹きの音が聞こえてくる気がするのです。庭にも芽吹きです。夏の花はもう萎苗はみなさん植え終えたのでしょう。百日草も咲かせたいのです。咲かせた事も有ったのです。金魚草もです、小さな向日葵。アベリアも見たのです。大きく咲くのです。緑がもう直ぐ木々を覆ってしまうのです。その前の芽吹きです。朝が来ましたよ。御隣のもうおばあさんとよんでもいいのかな。よく頑張っているのです。長い道では無いけれど。毎日何回も歩いているのです。合えばお話もするのです。少しだけ腰が曲がってしまったけれど、お元気なのです。朝の散歩も欠かせません。垣根には可愛い、ネモフィラの花が咲いているようなのです。お1人くらしで、お洗濯もしているようです。朝が早く成って、今度は何の花が咲くのでしょう。そうそう、平べったい、紫陽花も有ったと覚えているのですが今年も咲くのでしょうか。薄緑の若葉が、大騒ぎの日本列島をゆったりと眺めて何言っているのか、そんな気がするのです。夜明けの地球に日本に、ドタバタ騒がずにねと言っているのか。仕方が無ねと言っているのか。成るように成るよと、産まれて来た地球は有ったんだよ色々ね。せめて朝だよ。深呼吸して、空お見上げて背伸びして、出来る人だけね。車椅子に乗っても万歳イ出来るよね。朝の歌歌おうよ。朝が明けた事に喜んで。乾杯しよう。 2021年5月13日
   (銀杏の芽吹きの写真です)         

  

    朝明けた 覗きに行こう バラの寺

     

       

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題「ドイツアイリスは虹越えて」


ドイツアイリスは虹越えて

玉ねぎの革茶は飲んでいますか。玉ねぎ食べている人は多いとはおもいますが革茶は玉ねぎの何倍も効果が有るようです。サプリメントが色々迷うくらい出回っているようですが、なるべくなら自然の物で体には入れたいものです。今の時期体にとっていいからと食べ過ぎたり、飲み過ぎたりして逆効果、適量にしたいものです。おばあさんが玉ねぎの革が箱に置いてあったのを袋にいれて持って帰ったようです。もったいないわ。昔ながらのおばあちゃんの知恵ですね。ゴボウも食べて、蕗も繊維が一杯。手入れは大変だったのですがそれも楽しい作業だったのです。今は何でも料理がし安く缶詰めになっています。豆ご飯も鞘からだして転がる豆です。結ったりとした時間が流れたのです。ラッキョウ漬けの季節も来るのです。梅スも、梅干しは塩分調節の為に食べられなく成ったのですが、暑い夏に干すのは甘い香りに包まれて幸せ一杯の時間なのです。ラッキョウも塩漬けも終えて、塩抜きして、甘酢に漬けたらコリコリ長い時間かけて、出来上がりなのです。そしてアイリス、アヤメの綺麗に咲く頃にも成ったのです。色も様々。九州にはもう早い梅雨入りのようです。又大雨に成るのかと思うと憂鬱にも成るのですが、大急ぎでカセットテープに、ダビングです。FMの2時間の私の時間なのです。新しい曲も覚えて今は、雨の歌、雨に歌えば、気に入れば、レコードも買うのです。おやつも作ります。果物入れた、蜜豆は冷蔵庫で冷やして置きます。豚カツ揚げてパンに挟んで分厚いカツサンドも食べ盛りには足りません。ミキサーでミックスジュースもセロリもバナナも、レモンも何でも入れてお腹すいたよと走って帰ってくる時間みて作るのです。散歩道にはアイリス、アヤメ畑も有るのです。有ったのです。今はどう成っているのでしょう。街は変って行きました。宇宙船に乗って地球に帰って来た、野口宇宙飛行士です。「地球は青かった」とガガーリンが言ってから幾年経ったのでしょう。アポロもフワフワつきノクレーターを遊ぶのも見たひは何時の事。視覚障碍者は、ナビで歩ける人は、以前よりも自由に歩けるようです。カーナビも誘導してくれます。自動電車も、資格無しで運転です。子供達が憧れた、運転手さんも今は、縄一本有ればごっこ遊びは何でも考えてそこら当たりの大きな子も、小さな子も集まって遊んだのです。何がいいのか分かりませんが、格差が広がる此の頃のようです。オンラインも、子供達も、俄かに与えられたITの扱いにも戸惑っているのでは無いでしょうか。もうとっくに慣れている子もいます。自分で選んでいくら子供でも、もう何でもわかるのです。思い出しませんか、大人の考えてる事は何でも分かって居たのです。逃げこんで、大人も吐き出せなくて、後遺症に成って行く人も多ようです。何時の世も変らないのなら、せめて自由に人生選んで生きたいものです。日本らしく行きたいものです。これが日本です。胸張って、私は褪せってでも新薬に挑戦したのです。アメリカではもう認可されて使っていた私の病の新薬ですが、日本はそれでもまだ研究重ねて2年待ったのです。体も違います。病も違うのです。そして藁にも掴むおもい覚悟して、コロナワクチンと同じです。家には菌が入らないように、息子には来ないように、決められた所に見えない私は打ってもらうのです。綺麗に消毒します。鍼も、病院にしっかり」かえすのです。結果はだめだったのです。病院で打ち方も何日かかけておしえてももらったのです。体も壊しました。どんな予防注射にもリスクはあるのです。子育て中には、受けなければいけない予防駐車が有ります。でも日本は受けない人が多いようです。まず、子宮頸がんは受けたほうがいいのです。ポリオも打てない国も有るのです。私の子供の頃はポリオの友達もいたのです。私の仲良しの男の子です。私の病は、もうフランスでは遠い昔に分かっていた病だったのですが最近日本では改められたのです。花菖蒲の花でもあの日の思い出思って穏やかに今日の日を送るのです。 2021年5月13日
   (ドイツアイリス;菖蒲の写真です)         

  

    菖蒲池 戦忍ばせ 凛と咲く

     

       

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題「アカシアが咲いたよ!子猫も一緒」


アカシアが咲いたよ!子猫も一緒

歩こう会も今はもう集まれ無く成ったのでしょう。電車に乗ったり、ヘルパーさんの手借りて目的地は、何処なのでしょう。メールが回って来ていたのです。美味しいお蕎麦食べに行きましょう。甘いにおいの薔薇にもクンクンにおいかぎましょう。トゲにささります。においだけにして置きましょう。鼻の先は遠くにしてね。そんな楽しいメールも回って来なく成ったのです。5月の薔薇です。ヘルパーさんが素晴らしい名前のついた薔の薇花の色も、形も説明してくれるのです。庭には鈴蘭も咲き誇る頃なのです。甘い香りがするのです。薫風に乗って香って来るのです。もう花壇にも行けなく成ったのです。でも思い出は消える事は無いのです。七夕の夕べもお知らせも来ないのでしょう。ヘルパーさんと行ったのです。朗読の会のみなさんが練習重ねた楽しい時間も流れます。自己紹介もしたのです。庭の大きめの物置小屋の下は深くあいているのです。今年も又もう猫が、赤ちゃんを産んでいると言うのです。子育てには具合が良い場所のようです。何匹かはこの当たりには猫は飼われているようですが、物置小屋の下の猫の家族は野良猫のようです。雨にも打たれる事も有りません。猫の子育ては何時までなのか、猫は飼っていたのですが雄だったのです。雄は面白いですよ。お隣の猫は雌で長生きしたのです。ユキチャンです。縁側にねそべって余生も送ったのです。猫が天国の島が有ると聞いた事が有る気がするのです。猫だらけで、人は居ないのでしょうか。お猿さんの天かのもみじが綺麗な場所も有って行ったのです。本当に自由にしているお猿さんだったのです。子猫は自分で餌も捕ってどのくらいで1匹で生きていけるのでしょうか。物置小屋の下には何色の何匹の猫の赤ちゃんがいるのか知りたい気もするのです。餌には、トカゲもいます。蛙もいます。何が好きなのかキャットフードよりも美味しいのかも知れないです。我が家の猫五郎君は、寅の性格そのものでした。賢くて、素早くて、甘えん坊だったのです。1匹めは早くに家を抜け出して、何処かに居なくなったのです。猫も性格が大きく違っているのです。子供は猫や、犬を友達からもらってくるもののようです。捨て猫も、捨て犬の赤ちゃんも抱いて帰って来るのです。我が家の、五郎君は友達からもらって来たのです。パンダウサギも飼ったのです。小屋も作ってくれたのです、頂いた奥さんは、飽きたら食べたらいいよと言うのには驚いたのですが、昔はうさぎは食べたのですね。子供の頃は、ウサギオイシカノヤマは知らずに歌っていたのです。山に行ってうさぎの狩猟です。うさぎの毛の襟巻も持っているのです。おじさんの家には、大きな鳥の剥製も有ったのです。何か怖かった思いがしたのです。今は生き物と人間は変化はしたのでしょうか。熊が里に下りてきて人は山を侵すのかも知れないです。そんな頃にアカシアの花も咲いたようです。公園に行けば初めて触れた時のあの名札がつけられたアカシアの花が咲く頃なのです。子猫も産まれて、子犬も、アカシアの花も咲いて。気持ちのよい夏日には、餌の為に五郎君にと、川に鮠つりに行って釣りキチ三平は、お土産一杯ご満悦です。五郎待っててね。 2021年5月12日         
(アカシアの花の写真です)                       

  

    空を跳ぶ 猫知らぬまま 子猫かな

     

       

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題「遠き日の思い出の手作り鯉のぼり」


遠き日の思い出の手作り鯉のぼり

もう何年前に成るのか、迎えに来てもらって車椅子のまま乗り込んで、デーサービスに行っていた時の事なのです。まだ元気も有って、自動車の中でも挨拶です。順番にお家を回って今日の日を楽しみに待って居た人達を集めて回るのです。それも楽しい時間なのです。はいと飴玉くれるおじさんもいるのです。古いコイン持って来たヨと言うのです。お花持って来た人もいるのです。今日は鯉のぼり作るのです。最終仕上げです。私は特別に作品はなんでもみなさんよりも2回り大きく作るのです。と言うよりも、殆ど手伝って頂くのですが、出来る所はなるべく自分でやりたいのです、だから教えて頂いてヘルパーさんの名前呼んで、ここどうするのですか。次は尾鰭ですねと言うようにです。布を綺麗に切る事は難しいのです。これだけはお願いするのです。担当に成ってくれているヘルパーさんは、みんなの取り合いです。玄関に到着したら、先ず上靴の取り換えです。部屋に入ったら、荷物も渡します。うがいもして、手洗いもして、決まった座席に座るのです。検温して血圧測って、軽い体操もします。お話上手のヘルパーさんは楽しいお話しで頭の体操もするのです。大笑いです。色んなゲームもするのです。お風呂に入る人もいます爪も切手もらっている音が聞こえます。私は疲れてお昼ご飯食べたら休憩なのです。エアーマットレスは体が沈んでしまうくらいにフワフワです。部屋に入って少し横になるのです。作品作りはお昼過ぎです。何処のデーサービス行くのか本人が決めたいですね。見学したのです。作品作りは特徴だったのです。陶芸も、している曜日もあるのです。雪だるまも大きいのが私の作った作品だったのです。ズラリと並んだらみなさんは可愛い雪だるまだねと言うのです。雛人形も。好きなものを作っている友だち同氏もいるようです。市では、デーサービスの、ひな人形作品祭りも有ったのです。吊るし雛は細かくて私には作れ無かったのです。会場には見物には行ったのです。お正月向きには、大きなみなさんと力合わせて作った、作品が並ぶのです。宝船は私も参加です。難しかったけど楽しかったのは、リリアンも飾って、くす玉作りだったのです。そうでした、私の火曜日は女子会で女性ばかりだったのです。時々行く日には男性も居てそれが、古いコイン持って来ていた話も弾むのです。この間にも何度か入院したのですが、又迎えてくれたのです。お昼ご飯は、特に気に入っているのです。陶器の食器なのです。集めていた時が有った、箸置きも有るのです。幼稚園の子供達が来てくれた時も有ったのです。その為にお土産作りもしたのです。ご存知ですか、ガチャガチャと子供達がよんでいた、丸い容器に作品入れるのです。こんにちは、向かい合って、手を繋ぎます、子育ての頃思い出すのです。セッセッセです。かぼちゃのたねをまきました。負けたら肩叩くのです。小さな握ったてです。勝てば、クスグッタイヨと笑うのです。楽しい時間は直ぐに過ぎるのです。お土産手にして、早くもあけて覗いているのです。挨拶はと言われてお辞儀です。私は病院で作ったペーパーの点字で探たオルゴールもひいたのです。どうぞと言ったら優しいおばあさんがクルクルひいてくれたのです。暫く玄関には、くす玉も置いて有ったのです。難しくて家に帰って作って折るのは私、組み立ててもらったのです。そう、リリアンは下についているのです。綺麗に出来た鯉のぼりは写真にも撮ってくれたのです。何人もで協力してもらって作業の鯉のぼりです。 2021年5月11日   
(寅の屏風と手作り鯉のぼりの写真です)                         

  

    万葉の 光集めて 燕子花

     

       

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題「件名は!母の日おめでとう」


件名は!母の日おめでとう

恒例のPCの朝のメールのチェックです。入ってた、聞くのです。件名からです。母の日おめでとう!と聞こえたのです。忘れていた母の日だったのです。コロナワクチン騒ぎで巻き込まれてしまっていたのです。相撲も始まったのもすっかり忘れていたのです。あんなに待っていたのにです。今日月曜日から楽しみが増えたのです。大関が全員白星だったようだったのです。横綱が不在なのは寂しいですが、応援する大関ばかりです。聞き入るのです。力が入るのです。目に浮かぶのです。新しい力士の顔は、姿は知らないのですが、それでもいいのです。コロナワクチン予約は、友人は、電話で奥さんと、3台持って予約に大変だったそうなのです。殺到してコールセンターには繋がらないと言うのです。4月の1回目も駄目。なにか方法が他にも無いのかなと疲れた声です。5月にはやっと予約がとれたようです。副反応は大丈夫なのでしょうか。出歩かないと呼びかけても人では多いようです。ストレッチや、腕立て伏せは頑張ってしているようです。母の日だったよ。何かしたの。孫が来たヨ。小学3年生の男子の孫は肩に乗せてあげられたよと自慢のおじいちゃんです。公園にも行って、会った事も有った日も懐かしい話に成るのです。鈴が入った、ブラインドサッカーのボールにも触れさせてもくれたのです。大川を数え切れない鯉のぼりが勇壮に泳いでいると、ヘルパーさんが教えてくれたのです。本当に久しぶりの声です。何か朝からの、母の日おめでとうのメールで元気が出たのです。小さなパーティーもしてくれると言うのです。ダイエットしないといけないのになかなかもうすっかり薬で、洋服は、着る事も出来なくなって完全に3倍には太ってしまったのです。心臓にも悪影響です。食事制限しているのに運動不足なのです。車椅子に乗っている朝から晩までなのです。横に成るよりも楽なのです。そして机の上の、楽しみなのです。音声のPCを、あちらこちらと開いては聞くのです。今頃は、寂しくなった、国営昭和記念公園のチューリップが誰か来てくれるの待って立夏も過ぎた事も知らないで、咲き誇っている気がして、毎年のように行った日の事を思い出すのです。そして、母の日に届いたプレゼントだったのです。今度の病院行きは、フワフワの、桃色の、春カラーの、ベレー帽に似た帽子かぶって行くのです。あの帽子かぶって行きたいわと頼んだら、何処に置いたかなと探すのかもしれないです。大忙しで探し物も増えたのです。長いステーホームにも、断捨離も出来ず。思えば時間ばかりが過ぎたのでした。そう言えば昨年の母の日はどうして居たのかも、もうこのコロナ禍で、見通しもつかない頃。花作りの人達は美しく咲いた花達をどうしようかと戸惑っていた頃だった気もします。農家から、直送で都心にトラックで送って、新鮮な野菜も、ドライブスルーで好評のようです。母の日のお花も回って来てくれたらいいのですが、さあメールして聞いて何の花買いましょうか? 2021年5月10日
   (チューリップ畑の写真です)                

  

    肩たたき 背中で聞いて 数え歌

     

       

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題「今が旬紫色」


今が旬紫色

日曜日の骨の薬呑んだらもう横に成ってはいけないのです。後時間を置いて朝ご飯も食べるのです。背中は縮んで、背も縮んで爪ばかりが延びていくのは不思議です。その爪もゆがんだり、巻爪に成ったり、固くボロボロに成ったり爪で健康体も分かると言いますが、その薬呑んだ朝なのです。入院中は看護師さんが持って来てくれるその薬呑んだら、デールームに仲間と行って、体操もして、花の水の取り換えや、それは特異な人がいたのでお任せです。ちなみにその花は我が家に咲いていた花を持ってきてくれたさしいれなのです。今なら、鮮やかな紫色というのか形も可愛いご存知でしょうか、口の所はフリルのように成った雨に揺れる蛍袋です。両手の平で包んだくらいの大きさなのです。道端の蛍袋では有りません。2年かかって育てるのです。蛍が跳び込んだら出られなくなるのでしょう。口の所が狭く成っているのです。蛍を捕まえたらこの蛍袋の花に入れて持って帰ったのでしょう。何故か宮沢賢治の、銀河鉄道の夜の本を思い浮かべるのです。ボーボと汽車が来る前に咲いている花達です。その中にこの蛍袋が咲いているのが瞼に浮かぶようなのです。朗読は、CDは岸田今日子だったのです。何度も何度も繰り返し聞いたのです。不思議な世界に運んでくれる時間なのです。そして今は、藤の花も綺麗な時期も過ぎたのでしょう。春の始めに咲くようです。今はアカシアの花が見ごろのようです。公園に行ったら、飾っていたのです。近くの公園にも今は遊ぶ子供達も、家族連れもいないのでしょうか。行こうかと誘われてもついまたにするわと二の足ふむのです。ブランコも有有って、鉄棒も有って、花達は勿論。お祭りも有ったのです。カメラ持った人達も集まって、流れる川です。桜祭りに、寂しく成った公園はパターゴルフする人達は居なくなったのかもしれないです。バスケットも、楽しむ子たちも、アスレチックも寂しく小雨に濡れているのかもしれないです。今度誘ってくれたら行ってみようかと思いだしました。マスクして、ご挨拶も控えてしまいます。いちごがたくさん収穫のようです。お孫さんが来て畑のいちごを収穫している楽しそうな声です。そういえば我が家もいちご畑のいちごが甘いころでした。小さな喜び探そうねと友だちです。小鳥の声にも、聞こえてくる散歩のワンチャンの声にも、ラジオのお話は地方の便りも聞かせてくれます。懐かしい歌声も、可愛い童謡も、元気で、若かった頃にも返してくれます。紫色の春先の花、藤もどきの花は今頃は北のくに国を飾っているのでしょうか。蜜蜂はどんな花を追って、養蜂家の旅が始まっているのでしょう。アカシアの蜂蜜は美味しいようです。ここには、紫色が美しい藤もどきの花を載せました。 2021年5月9日    
(藤もどきの花の写真です)             

  

    サッカーの子ら 大集合 笹だんご

     

       

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題「歌おうよ?ドレミの歌」


心の旅

日の出が早く成って目覚めが早いというか、眠れ無い私にとってはいい季節が来たのです。もう夜があけたよ。けさは散歩に連れて行ってねと言うのです。朝はなんとなく肌寒くても、日中は夏日に成る今日なのだそうです。お天気は変ります、竜巻や、雹も降って、荒れるのです。夏野菜の苗も植えてくれたのです。朝顔のたねからも幾つも発芽しているようです。連休だからか、緊急事態宣言中だからか静かなのです。何時もの道端には、ルピナスの花が咲いているようです。もうそういう時期なのかと知らされるのです。我が家のルピナスは日当たりが良くなかったのか、毎年は咲いてはくれなく成ってもう幾年たったのか。ブロック塀の南側だったのだけど花も生き物は正直だなと思ったのです。手をかけてあげないと愛情かけてあげないと居なくなってしまうのです。生きているからですね。菊は又育ててくれるのです。今から秋が来るのが楽しみなのです。手作りのマスクもつけました。膝掛はやはり薄い春物に成ったのです。やはり例外無しにコンビニの前にも自動車は止まっていないようです。早過ぎたのか、これも連休だからか、サンドイッチも何も入荷がまだなのでした。何時ものプチシュウクリーム買って帰ったのです。何軒も建っていた家が新しい人の家に成ったようです。近所の建築予定の土地も、あとは家を建てるだけに成っているようです。ガスも引かれて、これも連休が終わればまた賑やかに、何建が建てられるのでしょう。どうやら我が家の前の路が通り道に成りそうなのです。ワンチャンの散歩も、自動車も、子供達も、珍しい朝顔の苗も門扉の前に置いて、どうぞお持ちくださいと、幾年前かの、ジキタリスの苗のようにみなさんが持ってかえられたのです。写真うつして一緒に置いたのでした。今から朝顔の苗もお持ち帰り下さいと差し上げるのが楽しみです。回覧板もまわるのでしょうか。もうお年よりばかりに成って回覧板もなくなった地区もあるようです。烏が泣いて迎えてくれて、その後は綺麗な声のなんという小鳥なのか聞こえたのです。最近生活パターンをすこし変えたのです。ラジオは、余り聞かないようにしているのです。選んで聞くのです。相撲が始まれば楽しみです。何処の部屋も無事に力士が出る事が出来るように成るといいなと、がんばれと思うのです。眠れない時には、リンクポケットにバックアップしている、日点からの、図書も聞くのです。けどこれは余計に面白いと眠れなく成るのです。深夜便も選ぶのです。明るくて好きなペギー葉山です。作詞した、何方も知ってる、ドレミの歌も歌うのです。ハモニカも吹くのです。もうマスクもあちこちに出回っています。あの時の事は夢のように成ったのです。手作りマスクもどんどん使ってしまうのです。毎日のように移り変わる日々なのです。コロナ疲れでは無いのです。注意して、病院にも行くのです。でも毎日を楽しむ余裕もできたのです。エタノール消毒も忘れません。うがいも、手洗いも、勿論家の中でも換気にも、上手くコロナ時代に適応出来る気持ちに成ったのです。手も叩いて、ドレミの歌です。Uチューブでは、ペギー葉山と、子供達が歌っています。ドはドウナッツのドです。シはしあわせよです。 2021年5月5日
  (マーガレットの花の写真です)      

  

    駆て来て 蛙握って 子供の日

     

       

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題「心の旅」


心の旅

長い日本列島の北国にも桜色が到達したようです。桜見物の人達の声も頬も桜色に染めるのです。ふと桜と言えばあの初めて手にしたクレパス、さくらクレパスの可愛い箱が浮かぶのです。やっぱり桃色、桜色のクレパスが早く短く成ったのです。赤に、白に、黄色に、緑に、水色に、三色のチューリップも描いたのです。水色の空にはお日様です。蝶も飛んでいます。紋黄蝶に、紋白蝶です。毎年のように、見物に行っていた桜並木も散ってしまった桜なのでしょう。弘前城の桜は種類も色々有るようです。秋に弘前城には行ったのでした。日本各地には様々な名前のつけられた富士山が有ると言います。弘前城を飾ったのは、岩木山。出羽富士と呼ぶようです。背にして写真も撮ったのです。桜も、富士山もみんなが好きなものの1つでは無いでしょうか。最近は特に多いように思う地震ですが、富士山は学校では、死火山だと習ったのでしたが。列島に異変が起ころうとしているのでしょうか。今噴火の徴候が見られるとどうなるかを耳にします。何も言わないで穏やかに咲く桜です。今年は弘前城の桜祭りも開かれているようです。去年は弘前城の桜祭りに限らず閉じられていた箇所も多いのでは無いでしょうか。桜色のクレパスで子供達が桜の絵を描いているのかも知れ無いです。画用紙一杯の桜の絵は桜色は、私に思い出させてくれる見事だった桜なのです。毎年の変化にとんだ桜道だったのです。冷たい風に身震いしながら見た桜。花吹雪受けながら歩いた桜並木。何処からとも無く舞い落ちてきてエプロンデうけた花吹雪の路。津波災害の跡地にも何と言った名前の桜だったでしょう、桜の苗木が子供達に寄って植えられたようです。津波が来た位置までのようです。子供達は実際のあの日の津波は知らないのです。まだみなさんは、復興はお終わってはいないと思われている人達が多いのです。特に耳にするのは漁業関係者の方達も、風評被害にはまだ悩まされているのです。雨にも、風にも、悲しく、美しく散ってしまう桜の花です。桜吹雪は晴れていると楽しくて、ハラハラ散ってしまっても桜吹雪の中で行く人達は笑顔で笑い声も響くのです。そんな中で、今地球上は、日本は、見えない敵に打ち勝とうと力を合わせているのです。今が色んな事乗り越えてきた日本人に何か試されているのです。風に舞う桜吹雪きが何故笑顔が似合うのでしょう。咲くのをまっていたのに舞い落ちる桜なのに。誰もの心の中に咲いている桜です。春が来て、入園式、入学式。旅立ちも飾るのです。さよならも、有難うも。そんな時に何時も有るのが桜色なのです。 2021年4月24日    (八重桜の写真です)        

  

    卯の花や この身任せの 風よ吹け

     

       

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題「産まれて来たんだね?光ってもみじ」


産まれて来たんだね?光ってもみじ

とうとう少しだけとお願いしてファンヒーターの灯油買って来てもらったのです。朝と昼との気温差が大きいのです。今日は夏日に成るというのです。洋服も着替えが大変です。まだパジャマは冬用なのです。寝ると体が冷えてしまうのです。横に成れば動け無い私なのです。ビクとも出来ないのです。コロナで、通いのリハビリの先生も来てはもらって居ないのです。危険な事だけさけて出来る教えて頂いた事だけしてはいるのですが、自分では出来ないものなのです。これでは固まってしまいます。今朝は、これから体調がまあまあなので、シャワー浴です。ヘルパーさんも来てもらっていたのが駄目に成って居るのです。転んでは大変です。特別製のシャワー浴の椅子なのです。どうもゴシゴシ洗わないと気がすまない私の性格は困ります。手伝ってもらっても、そこそこ、もう少し。みなさんも、ウオーキングや。元気な頃は窓は開けっ放し。外の風いれて、夏も家中太陽の暑さでサラサラしていたのです。階段も誇り無し。廊下は磨くのです。畳も固く絞った雑巾で拭いて、サラサラ。カーテンモ毎週洗ってそのままかけておくと綺麗に乾くのでした。可愛い、イロハモミジが庭には楽しませてくれたのです。本当に小さな赤ちゃんのような柔らかい握れば、壊れてしまいそうなのです。けど光にうけて精一杯咲いていたのです。そんな産まれたばかりの光受けた、緑のもみじです。庭からはいなくなった花達、木達も幾つも有るのです。施設では閉じられている所も有るのです。もう、雪柳も散ってしまったのか。風に揺れる、虻乗せていた子手毬はみんな緑の葉に姿変えたのでしょうか。梅がもう小さな実をつけていると聞くのです。小梅も無くなってしまった我が家の庭なのです。小梅よりも少し、大きなのでした。梅の香りが緑がそして、李の木も有ったのです。ピンク色の実も実ったのでした。これからは大きな葉を付ける紫陽花です。裏庭には、ユスラ梅ももう白い花は落として、小さな実つけて要るかもしれないのです。小さな緑の葉も付けるのです。白い花が咲く水洗はまだ緑の葉が綺麗なようです。春先に1番好きなのは、ヤマブキの枝に付ける小さな緑の葉は柔らかくて、モミジの緑を呼んでいるようです。 2021年4月20日
   (新緑もみじの写真です)       

  

    1寸坊 夢にさえ見ず 花筏

     

       

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題「唸る天気に芽吹く新芽」


唸る天気に芽吹く新芽

夏野菜の苗を選んでは買って行く人が大勢いたよと買い物から帰って来て混雑してたよと聞くのです。肥料も買って、楽しみで、自宅の菜園でしょうか。マンションのベランダでしょうか。畑借りて植えるのでしょうか。茄に、ミニトマトに、キュウリに、インゲンに、獅子唐に、ピーマンに、花も植えるのでしょう。オクラも植えて欲しい可愛い花が咲くのです。菜園に植えたじゃが芋の種芋から芽が出ているよと教えられるのです。時期を間違えたら芽も出ないのです。失敗は、暖かく成ったのでつい早く植えてしまう事のようです。この時期は遅霜が降りるのです。その霜注意報が出たのです。雹も降ります。この時期ガラス窓を大きな雹が叩いて怖かった事が有ったのです。苗が雹に打たれてしまうのです。昨日は雨も結構大量に降ったようです。川の水が増えていたよと知らされます。こんなに雨が降る季節だったのか。菜種梅雨というのでしょうか。庭の金木犀に柔らかい今年の新芽が吹雪いているようなのです。サワサワ降る雨も芽吹きには必要なのでしょう。注意報が並ぶのです。季節を知らせてもらうのです。そうか若葉の新芽の季節なんだ。公園に行けば緑の芽吹きの季節なのです。緑、緑なのでしょう。街路樹は何の木が緑に飾っているのでしょう。燕もやって来ているようです。朝顔のたねも蒔いたようです。少し変った朝顔でたねも3角なのです。ビニールの黒ケースにも、その当たり1面にも蒔いたようです。時が流れて太い幹に成る朝顔なのです。夏には朝顔のカーテンを作ってくれるのです。秋までも長く珍しい模様の花が咲くのです。小学生1年生は必ずというように朝顔のたね蒔いて育てたものですが今はどうなのでしょう。すっかり代わってしまった学校生活なのでしょう。金木犀は緑を増すのです。もう何十年も庭にいる金木犀なのです。みんな緑の芽吹きナノでしょう。国営昭和記念公園のチューリップ畑がPCに写っていたよというのです。開いているんだ。懐かしいチューリップ畑です。見事なのです。カメラ持った人達が、小学生が写生にも来るのです。触れて来たのです。ヘルパーさん頼んで車椅子押してもらったのです。いちいち教えて説明してくれたのです。みんなに名前が付けられているのです。ネモフィラも咲いたのです。始めに行ったのは、アヤメが見たくて行ったのです。睡蓮が思わぬ歓迎してくれたのです。ヒマワリに又きたいねと言っていたら、大きな発作が出てしまったのです。未だにひまわり畑は行っていないのです。暑さが病気に駄目だった事が分かったのです。暑さの後も駄目なのでした。日本人も、中国人も、アメリカ人も、韓国人も、ベトナム人も、色んな国の人達が集ったのです。大きな桜の木の中で笑い声が響いたのでした。空高く、見上げる程の、金木犀が植えられているのです。今は芽吹きの時ナノでしょう。大きな深呼吸している人達が居るのかも知れないです。 2021年4月19日   (我が家の金木犀の新芽の芽吹きの写真です)       

  

    幻か 彷徨う朝よ 芽吹き音

     

       

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題「風踊る新学期」


風踊る新学期

行こうかと誘われても、もう太陽が暖かく成り過ぎたから駄目だわ。体温調節が上手くいかないのです。日の出も早く成っているのです。今度連れて行ってね、そして出かけられた日の事です。車椅子が通れる様に削って下さいとお願いしていた築山の横の路が綺麗に広く成っていて。みなさんも、勿論車椅子も、ベビーカーも、お年寄りも、杖ついてる人も、そうです。誰にでも優しい路が出来上がっていたのです。聞いてはいたのですが、自動車が通る路には出無くても視覚障碍者は音には特に驚くのです。子供達の楽しそうに話す声が聞こえます。アレ今日は何だろうね。考える私です。そうか新学期が始まったんだ。仲良しとも久しぶりに会って登校路は何処からとも無く集まって来る小学生の子供達です。クラス替えが有るんだわ、今は何クラス有るのかな。少なく成ってしまった子供達とクラスなのでしょう。1つ学年も上がってお兄さん、お姉さんに成るのです。1年生は新1年生が入って来るのです。どんな入学式に成るのでしょう。桜も今年は散った所も多いと聞きます。タブレットが配られてさあどんな授業に成るのでしょう。あの新しい教科書の、インクの香りが今も香る気がするのです。新学期の香りです。開こうとすると、バリバリ音がするのです。大好きな瞬間だったのです。父が教科書に名前書いてくれるのです。横で見ている私なのです。どの教科書も綺麗な色の絵が書いて有るのです。春の小川の絵だったのです、川には鮒や魚が泳ぎ、土手には可愛い花達が咲いているのです。早速ノートに教科書の絵を描くのです。先生も新しい先生です。ノートに勝ってに描いて行った絵も花丸何十もつけてくれたのです。今は先生達も忙しく成ってしまったようです。戸惑われているのでしょう。毎日のニュースは、広がる落ち着かないコロナ患者数です。おばあちゃんにも会えなくて、ネットで入学のプレゼントも届くようです。閉じ籠りで、始めた自分らしく出来る事して乗り切ろうとラジオのリスナーさんが、元気です。吹く風が子供達の笑い声も話声も踊らせるのです。小学校3年生の途中で転校した私です。友達が直ぐに出来て楽しいそれからの小学時代送ったのです。中学は、今度は電車通学で乗り換えも有るのです。鞄も重く成ったのです。やはり新しい教科書のインクの香りです。英語も増えて、色々数が増えたのです。音楽の、教科書開くとフォスター、作曲の「 そよそよ吹け 春風よ 吹け 春風吹け 柳の糸に 吹けよ吹け 春風よ やよ 春風吹け そよそよ 吹けよ 」の歌と柳の絵が描いて有るのでした。なぜか今も覚えているのです。飛び込んで来た柳の木の綺麗な緑の絵なのです。国語辞書も、和英辞書も、英和辞書も、鞄に入れて少し大人に成った思いの、中学生です。引っ越しする前の懐かしい幼馴染とまだ、ちゃんで呼び合うのです。元気で居ようねと「そよそよ吹け 春風よ 吹け 春風吹け 柳の糸に 吹けよ吹け 春風よ やよ 春風吹け そよそよ 吹けよ 」を歌う私なのです。 2021年4月12日  (黄色い花を咲かせた美容柳の写真です)      

  

    キャンパスの 柳なぞれば 父来たり

     

       

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題「七色の風のリボン」


七色の風のリボン

道端の花達は春満開のようです。ベビーカーに乗った小さなマスクつけた男の子のようです、袋握って屈んでは摘み草のお姉ちゃんも小さなマスクつけてるようです。お母さん手作りでしょうか。可愛いよと聞くのですが、そよ風が吹いているのです。マスクが無ければいいのにねと言う私です。お母さんもマスクです。お話ししながらの摘み草が出来たらもっと楽しいのにと静かに摘み草している親子に思うのです。息がしにくいのはマスクのせいだったと最近気がついたのです。今まででも病院ではマスクは欠かせないのでしたが、今は家の中でもマスクしている私なのです。 摘み草のお姉ちゃんは、家に帰ればもう萎れているのか、そうで無いといいですね。タンポポに何の花なのでしょう。本を手にして摘んだ花達をキッチンペーパーに包んで帰って押し花にした日も有ったのでした。思い出すのは、息子が、小学1年生に成った時の事です。ランドセルカタカタならして走って帰ってきて、お母さんお土産だよ、小さな手にギューと握られたのは、タンポポに、蓮華草に、菫層の花だったのです。早速小さなガラスのカップに生けたのです。もう学校にも少し慣れてあの頃は小さな小川が流れていたのです。きっとめだかも、泳ぎ、ランドセルは友達と小川の側に並べて置いて、摘み草したり、めだか見て道草したのでしょう。そんな小川ももうなくなったのです。 大きな有料老人ホームも建って、テニスコートも有るのです。温水プールも有るようです。お花作りもされています。自動車で出かける人もおられるようです。地域の救急病院にも成っているのです。老人保健施設も併設。リハビリに通う人達もいるようです。もう何十年前になるのか、立札が立っていて、そこには「マムシに注意」と書いてあったのでした。その横に息子が通った、小学校が有るのです。家も建ち並び、野球場も、サッカー場も、キャンプ場も装備されたのです。小学校の裏は川が流れているのです。今は舗装されて土手にはウオーキングや、ジョビング、自転車で行く人、桜も綺麗に咲いたのです。 葉桜に成ると、その綺麗な大きな柔らかそうな葉っぱを集めてもらって、塩漬けにして、 来年には、道明寺湖買って来て桜餅にしたのです。本当に桜の香りをよんだのです。もう少しで葉桜の季節もくるのです。筍掘りをする人もいるようです。竹藪から出てきた筍です。家が建つのです。コンビニも出来ています。斜め向かいに2件有るのです。デーサービスも新しくできたのです。横には、食堂も有るのです。今も開いているのでしょうか。女性はマスクされているようですが男性はされていない人もおられるようです。子供達も小さな手作りマスクです。子供達の大声が聞こえて来た懐かしい此の頃です。コロナワクチン接種の話題が広がっています。摘み草する親子には1時の安らぎが与えられるといいのにと思うのです。 2021年4月5日  (タンポポの花とタンポポの綿毛の写真です)   

  

    心細 縋る椿に 届かぬ手

     

       

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題「エメラルドグリーンで入社式」


エメラルドグリーンで入社式

今年は桜の開花が早いようです。今日も5月の気温だそうです。でも黄砂で西日本から、東日本まで真っ黄色なようす。自転車で買い物から帰って来て「黄砂がすごいぞ」と言うのです。桜も黄色い色に染まってしまいます。此のころは、美しいのは、連翹の黄色い花で私の好きな何時か見た何処かの丘に咲いていたのです。よく覚えているのです。春先の色は黄色です。そして、引っ越し便が忙しいのです。入社式も有るのです。私の入社式は、入社試験も受けて、寒い頃の、研修もこわごわだったけど、いざ集まれば楽しく終えたのです。そこでは顔見知りにも成って、入社式に着ていく、スーツの準備です。もう学生とは違うのです。大好きな色の、エメラルドグリーンの、少しだけ襟が立っているハイカラ―のスーツにしたのです。エナメルの黒のパンプスも靴に、拘りの有る私の選んだ靴だったのです。大学院卒の人も、大学卒の人も、短大卒の人も、高卒の人もみんな、スーツに、包んで写真撮影もするのです。桜は咲いていたのでしょうか。植わって居なかった気がします。学校の門の前には必ずというように桜が迎えてくれるのです。経理課に辞令受けた、私含んで3人だったのです。富士通KKに我々にんはコンピューターのプログラムの勉強にかようのでした。地下鉄です。富士通の会社員のみなさんと食堂で食べるのも初体験。まだコンピューターは、紙に穴が開いて読み取るのです。覚えなければいけない事ばかりです。けど毎日がワクワクする事ばかりです。私に与えられた仕事は他にも大きくはデーターライターのキーパンチャー、机では、現金帳。そろばんも使うのです。同期の友達らとも遊びにも行くのです。経理課の、歓迎会は流行っていた、ボーリングだったのです。今年は、入社式もどんななのでしょう。お母さんが入社式に行くという最近ですが、コロナ禍でもうすっかり代わってしまったのです。福島県から、今ギリシャから届いたトーチが受け継がれて、オリンピック、パラリンピックの会場向けて有志の人達の手で回っているのです。無事に開催されるのか、アンケートは、止めた方がいいが、80パーセントいると聞くのです。あの日の新幹線が走って、開かれたオリンピックの日、10月10日が開開会式が思い出されるのです。皆の家には、テレビも供えられて、昭和天皇も笑顔です。手をふられていたのです。日の丸イメージした、赤いジャケットに、白いズボンに、スカートのユニホームの日本のチームの行進です。2度目のオリンピックが聞くことが出来るのかと思っていたら、時の流れは早いものです。でもこんな世界中に成る事は誰が予想したのでしょうか。今日は、黄砂が自動車も黄色に染めます。交通情報は、渋滞を告げるのです。桜見物でしょうか。桜にも黄砂が降り落ちて黄色い桜に成っているかも知れないです。我慢してステーホームしませんか。
2021年3月30日     (沈丁花の花の写真です)          

  

    待ち侘びて 明日が植え時 春霞

     

       

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題「明日に繋げ」


明日に繋げ

又大きな地震が有ったのです。日本時間朝の4時ごろです。もう目が覚めていた私はラジオ聞いていたのです。東日本大震災が10年目を迎えたのです。あちらこちらに、3メートルの津波が起こる情報です。あの日が浮かぶのです。大津波に飲み込まれてしまったのです。今年は縮小されての慰霊祭が10年目の区切りです。行われるようです。けど天皇陛下も、皇后陛下もマスク着用ナノでしょう。なんという事でしょう。オリパラピックもなんとか開催されるのでしょうか。開催国の日本はコロナの感染に気使いしながらの開催と成るのです。東京都と、3縣は、緊急事態宣言介助の予定日から、2週間の延長と決まったのです。いよいよコロナワクチン接種のワクチンの配布が開始されます。65歳からの高齢者が患者と成った都内の比率の多い順から4月5日から配られるのです。八王子市と世田谷区が先立つ知らせです。また卒業の時期です。私もその楽しい思い出も有るのです。今寂しい思いしてる事はよく分かります。でも若いみなさん時間がまだ有るのです。今大事にして下さい。100人居れば100人の人生です。病に、津波に、地震、災害はあの戦争の後も有ったのです。戦争は直接は知らない私ですが、調度まだ焼け野原が残っていた所に新幹線が通り、華々しく東京オリンピックが開催されたのです。延び行く日本です。慷慨問題にも人々は侵されたりもしたのです。私の通っている病院の始めの院長先生は、その慷慨問題にとりくまれた先生なのです。優しい回診だったのです。そして病院で私も白杖突いてお花供えてのお別れだったのです。長い様々の人達との出会いと別れの人生がここまで来たのです。大勢の人達が亡くなっていきました。信仰は特にもってはいないのですが、般若心経は、写経することは、視覚障害の私です。出来ないのです。唱えたのです。一心にでした。神は病患者を誰にするのか、障害を与えるのか、禍を投げ込むのか。不法滞在で日本にも居られず、帰る国も無い人達。雇止めに、解雇、まだまだ悩み苦しんでる人達がいるのでしょう。電車も止まります。人身事故です。ひやとします。東日本大震災の被害者のみなさんのこと思えばなんでも出来るのです。パラリンピックのアスリート達が夢見て毎日の努力なのでしょう。羽根をもぎ取られたトンボのように明日はどうなるのか分からないのです。いまみんなで乗り越えるのです。何か始めてみませんか、出来る事探してみませんか。看護師学校の卒業式が有ったようです。私が通っている病院にも看護師の学校併設されているのです。病院はコロナ患者にも対応しているのです。国家試験に受かって今までのおめでとうとは違っているのです。あのクリスマスイブの時の、暗くした病棟に蝋燭持って可愛い看護学校の生徒さんがキヨシコノヨルうたいながら患者たちに手作りのカードもって早くお元気になってくださいねとまわるのでした。その看護師さん達も過酷な仕事場に送られて行くのです。卒業おめでとうと言わせて下さい。夜中も見守り、亡くなっていく患者さんにも笑顔をくれるのです。涙を飲んでALSのまだ若い私の友達は延命拒否して笑顔です。長い髪の毛をカールしてくれながら何を思っているのでしょうか。1度は子供の頃に憧れた看護婦さんでは無いでしょうか。難病患者ばかりの私の病院は笑顔が、笑い声が聞こえるのです。そして退院の時に頑張ってねと抱きしめられて我慢していた涙が流れるのです。又入院繰り返して悪化の患者達なのです。頼りに成るのは、担当医に成ってくれた先生と、看護師さんと患者の仲間です。私に勇気を与えてくれる人達が大勢いるのです。 2021年3月6日     (川鶺鴒の写真です)     

  

    校章が 輝く袱紗 卒業日

     

       

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題「囀りに誘われて」


囀りに誘われて

お天気いいよ。と誘われて重い腰を上げて外出着に着替えです。長く成っている髪の毛もブラシでとかすのです。もう1度確かめて気に入っているピンで泊めてすっきり耳も出すのです。白い物も髪に出てきているようです。今度体調が良い時に染めてあげるねと言われて元気もでます。髪染めは病にも良く無いようなのです。最近まで入院して、医者が必ずするのです。髪の毛引っ張っても頭が痛かったのです。ブラッシングも痛くて出来なかったのですから。今は年老いて、固まってしまったのか。壊れてしまったのか、もう以前から重症ねとは言われてはいたのです。時々染めてもらっているのです。母にボブカットや乙女刈りにしてもらっていた日の事、それはそれこそプロ並みの腕前だったのです。幼稚園の頃は朝にコテでクルクル外まきカールにしてくれていたのでした。遠い昔の事です。玄関に車椅子を準備してくれます。しっかりブレーキもう1度確かめるのです。転んでは大変です。少しの坂でも車椅子は動いてしまうので危険です。前に3歩歩いてと腕に縋って車椅子の手すりに手を持って行ってくれます。膝掛もかけてくれます。帽子に大事なマスクです。乾燥注意報も出ているのです。火の元戸締りもしたのと聞くのです。チュピチュピ聞こえます。何の小鳥の声なのか。きっと囀りなのでしょう可愛い声です。笑顔に成るのです。庭はポカポカです。今年は沈丁花の花が少ししか花がついていないと教えられます。そういえばあの甘い香りがしないのです。今日の花は、緋寒桜、台湾桜とも言うらしいのです。今日は庭でおやつにしたいなと私です。左に行こうか、右に行こうか、少し迷って左回りのようです。そう、お地蔵さんのおられる方向です。押されて、1歩1歩と少し、ほんの少し上り坂なのです。自動車が走って行きます。直ぐに横に曲がれれば危険は無いのです。築山が有るのです。車椅子が通るには少しだけ狭い入り口なのです。作業している市の人が居たので削って欲しいのですがと通りやすいので危険も無いのですとお願いしたのです。車椅子の幅測ってみたらほんの少しだったのです。「留守電が入っていて削ってくれるとの事でした」何軒も家が建ったようです。見えない私は寄り道は楽しく無いのです。でも出来上がったらしい新築の家を見て行こうというのです。関心したり、説明されたりですが早く頭に浮かぶ路に行きたい私なのです。でも小鳥の囀りが気分を和ませてくれるのです。背中が痛く成って来ます。時々それでも冷たい風も吹くのです。財布持って来たヨ。コンビニ行ってもいいよと言われて、嬉しい行こう。コーヒーの香りがしました。コンビニのコーヒー美味しいみたいよ、飲んだらいいのにと私です。量が多いからいいよ。何時も欲しかったプチシュークリームが有ったのです。入荷したばかりの日付けのようです。後何が有るの、果物のゼリーは有るのと聞きます。ミックスと、オレンジを注文です。コーヒーゼリーも食べたいけど、コーヒーは、カフェインだから、大したこと無いよけど怖い私です。塩分と、カフェイン、グレープフルーツが食べたはいけないのです。おやつが手に入りました。膝に置いてしっかり握って帰り道は、どうやらお地蔵さんとは反対の路です。コロナの真っ最中に入院されて、胃の手術された旦那さんは家の中のようです。お宅の奥さんに会うのです。以前は登山しておられて、とても元気でハキハキされているのです。髪の毛は真っ白、綺麗な髪にされているようです。あの大工さんされていて、お神輿作られた旦那さんです。そうそう、風車も頂いて金木犀の木に吊るしたのです。梅の花が咲いてるよと教えられます。カメラ持って来たら良かったね。前のお宅にも咲いてるよ。立札です。何軒もの建売住宅が建つようです。「6月までかかります。ご迷惑かけますが・・・。」とあるようです。ここ暖かいね。体が外の空気に慣れた私でした。お隣に、娘さんがお子さん連れて来られています。おばあちゃんと手を繋いでこんにちは。けどキチンと手洗うかなと心配に成るのです。家庭内感染が多いのです。今が気を抜くと又大感染が始まるのです。春が来るからです。コロナに感染してさよならも言え無いで別れて逝くのです。これからもコロナと共に生きて行く心構えで生活で行かなければいけ無いのです。そう言う時代が来たのです。小鳥は何思って囀っているのでしょう。 2021年2月27日
  (空向いて春を呼ぶのか可愛い小鳥の写真です)     

  

    掌に 梅の香甘く 指点字

     

       

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題「春を待つ冬の蜂の巣」


春を待つ冬の蜂の巣

蜂は寒い冬は冬眠いしているのでしょうか。高い木の上に大きな蜂の巣を見つけたのです。冬の木の葉っぱが落ちてすっかり見える蜂の巣は、直径30センチは有りそうです。ミツバチは春に成って花達が咲かないと甘い花の蜜は吸いに飛び回れ無いのです。やはり冬眠しているのでしょう。この大きな蜂の巣は、ミツバチの巣なのでしょうか、それとも、アシナガバチの巣なのでしょうか、それとも、クマンバチの巣なのでしょうか、それとも、スズメバチの巣なのでしょうか。ミツバチが花の蜜を集めて回るのを、追いかけて日本中旅する、養蜂家の人はいつかテレビでだったか、本でだったか、見たことが有るのです。ブンブンミツバチが飛び回っている所でも平気だったのです。今は日本でももう花も咲いている所も有るのでしょう。ミツバチはどんな花の蜜が好きなのでしょう。蜂蜜では、蓮華草に、クローバーに、アカシアに、サクランボウに、柑橘類の花達にと、限りが無いですね。みんな味わってみたい蜂蜜です。蜂蜜は花の数だけ有るのです。この高い木の上の蜂の巣は、どの蜂の巣なのでしょう。高い木の上の、直径30せんちくらい有りますと、説明したら、昆虫専門家の先生には直ぐに分かるのでしょう。昆虫大好きな子供達が気になりそうな大きな冬の蜂の巣なのです。沖縄ではもうミツバチが好きな花も咲いているのでしょう。タンポポも、アネモネも咲き始めたようです。河津桜も早い処ではチラホラ咲いたようです。こんな花の蜜も、ミツバチは好きなのでしょうか。桜の蜜はこれも美味しくてミツバチも好きなのでしょう。桜はまだ少し待たなければいけないですね。遠くに行かないで、近くの桜見物もいいものです。何処の桜も同じ私達が大好きな桜です。飛び回れる蜂達はいいですね。春に成ったら、この蜂の巣はもう使われ無いのかも知れないです。遠い昔に蜂に刺された事が有ったのです。ベランダを掃除していたら、雨戸の下のへこんだ所の箒ではいていたら、きっと蜂の巣が有ったのでしょう。刺激して蜂達が怒ったのか、怖かったのか、蜂の巣作り中だったのか、とにかく、何匹もの蜂達が飛び回って箒持ってる腕に何か所も刺したのです。慌てて近くの外科の医者に行ったら、切れて入っている蜂の針を抜くと言うのです。多くの薬呑んでる私は、係りつけの医者に電話して聞いたのです。医者は「直ぐに来なさい、」と言うのです。そして、蜂の針は点滴で流したのです。切っていればまた治るのにも時間がかかったのです。これからの季節、スズメバチに刺される被害もでるのです。息子はボーイスカウトで、キャンプの時にスズメバチでしょうか。分かりませんが刺されたようです。逃げ回ってはいけないようです。見かけたら手で払ったりしてもいけないようです。結構蜂の巣が出来るのです。危険なので、取り除くのは専門の職人さんにお願いした方がいいですね。冬に成って瓶の蜂蜜が白く固まってしまってそれを掬って食べるのも美味しいのです。勿論とろけた蜂蜜をパンケーキにも、トーストにも、タップリ乗せて食べるのは栄養たっぷりの甘い微笑みも呼ぶのです。日曜日にお父さんが大きなフライパンに作ってくれる、大きなパンケーキは家族の楽しみと、喜びです。小麦粉で作りましょう。何枚も出来ますよ。材料は、卵、牛乳、小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、干しブドウ、バター、これだけです。小麦粉と、ベーキングパウダー、砂糖を混ぜて、よく奮って起きます。干しブドウはふやかしておきます。大きめのボールに、卵と牛乳をいれてよく泡立て器でフワフワに混ぜます。ふるって置いた粉たちを入れて、ざっくりと混ぜます。干しブドウはここで入れます、ドライフルーツも、ナッツも入れたら楽しく成ります。こねてはだめです。大きなフライパンは熱したら、ぬらした布巾の上に一度置いて、粗熱をとります。火にかけたフライパンにバター入れたら、パンケーキのボールに作って置いた物を、流し込みます。ユックリ膨らんでくるので待ちます。ここでお父さんの腕の見せ所です。子供達は、お父さんすごいと。フライパンをポンと持ち上げて、パンケーキを、裏返します。高くパンケーキホイホイ曲芸師のようです。ぼくのパパすごい!今度は蓋をしてもう一度焼きます。匂いがして来たら出来上がりです。家族分焼いて蜂蜜懸けて、好みの果物も、アイスも乗せて食べましょう。甘い匂いが閉じ籠りの家に漂うのです。それぞれの机で今だけ、マスクもはずして、手も洗って、ホークと、ナイフで大きな口あけて、蜂蜜唇にもつけてアー甘い。ストレス忘れて黙々と味わうのもどうでしょうか。小さな息子とバスにのってお使いに行けば息子は走ってバスの後ろに後ろ向きに座って外を見るのです。息子の注文は、パンケーキに、アイスがのって、苺がのって、勿論、蜂蜜がタップリの甘いパンケーキだったのです。帰りは歩いて帰ろうか。そんな暖かい春が待ち遠しいのです。もう思い出と成った昆虫大好きな冬の大きな息子の蜂の巣なのです。2021年2月20日     (葉を落とした木の上の大きな蜂の巣の写真です)          

  

    白い花 揺れて咲くらし 春隣

     

       

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題「やっぱり気に成る都知事選」


やっぱり気に成る都知事選

最大の候補者22人が出馬した都知事選です。蒸し暑くても良い天気で選挙日和です。あの人と、あの人との中から選ばれるだろうと投票に行かなかった私はとても興味はあるのです。入院中も看護師さんに手伝ってもらっての投票もしたのです、何度か記述前投票もした事もあるのですが、すっかり体調には自信がなくなり、行け無く成ったのです。高校生の模擬選挙も行われたようです。選挙権は18歳からに成ったのです。コロナ対策と、来年に成った、オリパラリンピックの問題に取り組んでくれる候補者の中から選ばれる事に成るのです。今夜の8時から速報が始まるのです。前回は小池さんの応援だった私です。そういえば、ブラジルのオリパラリックの時だったのです。ラジオ中継に盛り上がったサッカーでした。ラジオが午後の8時の時報の音、ピーとなったと同時に小池百合子さんの2回目の都知事当選と発表されたのです。出口調査と、記述前投票の結果だそうです。早速小池百合子都知事の2期目の会見です。選挙戦はコロナ対策で忙しく、3蜜で、触れ合う事も避けて、オンラインでのうったえだったのです。これまでの、コロナ対策を都民が評価したのです。それに答えてもっと力を発揮してほしいものです。アスリートや子供達の夢にも、来年のオリパラピックも、成功させてほしいのですが、気に成るのが、海外からの人々の受け入れの水際対策です。コロナの代2波には都民も又恐れも有るのです。リモートも進みましたが、職種によってはまだまだコロナ後の生き残りに、苦慮しているのです。電車通勤やバス通勤です。自転車で通勤する人も増えています。本気に成れば東京封鎖で1か月で全員の検査もして隔離もしてこれなら経済も落ち込まないと言う、経済アナリストもいるのです。夜の街ばかりでなく無症状の人がいるのだというのです。私はその意見に同調するのです。喉の痛み、味覚の変化が有れば即連絡してというのですが、検査が遅れているようにも聞くのです。国との考えと、自治体との隔たりが一致してほしいのですが、大都市圏は保健所の事務作業が遅れているようです。感染者の数にも違いがある様です。小池百合子都知事に託すのです。この前とは違った意味で、経験された知識と能力を今までの培った政治のけいけんと、今新たなコロナという敵に向かって最善を尽くしてくれると都民は期待しているのです。大勢の期待に応えて都知事の成果を待つばかりでなく、都民1人1人が自覚を持ってこれ以上の感染者を出す事の無いようにしなければいけないのです。 2020年7月6日     (ベゴニアとマリーゴールドたち仲間の花の写真です)    

  

    カッコウの 声聞き逃し Uチューブ

     

       

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題「デーゲームでついホッコホコ」


デーゲームでついホッコホコ

PCのらじるらじるを開いたら、やっていたのです。プロ野球のデーゲームです。大雨のニュースに気持ちが落ち込んでいたのです。昨年の台風の被害を思い出すのです。ホテルも、ビジネスホテルも避難場所に予約も受け付けているのです。鹿児島県で、二階建ての1階部分が水につかってしまった所もある様です。二階にはもう上がれない私です。昨年は、寝たきりのご主人がベッドから動けなくて、奥さんに逃げてくれと亡くなって逝った話も実際に会った事です。奥さんもどんなに辛かったのか想像もつかないのです。災害ばかりが襲うのです。熊川の氾濫に巻き込まれているようです。新型コロナウイルスにも、注意しながら避難しなければいけないのです。病院行きが有って、電話診察で一時は乗り越えたのです、継続して指を折れば、検査も入れて、7回病院行きがあるのです。コロナの感染者が増えて行っているのです。アーと溜息ばかりが出ているのです。だめです、過呼吸に成ってしまいます。深呼吸です。そこに、広島カープと聞こえたのです。プロ野球の中継です。タイガースが4点リードです。浮かびます。球場がうかぶのです。聞き入ります。タイガースの応援です。昨夜は、ラジオ深夜便で、大阪タイガースの応援歌も聞いて、歌ったのです。又1点入れました。拍手です。カープも好きですが、今はタイガースです。ライオンズも、ナイトゲームが有るのです。楽しみです。日本ハムもなかなかいいです。ジャイアンツが勝ったとアナウンサーです。気分が晴れてきたのです。外は雨のようです。家の中もジメジメです。父は赤バっとの川上哲治のファンだったはずです。ビールを飲みながら、ラジオ中継を聞いていたのです。しましまキャップが、9対3で勝利しました。カープは赤いマスクをしているようです、クスと笑わせられました。タイガースは、縞々模様のマスクなのでしょうか。臨時ニュースが入ります。熊本県で家も流されているようです。行方不明の人も、土砂に埋もれた人も、大変な被害が出ています。少しでも被害が少ないように祈るばかりです。感染者も増えました。又大きく長い溜息です。 2020年7月4日     (パンジーの写真です)              

  

    病室を 抜け出し縋る 笹飾り

     

       

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題「巡る季節」


巡る季節

重い服を脱いだら少しは身体も、心も軽くなる春がそして梅や、桜の花や、花粉症の人には大変な、ミモザの花が咲く頃が来るのです。桜の花に見とれてもまだ冷たい風が吹くのです。入学式に桜色に染まった喜びの顔、顔です。今年は新一年生はピカピカのランドセルも背負う事も遅れてしまって、夜にも怖いと涙も流して眠れない子供もいたようです。兄弟でお揃いのマスクをして、お母さんが作ったの可愛いねと声をかけても兄弟達は無口に去って行ったようです。東海津波の時も何時も大きな傷を背負うのが子供達です。私は大きな台風が何か少しドキドキ残っているだけで、後は思い出すのは楽しかった事ばかりです。近くにあった映画館に家族とよくいったのです。次の家でも初めて見た、デズニーの映画の美しさに見とれて感動したのです。学校からも、友人達とも、名画も観たのです。雨が降ると子供の頃は、放射能の雨やから濡れたらあかんでと言われたものです。夏は今の熱中症でしょうか、熱射病になるから、ほら帽子かぶってと言われて自転車で友達の所まで立漕ぎで朝から夏休みは、毎日が夢のように過ぎたのです。学校にラジオ体操に行くのです。夏の友は早く済ませます。朝顔が色々に咲きます。本も読んで感想文も大好きです。絵も大好きです。書き取りもします。絵日記も書くのです。西瓜も、トマトモ、かき氷も、アイスキャンデーも、わらび餅も、兄は家の前の原っぱで野球もします。お盆は田舎にも行くのです。汗っかきの母は、行水もしています。家の前の広い道に母はホースで水まきをすると、砂ぼこりが熱く巻きあがるのです。夕立も雷も聞こえると、カヤを吊るすのです。父は帰り道に、蛍を捕まえてきます。カヤの中にはなすのです。木でできた改札口です。父を迎えに行くのです。浴衣に着替えた父はまだ珍しかった氷の冷蔵庫から冷えたビールを飲むのです。浴衣に着替えた私と妹です。私は盆踊に行くのです。いつの間にか輪の真ん中に入っているのです。夢中です。合いの手も大きく、夜もくれて浴衣の裾は風に揺れます。浴衣の首は汗で冷たいのです。子供達の事件も有ったのでしょう。でも今のように大人も、子供も人を信じる事をとくに教えられなくても疑う事も無かったのです。怖かったのは、押し売りでした。母が守ってくれたのです。今の新型ウイルスコロナからも母はきっと怖がらなくてもいいよと守ってくれそうです。空の上からです。大丈夫今度は私が守ってあげる。 2020年6月30日     (ミモザの写真です)             

  

    朝湿り 香る幻 カンパネラ

     

       

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題「森林浴」


森林浴

何と何カ月振りなのか。雨が上がった二日目の朝早くの事です。玄関から車椅子に乗せてもらって、マイカーのドアまで車椅子を押されて行った私は後ろの座席に小さく震えている手で前の座席の頭の部分にやっと捕まって乗り込んだのです。その車椅子はマイカーの後ろに摘みこんでくれます。シートベルトもはめ込んだら出発です。あそこだよ、ほら着いたよと説明されながら、あ!という間のドライブで到着です。もう着いたの。又車椅子に乗せてもらうと、サーと冷たい風が吹いて来ました。大きな息を吸うのです。小鳥の超えが聞こえます。車椅子を押されて行きます。久しぶりです。外の空気に触れると生き返った気持ちと、身体が落ち着かなく震えて来ました。家の中ばかりで体が慣れていて見えなくても、何かほおり出されたような恐怖のようなものが襲うのです。暫く行くと体も慣れてきます。車椅子の手すりにつかまって説明も受けるのです。紫陽花も、ホタル袋も、まだ朝早いので、露草も水色に咲いているようです。黄色のズラリ並んだ菜の花は切り揃えられているようです。川の流れの音も大きく聞こえます。桜の緑の葉が茂っているようです。さかんに小鳥の鳴声です。ウオーキングの人にもすれ違います。マスクはつけているようです。みなさん速足です。クルミの木も何時もの場所に有るのです。ブランコもでした。あーあそこねと言うのです。ベンチも何時もの場所でしたが、コロナ対策で真ん中には離れて座るようにラインが敷いてあると言うのです。飲食はしないでくださいとも立札がある様です。気分は良くなりましたが、車いすに乗っていては弱った骨が痛んできます。川の流れる音を聞きながら暫くじっとしていたのです。最近やはりコロナストレスでしょうか、運動も普段もしていない筈なのに、今の方が気を付けて、部屋の中の車椅子に乗って足も、手も動かしていたのです。それなのにもっと弱ってしまったのです。何か月カ前は、考えられない事が起こったのです。学校もやっと始まったようです。世界中がひっくり返ってしまったのです。都道府県も行き来も出来るようになりましたがまだ恐ろしい気持ちです。病持ちの私です。夫も若くは有りません。ひとときだけの森林浴の息継ぎでした。入院されているご主人にも面会にも行かれなくて寂しがられている奥さんに、朝顔の発芽した何本かを差し上げたのです。一人一人がみんなもう息切れの頃なのかも知れません。弱い者いじめは止めて。お願いです。こわごわの病院行きがもう直ぐです。今日は梅雨の晴れ間の様です。 2020年6月20日       (青もみじの有る風景の写真です)            

  

    野茨に 手毬取られて 泣く子かな

     

       

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題「触れ合い」


触れ合い

何もかもオンラインです。音声パソコんが使えて色んなホームページも開いて楽しめるのです。けれども味気が無くて早く直接触れ合う事が出来たらいいのにと思うばかりのこの頃です。子供の頃に読んだ本です。絵本と言って言いかもしれません。きっと不思議に思ったのでしょう。怖かったのかも知れません。しっかり覚えているのです。未来の地球でした。人は男性だったか、子供だったか椅子に座っている透明な建物の中です。多分PCのような物に向かっている男子は、足がほとんど無いのでした。もう歩くことも無く退化したようなのです。次のページは食事です。カプセルのような物をパクンと呑みこむのです。そして地面では無いのです。一面の青い空の上のようです。蜘蛛の糸のように縦横に走る高速道路です。今の、電気自動車でしょう。スイスイ走っているのです。まだ自動車がそんなに走っている頃では無かったのです。きっと怖かったのです。今のオンラインばかりの生活がこのまま進んで行くのでしょうか。便利な箇所も多いと思うのですがやはり人は直接向かい合って触れ合って生きていくのがいい筈です。しみじみと感じた事です。だからオンラインで大人は飲み会や、食事会までするのです。早くこんな寂しい世の中から触れ合いの有る世の中に戻ってほしいのです。学校も始まった処も有ります。世界中の、オンライン授業も進みます。益々格差社会が進むのです。これは仕方がない一面も有ります。みるみる世界中に広がった、IT社会です。視力障碍の私は、便利な音声パソコンでステーホームも、PCのラジオが友と成ってくれるのですが、ラジオでもマスクしたアナウンサーや、キャスターや、電話で出演するコメンテーターです。楽しい番組も組まれます。その裏では、SNSでの書き込みで苦しむ人も出ています。いつの世も弱い人達がいるのです。見えない所でのいじめや、差別です。まだ繰り返し津波のように襲ってくるのです。江戸時代の、はしかやころりと呼ばれた、コレラで身分も関係なく大勢亡くなったと聞くのです。いつの世も今もインフルエンザで枚年変る事も無いのです。台風1号が発生しました。又台風にも襲われる季節です。地震も毎日のように起こるのです。神頼みでしょうか、何か流行している様です。田植えも始まりました。職を失った人達、今命ある事に喜びとこれからの希望に一日大切にいつか触れ合う事が出来るのを楽しみに今朝も開けたのです。病院はオンラインで薬も処方箋も頂けるのです。感謝もしながらやはり主治医の声も顔も見ながら話もしたら元気も出るのです。アノ先生、あの先生と触れ合いたい人達は元気で居てくれる事を触れ合える日を待つのです。大好きな大きな花の鈴蘭も、スイセンも咲いていたのです。花との触れ合いも忘れていたのです。 2020年5月14日      (水仙の写真です)                                            

  

    蕗のすじ 母と剥く日の 細い雨

     

       

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題「途方に暮れて山桜」


途方に暮れて山桜

春が北の国に到着したようです。広い大地の耕運機が音高らかに響くのでしょう。祭りはみんな取りやめに成りました。ステーホームです。綺麗に咲き誇っている花達はどう思っテいるのでしょう。静かでいいな、かしら。寂しいな、かしら。雪割草も咲いているそうです。矢車草も咲く頃です。私は水色の矢車草が好きなのです。もう咲かせてはいないのです。白や、ピンクに混ざって咲くから余計に綺麗なのかも知れません。啄木も好きな花だったようです。北国はどんな花達が咲くのでしょう。絵も描く事も無くなってしまったのです。諦め無いで描いてみたくなりました。どんな出来栄えに描けるのでしょう。色も分かりません。形ある物では無いのです。免疫力を高めてくれそうです。思うだけで終わる気もします。手を借りなければいけないからです。千代紙も大きな箱に沢山有るのです。色鉛筆の色が浮かぶのです。綺麗な何十色か、クレパスも大好きです。水彩絵の具は描いていたのです。油絵の具も揃えたのでした。それが最後だったのです。出かけると写生をする人達がいたようでした。今は金星が一番星で赤く光って見えるようです。家にいる子供達は夜の空や、朝早くの空を見て見るのもいいですね。星が綺麗なようですよ。今年は登山も控えて下さいと山小屋の管理人さんです。山小屋を開けて空気も通して夏に登山が解禁に成るといいですね。誰も彼も、この思いがけない困難を克服して負けないで、何時もの事が出来る有難さや、大切にしなければ壊れてしまう物が有る事や、家族の繋がりや、他人を思いやる事や、感謝や、色んな事を教えてくれたのでは無いでしょうか。長い人生歩いてきてそれは言い尽くせない苦労や悲しみや喜びもあ有ったのです。地球のみんなの分だけ有る筈です。山梨県のぶどうも実ってワインも出来ているようです。桃の花が咲いて綺麗だったですよと来年はぜひ見に来て下さいと桃の花に代わって精一杯育てた気持ちが伝わるのです。田植えの準備も始まるようです。家族総出では無いようです。工夫して安らぎの有る家庭にしたいです。今年傘寿と、特定疾病を持つ二人暮らしの我が家です。お一人でおられる人も多いのでしょう。離れて住む息子も気に成ります。そういう人も多いのです。就職や、入学が決まって上京して離れ離れになった家族です。テレビ電話も活用しているのです。父がテレビ電話が有ったらいいなと言っていたのです。こんな状態で使わなくて良かったなと思うのです。もう遠い昔の事です。医療に従事される人達は、危険に晒されながらの毎日です。一日も早く感染者が出なくなるように協力しあって、努力しましょう。 2020年4月29日       (山桜の写真です)                                  

  

    やまぶきや 握る一輪 燃え滾る

     

       

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題「東海道走れ走れ」


東海道走れ走れ

菜の花を右手に握りながらリハビリの自転車漕ぎをするのです。ここはキッチンです。ガラス窓に向かって入院中に買っておいてくれたリハビリ用の自転車が置いて有るのです。友人と話し合って東海道の何処かで合流したいねと私の自転車漕ぎに付き合ってくれる事に成ったのです。東海道の地図も作ってくれました。何分漕いだら何処まで行けるか楽しい自転車漕ぎが始まったのです。時間が有れば自転車漕ぎデス。地図にはドンドン印がつけられていくのです。メールでどこまで行ったよと話すのです。入院中はやはりリハビリの先生とも歩けあるけなのです。リハビリ室は患者さん達の憩いの場所に成っているのです。込み合ったエレベーターは順番に乗って看護師さんに連れられてリハビリ室に行くのです。私は手のリハビリOTにも行くのです。検査も有ります。点滴が有る時は主治医が早朝に点滴をして回るのです。忙しく終わる一日なのです。土日の休みも、病棟の周りの距離を測ってもらっていて、エレベーターホール前も歩いていたのです。病院の土日、祭日は先生達はお休みです。患者さんも重症でない人や薬の加減で、外泊です。看護師さんも少なく成るのです。寂しい病室です。OTの宿題もリハビリの先生から出してもらうのです。点字のオルゴール作りです。大好きな菜の花が咲く頃です。大川を渡して鯉のぼりも何匹も泳ぐ頃です。ご近所の大きな鯉のぼりがバタバタ音を立てて泳ぐお宅を頼りに歩くことも有るのです。勿論手には白杖は突いています。多分大勢の子供達がいるような鯉のぼりが泳いでいるのです。到着したら右に曲がってガードレールに沿って歩くのです。火の見櫓の前に来ました。右に曲がります。お地蔵さんに到着です。ホットするのです。耳を澄ませ無いと路に迷ってしまうのです。自転車漕ぎは東海道は大分進んでいたのです。友人ともう直ぐ会えるネと言っていたら又です。腰から動かなくなってしまったのです。歩け歩け300歩は歩き過ぎたのです。こんな事が何回も有ったのです。AlSの私の友達は、リハビリの先生に抱えられて歩いていたのです。私には友達が何人も出来たのですが、ALsの小さなお子さんがいる妹のような明るい人です。私が入院した時には口にくわえた棒で五十音のボードに私に挨拶してくれたのです。看護師さんに読んでもらっていたのです。笑顔が素敵な友達でした。桜も、菜の花も見る事も無かったのです。今コロナに負けないでねって言っている笑顔が浮かぶのです。 2020年4月28日      (菜の花とパンジーの写真です)                               

  

    東海道 若葉若葉に にわか雨

     

       

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題「若葉の頃」


若葉の頃

若葉が目に爽やかな季節が来たのです。柔らかい緑色は私が新入社員で入社式の時に着ていたのが淡い緑色のスーツだったのです。翡翠色が好きな色なのです。お出かけには車いすに乗っていてもおしゃれもするのです。桜は緑の若葉をつけ始めている頃です。43年くらい前に戻ります。土手には桜並木の桜見物の人々です。桜が咲く頃には強い風が吹いて砂を舞い上げるのでした。桜の花も散らすのです。花吹雪です。夜桜見物の提灯や名残りも残っている場所も有るのです。川沿いに咲く桜の土手です。歩いて行くと上手に花を咲かせたサボテンも並んでいるのです。腰を屈めて眺めたのです。サボテン畑の思い出は母と行ったサボテン公園で買って帰って来た土産のサボテンでした。サボテンが水中花のように少し違うかな、綺麗なのです。今は正座も出来なくなって何十年にも成るのです。腰を落としてしまえば立ち上がる事も出来なくなったのです。何気なく出来ていた事の有難さをしみじみと感じるのです。きちんと列を作って何時もながらの大人も子供も心弾む色んなお店が並ぶのです。若い夫婦と肩車の息子だったのです。そして時が流れて、桜にも緑の葉が目立ち始めるのです。土手に散歩に行くごとに桜は緑の葉で覆われるのです。その緑の桜の葉の大きくて綺麗で柔らかそうなのを集めてもらうのです。もうお判りでしょう。桜餅用の塩漬けの葉っぱの葉を集めてもらっているのです。この頃に成るともう強い風は吹かないのです。ポカポカ暖かい日差しです。青い猫じゃらしも手に握っています。何という名前か黄色い花も握っています。右手には白杖を突いているのです。お地蔵さんの前に当直です。黄色い花はお地蔵さんにのお土産で飾るのです。もう家は直ぐそこです。早速緑の桜の葉は綺麗に洗います。水気はしっかり拭き取るのです。そしてタッパーに、桜の葉とお塩を、順々に入れるのです。これで一年待つのです。いい桜の香りがするのです。不思議です。葉っぱの時は桜の香りがしなかったのです。さあ桜餅を作るのです。準備していた道明寺粉や餡子も小豆は一晩水に浸して置いて甘く煮たものです。美味しいお餅に緑の葉を巻くのです。桜の花がくれた嬉しい春の喜びです。私も色んな事も楽しんで来たのです。又歩けていた時にタイムスリップです。桜の咲いた場所に、息子の友達とそのお母さんとで散歩に行った時です。ポカポカ暖かい帰り道でのハプニングでした。ママおしっこと息子の大声です。友達のお母さんもウワー良かったねと喜んでくれたのです。私の入院の為に、半年は延びていたおむつ取りです。パンツ一枚で歩いていたのです。子育ての大きな喜びです。桜の若葉の道の忘れられない喜びです。 2020年4月15日      (葉桜の写真です)                                   

  

    おぼろ月 探しあぐねて 瞼かな

     

       

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題「明日の希望」


明日の希望

桃の花や、菜の花や、椿や、木蓮が綺麗な頃です。花祭りも8日に有ったのです。疲れる毎日ですが気が付けばミルミル時間が過ぎたのです。もう何か月も前からの事です。ストレス解消に思いついたのが品切れのマスクを手作りする事です。手探りでも出来るのです。勿論手助けが必要です。そんな事しなくてもいいよと言われる事も無く、着物を縫っていた時の残り布と、編み物をしていた時の毛糸玉を持って来てもらうのです。きちんと切ったら二重にたたんで、両端もたたみ込みます。下も大きさに合わせて中にたたむのです。千枚通しも準備してもらって耳に巻き付ける毛糸を二重にして、毛糸針に通します。千枚通しで分厚い本の上で力を入れてグイグイ四隅に穴を開けるのです。耳の長さに毛糸を通したら結んで出来上がりです。もう何十枚も出来たのです。手作業が大好きな私はこうしている時間が楽しいのです。これだけでは退屈します。PCが友達です。先ず朝起きたらメールのチェックです。音声パソコンが、お早うございます名前も呼んでくれるのです。友人から頑張ろうねのメールです。返事も書きます。聞き取りやすいので男性音にしているのです。次に検索に合わせてラジオのニュースも聞くのです。エプロンもかけました。エタノールの消毒もしました。これはコロナ対策には関係なく何十年も前からの細菌予防です。そして食塩調節の食事を作ってくれたお盆がテーブルに置かれて、説明もされて朝食です。沢山の薬も呑んだら、車椅子に座っているのです。時々は流れて来る楽しい音楽に合わせて手も上にあげたり、足もトントンするのです。歌も歌います。少しは運動不足の解消にもなるのです。気分転換にも成るのです。ホームページも色々起ちあげてくれているのです。大きく変わっているのがラジオも皆さんコロナ対策の為に電話での出演です。3つの密を避ける為にです。スーパーでは密着しているようです。又そうしていたらマスクも出来上がりました。コロナ感染者はドンドン増えて行くのです。一致団結しないと消え去ってくれないコロナウイルスです。日本中に、赤ちゃんにも広がっているのです。家庭でも色んな問題も出てきているようです。雑談や、仕事を分担してやるのもいいようです。テレワークも広がっています。先の見えない辛い日々ですが心にも体にも免疫力付けて朝が来る事を信じて今日も笑顔で終えましょう。 2020年4月13日       (桃の花の写真です)                            

  

    慄けば 春の嵐の 命かな

     

       

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題「大正琴の優しい音色」


大正琴の優しい音色

桜の花が咲いたら優しい音色が響くのです。もう考えなければ分からなくなったあれは早や30年近く前にも成るのでしょうか。黒にそれはカラフルな小花の色の模様の描かれた大正琴が届いたのです。母からでした。まだ幾らか今よりも視力は有った私は母から送られてくる、楽譜を最大の拡大にして楽譜置き場を作ってもらい、そこに楽譜を乗せて、爪はひし形のこれも可愛い色ばかりです。音楽は大好きだった私は夢中に成りました。窓際からも大正琴の優しい音色が流れて行くのです。時には強い音色です。;古城です。母がワープロで書いた楽譜です。生徒さん達と発表会もしたようです。私もその中にいる気持ちで弾くのです。一番大きく楽譜を拡大しても見えなく成るまで引いたのでしょう。それとも足が下半身が動かなくなって、入院んを繰り返していくうちに忘れられた大正琴だったのかも知れません。病も束の間癒されたのです。何でも夢中に成り過ぎる傾向のある私です。視力も使いすぎたのかも知れないのです。もう弾く事も出来なく成って長い時間が過ぎたのです。送られてきたカセットテープの大正琴の柔らかな音色も聞く事も忘れていたのです。何処に置いたのかも今の視力では探し当てる事も出来なく成ったのです。でも桜の咲く季節が来たのです。桜;の曲がよく似合うのです。今年は門も閉じられた桜の見所ばかりです。母の弾く大正琴の桜も、やっこさんも、何でも聞こえて来る気持ちがして、鬱々する気持ちを癒してくれるのです。まだ早い春休みの桜見物にも行った思い出もあったのです。浜辺で打ち寄せる冷たい波にも何か嬉しくて、私は貝殻ひろい。兄はズボンの裾をめくりあげて裸足で歩いていたのです。若かった両親と、子供の頃です。桜の通り抜けにも行ったのでした。西武園遊園地も閉じられています。多摩動物公園もです。上野公園もです。とにかく今が大事な時です。桜達は母の弾く大正琴の桜を聞いて今年は明日を夢見ていてねと言っているのでしょう。 2020年4月2日         (桜並木の写真です)                        

  

    入社式 規律して待つ オンライン

     

       

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題「花言葉は思いやり」


花言葉は思いやり

今日3月26日の花はチューリップです。そして花言葉は思いやりです。形も色も数も数え切れないチューリップの畑に触れにも行ったのでした。東京は新型コロナウイルスの1日の感染者がドンドン増えて40人以上に成ったのです。まだ増えて行きそうな気がします。買い占めが始まりました。スーパーで混雑して密着して並ぶのは絶対に良くない事です。マスクも見当たらないようです。何処に消えたのでしょう。こんな時に詐欺も増えているのです。ヨーロッパでは日増しに感染者も亡くなる人も増えているのです。アメリカもです。世界中にです。帰国した人は2週間家に居てもしものコロナを広げないようにみんなの事を思いやって欲しいのです。病を持つ人や、お年寄り達が危険だと言われているのです。私は情報が耳に入る度に震えているのです。だから今日はPCでFMの音楽を聞いていたのですが、買い占め。スーパーやデパートの時間短縮です。在来線なのか電車は何時もの通りのダイヤのようです。窓は開けての走行です。地下鉄はどうなのでしょう。都心に向かう電車はマスクをした会社員達で満員のようです。幾つかの会社は自宅での仕事です。やはりオリンピックパラリンピックが来年に延期に成ったのです。聖火が到着したのにガッカリした走者達です。災難ばかりにも前向きの9年前の悼みを乗り越えたのか、白いスニーカーを準備していたランナーも仕方が無いねと言うのです。無事に来年私は、PCのラジオ放送で聞けることを願うのです。コロナ騒動が夢ならいいのにと思うのです。看護師さん達や、医療に携わる人達のご苦労には何処の国も感謝しているのです。健康な子供達を励ます番組も作られています。卒業式が出来なかった子供達もいます。家の中で過ごしましょう。バイトの人も仕事が無くなりました。地球の、一大事なのです。難病の子供も、障害持った子供達も。人工心臓をつけた子。人工呼吸器付けた子。苦い薬呑んでる子。痛い注射してる子。お話しできない子。光が見えない子。桜が咲きました。子供病院の子供達は、それでも羨ましがったりしないのです。今日を精一杯生きているのです。いたみを知っているからです。寂しさも。優しさも。苦しさも。強いのです。私の眼科の先生が産まれて幾らもたたない、泣いている目の病でしょうか。抱っこしてあやしているのです。今だからこんな時だから自分だけの事を考えていないで痛みの分かる子供達が増えたら嬉しいのです。チューリップ畑に連れて行ってあげたい子供病院の天使の子供達です。 2020年3月26日         (チューリップ畑の写真です)                  

  

    魔泥べば 染まる吾成り 花散らし

     

       

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題「時には小鳥に成って何処までも?何処までも?」


時には小鳥に成って何処までも?何処までも?

世界中国境が閉鎖されて行きます。蔓延している新型コロナウイルスの猛威に打ち勝とうと必死です。家から出てはいけないと、息をつめて閉じ籠りです。ひっそりしたフランスの通りのようです。イタリアも、ドイツも、オーストリアも、駐在記者は家からレポートです。日本は運動しましょうと子供達に遊ぶ場所を解放した地域も有るようです。図書館や。学校の教室も解放されて。運動場も子供達は久しぶりにボールを蹴ったりして遊んでいるようです。海外から帰って来る帰国者にの検査が甘そうです。白鳥が北に向かって飛び立って行くのです。そうでした。北帰行の季節に成っていたのです。もう早くにツバメが飛んできたとも聞いたのでした。雁も実際には見た事は無いのですが雁の渡りは美しい姿のようです。鶴も、冬鳥達が飛び立つのです。人間を見捨てて行ってしまうのでしょうか。初雁号という汽車が有りました。春のお彼岸に入りました。今年は帰って来なくてもいいよ危ないからねと囁いたのです。けど帰って来てくれたのです。みんなどうしてか笑顔なのです。大きなぼた餅や。季節に合わせた五目寿司や。海苔巻きや沢山作ってくれた楽しいだけの子供の頃のお彼岸だったのです。田舎饅頭は父の好物です。美味しいお茶は母のリクエストです。今朝のニュースというか、リスナーからのメールで、お母さんと小学低学年の娘さんだったでしょう。マスク作りをして使って下さいと役所に持って行ったそうです。綺麗な布を買って作ったそうです。お母さん待って下さいね。マスクは1回使ったら捨てましょう。引き出しに何か取って置いた布は有りませんか。使っていないエプロンも、洋服も、ハンカチも、洗って裏はガーゼを当てて作れます。お友達と作るのがいいですね。年齢も関係無く中学生のお姉さんも、お兄さんも、小学生の男子も今は家庭科も有って縫物も好きで上手な子も多いのです。スマートホーンでみんなで教えあって作れば、沢山出来るのです。仲間作りも出来るのです。みんなマスク作り集まれ!です。河津桜が満開なのです。小鳥達が飛び回っているようです。染井吉野も開花宣言したのです。彼岸の人達が来てくれたので、鳥に成って青空に飛び立って、桜の中で懐かしいみんなと息つぎがしたく成りました。新型インフルエンザの薬が効くとも聞きましたが、色んな薬を試している段階のようです。助け合って長い道を飛んで行く冬鳥に成りたくなった春彼岸です。大きな赤いボタンの花を咲かせた父です。もう作る事が出来なく成ったぼたもちです。今日はぼた餅を買って来てもらうのです。彼岸の人達と一緒に食べるのです。 2020年3月18日      (鴨のつがいの写真です)              

  

    夕暮れて 標と成れり 沈丁花

     

       

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題「桃色椿に雪が舞う」


桃色椿に雪が舞う

暖かいねと言っていたら急降下です。雨が降っているよと言っていたのに、霙だ。雪だぞと声が変ったと思ったら、寒くて暖房はガンガン入れるのです。門扉の横の桃色乙女椿が開いていると教えられて嬉しく成っていたのです。気温差には付いていけません。こうして音を頼りに文章も書けて、メールも出来て、検索も出来て、それは障碍者センターの先生達に丁寧に教えて頂き講習会で初めて出会った音声パソコンなのです。新型コロナウイルス騒動で。今その障碍者センターも3月の1か月はお休みなのです。この頃はセンターにも体調の事情で行く事も無かったのですが、こうなると今は大勢に成った、新しい生徒さん達にも声が聞きたく成るのです。勿論先生達にもです。早く収まって欲しいコロナ騒動です。イタリアにはドンドン広がっているのです。オリンピック、パラリンピックはどうなるのでしょうか。車椅子での散歩も出歩くことを控えるのです。子供達も家で何をしているのでしょうか。外に行きたいですね。桃色椿に振った雪は桃色椿を驚かせているのです。私を驚かせるのと同じようにです。色んな花が咲いているようです。卒業式に。様々なパーティに。歓迎会に。合わせて育てた花達のようです。婦人デーには花を送りましょうとアピールしています。ホワイトデーも有ったのです。今これから、ネモフィラの花が咲くのです。小さな子紫の花なのです。絨毯のように咲かせているようです。花を育てている花農家も、野菜農家も、大変なようです。レタスも沢山育っているようです。学校が休みで給食が無いので給食用の品々もネットで上手にさばいているようです。子供食堂も中止です。余りに寒くて足が氷のように成ったのです。暖かいケットで足をくるんでも中から冷えたようです。そういえば私の病院の入院中の患者さん達は、面会してくれる家族を待っているのでしょう。今は会えない家族も気に成るのです。デールームで歩ける人は、子供達も連れて行ってもらって携帯でお話ししているのでしょうか。ラジオも楽しいですよ。聞いてみて下さいね。眠れない夜は深夜便が私の友達です。視覚障碍者の私はラジオで情報も得るのです。音楽も。スポーツも。ニュースも。何でもです。桃色椿が雪に負けないように、みなさんストレスもたまりますがいつかは来る春です。待ちましょう。 2020年3月16日     (乙女椿の写真です)      

  

    女学生 花束抱いて 春の雨

     

       

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題「花は咲く!花は咲く!」


花は咲く!花は咲く!

吹き飛ばしたいですね。辛いですね。この事も。あの事も。悲しい事ばかりです。胸が痛む事ばかりです。桜の開花宣言は今日にも聞けそうです。このことが無ければ、中国からの観光客が、韓国からの観光客が多い国営昭和記念公園には、チュウリップ畑が広がるのです。今年は暖かくてもうポピー畑も、写真部でしょうか。ポピー畑の中で大学生がモデルさんに成ってポーズを取っている筈なのです。園内案内では、日本語、英語、中国語、韓国語が流れているのです。ベトナム人もいます。色んな国の人が楽しそうなのです。ヘリコプターの音が聞こえます。行ったり来たりしているのです。広い公園です。日本庭園もあって人気です。園内電気電車も走っています。静かな誰もいない国営昭和記念公園なのでしょう。11日にはボロボロ涙も流すのです。星空もキラキラ輝くのです。残った1枚切りの家族写真を胸に大切に抱いて笑っているのです。深い悲しみの微笑みなのでしょう。誰にも分らない悲しみなのでしょう。そば畑が広がっているそうです。売れないよと言っています。風評被害です。土地を生きかえらすのだと言っています。チェルノブイリにも行ってみたそうです。木が生えて荒野のように成っていたとも言っています。帰って来た若者は毎日、放射能の数値を測っているようです。お医者さんも週に二回だけで朝だけだそうなのです。ソフト面の充実が欲しいと言っています。美味しい果物が沢山実った福島県でした。三陸海岸では海産物も農業もどの程蘇ったのでしょうか。慰霊祭は縮小して行われるのです。テレビでも、ラジオでも特集が組まれているのです。あの事を振り返って家にいる子供達にも見せて聞かせて、家族で話し合ってみるのもいいですね。9年前の出来事をこれからも尚忘れてはいけない事なのです。引き出しにぎっしり有るハンカチです。家に閉じ籠りの間に、マスク作りでもしてみようかと思ったりするのです。観客無しの相撲は行司さんの声がよく聞き取れて迫力が有るのです。選抜高校野球も取り止めに成りました。早く世界中が安心できる生活に戻る事を祈るのです。ラジオのFMではひと昔前の、映画音楽を流していました。束の間の息継ぎでした。 20年3月11日       (チューリップ畑の風景の写真です)

  

    夜明け前 何に悶えて 春嵐

     

       

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題「お日様色が一杯」


お日様色が一杯

散歩道で挨拶するのはワンチャンを連れた飼い主さんです。暖かいですね。まだ風が吹くと冷たいですねと別れます。ワンチャンはもうお年寄りのようです。飼い主さんにダッコされているのです。何時もの道で出会う人が見当たらないのです。静かなのです。子供達と家の中でお母さんと過ごしているのでしょうか。学童保育に行ったのでしょうか。子供を連れて仕事場に行っても良い会社もあるようです。素敵な会社ですね。幼稚園以上ならお父さんの会社見学も出来て仕事も見られていいですね。蜜蜂なのかハーブの花に蜂が飛んできています。空き地に成っていた所に立札が建っていて、工事も後伸ばしになっているようです。内科と小児科医院の駐車場には自動車が何台も止まっているのです。背中をポカポカ温めます。金柑を見つけたのです。蜜柑の黄色の季節でした。文旦は高知県で今は沢山作られて特産品です。冬に収穫して藁の上に文旦を置いて、その上に又藁で囲むのです。そして今が美味しい食べ頃です。両手の平で包まれないくらい大きいのです。お日様色です。フワフワの中に甘い実が包まれているのです。柚子もピカピカ光って特産品です。お寿司の酢飯にも香りも良くて使うのです。愛媛県の伊予柑もサカリです。デコポンに。ポン柑。常夏の国宮崎県の日向夏。オレンジに。レモン。バナナも黄色、毎日1本食べているのです。ハッサクはジャムにすればママレードの出来上がりです。皮が又あく抜きして、煮詰めて砂糖で美味しいお菓子です。子供の頃には庭先に植えられていた金柑です。お土産にも嬉しい、すけたカップに入った金柑の黄色が暖かだったのです。口にほおばると、少し苦くて酸っぱかったのです。正月には甘煮にして美味しいのです。酸っぱいままでも好きな金柑なのです。両手の平の中で転がしてから握るのです。春先色は黄色が似合います。もう黄色のタートルネックのセーターも冬までお別れです。 2020年3月13日      (金柑の写真です)                    

  

    赤いバラ 呟いてみた ホワイトデー

     

       

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題「春なのに・・・?」


春なのに・・・?

小さな春が一杯です。何時ものラジオ番組を今日から違って聞いたのです。子供達が可愛いメールをくれるからです。素直な子供達の今の寂しい思いや、歌のリクエストも有るのです。スマートホーンまだ持っていないんです。こういう時は友達とつながらなくて寂しいです。と言う中学生のメールです。どうも両親の考えで反対のようです。決まりを決めて使えるように成るといいわねとアンカーです。親の思いと子どもの願いは違っている様です。お母さんが家に居て三人の子供達とプレゼントのようなお休みの、家は子供達が跳ねて踊って歌って楽しそうです。学童保育に行く子も突然です。早い時間から大勢集まったので急遽先生が足りません。素晴らしいですね。私も行くわ。俺もいくぞと来てくれたそうです。熱を測ってから今日の与えられた学習に取り組むのです。お弁当も安価で作ってくれる力強い見方も現れたのです。子供達の好きな、卵焼きに、ハンバーグに、から揚げに、栄養を考えたわかめご飯と炊き込みご飯です。特別支援学校から帰宅した息子さんを働くお母さんがどうしようかと悩んでいたらデーサービスで預かってくれるように成ったそうです。嬉しいですね。公園で遊ぶ子供達もいるようです。勿論付き添いの人が居ます。北海道ではみるみる広がった患者さん達です。人が集まる処はお休みです。高校受験が有ったのです。卒業式も無くなりました。先生に感謝状を贈った小学校の6年生もいた学校です。先生は思わぬ卒業式で涙を流したそうです。早く元気な日本に成って欲しいです。とメールをくれた子もいたのです。友達100人できるかな;と待っている真1年生も桜が咲くまでには落ち着いてくれるのでしょうか。アンカーは又涙ぐみます。私ももらい泣きです。子供を家に残して働くお母さんも、もう中学生だから大丈夫と言う訳にはいかないのです。働いていても気に成るのです。先生が休み中の勉強のプリントも作って一人一人のお宅に配るのです。小学校の子供には会えなかったようです。手渡してあげたかったでしょう。公園の花達は、猫柳に振れに行きたい春です。緋寒桜がずっと前に咲いたと聞いたのです。河津桜も、白木蓮も、椿も咲く公園です。アスレチックも有るのです。バスケットも出来るのです。広い公園では春の祭りもあるのです。パターゴルフを楽しむグループもいなくて寂しい公園に成ったのです。 2020年3月5日      (河津桜の写真です)                           

  

    三月や 耳擽られ ショートボブ

     

       

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題「春の足音」


春の足音

思えば、東大寺二月堂のお水取りの頃が来たのです。春を告げるお水取りです。奈良時代からの行事なのでしょうか。もっとやはりお水取りの頃は振り返ると寒かった気がします。暖かいお水取りに思えます。今年はマスクをかけて、松明の火を厄除けでしょう、浴びているのです。イカナゴ漁も解禁の頃です。釘煮がどっさりと義姉から送られて来たのはもう昔の事に成ったのですが、今も尚家庭で作る、イカナゴの釘煮のようです。あの美味しい味が口中に蘇るようで元気かなとどうしているのかなと義姉を思い出すのです。瀬戸内海は漁師さん達の嬉しい春が来たのです。早く、ポンポン船でしょうか、のんびり釣り糸でも垂らす風景に成って欲しいものです。旅館も美味しい瀬戸内の料理に舌打ちするお客さん達で満員に成る日が早く来るといいなと思うばかりです。ヤマメ釣りも解禁です。朝早くから起きて出かけるのです。雪が残る渓流ですが今年は雪残る渓流釣りでは無かったようです。冷たい雨が降っていたのです。川も釣り人は疎らだったようです。今夜は初ヤマメです。あっさりとした白身です。春を味わうのです。又寂しいニュースです、相撲も観客無しで大阪場所が開催されるのです。コンサート会場も前売りちけっとも返却にスタッフは混乱しているのでしょう。朝早くに散歩でも出来たら気分も安らぐ事でしょうが忙しい時間は直ぐに過ぎてしまってグングン過去に成って行く毎日です。緋寒桜が咲いたと聞いたのはもう随分以前の事に成るのです。写真に撮りに行けなかったのです。庭に春の花達が咲いているお宅も有るのです。桜つつじが満開です。我が家にもつつじの植木鉢が幾つも有るのです。つつじが咲いている横には赤い一重の椿も咲いています。門扉の横には桃色の乙女椿です。 2020年3月4日        (池で泳ぐ鯉の写真です)         

  

    骨抜かれ ヤマメ頭は 左向き

     

       

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題「春ヨ来い、早く来い!」


春ヨ来い、早く来い!

オリパラリンピックがもう直ぐです。選ばれたアスリート達は精神的にも、勿論毎日の練習にもどんなに努力して来た事でしょう。パラリンピックニも挑戦出来無い障碍者の為にも素晴らしい戦い抜く姿を見せて欲しいのです。病院や家でテレビやラジオやPCで応援している難病の人達や子供達も居るのです。パラリンピックに興味を持った人達も増えました。予期せぬ事故で障碍者に成った時はどんな風に立ち直ったのでしょう。視覚障害。聴覚障害。足や手を失った障害。精神障害。障害は様々有るのです。他人事では無いのです。毎日耳にする交通事故です。病を克服したアスリート達には応援したいです。子供達にも最近は触れ合いが多く成った、ブラインドサッカーです。水泳。陸上競技も様々です。車椅子バスケ。車椅子テニスに。何が有るのでしょう。今年も目の前に成った選抜高校野球です。今まで野球部で甲子園に向けて頑張って来た球児達なのです。イベントがほとんど中止にも成りました。人ごみは避けるのです。何処に行っても帰ったら直ぐに手洗いです。ラジオではこんな時はどうしますかの、相談コーナーも時間に限りが有ります。みんな必死で相談です。丁寧に相談に答えてくれています。じっと聞くのです。総理大臣からの違例の国民にの言葉です。突然の小学生と、中学生と、高校生と、特別支援学校えの、春休み前の休みにしますの言葉です。5年生が6年生に手作りの卒業式をした学校が有るのです。いい思い出が出来た6年生です。学校現場は戸惑っています。家族達も働く両親がいるお宅では困っています。見えない敵が今朝もニュースで又患者が出たと知らせます。毎日の事に成って行くのです。1日1日終えるとホットするのです。検査試薬も病院に配られます。この前病院に行ってからやっと2週間が経ちました。体温も図るのです。病が有る者にとって恐ろしい日々が何時までなのかゴールの光さえ見えない毎日は病も増していくのです。マスクは大量生産されるようです。治療法も研究されているようです。日本の医学を信じてゴールが見え無いのはきついけど何時かは落ち着く事を信じて、1人1人が自覚を持って今がこの試練に耐え抜く時なのです。大学受験生は困っています。大学側も困っています。受験生は身体が大事です。若い頃の1年や2年は直ぐに取り戻せるのです。地震や津波を乗り越えた力です。昨年の河川の氾濫にも乗り越えたのです。再現を尽くしましょう。、 2020年3月1日        (菜の花畑の写真です)               

  

    囁きに 誘われ来れば 母子草

     

       

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題「子猫と遊んで三寒四温」


子猫と遊んで三寒四温

4月の気温ですよとお天気キャスターです。花粉が飛びます気をつけましょうとも言っています。次の日は九州も、日本海側も、北海道も、雪に注意との事です。折れ線グラフのような気温の毎日です。春の嵐も吹く頃です。春1番が吹きました。雪崩も起こします。ショールも持ち歩かなければ冷たい風が吹くのです。鵯も、椋鳥も美味しい食事に庭の大きな真っ赤な実をタワワに付けた木を目がけて飛んで来るのです。真っ白なカーテンに太陽の光を受けて益々大きな影を作っているのです。子猫はその陰をじっと見ているのです。突然子猫はその大きな鳥の陰に飛びついたのです。太陽で光った鳥の影は何倍にも大きく成ってこちらに向かって突進して来ていたのです。子猫はもう狩猟をする能力を発揮のようです。ガラス窓に飛びつきました。ぶつかった子猫です。狩猟には失敗したのです。カーテンは子猫の爪で割かれてしまっています。子猫は又挑戦するようです。じっと動きません。狩猟の目は飛んで来る鳥の影を待って見つめています。お尻をフリ始めました。今度こそはと狙っています。又狩猟を繰り返すのです。何度か挑戦して、大きな鳥の影は無くなりました。諦めた子猫です。暖かい部屋の中です。長閑な子猫との時間が流れます。ハンカチで魚の形に似せて作ってみたのです、紐を長く結わえてそれをほいと遠くに投げて、ほら取っておいでと言ったら、子猫は走って、咥えてこちらに走って戻って来たのです。受け取って又それを投げてみたら咥えてこっちに走って戻って来たのです。賢い子猫です。子猫は何度も繰り返しても飽きる事も無いのです。子猫と楽しい時間が過ぎるのです。又明日ねと、膝に抱いていたのです。飛び出して棚の上に飛び乗った子猫です。日射しが暖かそうな場所です。子猫も遊び過ぎたのか、昼寝タイムです。ご飯だよと言ったら、ピョンと飛び降りて来た子猫です。名前を呼んでも知らん顔している時も有るのです。頬や、頭をトントン叩いて布団にも入って来ます。ヌクヌク子猫の湯たんぽです。春を待つ可愛い子猫です。庭の大きな木の赤い実には、何種類もの鳥が何匹も実を食べに飛んでくるのです。カメラを持った人も写真を撮って行くのです。大きな鳥に先を譲っている小さな鳥達です。大きな鳥達が飛んで行ったら、真っ赤な実の木に潜ってみたり、嘴につかみきれない真っ赤な実をポロポロ地面にも落とすのです。木の下に落ちている赤い実を、啄んでいる小鳥もいるのです。赤い実の中に潜って楽しく歌うのです。 2020年2月23日      (沈丁花の花の写真です)               

  

    しなやかに 弾んでタイプ 梅薫る

     

       

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題「青春に乾杯」


青春に乾杯

ゾクゾク届く便りです。第一希望校に合格した子。しなかったこ。吹奏楽をやりたいわ。バドミントンがもっと強く成りたいなと以前とは違った希望を持って高校も決めている子も多く成ったようです。声優に成りたくて専門のクラスが有る高校も有るのです。農業高校も酪農をしたい子、花を育てたいこ、美味しいちーず作りに夢見て留学もしてと言う子。進み安く成った高校です。目を広げるとあらゆる部門に専門学校も有るのです。女子も門が広がったのです。猛勉強して進学校を多くの子達が目指していた昔です。ゆとり教育が実ったのでしょうか。目的も無く大学に行くよりいいかも知れません。学びは何時でも出来るからです。巧みに成るのは容易では無いのです。本当に様々に専門性が有る此の頃です。青春ドラマもテレビで幾つも放送していたのです。私の学校は女子高です。友達達と昨日のドラマの話に花が咲くのです。音楽室では友達とも楽しい時間です。初めての音楽の授業の時には先生が光るグランドピアノで弾いてくれた、森山良子の、この広い野原一杯でした。今も歌える歌が何曲も有るのです。代2グラウンドでは体育祭です。文化祭は校庭でも、講堂でも発表会です。ホークソングも大流行していて私はホークギターを弾いていたのです。中学からの部活は、体操日本と呼ばれていた、オリンピックで活躍していて人気の、器械体操部でした。オリンピックのやはり影響なのか、バレーボールも流行していました。今も、ママさんバレーも有るのです。楽しいのは友人と帰りに学食で食べる時間です。勿論美味しい食べ物です。もうお弁当は食べたのです。電車で帰ります。窓から入る風は気持ちがいいのです。特に楽しかったのは、夏休みのアルバイトや、友人と待ち合わせてお茶したり、ショッピングです。友達と旅にも行ったのです。ホテルではテーブルマナーも習います、中間テストも、期末テストも、毎日の復習と予習をしていれば困る事は無いのです。友人も出来たのです。担任の個展の先生も懐かしいのです。クラスメートと行った修学旅行です。日曜日には、セーラー服のスカートのプリーツを整えます。鞄もクリームで磨きます。毎朝は靴も磨きます。ねっちはグリーン、これがポイント私だけの結わえ方です。私のスクールカラーは、グリーンです。卒業式には花吹雪に混ざって小雪が舞って、名残り雪でした。友人と今もメールで話すのは、あの頃の事がよく出て来るのです。時々携帯で近況も話すのです。あの頃にも戻るのです。同窓会のお知らせ来たねとです。 2020年2月20日       (庭園に流れる小川の写真です)         

  

    眼薬が 染みて兆しの 温さかな

     

       

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題「思い出のアルバム」


思い出のアルバム

お雛様を出す嬉しい心弾む日、雨水です。もう子育ても終わったご夫婦もお雛様の見物です。あの頃あんな事有ったわねと懐かしく思い出すのです。数え切れ無い幾つもの事、山超え谷超えも今と成れば1つ1つが嬉しい思い出なのです。春が来て歩き始めたあの時、おしっこと言えた時。遊園地にも行って、白馬が大好き。桜のトンネルにびっくり。真黒になって水遊び。落ち葉も集めて木の実も集めて。おもちゃも大好き。アニソンも歌って大好き。絵本も大好き。本も読んでラジカセに入れるのです。クスクス笑います。絵も描くのも大好き。公園で友達と砂場で砂山作ってトンネル通して、おもちゃの電車も通るのです。遠くの公園にも1人で冒険です。七夕祭りにはお父さんの肩車、背が高くガリバーに成って、七色の短冊も手で触れるのです。いとこ達が来て寄せる波のプールにも行くのです。回覧板もおばさんにはいどうぞ、お土産は可愛い袋にドロップです。ロープウエーにも乗ってしまりすも見てもみじ狩りです。入園式です。鶯組の名札も胸につけました。幼稚園バスの運転手さんと仲良しです。それはね、おじいちゃんに似ているからです。おじいちゃんの処にも新幹線に乗って行くのです。いとこ達にも会えるのです。自転車の補助輪も取れて遠くの友達の処まで行くのです。運動会もお父さんが張り切って、百足競争で一等賞です。綱引きにも又出て赤組が勝ったのです。お誕生日会には写真も撮ったのです。お餅突きも先生と杵で突いたのです。ハーモニカも、カスタネットも、ピアニカも、上手に成って、学芸会もして、カラスの役です。サンタさんも来てプレゼントも沢山もらってお迎えの幼稚園バスに乗って帰るのです。お母さんが焼いたケーキでお父さんが帰ったら、ツリーが光ってクリスマスパーティーをするのです。漫画も描いてお楽しみ会の招待状もお母さんに来てねと渡したのです。母の日には肩叩き券もあげてポンポン叩いてあげたら気持ちがいいわと言ったのです。お泊り会には大きなバスで行くのです。幼稚園バスに乗って行かないのです。それはね、お母さんと一緒に卒園式に行くからなのです。歌も歌って、お菓子も食べて、仲良しとも小学校が違うのでお別れなのです。オルガンも弾いてくれた先生ともお別れです。みんなが好きな絵を描いた一人だけの、思いでのアルバムも先生から元気でねと渡されたのです。門の処では園長先生も、運転手さんとも、お別れの挨拶をして、帰り道はもう幼稚園バスには乗らないで、お母さんと、思い出のアルバムを持って歩くのです。家にはチョコレート色のランドセルがピカピカ光って待っているのです。桜が咲いたらドキドキ嬉しい1年生です。 2020年2月19日        (紅梅の写真です)                 

  

    在庫無し マスク貼り紙 雨晒

     

       

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題「明日があるさ・明日が有る!」


明日があるさ・明日が有る!

出会いと別れの季節です。受験生はもう発表は有った学校も多いのでしょう。これから受験に望む子供達もいるのでしょう。塾の先生も付き添いです。ガンバレヨとリラックスしたらいつもの力が出るからなと、励まして受験会場に送り出すのでしょう。お母さんはやはり、豚カツ弁当を心を込めて作って持たせるようです。何もしてあげられない家族です。見守って心で応援です。ゆっくり歩けばいいのです。長い道程です。もう子供達は自分のやりたい事に向かって歩き始めたのでしょうか。決められたレールの上を行くだけではつまらないですね。何時でもやり直しが出来るのです。寄り道も、道草も、回り道も出来るのです。スポーツ学校も、進学校も中学校受験して寮生活です。此の頃何か大急ぎで歩いている子供達にさせているように思えます。大人に成ってから気が付いてやりたい事が見つかって大学にも行き直している人達も増えています。そうなればいいのですが、倒れてしまって立ち直れなく成らないように、先生達も、寮母さんもよく見守っていて欲しいのです。まだまだ子供です。あんな人に成りたいな。あんな事やりたいなと夢見てから勉強してもいいのでは無いのでしょうか。遠くの進学校に中学校から寮生活では性格は素直に伸びて行くのかと、老婆心も起こるのです。伸び伸び友人も育った土地で出来る年齢の中学生です。反抗期も出る頃です。初恋も思い出しませんか。学校帰りに寄り道して友達とお腹がすいて、マックにも、ミスタードーナッツにも、ケンタッキーにも行きたいですね。お腹もすく年齢です。男子はドカベンだったのです。勿論寮ではそこの処は、栄養も考えてはくれている筈ですが何でも好き嫌い無く食べられるように成れるかも知れないですね。大好きな音楽は聞けるのでしょうか。お祭りにもいけるのでしょうか。子供達が選んで進んだのならいいのですが、子育てをしてきた私には何か違った方向に教育が進んで行っているような気がしてならないのです。映画も観にも生けるのでしょうか。趣味のギターは弾けるのでしょうか。何でも成績順で分けられてしまわないのでしょうか。今もつずいている私の中学生からの友人達なのです。教科書以外の本も読める時間は有るのでしょうか。自分で計画たてて1日を送って欲しいのです。せめてお母さんの作ってくれる好物を食べに帰って来て欲しいですね。合格届も受け取った喜びです。明日が有る事を忘れ無いで欲しいのです。一生の友人が出来るといいですね。 2020年2月15日      (三蔵法師の写真です)     

  

    見送れば 涙に換えて スイートピー

     

       

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題「旅でもしようか・・・・」


旅でもしようか・・・・

南風が吹きました。暖かい雨に成るようです。雪崩の便りも聞くのです。鶯の初音を聞いたと知らせが有ったのです。それも上手に泣いているそうなのです。つられて小鳥達にハーモニーの春が来るのももう直ぐなのでしょう。水戸では梅祭りも開かれているのです。白梅に、紅梅。美しく甘い香りも仄かです。誘い合って旅に出て見たく成るのです。私の旅は、お伊勢さん参り。瀬戸内海の船の旅、九州の旅、青々した阿曽山の裾野の馬の放牧場はシットリ、雨が降っていたのです。大分の別府温泉は大きな湯船と、ジャングル風呂です。長崎皿うどんは美味しかったのです。長崎の石畳は、京都に似ているようでしたが、やはり坂が多かったのです。白い長い橋、島巡りは夢の世界のようでした。長崎の平和公園。佐賀県の柿右衛門の柿色の美しさ。小豆島の、24の瞳の小学校と、オリーブの林。夏休みには、初めて資生堂でアルバイトをして、友人の友達の鳥取県に三人で海水浴です。真っ赤なトマトが熟していておやつはトマトです。海までは、自転車で行くのです。林の中で、水着に着替えです。日本海は静かでした。若狭湾にも行ったのです。サザエが美味しかったのです。取り立てです。金沢にも友人達と行ったのです。母と行った高千穂峡です。青森にも行って、林檎畑の中をドアの無い汽車がユックリ走るのです。飛行機の窓から見える促成栽培のビニールハウスです。美味しい物が沢山有る高知県は、坂本龍馬の銅像と桂浜。珊瑚のペンダントも買ったのです。富士山の5合目では、雲海を見たのです。ナナカマドが真っ赤だったのです。箱根にも行って、ブツブツ煮えたっている地獄谷の黒い温泉卵も食べたのでした。伊豆の旅館では、船もりと、焼ける砂浜。流れるプール。イルカのショウ。千葉県のコスモスロードと花畑、波を子守歌に寝たのです。夏のキャンプは私はお客さんです、飯盒に美味しいご飯が炊きあがるのです。釣った魚とお味噌汁です。テントで寝たらカレーライスも出来上がっているのです。子供の頃に何度か親戚の家にも行って、従妹と二人で寝たらお土産はフランス人形も抱いて帰ったのです。従妹達が私の家にも来ていたのです。母は海苔巻きも巻くのです。大鍋におぜんざいも作るのです。田舎にも帰ります。私は靴をぬいで席に後ろ向きに成って窓から流れる風景を見ながら歌を歌うのです。お盆にもお墓参りです。寒餅も突きます。幾種類も有るのです。甘いカキ餅がおやつです。もう、一重の山吹の花が咲く頃です。私の家には、八重の山吹の花が咲くのです。私の旅は何時までつずき、何処に行くのでしょう。 2020年2月15日             (三椏の花の写真です)      

  

   気紛れの 白梅紅梅 一人旅

     

       

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題「ようこそ東京に」


ようこそ東京に

上京した人達は、住居はマンションの安全で住み良い処を見つけたのでしょうか。社宅の有る会社は少ないのでしょうか。有っても入りたく無い若者かも知れないですね。女性は特に安全なセキュリティーがしっかりしたマンションにと家族も思うのでしょう。アパート探しも会社に近くて勿論家賃も気に成ります。社会人だけでは無く、学生さん達もそうです。社会人1年生は、入社式の前に研修は有るのでしょうか。有っても厳しくはないのかもしれないです。私の頃はまだ昔の研修を少し引きずっていたかもしれないです。形だけだったような気もしますが、寒い、道場のような場所での研修だったのです。3つの会社が合同でした。早朝から清掃作業です。講義も受けた覚えも有るのです。はちまきも巻いている写真も撮って終了でした。仲良しに成った人とは同じ本社の経理部だったのです。カラオケはまだ有りませんでした。ジュークボックスという物でした。おかしなゲーム、インベーダーゲームというのがテーブルについているのです。ゲームは何時の世にも有るのですね。ボーリングも大流行でした。歓迎会にもボーリングだったのです。余り好きでは無いのでした、混雑して並ぶのです。ボールを転がして、ピンを倒すだけです。何時も満員だったのです。テレビでも放送していた人気者もいたのです。新入社員も、学生さん達もきっと、マイボールを持って楽しんだ人、お付き合いした人もいるのでしょう。私の仕事は初めコンピューターの勉強に富士通の会社に通って、プログラムの勉強です。コンピューター室でコンピューターの音だけがしていたのです。先輩達はみんな女性です。コンピューターは、ペーパーに穴があいて読み取るのです。データーライターも打つのです。コンピューター室を出たら、机が並んでいます。現金帳は手書きです。同期生はよく誘い合って出かけたのです。何時からでしょう。閉じ籠りの子供達も大人も増えて、行ったのです。考えられない事態に成ってしまっているのです。入社式にもお母さんが付き添いのようです。無くならないいじめ問題です。弱い物いじめも無くならないのです。海外にも行ってみるといいのでは無いでしょうか。自由な国なのに勿体無いです。子供の内から戦う国。飢えている子供達がいる国。ボートピープル。電車は飛び込みで泊まるのです。AIが進んでも宇宙に行っても、側に居る人との先ずは思いやりが欲しいですね。東京に来た若者達、頑張り過ぎ無いように時々古里に帰ってみませんか。 2020年2月10日。      (茅葺屋根の家の写真です)        

  

   胃袋が 鮪丼 持て余す

     

       

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題「千の風」


千の風

日のさす所では暖かさも感じて、暖房よりも太陽の陽射しがやっぱりいいわと思うのです。流氷が流れて来ました。流氷祭りで氷細工も飾るのです。焼け落ちてしまった、沖縄の、首里城もそのままの姿で氷細工で作られている様なのです。北国の魅力です。大阪の北の天満宮では大きなこんにゃくに針供養です。すっかり夜中に目を覚ましてラジオ深夜便を聞くように成ったのです。昨夜は布団の中で足先をリズムしたのです。手塚修のあにめソングの特集でした。鉄腕アトム!レオ!リボンの騎士!マグマ大使!何曲有ったのでしょう。冷たい夜空にはどんな星が輝いていたのでしょう。猫柳も風を受けて日当たりに咲くのです。春は名のみですが、1日1日、行ったり、戻ったりしながらも春に成っていくのです。千の風に成って・・・という歌を思い出したのです。”私はお墓の中にいません、眠ってなんかいません、お墓の前で泣かないでください、あの大きな空で飛び回っています、星に成って見守ってもいるようですよ。そんな、風に成りたいなと思った夜だったのです。猫柳を揺らしたり、桜の花を散らしたり、シャボン玉を空まで飛ばしたり、ブランコを揺らしたり、夏の熱風も心騒がしてくれるのです。秋の風も、木の葉を散らすのです、カサカサ七色の落ち葉を吹き寄せます。実りの秋を秋風が青空の雲達を流して彩りを添えていくのです。運動会に、遠足に、少し寂しさも乗せて来る風ですが、出かけてみたく成る誘いの風です。木枯らしが吹く頃は北国では冬支度も終わるのです。動物達も越冬の準備です。ドングリに、くるみに、栗に、脂肪をつけて命がけの越冬です。北風が美味しい食べ物を作ってくれるのです。薩摩芋に、お豆腐に、こんにゃくに、野菜は何でも、夜の北風に甘さを増すのです。冷たい風の中でも走り回っているのは子供達です。寒くないのかなと思ったり、振り返るともっと寒かった私の子供の頃だったのです。平気なのです。暖冬に成ったこの頃です。外で走り回ったのです。凧あげに風は吹かなくてはいけないのです。冷たい鉄棒もしたのです。暖かいお鍋が家族団らんを包むのです。外は冷たい北風が吹いているのです。犬は外の犬小屋です。猫は炬燵で居眠りです。木枯らしが雨戸を叩いて行くのです。日の出が1番早い東京と、仙台でも、まだ6時半なのです。マフラーを巻いて出金です。お弁当も持ちました。風がビューンと吹いて門扉はバタンと閉じるのです。 2020年2月9日。       (猫柳の写真です)             

  

   のろのろと 顔出す炬燵 逆上せ猫

     

       

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題「私の女子会」


私の女子会

今は年齢には関係なく、サークル活動や、ママ友や、PTAや、子供会や、同窓生達も様々な集まりで女子会をされている人がいます。レストランに行っても女性達が集まって賑やか過ぎるのは困りますが、何かにつけて集まるのは女性の方が男性よりも多いのでは無いでしょうか。梅見会も女性達のグループを見かける頃です。私が子供の頃には、女子会という言葉は無かったのです。母達は料理のお裾分けもしていましたね。子供も預かったり、私も母が出かける時には、預かってもらう家が2件あったのです。お米屋さんと、裏のお家です。家の中には母の友達も来てお茶していましたね、回数はあまり多くは無かったようですが、何しろ忙しいのです。どうして今は女子会が開ける時間が有るのでしょう。働く女性も多く成っているのにです。休日も多く成って家族で束の間のバスツアーにも渋滞です。子供達は、学習塾に、お稽古事に、中学受験をする子も多く成ったのです。女子会しているグループはそんなには多くないのかも知れません。スポーツや、趣味をする人達の集まる場所が有るのです。きっとそういう場所でのお付き合いなのでしょう。趣味繋がりですね。仲間を作って元気で長寿でしょうか。今思うとあれが私の女子会だったのです。茶道と、華道を習っていた時の事です。茶道なら今は鶯餅に、桜餅です。乾菓子も色々、先生が選んでくれたお菓子が楽しみの一つでした。仲間とのお話も楽しみの一つでした。床の間には春を咲き取った花達です。華道のお稽古の時も先生が選んだ花を見て、花器も様々自分で選んで生けるのです。先生にここ直しましょうねと、チョキチョキカッコウ良く成りました。良くなったねと仲間も、花鋏の音をさせるのです。先生は生徒達を回って大忙しです、静かな時間が過ぎるのです。家に帰って床の間を飾るのです。クリスマスも、後何が有ったでしょう。時々集まっては、お楽しみ会です。文化祭には生け花で参加したのです。家族が見に来てくれたのです。時間がたって、近所のお付き合いが少なく成りました。ママ友は集まっていたのですが、ご近所の人達に声をかけて食事会も開いたのですが、何回もつずく事は無かったのです。中学生からの友人達、高校生の時からの友達、幼馴染、今は、メールで女子会です。 2020年2月7日。        (生け花の写真です)       

  

   ミシン音 氷破って 池の鯉

     

       

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題「優しい川達/春夏秋冬」


優しい川達/春夏秋冬

2月の川です。魚達は静かに春の温む川を待っているのでしょう。薺が土手には咲く頃です。節分が過ぎても春まだ遠しの手も切れそうな川の流れです。土手には、震えるように猫柳は咲いているのでしょうか。屈んで見た事も有ったのです。触れてみたく成るあの可愛さは冷たい風に絹の着物の裾を靡かせているのです。触れたら可愛さは増すのです。そっと撫でて寒さも忘れます。川は子供の頃から身の回りに何時も有ったのです。近所のおじさんと自転車に乗って、川遊びに連れて行ってもらったのです。庭にはブランコが有るのです。赤ちゃんがいて私はお姉ちゃん、遊んでもらったのかな。可愛かった女の赤ちゃんだったのです。家族と土手を歩くのです。草が足先に絡みます。足を延ばして座るのです。川の向こうに夕焼けが真っ赤です。あれは春の川でした。写生大会にも川の土手に行ったのです。解放されてのびのび空も見ます。春の川の水色が楽しそうに流れて行きます。画板を膝に置いて写生をするのです。飛び回るこもいます。男子はふざけます。花を摘む子。背の高いまだ若い男の先生は、みんなを名前で呼ぶのです。先生はたったの1年だけで転任されて行ったのです。中学生に成った時、先生が学校に来ているよと友達達が走り回って連絡しあって先生に会いに行ったのです。私は先生に、脇の下に手を入れて持ち上げて、大きくなあれ、と私の名前を呼んでくれたのです。今もあのまま思い出す4年1組です。家族で土手から花火も見たのです。花火大会に行ったのはあれが初めてだったのでした。父は私を日曜日には朝の散歩のおともに誘うのです。土手を歩きます。父は、着物姿です。小さな花を見つけたら摘んで帰って、キャンパスに向かうのです。母とお座敷で姿の良い鮎の塩焼きを食べたのは、母の古里に二人で行った時の鮎の網打ちの大きな川だったのです。美味しい鮎も釣って来る川も行くのです。チョイチョイと指で開いて鮎のフライにもします。塩焼きには勿論です。橋の写真も撮るのです。カヌーが遊ぶ川にももみじを見物にも行くのです。白い小石の川原で、マタニティードレスを着て、ピンクのパラソルをさして鮎釣りを見ていました。暑くてたまりません。珍しい石も探して集めたのです。サワグルミも取るのです。川は流れて何処まで行くのでしょう。 2020年2月6日。        (冬の川の写真です)   

  

   無事男児 ラジオネームは クロッカス

     

       

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題「冬鳥の住処」


冬鳥の住処

節分も過ぎて立春です。今年は正に名のみでは無さそうな暖かさが来る気もするのですが寒の戻りも有るのでしょうか。日本に飛んで来た冬鳥達はどうしているのでしょう。温暖化で騒いだり、プラスチック製品で騒いだりです。小鳥達には影響は無いのでしょうか。海の生き物達に焦点が当てられていますが、人間にも勿論生き物全体に悪影響が有るのは、地球上に住んでいて綺麗な地球では無くなれば弱い物から順番に悪影響が有る筈です。アレルギーも様々で、これも環境破壊の影響では無いでしょうか。ゴミを海に捨てて、魚にも哺乳類達はプラスチック製品を食べてしまっているのです。鳥は寿命は何年が平均なのでしょう。苛酷に生きる渡り鳥は、日本の湖も、池も、沼も、田んぼも、力の限りに渡ってきた鳥達の安らぎの場所に成るのでしょうか。山の上も食べ物が少なく成って、診療上で熊が冬眠していた話を聞いたのです。渡り鳥達のおせわをしている人達に頼っているだけでいいのでしょうか。遅きにして環境問題も持ち上がっています。藁のストローを知っている私です。綺麗なプラスチックのストローが出来た時は嬉しかったのです。川も汚されて、空も汚されて、奇病にも悩まされた時期もあったのです。小鳥達にもきっと影響があった筈です。十姉妹と、セキセイインコや小鳥は何回かは飼ったのです。猫や犬も飼ったのです。猫や犬の方が長生きだった気がします。子供達が大好きな恐竜から鳥に進化していったようなのです。鳥達は長い間地球上にいたのです。海の恐竜もいたようですよ。パソコンや、図鑑で物知りな子供達が多いのです。恐竜から、鳥に興味を持っている子もいるのでしょう。赤い実に目がけて飛んでくるのは、目白に、うぐいす、ひよどり、椋鳥、きれいな赤い冠の尾っぽの鳥もいるのです。朝からやって来る、カラスです。山鳩はないています。公園では鳩も寄って来ます。雀も混ざっています。ドンと落ちてきたトビを見たことも有ったのです。夏のホトトギスの声を聞くのは心が騒ぎます。コマドリもそういえば聞いたのでした。燕も姿よく飛び回るのです。お隣には、隼もいます。きっと動物よりも多い気がしてきました。塀の上をピョンピョン歩く小鳥は可愛いのです。生れ変われたら、何の小鳥に成りたいかとお任せなら、仕方が有りません。籠の鳥は嫌ですね。力を合わせて、飛んで来る渡り鳥の何かにしてほしいです。雁の渡りの姿は素敵です。白鳥は家族仲良しのようです。      2020年2月4日。       (渡り鳥の写真です)        

  

   襁褓縫う 立春の手の 嬉しさよ

     

       

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題「春先小花」


春先小花

冬の楽しみを持っている人も多いのでしょう。スキーに、スケートに、雪山登山。春を待った日々でした。息子が産まれたのは窓の外に紅梅が咲いていた春先でした。青空に映えた紅梅が瞼に今も残るのです。道行けば何処からか甘い香りがしてきたと思ったら、それは白梅の香りなのです。紅梅に先立って花お付けるのです。もう蝋梅はとっくに咲いたのです。木に黄色の花を咲かせている連翹を見た時の美しさがあれは何処の丘に行った時だったのか、始めて見た連翹の花だったのです。今年は花咲く時期が早いようです。タンポポも咲いたと聞くのです。花達は正直です。スーパーに行く道には、白梅の木も、紅梅の木も有るのです。冷えた朝には薄氷が張っています。スケートの真似をしてみたら、オットトトあぶない白梅の香りに浮かれていたのです。公園に河津桜も咲くのです。桜祭りです。雪に埋もれて延期の時も有ったのです。今年はもう直ぐ、ほころばすのでしょう。椿に、木蓮に、菜の花に、白梅は勿論桜祭りには人でが露店が、パホーマンスが、賑わすのです。拍手して、歌って、食べたり、飲んだり、日焼けもした春先だったのです。さあ今年はよさこい踊りに、手品に、何がプログラムに組まれているのでしょう。子供達が舞台で可愛い姿を見せてくれるのでしょう。雪が舞うのが例年の事なのに雨から霙、溶けて雨に成った大雪注意報の日だったのです。山の方では雪が積もったようです。雪崩も起こっています。地震は毎日の様に起こっています。大地震に成らないのがホットさせられます。指先ほど、ポキンと白梅を折って来た事があったのです。我が家の白梅はいなくなってしまったのです。春先の白い花黄色い花が咲く頃に成ったのです。山吹の花が乙女椿の桃色に寄り添って咲くのです。  2020年2月3日。     (白梅の写真です)   

  

   豆を炒る 鬼居座って 仰ぐ天

     

       

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題「手作りしましょう」


手作りしましょう

春を待って小物作りは楽しい物です。着物の端切れ、洋服を縫った時の小さな残り布。箪笥の引き出しに集めた布達で、お手玉作りをしたのが初めだった気がします。母が集めていた端切れで、妹が風邪を引いて寝ていた枕元で、お人形を作った思い出も有るのです。リボンフラワーでは、スイセン、椿、すみれ、ひまわり、ストック、百合、様々の花達を作って、セロファン紙で包み、小箱に詰めてプレゼントにもしたのです。机にも飾ったのです。コーヒーカップ形の、色も取り取りの、パッチワークの、パテストリーも1メートル四方に出来上がったのです。嫁ぐ時に母手作りのミシンの中に入れてくれた、ヒマワリの針刺しは今も在るのです。真似て作ってみようかと挑戦したのは何回だったでしょう。器用な母にはかないませんでした。オレンジ色のミトンを始めて編んだのは中学生の頃だったのでしょう。編み物は先ずはやはりマフラーです。夫に、息子に、自分自身に。ニット帽に、べすとに、セーターに、ニットのスカートに。編み棒を動かしていると夢中に成るのです。かぎ針編みでレースのテーブルクロスに、テーブルセンターに小袋達。父にはベレーボウを編んだのでした。浴衣を縫ったのは高校生の時。それから夫の着物、息子の浴衣。自分の着物は何枚も縫ったのか楽しい時間を送ったのです。巾着袋も何個も縫ったのです。チクチク針を動かすのです。私の手は小さいのです。でも器用に動く手の指達です。何かしたくてたまらなくなるのです。料理も大好き。掃除も大好き。エンドウ豆が美味しい春が近く成っても、今はさやからスジをスーと取る楽しい作業も無くなったのです。白い花を付けたエンドウ豆は青臭い香りが春を呼びます。エンドウ豆がさやから出されて売っているのです。蕗もスジを丁寧にとるのです。蓬も摘み取りです。塩漬けにしておいた桜の葉っぱで、道明寺粉で桜餅作りです。柏餅も作ります。朝から蒸し器の蒸気が勢いを増すのです。パンも焼きます。メロンパンに、クリームパンに、ジャムパンに、熊君パンに、カレーパンに、ウインナーをくるんだパンに、アップルパイより美味しい、アップルパンです。ピザも直ぐに出来上がりです。手作りは外は北風が通り過ぎて行っても、暖かい家の中です。卵の殻でお雛様を作った事を思い出しました。きっとまだまだ有りそうです。楽しい手作りです。 2020年2月2日。     (手作りウリボウの写真です)

  

   湯豆腐や ラオスの海と 成りにけり

     

       

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題「天平の世から」


天平の世から

身の回りに有るお寺です。大きな鐘があるお寺、薔薇の花が綺麗に咲くお寺、枝垂れ桜が有名なお寺気をつけて見ていると結構見当たるお寺です。奈良の大仏殿は観光にも行かれた人も多い事でしょう。見上げる大きさです。一度は行ってみるのがいいでしょう。鎌倉の座っておられる大仏様は優しい微笑みに包まれておられるのです。子供の頃は神社に初詣だったのです。お寺は遠足で行くように成った思い出があります。家の近所には神社が有りました。浴衣を着て夏祭りには行ったのです。お寺は見かけなかったようです。大晦日には眠くてもやっと聞いた、除夜の鐘でしたからお寺もあったのでしょう、子供の遊び範囲には入っていなかったのでしょう。次の家では、お寺も神社も近所には見当たらなかったのです。初詣はお決まりの八坂神社でした。又次の家は、近所にお寺が有ったのです。桜が覆うお寺です。落語には神社が多いのでしょうか、お寺もよく出てきます。お神酒徳利は稲荷神社や、住吉神社が出てきます。お寺の鐘が愉快な、トキソバは冬の夜の楽しみです。浅草の観音さんでは、寅次郎がそこにいるような気がしたのです。節分にはお相撲さんが寺で、神社で、豆撒きをするのです。年男達は招かれて、袴羽織姿で恵比須顔です。神社で赤ちゃんは宮参りです。結婚の儀式は変わって来ました。それぞれです。昔ながらのお寺の和尚さんと小坊主のお話しは動物達が出て来たのです。優しい和尚さんと可愛い小坊主です。お寺は親しみがあったのでした。子供達の遊園地の様だった気がします。今は保育園をされているお寺も有るのです。門を閉じているお寺も見かけますが少し寂しいです。寺社仏閣が多い観光客で賑わう京都です。梅の花が咲いているのでしょう、学問の神社天満宮に、受験生は合格祈願に訪れるのです。関東は、正月の初詣には参拝にも大人気の、明治神宮。川崎大師。成田さんが三大受験生が祈願に行く所のようです。節分に法隆寺で豆撒きが行われるのです。今年は国民が豆1粒に喜びと、幸に、鬼たいじです。昨年よりも1つでも心弾む事があるようにと祈りつつ豆撒きです。節分草が咲いているのです。小さな花を凍える手でカメラのシャッターを切る人達は笑顔です。つけたしが有りました、実の祖母の妹がお寺を継いでいたのでした。3歳で古里を出た私には詳しくは知ることも無く今に至っているのです。親鸞聖人の本も読んだのでした。こうしてみるとお寺に何か縁を感じてしまうのは不思議です。 2020年1月27日。     (お寺の写真です。)                   

  

   老犬が 抱かれて通る 冬の雨

     

       

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題「菊花展」


菊花展

木枯らし1号が今日にも吹いたとお天気キャスターがお知らせしそうです。暖房を朝晩はいれるようになっています。昼間もきょうは暖房が欠かせません。今年も残り少なく成りました。気ぜわしさは昔に比べては少なくなったきがしますが、日々の流れが速く感じます。並びきれない菊が庭に咲きました。小菊も私はかわいくて大好きです。純白の大輪の菊も必ず玄関から出て行く時には、ポンポンと撫でて香りもかぐのです。道行く人も見て行かれます。話に花が咲くのです。立ち止まって犬の散歩の人です。ワンチャンは早くと飼い主さんをせかせるのです。落ち葉が落ちて、又落ち葉拾いです。腐葉土にする為にです。来年も菊が庭に並ぶのでしょうか。坦々と今日をするだけです。手をかけてあげると生物は必ず答えてくれるようです。菜園にも青物が育ち始めています。振り返って今年の事がもう夢だったのかと思いそうです。進科学に、医学に、夢の宇宙です。AIも速度をまして進みます。中国ではAIキャスターが出来ているそうです。人間はどこまで自然界に挑むのでしょうか。菊の花を触れて香って見ていると、よそ事のようです。飢えている子供達。戦っている子供達。遠い国の事のように思えますがこの地球上の事なのです。菊が香ってひとときみんな忘れていたい気持ちになるのです。 2018年11月19日             

  

   カーペット 落ち葉桜の 香り立つ

     

       

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題「動物園も冬支度」


動物園も冬支度

北国に遅れていた雪が降りました。冬のドアが開いたら長い冬の始まりの印です。冬の楽しみも沢山ある北国です。雪を待っている人も多いのです。一面の銀世界です。旭川動物園は白熊の天国なのです。暑い国からやって来たキリンや、ゾウの親子や、ライオンバスは広い、多摩動物園はいつまで動物達と会えるのでしょう。冬晴れの暖かい日には、キリンは長い首を上に下にと動かします。ゾウも上手に曲芸です。チーターも狭い動物園では世界一の速さを見せる事が出来ないで古里を思うのです。ゴリラも、チンパンジーも、ライオンバスは目の前で王者ライオンを見るのです。縞馬も、ハイエナも、コアラも、フラミンゴは仲良くバレーを見せてくれます。大トカゲも、大ワニも、姿をあらわすのです。あのナマケモノは暖かい部屋の中でもやはり、木にぶら下がってブラブラしているのでしょう。ここに載せている動物の名前は分かりませんが寒い国からやって来た動物では無さそうだと勝手に思っています。冬支度です。自然界に住んでいる小動物達にも厳しい冬です。熊も沢山食べたのでしょうか、冬ごもりです。狐も、狸も、しまりすも、うさぎも、みんな春を元気に迎えられるように厳しい越冬です。数知れず飼われている、多摩動物園です。鳥も、爬虫類も、両生類も、野生の昆虫も、飼育係の人達は、ひと時も目を離せないのです。担当のかわいい生き物達です。パンダは寒くてもいいのでしょうか。過保護のようです、中国では笹林でどのように生活しているのでしょう。そうです、もう直ぐ出番の、人気者のトナカイは、トレードマークの真っ赤な鼻をピカピカにして、立派なつのも確認済みでしょう。暖かい冬ばれには顔を見せてくれる動物園に行ってみましょう。2018年11月14日      

  

   待ち合わせ あの遊園地 菊人形

     

       

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題「立冬」


立冬

早や立冬と成りました。振り返る1年が来たのです。嘘のような災害にみまわれた年でした。いつからでしょう。自信に、津波、土砂崩れ、台風、暑い夏。早い梅雨明けでした。それでも今年は終わるのです。紅葉に見物客です。日本海では、カニの初セリです。束の間の憩いです。世界中で異変が起こっています。そのなかで宇宙に夢も出来ました。七年かけての彗星へのロケット打ち上げ成功です。医学も進みました。AIロボットも進んでいます。置いてきぼりにされそうです。黄色い柚子が実りはじめました。フウフウおいしい鍋ものの食卓です。色々有りすぎて小さな喜びを掴んで大切にしたいものです。湯豆腐がユラユラ揺れて、コトコト分厚く切った大根をユックリ煮て、柚子味噌をタラりとかけて、ふろふきだいこんです。喉を通る甘さや、からさや、塩辛さや、そんなものが嬉しく成りました。日本中に冬鳥が渡ってきています。遠い昔からの営みの、渡りです。本当なのでしょうか、恐竜時代が在ったのでしょうか、小鳥は恐竜から、生れ変わったそうなのです。ものすごいスピードを感じるのは老いを知るせいでしょうか。蜜柑色はいいですね。ほっとします。太陽の色です。優しい人の心の色です。少し物忘れが多く成った人の、ニコニコ笑う色かも知れません。暖かい冬に成るのでしょうか。蜜柑を食べてビタミン補給です。写真は、10月で閉鎖となる雪に覆われる前の霧の中のクルージング、海から見た知床半島です。2018年11月7日        

  

   鶴折れば 寄る辺と成りて 秋夜長

     

       

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題「小春日和」


小春日和

晩秋です。コスモスもタネをつけてポロポロ落とすのです。我が家の珍しい朝顔はまだ咲いています。タネが三角です。上手に受けてあげないと、熟した時期が分かりにくく、落ちてしまうのです。来年も又咲かせるためにはタネの収穫が少しだけ苦労の、楽しい時間なのです。珍しく今日は小雨が降りました。秋のしぐれです。明日は晴れて、小春日和に成りそうです。どこかのお寺では、秋の土用干しをしているそうです。珍しい仏像も、色々干したようです。衣替えも急がなければいけません。陽は斜めに長く成りました、日当たりのいい場所ではお布団の打ち直しの楽しい作業です。ポカポカ庭にはコスモスが似合うのです。フワフワに成って新しくなった布団です。猫が転がります。穏やかなひとときです。土手の散歩にも行くのです。夕焼けに向かって家族中がニコニコ笑ってシャッターチャンスです。少し寒く成った夕暮れです。コスモスも冷たく風に揺れるのです。オデンには欠かせないこんにゃく芋ほりの真っ最中のようです。芋に成るのが3年もかかるようです。田舎こんにゃくは美味しいです。小春日和に、お祭りの便りも届きます。おでんのこんにゃくや、田楽も並ぶのです。冬が来るまでに、小春日和をたのしみます。後片手に余るのです。 2018年11月5日            

  

   いつつの子 若武者気取り 千歳飴 

     

       

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題「菊香る」


菊香る

いよいよ菊の出番です。1年かけて育てられた立派な菊展覧会も開かれるのです。文化祭には菊のコーナーも有るのです。雨にも当てずに大切にそだてた菊です。葉っぱも見事です。自慢の菊をお披露目の時です。なんとも言えない菊の香りです。菊も、中国から渡って来たのです、今は日本らしくすっかり日本の菊に成ったのです。色も様々、花弁の形も、色も様々。小菊も数えると幾つになるのでしょう。三本仕立ての菊は我が家のもう何十年も耐える事無く咲いた菊です。一本で育てておられる人もいます。高さも大きく、花も大きく、銀行や、郵便局や、駅や、美容院にも、出張です。腐葉土に成る枯れ葉も集めに行くのです。吹き溜まりには5式のカサカサ落ち葉です。バリバリ壊れるのです。汗をかいて集めるのです。腐葉土に成る葉っぱには決まりも有るのです。菊を育てる菊鉢もあるのです。柔らかい腐葉土を入れて育てた菊です。今年は台風の為に、風の当たらない場所にも避難した菊でした。来年は少しにしようと言いながらも、又今年も庭中を飾ってくれたのです。大輪の菊の、下には小菊がこれも花の形も違っているのです、一本の木から枝が何本も出て、こんもりと丸く咲いた姿は大輪の菊を飾るのです。ピンクに、淡い水色に、紫に、咲くのです。ドライフラワーに成るのは小菊です。大輪の菊は、花弁がどうして自然にクルンと愛らしく成るのでしょう。花達は、春は、鈴蘭の可愛い姿が庭を飾ります、1重の椿、桃色の八重の乙女椿。白い夏椿。百合の花。ひまわり。水仙。朝顔、数えたら切りが有りません。咲いて、散っていくのです。今は菊が日本中を飾っています。菊香る我が家の庭です。霜を乗せても咲いている純白の菊は冷たい夜にもピント背を伸ばして咲くのです。2018年10月30日            

  

   お抹茶や 勝手御点前 秋時雨

     

       

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題「鶴来たる」


鶴来たる

鹿児島県に鶴が渡って来ました。例年と同じくらいの渡りの日のようです。遠いシベリアから渡って来たのです。これから、1万匹の鶴が渡って来るようです。そして春の北帰行まで美しく飾るのです。もう紅葉も始まっています。紅葉狩りです。ここには山里の紅葉の写真を載せています。高い山から色を染めて来るのです。ジュータンか、絹の織物が鮮やかに流れるかのようにです。もみじの葉っぱを集めたのはいつの頃だったのでしょう。霜に打たれてしまったモミジも、まだ木にしっかりとくっついている染まりかけているもみじは触れるだけです。お天気のいい日に、幼稚園の子供達も、ドングリ拾いや、もみじ集めです。今は芋ほりでしょうか。グズグズのお天気です。芋畑も泥だらけになってしまうかも知れません。長靴をはいて、手も、顔も泥を付けて芋ほりです。小さな芋も、大きな芋も、初めての体験です。ツルから、ズルズル芋が出てきたら子供達は大喜びです。遠足に、運動会、秋はいい事が沢山有ります。美味しい物も次から、次にとマーケットに並ぶのです。枯れたツルを原っぱで集めて早いでしょうか。クリスマスリース作りの材料集めです。お正月飾りのリースも作るのです。銀杏の葉っぱはカサカサになってしまうのです。ハラハラ散る時がいいのです。写生をする人も、写真を撮る人も、ハイキングに行く人も、ヒチゴサンの写真も時間がいい時に撮るのです、神社は大忙しです。千歳飴を作るからです。それぞれの場所で特徴ある千歳飴が在るようです。山梨県は、信玄さんの家紋入りとか聞きました。 2018年10月20日       

  

   秋の暮れ 後ろの正面 だーれ

     

       

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題「初雁」


初雁

冬鳥が渡ってくる季節に成りました。第一番の登場はどの鳥なのでしょうか。菊が香る庭にも成りました。出番の文化の日が楽しみです。台風の風にも負けなかった菊です。霜を乗せても咲いているのです。混雑しても行きたい紅葉の見所です。カメラを持った人たちが小鳥も、紅葉も、秋の花達も撮影するのです。スポーツにも、いい季節です。長雨ですこし残念ですが、合間を縫って出かけてみるのも秋の楽しみです。近くの公園ではパターゴルフをする人たちが歓声をあげているのです。秋の夜長には読書でしょうか。IT機器での楽しみでしょうか。虫も土の下にもぐってしまいました。食欲の秋でしょうか、柿も美味しく成りました。皮が紫色の珍しい林檎も食べたのです。魚も色々美味しい頃です。釣りすきの人には、海釣りも、川釣りも、楽しめるのです。ハイキングにも、cyclingにも、閉じ籠っていては直ぐに寒い冬が来るのです。色を染める秋です。美味しい秋です。お祭りもあるのです。冬山登山の山男はこれからが楽しみです。海外にも挑戦する雪山です。オリンピックの準備も進みます。4年も先だと思っていたのがもう2年後に成ったのです。アスリートたちは練習に余念がない事でしょう。ショーウインドーには秋物、冬物のファッションが飾るのです。近くの大学の文化祭もあるようです。渡り鳥の季節は移り変わりの季節でも有るのです。発表会のピアノは上手に成ったのでしょうか。雨が降らないといいですね。2018年10月18日      

  

   ファックスの 子供代表 藤袴

     

       

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題「アベリアです、綺麗でしょ・見てね」


アベリアです、綺麗でしょ・見てね

今が盛りと、街路にも、庭木にも、植えられているアベリアの花です。春から秋まで咲くのです。白と、ピンクの鐘の形の小さな花です、斑の花もあるようです。葉は綺麗な緑色で花を目立たせます。こまめに剪定してあげると花をドンドン咲かせます。中国から来たようです。10月の青空に揺れて優しい綺麗な花です。植木鉢でも育てられます。公園で見かけたアベリアの写真を載せました。これはとても大きく育っています。耐寒性があって冬近くの花はピンクが濃くなります。ソロソロ終わりを迎えるアベリアの花です。夏も小花が太陽に負けないで咲くのです。夏も又可愛い花です。夏咲く花達は沢山有りますが、ヒマワリ、夾竹桃、百日紅、百合、朝顔、金銭か、松葉ボタン、千日紅、百日草、日日草、鳳仙花、・数え切れなく有るのです。バトンタッチの季節が来て、秋の花達が飾っています。散っていく花達と、咲く花達です。葉は色を染めるのです。桜は落ち葉に成ると桜の香りがします。柿の葉は柿色です。柿の葉すしに成るのです。銀杏はお道化た顔が可愛いです黄色に染めます。フランク永井の、講演の道化師の歌が、銀杏を歌って素敵です。モミジが真っ赤です。ドングリも落ちるのです、どんぐりひろいに行くのです。すすきが河原に揺れます。コスモス畑が、新聞に写真が飾るのです。アベリアの緑の葉は紅葉するのでしょうか。何色に成るのでしょう。2018年10月16日      

  

   Uターン 尼僧のお寺 秋のバラ

     

       

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題「秋の散歩道」


秋の散歩道

日の出が遅く成りました。6時に成らないと朝は布団の中です。本当は5時には起きていたい私は時々上着を着て昨夜から暖かいほうじ茶を専用のポットに入れて置いたのを飲むことから1日の始まりです。ベッドの上の整頓もそのままです。すっかり面倒になったのです。散歩は暖かい日が出た時にいいタイミングで行くのです。夏の帽子はいりません、ニットの帽子は後少しで編みあがりです。ピンクです。ポカポカ、ゴム編みのそれも二重編み方です。オクラも収穫は済んだのでしょうか。秋蒔きのタネや苗を植えておられるのです。渡り鳥も渡って来る季節が来ました。突然に冷たい風が吹くのです。小鳥達が住んでいる小さな山が冷たい山おろしと言うのでしょう、何時もの散歩道です、左に曲がるとヒューンと風が吹くのです。赤い何という名前の、ハーブだったか香るのです。春には蝋梅が、梅が咲くお宅のほうに行くと、内科の医院が在ります、いつも満員です。二代目の院長先生に成ったのです。焼きたてパン屋さんからはいい香りがします。山茶花の咲く道です。とんがり南天も咲くのです。小学校の投稿道路です。新しい家やマンションが築けば建っています。自動車が走っていきます。散歩の人は朝の挨拶をかわすのです。急ぎ足のウオーキングの人も挨拶です。ワンチャンの散歩も行きます。コンビニが道路を挟んで二件あります、手前のコンビニに行って時々美味しい物を買うのです、プチシュークリームが一口サイズでお気に入りのおやつです。郵便局も時々寄るのです。遠回りすると、お寺も有ります、夏椿が咲くのです。四季折々の花を咲かせて道に向けてみて下さいと咲かせてくれているお宅も通ります。柴犬がワンワン吠える番犬やっているお宅も通ります。空き家かな、前も通ります。柿の実が実っている前も通ります。大工さんだった叔父さんのお宅は、お神輿も出来ました、小鳥も飼っています、ご夫婦別々の散歩のようです、窓の上の猫ちゃんに会います。コツコツとヒールをはいて、就活をしていた娘さんはどうしたのでしょう、もう社会人です。付きました我が家です。 2018年10月14日     

  

   陣馬山 嘶く白馬 キノコ汁

     

       

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題「聖母マリー」


聖母マリー

マリーゴールド畑の写真を載せています。春から晩秋までも美しく咲く黄色や、オレンジ色のマリーゴールドは何方も御存じの花だと思います。今頃は大きく育って目につくのです。秋の澄んだ空気にも映えて光っているのです。ゴールドそのもののようにです。夏の切り戻しで又大きく育ったこぶしのようなオレンジ色は庭にも、菜園にでも、咲かせておくと、美しいのは勿論ですが、虫が嫌いな人には重宝です。マリーゴールドの葉が虫よけに成るのです。頼もしい花マリーゴールドです。ここはマリーゴールド畑です。だれもを呼ぶのです。植木鉢にも、プランターにも、コンテナにも、勿論地下植えにも、育てやすい花です。「マリ―」が何かいいですね。マリービスケットを食べたのです。マリーさんが焼いたビスケットですね。聖母マリーとも呼ばれていると聞いたのです。優しい暖かい色は聖母マリーを創造させられます。ガーデニングをされているお宅には必ずというように咲いているマリーゴールドの花です。初めは小さい花なのです。どんどん大きく育ちます。秋晴れの空色と、吹く風に似合う花です。自動車で行く公園のマリーゴールドを咲かせているのです。何本のマリーゴールドの花が咲いているのでしょう。気持ちがいい散歩の道です。誰もを呼ぶマリーゴールド畑道です。どこの国にでも咲いているのでしょうか。名前からしてヨウロッパには勿論アメリカ大陸、アジアにも咲いていそうです。聖母マリーですから、中国からは沢山の花達が日本にやって来ていますが、マリーゴールドは中国からでは無さそうな気がします。虫よけには秋に咲く、真っ赤な花、サルビアも効果があるようです。大きく育ったマリーゴールドを秋空の下で楽しみました。 2018年10月13日      

  

   貸し切りの 遠足電車 花時計

     

       

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題「耐えて朝顔」


耐えて朝顔

又台風が来るわと少し疲れた台風ストレスです。伊勢湾台風並みですと天気予報です。今年は列島が壊れそうな出来事ばかりだったのです。後残すところ2カ月と半に成ったのですがもうこれからは何もなく終わるのでしょうか。大型ですと台風24号が西南の方から風を吹きまくりました。雨戸はドタバタ、風の唸り声はゴーゴービュービュー、眠れずの1晩でした。植木も朝顔も多分大風に倒れているだろうと思い震えていたのです。停電です、停電ですと携帯が教えてくれます。真夜中の停電です。台風は速度を速めてグングン日本列島を縦断していくのです。風が静かに成りました。時々吹く風は台風独特の吹き戻しの風です。思い出したように吹くのです。竜巻注意報も出ていたようです。注意しなければいけません。ドアに手を挟まれてしまうのです。自動車のドアにも注意です。朝顔はあの台風の大風にも耐えて美しい姿を台風一過の空に見せてくれたのです。風の当たらない場所に置いていた菊も出しました。大丈夫です。駐車場は括りつけました、大丈夫でした。ご近所では屋根の瓦が壊れたお宅も有りました。木もポキンと折れたお宅も有りました。柔軟性のある朝顔は何があったのと言うように変わらず咲いていたのです。嬉しくなった台風一過でした。もう少しでしょう、朝顔のタネが熟して又収穫です。来年も咲くのです。あの猛烈な風に耐えた朝顔です。来年も、もっと強く綺麗に咲いてくれそうな気がします。台風に耐えた朝顔の写真を載せています。 2018年10月13日        

  

   行く道の ポロポロボロボロ 草のタネ

     

       

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題「やっぱりいいねコスモス」


やっぱりいいねコスモス

コスモス畑の写真です。夏が盛りの頃から何時も咲く処にコスモスガ咲くのです。タネが落ちて咲くのです。もうコスモスガ咲いているよと近い秋を知らされるのです。土手にも、公園にも、道端にも咲くのがコスモスです。このコスモス畑はタネを蒔いて育てたのでしょうか。色も、形も、さまざまに咲くようになったコスモスガ何種類も有るのです。土手に咲くピンクのコスモスガ好きですが、改良されて、模様も数え切れないくらいに咲くのが、昭和国営記念公園のコスモス畑です。少し時をずれて黄色いコスモスガ咲くのです。ぴかっと光っている黄金色のコスモスです。初めて黄色いコスモスを改良して咲いた時は見に行ったのです。運よく入場口の場所が良かったのか探せなかった人が多い中で少しだった黄色のコスモスを見る事が出来たのです。今どこにでも咲いている黄色のコスモスとは違うようです。産まれはメキシコだったでしょうか、暖かい国から渡って来たコスモスです。秋桜とも呼ばれて今はすっかり日本を飾るコスモスと成りました。可憐で秋風に揺れるコスモスは何気なく咲いていて誰にでも可愛がられる花では無いでしょうか。1本の木に何種類もの色や形が違ったコスモスを庭に咲かせたことも有りました。チョコレート色の小さなトンボのようなコスモスも咲きました。秋にはやっぱり見てみたいコスモスです。背の高いコスモス畑を迷路のように歩いた事も有りました。ガーデニングように小さなコスモスも有ります。園芸種が増えて行くのです。又コスモスはタネを落として来年も咲いてくれるのです。学級花壇に必ずと言うように風に揺れて咲くコスモスです。運動会の時には応援するように咲くのです。2018年10月8日                   

  

   白菊や 無垢に成れよと お道化顔

     

       

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題「私は真っ赤な林檎です」


私は真っ赤な林檎です

林檎が美味しい季節です。長野県の、信州林檎のユルキャラノ可愛い写真をのせています。実りの秋です。栗も色々にして食べられた事でしょう。皮を剥くのが少してまですがこれが又楽しい作業なのです。初柿もとても甘く食べました。山梨のぶどうも直送で、パリパリ色んな種類も食べたのです。マーケットに売っているのはとても食べられなくなるくらい新鮮です。梨も種類は色々、次から次にと出てくるのです。そうでした桃も食べたのです。これも山梨県からの直送です、大きくてまだ固くてっ熟すのを待つのです。今年は林檎は台風に負けなかったのでしょうか。アップルパイも、ジャムも、煮ても美味しい林檎です。パンケーキを焼くときに、干しブドウと共に、煮た林檎を入れると子供で無くても大喜びです。蜜の甘い富士林檎がお土産にも最適です。信州林檎のゆるキャラがやって来てシャキシャキ林檎が美味しいですよと販売店を開いたのです。子供の頃は、丸かじりした真っ赤な林檎です。運動会の頃には、仄かに赤く色付いた林檎が出回ったのです。何種類の林檎が有るのでしょう。青森県の林檎畑を列車で通り抜けたことも有ったのです。津軽に、陸奥に、大きな林檎です。お風呂にぷかぷか林檎が浮いている林檎風呂にも入ったのです。出かける度に買って来ていた事も有りました。北海道でも生産されているようです。広大な北海道は、大きな耕運機で音高らかに地平線に向けて仕事もされるのでしょう。開拓精神も、移民の国アメリカにも似たところが有るのかも知れません。今年は地震にも台風にも、見舞われて作物も、人身も、土砂崩れにもあいましたが、前向きにこれから寒く成るのです。避難されている人達が多くいます。栄養ある林檎を食べて笑顔になって欲しいと思います。パックでも売っているリンゴジュースです。非難されている人達にはもってこいです。信州林檎のゆるキャラがにっこり笑っています。 2018年10月7日             

  

   ゼッケンは 1番だよと ヨーイドン

     

       

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題「豊年満作」


豊年満作

ここは子供の広場、子供達が育てた水田の稲です。今年も手をかけて立派に育ちました。学校でも稲を育てている処もある様です。学校で教えなければお米作りも知らずに終わるのです。水田も苗を植えて緑色の早苗が揺れて、蛙がないて、アメンボウが泳いで、暑い夏にはドンドン稲も育って香りもしてくるのです。白い可愛い花も咲きます。台風が来ると気にかかるのです。稲刈りも子供達で鎌でするようです。脱穀もするのでしょう。楽しそうです。遠足にはおむすびを持って行くのでしょう。学校給食でもご飯食もある様です、おかずも美味しくて楽しい給食の時間です。元気におかわりもする子もいるのです。引っ込み思案の子は、おかわりがしたくても言えないのかも知れないです。そんな楽しいおいしい給食のようです。工夫されたご飯食は楽しみのようです。お年寄りがご飯を食べるのが少なくなっているとも聞きました、現役の時代はご飯のお弁当でも食べていたのが、ご夫婦だけに成ったり、お1人暮らしに成ったりしてパン食に成るのが多いみたいです。熱熱の炊き立てご飯でお母さんが握ってくれたおむすびは美味しいのです、お母さんの手は真っ赤です。おかずいらずの、新米の季節です。北海道では、シシャモの水あげだそうです、鯵の開きに、イワシの丸干し、朝ご飯のおかずの1品です。見かけられなくなった田圃です。見つけて稲の香ばしい香りがして来るとホットします。台風が多かった今年の稲刈りが気になった農家の人達でしょう。マラソンの前にはおむすびを食べるのです。 2018年10月6日      

  

   救急車 遠く聞こえて 秋湿り

     

       

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題「琉球朝顔」


琉球朝顔

オーシャンブルーの朝顔です。今まで見られていた朝顔との大きな違いは大きくて、タネをつけない事です。秋深くまで咲いていて越冬するのです。この写真の琉球朝顔は、発芽したのを買って来て植えたのです、越冬しました。暑い沖縄の花なのに寒さにも強いようです。何と言ってもタネが無いのが不思議です。沖縄では色んな種類も有って、繁茂するように咲くそうです。我が家にはまだこの朝顔が咲いているのですが、おわった花も有って、ここに乗せた写真には花が少ないのです。この横にはまだ朝顔が咲いているのです。琉球朝顔と共に咲いていますが我が家の朝顔は、色んな色が咲く事と、やはりタネが出来る事が1番の違いです。台風にも耐えた2種類の朝顔ですが、春に成れば、タネを蒔く為に秋にはタネを集めるのは、今まで通りの少し楽しみな作業です。ご近所にも差し上げているのです。2階の屋根くらいの高さに育っています。色も取り取りです。琉球朝顔は、朝顔とは言えない、朝だけでなく夕暮れまで咲くのです。果物が実り、花も、カラフルに咲き、沖縄はコバルトブルーの海に、珊瑚礁、この琉球朝顔も朝から、夕暮れまで咲いて、日本列島は、何処も美味しい物や、観光にも素晴らしい国にも成ったようです。私が行くのは、昭和国営記念公園の、春のチューリップ畑、ポピー畑、桜祭り、菜の花畑、コスモス畑、金木犀に、夏椿や、紫陽花、アヤメに、・・・珍しい花達も見つけて見られるのです、かめらを持った人たちで、大人気です。もう直ぐ紅葉です。海外からも来られて、放送も幾種類もの国の言葉が流れるのです。琉球朝顔も咲いているかも知れません。広いのでパンフレットを調べて、公園内のバスに乗るのが1番いいでしょう。1度乗ったことが有るのです。快適です。ヒマラヤ杉が、すぎぼっくりを大きく両手の手のひらでもつかめないくらいに育つのです。杉も何メートルも有るのか分からない高さなのです。金木犀が美しく整えられて、丸く、これも、何メートル有るかも分からないのです。琉球朝顔を探しに行くのが楽しみに成りました。 2018年10月4日     

  

   ミシン音 溢れる秋の 小紋柄

     

       

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題「熟しを待って山法師」


熟しを待って山法師

今年も山法師の実が真っ赤に熟すのを待つ頃に成りました。苺のように熟すのです。食べて甘い山法師の実です。可愛さは、緑色の山法師の熟す前が綺麗な気がします、真っ赤に熟した実を見て口に入れたことも有りますが、熟し過ぎていたのかもしれません。真っ白い花の時も素敵です。蜜柑の花も、林檎の花も、梅の花も、梨の花も、白い小花が可愛いのです。枝に一杯に雪のようにぎっしりと咲かせて、そっと握ると綿のようにふんわりと暖かい、ユスラウメの花もそれは可愛いのです。ピラカンサの実も秋には真っ赤ですが春には真っ白い小花を咲かせるのです。春風が吹くと散るのは、卒業式の花吹雪のようで見事です。地面も真っ白い、毛氈にしてしまうのです。秋には鳥を呼んで、ピーピー、賑やかな鵯もきます。小さな小鳥達は、お先にどうぞと譲るのです。仲間を呼んで赤い実をおなか一杯食べたら飛び去って行く鵯たちです。さあ小鳥達の順番が来たのです。山法師の、真っ赤な実にも小鳥達が来るのももう直ぐです。柿も実っています。台風が来て、林檎畑の赤に緑の林檎は大丈夫だったのでしょうか。蜜柑も、桃も、野菜達も土砂に埋もれた場所もあった今年です。北海道も地震にみまわれたのです。それでも頑張って、又やり直される力強さには、元気つけられます。山の上の動物達は何処に逃げ込んで、震えていたのでしょう。電車もストップ、飛行機もストップ、AIの時代に成っても自然の悪戯には、かないません。坦々と生き抜く人間たちです。今日を信じて生きていくのです。実りが見られて、紅葉が見られたら幸せです。山法師の真っ赤な実りが見られるのもソロソロです。明日に希望を与えてくれる色を染める季節です。 2018年10月2日                   

  

   金木犀 小鳥逆立ち 蜜を吸う

     

       

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題「トランペット吹き」


トランペット吹き

北海道でジャガイモ掘りが始まりました。ホコホコおいしいジャガイモです。我が家のじゃがいもとは掘る時期がちがうようです。大きなトランペットの花が真夏から今の時期には咲くのです。始めて見た時は大きさに、そして形にも驚いたのです。近くのトントントンと階段を下りていく場所に見つけたのです。1つの大きなトランペットの花を写真に撮った事も有りましたが、ここにのせたのは、小さく見えますが、やはり1メートルはあるトランペットの花が幾つも咲いている写真デス。行く道にはこのトランペットの花を植えておられるお宅が多いのです。花が終わりに成ったら切ってしまうから、良かったら置いておくから持って行けばいいよと、にこやかにおじさんが話してくれたのです。どんなにささやかな庭にでも花壇を作って花を咲かせておられます。これからの秋には、菊の仲間も多いのでしょう。大輪の菊は我が家に又今年も咲かせてくれました。朝顔もカーテンのように咲いています。萩の綺麗な時です。すすきも箱根には見事に咲く場所が有るのです。カワラナデシコも植えましたが甘い香りが素敵なのです。鶏頭の花も咲いて、秋の雨に打たれるとぐっしょりと雨粒を吸うのです。葉鶏頭も秋には色を飾ります。葉の間に鶏頭の鶏冠のような物をつけるのです。屈んで見ると七色のパッチワークのようで好きな花です。紅葉が始まると、トランペットの花は、吹くのを忘れてしまうのです。静かに秋風が吹くのです。青空には、パンパンと運動会の開始の音が聞こえます。歓声も聞こえて来て、私も混ざって息子を応援です。お父さんは、百足競争に、綱引きです、海苔巻きと、青いみかんとエトセトラ、木陰の茣蓙の上で、楽しい音楽も流れています。幼稚園では、子供達はお母さん達と手を取ってダンスです。練習も楽しかったのです。トランペット吹きがはずんで音楽を聞かせてくれていそうです。 2018年9月30日            

  

   糠雨に 髪湿らされ 秋ショール

     

       

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題「おしどり蝶」


おしどり蝶

9月の花、彼岸花がお彼岸に成ると道端にも、畦道にも、土手にも、咲いているのを見かけられた事はあるでしょう。彼岸花は見つけて欲しい場所に咲くのだそうです。人のいない場所には咲かないのです。今は群集の彼岸花畑も真っ赤に飾っています。海外からの観光客にも好まれているようです、色んな呼び方が有って、その中には色からでしょうか、嫌う人もいるようです。曼殊沙華が素敵です。リコリスとも呼ばれて色は、白、黄色、ピンク、紫も有るのです、草原の中で探し当てた、リコリスを写真に撮ったことも有るのです、彼岸花とは姿が少し違っています、くるんと飛び跳ねたような、細い花弁がなんとも言えず可愛いのです。リコリスにはアゲハ蝶は来るのでしょうか、2匹のアゲハ蝶が、真っ赤な彼岸花に飛んできたのです。おしどりのアゲハ蝶です。彼岸花畑では、アゲハ蝶が次から、次にと彼岸花に飛び交っていると聞きましたが、オシドリで飛んできてくれたアゲハ蝶が嬉しがらせてくれました。彼岸花の蜜は甘いのでしょうか、色を目印に来たのでしょうか、蜜のかおりがしたのでしょうか。遠い昔からあった彼岸花ですが、子供の頃には、古里の墓に咲いていたのは覚えているのですが、花で遊んだ覚えは無いのです、綺麗な彼岸花ですが、毒がある花です。子供や、犬の散歩にも気を付けようとも聞きます。球根に毒があるようです。そういう事からも嫌う人がいるのでしょう。決まって咲いてくれる場所があるのです。アゲハ蝶も彼岸花の咲く場所を知っているのでしょう。柚子や、山椒、の木に卵を産み付けるのですが彼岸花は、蜜を吸うために来るのでしょう。彼岸花はそろそろ枯れてしまうのです。葉をつけたら冬眠するようです。オシドリのアゲハ蝶は卵お産んだら何処に行くのでしょう。舞い踊って、彼岸に行ってしまうのでしょうか、彼岸花はやはり今年も、おしどり蝶と共に彼岸の人に会わせてくれたのです。2018年9月27日

  

   品かえて 秋刀魚秋刀魚も 美味きかな

     

       

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題「行進曲」


行進曲

春の柔らかい日差しが包んでいるとアナウンサーがウキウキさせてくれます。選抜高校野球の開会式です。息子がいとこと見学に行ったのは、小学三年生の時だったでしょうか。ヤクルトスワローズのブルーのキャップをカぶっていた息子は、縞々キャップをおじさんに買ってもらって、ポンとかぶせられたそうです。甲子園球場の前で、写真を撮ってもらったのです。寒くて震えているまだ早い春の甲子園です。今年は記念の年です。我が家の、枝垂れ梅も花が少ないようです。もう初音を聞いた人がおられるのに私はまだです。いつまでも暖房に頼っているのです。頼りは春の明るい便りが届くのです。もう少しあとでしょうか。桜が咲くと、庭の手入れも始まるのです。遅霜にも気を付けなければいけないからです。もぐらが活躍するころでしょうか。カメが甲羅干しをしているのをみましたと、リスナーさんが言っていましたが、どこの暖かい当たりなのでしょうか。お彼岸には霙、雪も積もったのです。高速道路を走って、病院にも、リンクポケットを聞きながら行ったのです。こんなに患者さんがどこから集まるのかと思いますね。今日からは、ラジオで選抜を聞けて楽しめるのです。金属バットに成って、ホームランも数が多く成りましたが。カーンと打つ音は気持ちも晴れるのです。少年野球は、体に問題も抱えているみたいですが、無理せずに楽しんで欲しいものです。夢は野球選手なのでしょうか。オリンピックも二年後に控えて、います。小雨の日に袴姿は、卒業式でしょうか。もう直ぐ小学生も、何色のランドセルを背負って入学式なのでしょうか。引っ越しやさんも大忙しのようです。私も上京していろんな事が有りました。今は関西人も受け入れてくれそうです。疲れたら、休んで、無理をしないで憧れた東京の生活にも、段々と慣れて行って欲しいです。学生さんは、サークルに、勉学に励みましょう。 2018年3月24日       (枝垂れ桜の写真です)        

  

   鶯に 捨て場託して イヤリング

     

       

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題「観梅会」


観梅会

春の兆しです。風も沈丁花の香りを運んできます。ほっとする時間です。梅も咲き始めているのです。白梅の甘い香りが浮かびます。紅白の梅林の観光の知らせも届くのです。お琴に、束の間の癒しの時間を送りたいものです。ラジオからのそんな風景が見えるようです。青梅マラソンも、東京マラソンも無事に終わりました。何と言ってもチョンチャンオリンピックが楽しませてくれました。パラリンピックが又力が入るのです。ガンバレとです。努力の成果は見事に実るのです。失敗も成功も辿り着いた頂点です。パラリンピックです。道産子の、流行言葉も耳にします。幼稚園では子供達がおもちゃの犬で真似ているみたいです。札幌オリンピックが懐かしい私には日の丸飛行隊、です。愛らしい、ジャネットリンも遠く成りましたがついこの前のようです。札幌の町は今や大発展をしたのです。長野の人気者も出ましたね。ラジオで聞くのも力が入りました。リハビリの先生との話も弾むのです。梅も咲いているよと言われるのです。まだ外出に二の足を踏む私です。昨年は梅の花を探しに行った気もするのですが今年の寒さには参りました。1歩1歩春がくるのですね。次の楽しみは、高校野球です、甲子園がまだ寒いのです。浜ッ風邪がホームランを運んでくれるのでしょうか。皇室にも変化です。うかうかしていては置いてきぼりをされそうです。ゆっくりと転ばないようについていっているのです。手袋はもういらなくなっています。マフラーをクルクル巻いて時々吹く北風を守るのです。後1歩でしょうか。 2018年3月1日     (ゆるキャラ握手の写真です)

   雨音に 支え起こされ 春の朝

     

       

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題「芽生え」


芽生え

女のお子さんや、お孫さんがおられるお宅ではひな人形が飾られています。お知り合いの人も、そうだ急いで出さなきゃと言われていたのです。大雪に、寒さに見舞われたこの冬です、もう立春が過ぎても春が来るのがうそのようです。が、小さな春も見つけに行く人も多いようです。小田原の早咲きの梅祭りも有ったそうです。白梅に、紅梅が美しく飾っていたようです。栃乙女の甘い苺の摘み取りや、北海道は、流氷が接岸したようです。ガリンコ号と言ったでしょうか。雪に被害をおわれたかたには早く雪解けが来て欲しいのですが、雪崩には又注意です。平昌オリンピックは寒さや、強風に悩まされているようです。思いがけなくいい成績が出たり、出なかったりの厳しい大会に成っているみたいです。無理はしないで欲しいと思いながら我が子を見る思いで居るのです。北側でしょうか、まだ大雪の積もった時の雪が残っている処も有るのです。氷の固まりです。その中で、鶯餅に、桜餅、ヒナアラレも、春を呼んでくれています。陽ざしも高く成った気がしています。夜明けも早く成りました。甘酒も何度も作った今年でした。クルーザーでの旅も流行っているみたいです。若い頃に何でも試して置けば良かったと思うこの頃です。南極にツアーで行く人も多いそうです。刻々と過ぎる時間です。今日は暖かです。起毛の上着は脱ぎました。土手は舗装されてしまって、蓬も摘みに行けなくなりました。草餅を作りたい春を呼ぶお餅です。初音は何時なのでしょうか。昨年は綺麗な谷渡りの声を聞いたのです。ハルヨコイ!ハヤクコイ! 2018年2月15日  (沈丁花の蕾の咲く写真です)   

       

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題「小正月」


小正月

年が明けて小正月です。私達の頃は成人の日が小正月の15日と決まっていたのです。奈良県にも、京都にも、大阪にも、晴れ着を着た人たちが溢れている頃でした。今年の8日の成人の日は少し大変な事も有ったようです。二十歳です。大人です。これをチャンスにしてジャンプして欲しいと思う私です。近くにいる大人は助言を正しくしてあげたいですね。いい勉強です。センター試験も雪の中を頑張りました。全身です。子育てを終えた私からの言葉です。長い人生を歩いて来た私の来た道です。初めてドンドン焼きに行ったのです。さて子供の頃に行ったのかは忘れたのか覚えていないのかはどちらにしても記憶は無いのです。今に比べては関西地方です、注連縄も、松飾も、何もかも正月らしくしたのです。寒餅も突きに田舎に帰ったのです。田舎にいた頃も寒餅も突いていたのでしょう。大勢が集まって楽しい餅つきだったのです。餡子に、豆餅に、赤い色だったのです、緑色も有ったのです、家に帰ったら、薄く切って揚げたり焼いたり、寒い寒中も楽しかったのです。北風に背中も押されたのです。猫が居て、犬もいたのです、ドンドン焼きに行った時もえとの犬が吠えていたのです。犬が大事にされる年でしょうか、八公の秋田犬が来いた処によると、アメリカにもどこか外国にも人気だそうです。近所にも本当に犬を飼っているお宅が多いのです。中国では、ペットを飼う習慣が産まれたそうですが、飼い方のマナーが良くないとも聞きましたが、日本でもマナーはしっかり守って欲しいですね。ペットは私も飼いましたが、猫に犬に、小鳥に、うさぎも可愛くて癒されます。でも手がかかるのです。生き物ですから。当たり前です。寒かったですが、日当たりを探して、若竹が、はじける音でしょうか、が消えるまで結構長い時間待っていたのです。子供達は、綿あめを自分でクルクル回して作らせてもらっていて楽しんでいたのです。行列です。長い美しい竹の先には、繭玉と言われていましたが、おおきかったですよ。お団子が付いていて、火が収まったら、順番に焼くのです。ホロホロした感じで美味しかったです。注連縄も、オ炊き上げをしてもらったのです。厄払いです。健康と、3つの福が有るそうです。来年も行けたらどんなに幸せでしょうか。ドンドンはパチパチに変わって、いつしか、パンと1つ音を残して、お団子を焼いたのです。 2018年1月16日   (ドンど焼きの輪に成ってお団子を焼く写真です)

       

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題「希望」


希望

カウントダウンで、渋谷の駅前、歩行者天国スクランブル交差点は大賑わいをして、太平洋側は、初日の出も見えたそうです。そして七草を迎えたのです。年賀状も犬の写真も、イラストも多かったようです。癒してくれる犬です。出来たら飼いたいとは思いますが、飼っている人のマナーの悪さを聞くと二の足を踏むのです、それに飼い主の年齢も考えたり、これ以上手間がかかるのは我が家には無理です。ずっと犬は、猫と共に飼って来たのです。犬は東京に来てからは飼ってはいませんが、どちらかと言えば、猫派のわたしでしょうか。あの身勝手なお調子者の猫は可愛いです。アイメートの事も思う今年です。何かイベントはあるのでしょうか。厳しい訓練を受けて、介助犬に成るのです。一度アイメートに成って、老いるまで命がけで一生を捧げるのです。賢い忠賢です。2頭のアイメイトを接して触れて、いますが、現実には千人の人がアイメートを待っていると聞いたのです。追いつかないのです。耳に成ってくれる、介助犬、体の1部に成ってくれる介助犬、ロボットも研究は進んでいるようですが、心が有る犬が傍にいてくれたらいいでしょうね。行年と言われる1月デス、行事も重なっています。昔のようには無くなって行くのは寂しい木もしますが、元日から忙しいお母さんは働いたりもしているのです。老人施設も休みも無いのです。ヘルパーさんも3が日だけです、お休みは無いのです。元日はおせちもレストランで美味しく済ませた我が家です。便利にも成ったのです。我が家にとっては助かっているのです。今日は七草です。緑色の葉っぱの野菜を入れて、御粥を作ってくれるそうです。横綱の、土佐犬も2頭飾ったのです、注連縄も飾ったのです、夕焼けの里で、14日にドンドン焼が有るのです、行ってみようと話しているのです。いい正月も終わりです。鏡割りも無く成り、甘いぜんざいも食べたい時に作ってくれるのです。今年も1歩あるき始めたのです、カレンダーには、予定が書きこまれたようです。 2018年1月7日      (晴れやかな、花と空と公園の写真です)

       

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題「年の瀬」


年の瀬

今日は御用納め、千葉県の調子漁港も水揚げは終わりです。水揚げは日本1だそうです、鰹に、鯖に、鰯、庶民の美味しい食卓を飾ってくれるのです。これからは、鱈に、鰤、が美味しいです。鍋料理にも欠かせないのです。散歩に行くと、蝋梅の針のっ先ぐらいの蕾も突いているようです。2月には梅の花も咲くのです。黄色い花の連翹が綺麗だったのを思い出すのです。雪が例年の2倍降っているようです。1メートルは超えて積もった雪の便りも聞きます。ラッセル車の事故も有ったようです。生き物達にとって厳しい冬が来たのです。冬眠も命がけみたいです。冬休みに南半球に暖かさを求めての、旅行の人も多いのでしょうか。南半球は夏ですね。アロハシャツのサンタクロースが、サーフィンボードに乗って来たようです。お正月に故郷に帰る人の大移動の劣等でしょう。私のリハビリの先生もご家族で帰省です。美味しい物を食べて太ってしまうと言っておられました。気を付けてと帰省が少し羨ましい私です。関西地方は、関東地方とは又違って古くからの行事で春が来るまで目白押しなのでしょう。奈良県の、ここには「せんとくん」のキャラクターをのせています。奈良公園の鹿のユルキャラノようです。神の鹿です。お正月も奈良公園は賑わうのです。大きなツノを生やす鹿です。ツノ切りも有るのです。大仏殿も綺麗に磨かれた事でしょう。東京では埼玉県に、新しく大仏様を作られているそうです。御隣の県です。近いので度々行けそうです。鎌倉も行きました。優しそうな大仏様でした。ついこの間のように思われるのです。浅草浅草寺は、暮れも観光客にも賑わっているようです。歩いて行けた、諏訪神社が私の初詣でしたが、戌年の初詣はどうなるのでしょうか。地元の八坂神社も有るのですが、大きな階段の下からでは物足らない初詣です。小さな八坂さんなのです。必ず初詣に行った京都の八坂さんでした。ゆったりとお風呂にでもつかって、除夜の鐘を聞けたらと願っている指折り数えて、お正月まで、後3日です。 2017年12月28日    (奈良県キャラクター、セントクンの写真です)    

       

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題「子白鳥」


子白鳥

子白鳥は、あの真白い白鳥とは違って、灰色のようです。童話で読んだのでしょうか。家族で寄り添っている白鳥だそうです。そして大きなグループも形成しているのです。イノシシも、うり坊で可愛い子供の頃です。鹿も半纏のバンビ―です。子馬も、鶏も可愛いヒヨコです。トラさえも、ライオンさえも、お母さんお猿に抱かれた子ザルは可愛いです。生き物みんなが可愛い子供の頃です。クリスマスのイルミネーションが、日本中に飾られているようです。今日は早々と、クリスマスのランチに行って来たのです。子供が小さな頃には、こんな、だったよねとか、1人で振り返ったり、少なくは成りましたが振り返ったりもするのです。スーパーマーケットには、チキンや、ローストビーフや、家庭で楽しめる材料もどのお店にも出ているようです。すっかり変わってしまったクリスマスの家庭料理です。ケーキも食べてきました。苺がタップリのケーキも焼いたのです。いつの事だったかと他人事のようです。そろそろ里帰りの人も渋滞を我慢してウキウキの車の中を創造するのでしょうか。吹雪いている日本海側です。それでも帰りたい古里なのです。待っている古里なのです。(アトイクツネルト、オショウガツ・・・。)楽しみだったお正月です。北風にも凧上げをするのでした。体が飛ばされそうな北風です。空高く小さくなった凧を覚えているのです。サンタクロースも来たのです。丸いお餅のお雑煮も食べたのです。振り返ってしまう年齢に成ったのです。思い出はいいものです。これからも沢山思い出を作るのです。 2017年12月23日         (イルミネーションの写真です)                      

   

   1人立ち つかまり立ちの 炬燵かな

   

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題「12弦のギターマン」


12弦のギターマン

お天気は冬晴れのようです。これは久しぶりです、暖かいのです。風が吹いていないからでしょう。自動車に乗りました。行き先は道の駅です。買い物と、フォークソングのコンサートが有るからです。込み合っているかと心配でしたが、そうでもなくガードマンにオーライオーライと案内されて駐車場には無事に入る事は出来たのです。時間前ですので1周してみました。子供達の声が聞こえて楽しそうです。お菓子に、野菜に並んでいる物をぐるり買って帰る物をチェックです。ランチをする事にしたのです。名物の、具沢山の暖かいそばを食べたのです。体は温まりました。コンサートのホールは、チューニングのようでしたが、ボツボツホールに入っている人がいるようですので、私も入ってチューニングや、只今マイクのテスト中を聞くのです、OKのようです。1時間程のコンサートです。フォークですから、と思っていたら、ギターは、12弦の酔わせてくれるギターの音色だったのです。曲も選んで聞き惚れる選挙区でした。口ずさむ曲や、心打たれる曲や、指をタクトにする曲も有るのでした。買い物も終えて久しぶりの若さが取り戻せた時間でした。時々開催しているようでしたので又これたら来たいと思ったコンサートだったのです。今も耳に響いている気がします。古い1曲が有ったのです、それは私に取って懐かしいそして悲しい曲だったのです。不思議でした、この1曲が選ばれたのが何かを思い出させてくれたのです。最後はみんなで歌ったのは、(きよしこの夜)を大きな声で歌ったのです。街は音楽やイルミネーションで輝いているのでしょう。クリスマスのメニューが有る食堂も見つけて有るのです。若者に子供達に負けじといいえ、混ざって楽しむのです。出来る限りですが、今年も何とか大晦日を迎えられるようです、迎えたいと気を引き締めるのです。今年始めた事も有りました。失った事も有りました。デージー図書は沢山聞きました。お陰様です。出会いも有りました。最後のドクターとの挨拶も終えました。又来年です。息子は前に向いて若さです。年越し蕎麦を一緒に食べようねと約束です。障子の貼り換えも無く成りましたがそんな事よりもする事が増えたのです。 今夜も暖かい夕食です。 2017年12月17日     (エーサー踊りの写真です)               

   

   煤払い 終えて土佐犬 土俵入り

   

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題「おでんがいいね」


おでんがいいね

寒くて暖かい食べ物が欲しい季節です。グツグツ煮て味がしみこんだ、オデンがコンビニにも、勿論家庭でも好評でしょう。と言う私は、関西育ちなので、オデンは、子供の頃は余り好きでは無かったのです。関東炊きと言っていました。味が悪くて美味しく無かったのです、これは私の家だけでは無かった筈です。おでんは江戸時代の「田楽」が始まりだったようです。濃い口の醤油で煮込み始めた今のおでんは、関西地方では、薄口の醤油で炊くのですから美味しい筈は有りません。名古屋の味噌おでんは「田楽」との合わせた物で美味しそうですね。そのおでんも今は、関西でも好んで食べられているのでしょう。そくせきのおでんの元も出ているこの頃です。だしで食べる関西でも、美味しい即席の元で食べられるのでしょう。沢山の具を入れて、混ぜあった味は、冬の家族の味のようにも感じるこの頃です。沢山大鍋に炊いたおでんは、次の日も美味しく成るのです。少ない家族でも、よくよく煮込めば煮込む程美味しく食べられるのです。家庭に寄っても、具材は違って江戸時代からの「田楽」が楽しく変化して大鍋の中で、まぜこぜが嬉しいですね。好みが有って、串に刺して、間違って取ったり、カラシが効きすぎたり、時間をかけて食べるおでんは、具が欠けても増えてもお構いなしです。そこもいいのが、オデンでしょう。男爵芋は崩れます、メークイーンの芋煮したほうがいいようです。お豆腐を、北風に当てて、凍て豆腐や、凍てこんにゃくも作ってみたら又違った、オデンが出来そうです。おでんの大根に、柚子味噌をつけて、簡単、ふろふき大根を味わうのもいいですね。今夜は何が、私の机の上に並ぶのでしょうか。お任せの今の私です。因みに、私の好物おでんの具は、はんぺんと、竹輪と、大根が、上位3位です。 2017年12月15日      (蜜蜂ハッチのラッパ行進です)               

   

   急停止 枇杷の花咲く 角の家

   

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題「落ち葉の頃」


落ち葉の頃

クリスマスイルミネーションが飾られ始めました。広い八王子市は有名に成った夕焼け小焼けの触れ合いの里で、山を全てイルミネーションで包むのです。寒い中でも余りの美しさに圧倒されるのでしょう。もう1年が過ぎたのだわと思い返しています。美味しいお蕎麦屋さんで篭もって暖かです。冬休みの楽しみの1つにも注連縄作りも行事に有るのです。新しい年を迎えるのです。暖かいひざ掛けも買ったのです。寒さ対策です。少なくなった子供達に楽しいイベントも盛りだくさんの冬です。何十年か前には冬と言えば雪に飾られた朝だったのです、子供はソリ遊びに真っ白に雪だるまのように成ってコロコロ笑っていたのです。大人は雪かきにご近所で助け合ったのです。溶けてくれない雪の冷たさが冬でした。可愛く作った雪だるまがぺちゃんこにつぶれた、暖かい冬も有りました。近くの公園では子供達が北風の中で大騒ぎです。滑り台にも乗るのです。今年もそんな風景が声が聞けるのでしょう。北風が大根も、蒸かしたサツマイモも甘くしてくれるのです。子育て支援に力を入れているようです。ヘーこんなこともしてくれるんだと思ったり、助かるなと思ったり。私もやってみたい子育て協力隊です。核家族で働く、お母さんとお父さんと、子供達と頑張っている家族です。協力隊は頼もしい援助です。細かい所にも気を配った、子育て支援です。子育てを終えたお母さん達の知恵も借りて、協力していけたらいいですね。12月の音声の広報で聞いたイベントや、相談室や、物つくりの教室です。音声パソコンの今年の2度目の講習会も終わったのです、又新しく音声パソコンを講習された方の中で生きがいを得た人もおられるのです。少しでも興味が有れば継続して挑戦して欲しい、視覚障碍者の音声パソコンです。私は「iPad」もボランティアーの方に丁寧に教えて頂いたのです。スマホや、iホーンを楽しまれている人も多くいるのです。便利に使われているのでしょう。頼もしいのです。遠く離れた、友人にも連絡が出来たり、iホーンから近況をくれたり、無くては成らない物に成ったのです。 2017年12月3日   (イチョウ祭りラッパパレードです)        

   

   選り好み 妻もあんの 納豆汁

   

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題「12月」


12月

氷点下の朝が有ったのです、これからは度々震え上がる寒さなのでしょう。カレンダーが壁一杯に何枚も貼られました。予定が粉されたら良しとするのです。東京に大雪が降って、電車は止まり、街は転ぶ人、商店街のアーケードは壊れたり、大雪が降ったのは、何ねん前だったのでしょう。今年は雪になりそうですね、がご挨拶です。子供達はソリ遊びや、雪だるまや、雪合戦や、雪の中で遊ぶのでしょうか。チラチラ雪が降って来たら、外に飛び出して、雪に触れたものだったのです。雪うさぎも作って、赤い南天の実がうさぎの目で、耳が南天の葉っぱだったのです。サラサラ雪も手に取って、積もった朝の雪に足跡を付けたのでした。名残り菊がまだ咲いているのです。銅山つつじが綺麗だと聞いたのです。気軽に登山をされる中年以上の人が多く成っています。事故を聞いても自分は大丈夫と言う人がほとんどのようです、これが1番危険だと、専門家の言葉です。コースを変えたり、届を出さなかったり、準備が行き届いていなかったのがやはり多いようです。お年寄りもお元気ですが、山は特に冬山は思いもよらぬ危険に襲われるようです。ハイキングに行っていた山でも危険が待ち受けて、行方不明の人も思ったよりも多いのです。雪が好きな人に楽しい季節がきたのです。スキーに、スノーボードの事故も毎年起こっているのです。今年は雪には恵まれるでしょうが危機管理をして思う存分雪を楽しまれるといいですね。お正月の帰省が予定されている人もいるのです。大雪には成らないといいですね。ラジオで、注連縄作りに忙しいと聞きました。クリスマスのイルミネーションも、予定されているようです。寒さも何のその、子供達や若者は、どんな気持ちで過ごすのでしょうか。サンタさんカラのぷれぜんとを、あれがいいな、これがいいなとか変わって大変なのですよと、嬉しいサンタさんの言葉も聞いたのです。まだサンタさんを楽しめるのはいいですね。私もサンタさんの足を見たのです。何年生だったでしょうか。サンタさんと今年は美味しい大好きな、田舎饅頭を一緒に食べたいです。美味しいお茶と共に。 2017年12月1日     (クルミの写真です)                   

   

   ヒーターの 音ふと止ます 鳩時計

   

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題「銀杏祭り〜」


銀杏祭り〜

銀杏祭りも終わりました。前に進むのも亀の歩みの賑わいでした。よさこい踊りに、阿波踊りは、3連だったようです、東京都の消防団の楽団も行進したのです、フルート、ホルン、オーボエ、クラリネット、アルトサックス、サクソホーン、ピッコロ、トロンボーン、チューバ、ドラム、シンバル、カウベル、トライアングル、マリンバ、ゴング、・・・だったでしょうか?音楽に合わせて手を叩いたのです。クラシックカーのパレードは、百台以上のクラシックカーだったようです。太鼓をたたいて、エイヤサもです。膝には、ひざ掛けの上に欅の落ち葉が散って舞い落ちて来たのです。子供達は長い行列に根気よく並んで様々な美味しい物を食べたのでしょう。私は甘酒とコーヒーと、初めて食べたのが、五平餅だったのです。家でも作れそうです。お土産には、ドン子しいたけと、林檎と、干し柿と、大荷物でした、北海道の昆布は売れ切れていたのです。前日が雨降りだったので、日曜日はお天気で、人手が多かったのです。お子さんのいるお宅はやはりお子さんが連れて行ってと、言うらしいのです。学校で幼稚園でお話しするのでしょう。美味しい物も食べたいですね。お祭りです。大学生達もコーナーで楽しんでいました。物産展も賑わって地方からも出店です。岩名に、ヤマメに、子持ち鮎に、牛肉に、何があったでしょうか、お子さんはおもちゃのバザーもあったようです、今年の締めくくりのお祭りでした。今年も行く事が出来たのです。迷子も呼び出されていたのです。お子さんから、お年寄りまでです。そうです、お米も、お酒も、思い出せばあれもこれもと有ったようです。関所周りも楽しんだ人達も大勢いたのでしょう。関所は紛争のボランティアーさんです。ちょんまげです。昔歩いたのです。関所札を買ってでした。 2017年11月21日       (信州;ゆるキャラ;あるくまの写真です)      

   

   試食して 赤に緑に 冬林檎

   

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題「お天気マークは雪だるま;チラホラ!」


お天気マークは雪だるま;チラホラ!

「福岡、九州場所がはじまっています。楽しみが又1つ増えたのです。冬がドンドン進むのです。明日も雨模様のようです、雨が降るたびに寒さも深まるようです。自動車のタイヤも交換されている人も多いようです。冬晴れでも私のベッドの横の南側はお昼の束の間の暖かさに成ったのです。夕焼けが西の方に焼けたら、速く沈んでいくように成って行くのでしょう。これからどんどん速度を増すのです。カレンダーにはまだ今年にする事が赤印が付いている我が家です。予定はカレンダーをチェックしてから出無ければ要注意です。椋鳥が大群で来る頃です。赤い実や熟し柿を見つけてはやって来るのです、ヒヨドリもです、小さな鳥達は大きな鳥に餌もお先にどうぞと譲るのが可愛い姿を見られる頃です。塀をヒョイヒョイ歩く小鳥も、見た日も有ったのです。北陸地方はもう雪に備えて雪囲いでしょう。今年は1週間ほど早く、開催される銀杏祭りが今週の終わりの2カ間です。昨年は、前日に大雨が降ったのです、駐車場に落ちた桜の葉っぱが重なって絨毯みたいに成っていたのです、桜の香りがしたのです。車椅子をフワフワ押してもらったのです。銀杏の黄色も綺麗に染まっているのでしょうか、移動もしにくい人でですが、今年最後の祭りです、それに市政百年の年です。まだ後少しですが、無事に終わることを心掛けるのです。振り返れば何が有った年だったのでしょう。新しく体験した事は幾つかはあったのです。今も体験を重ねて行っているのです。菊の花も又咲かせてくれたのです。ヒンヤリとした大輪の花が魅力的です。菊を触れにわざわざ力を借りて庭に出るのです。さて木枯らしの頃には思い出すのはコンサートの帰り道です。何と無邪気だったのかとおかしく成るのです。今も成長はしていませんが、最近の若者はどうなのでしょうか。大阪万博が開かれて、日本にもコンピューターが導入された頃だったのです。富士通館は行列だったのです。みるみる速さで今を迎えたのです。こうして音声パソコンも使えて社会にも視覚障碍者も、他の障碍者の人も、努力すれば、助けて下さるボランティアーのかたがいる八王子市です。年賀状も作れるように教えて下さったのです。もうそろそろ印刷の時期です。 2017年11月15日       (百合畑の写真です)                      

   

   大鳥居 ミッツト!イツツト!ナナツノコ!

   

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題「初冬」


初冬

昨日は立冬7日でした。冷たい空には輝く月に星なのでしょうか。すっかり朝晩は寒く成ったのです、「もう今年も終わりよね、お正月ももうすぐね、」と挨拶をしたのです。花達も霜枯れに成る頃です。菊は霜にもとても強くて後少しは楽しませてくれるのです。冷たい夜の冷え込みはお漬物作りにも大切です、大根を夜に干しているお宅も有るのでしょう。少なく成った風景かも知れません、ラジオでは沢庵漬けに忙しいお話しをリスナーさんがしていたのです。干し柿作りもそろそろでしょうか。薩摩芋を蒸かしたものを干しても美味しくなりますね。ガーデニングが日本の庭を飾るように成ってもう何十年経つのでしょうか。日本流のガーデニングなのでしょうけれど、どこのお宅にもプランターを利用して季節の花を咲かせておられるこの頃に成ったのです。いつブラジルから渡って来たのか、ベゴニアの花はガーデニング用には育てやすくて皆さんが栽培されているようです、桃色に、白に、赤に、四季咲きのベゴニアも有るようですが、春から夏、秋の初めまでが美しく飾ってくれるようです、私は見た記憶は無いのですが球場に飾られたベゴニアはガーデニングにも広い敷地に飾られた花も見事だったようです。今は冬が来ても家の中は暖かくて、寒かった遠い昔の事も不思議に懐かしく思うのです。秋の遠足に知り合いの少学1年生の女の子が行ったそうです、行き先は動物園だったのです、広い園内は見てみたいコアラは、1番奥のコーナーに有って見る事は出来なかったのが残念だったそうです「キリンや、ゾウや、ライオンや、もう、冬ごもりも近いのでしょうか、小屋は暖かいのでしょうか」なんてはなした昨日だったのです。、もみじ狩りも休日には出かける人も多いのでしょう、冬が来る前に木枯らしが吹く前に仕事も毎日忙しい冬支度です。1息入れて暖かい食べ物も食べたい季節です。甘酒を麹で作ろうと話しています。一人では何も出来ないのに季節のこれも楽しみです。林檎も色々出て来ています。勿論皮ごと食べるのが一番ですね。丸かじりは出来なく成りましたが味とりどりの林檎をフォークにエイエイと突きさしては食べるのです。口に入れては「これは富士林檎、ジョナゴールド?」とか嬉しい蜜の味です。丁寧に栽培された食物です。朝市にも冷たい風を受けて何が並ぶのでしょうか。私は行かなくなってしまいましたが、買ってきてくれる品々を楽しみに待っている朝市の日です。 2017年11月8日      (ベゴニア畑の写真です)                

   

   もみじ踏む ヨチヨチ歩きの あんよかな

   

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題「小春日和」


小春日和

穏やかなお天気が無い、陰暦では、早や晩秋です、今年は急激な寒さが有ったりで、インフルエンザもかかっている人もいるようです。束の間を見つけては出かけたり、お日様を取り込んだりもしたのです。衣替えも必要に成ったのです、私は冬の姿の日も多いのです。不安定なお天気で気にするとお天気の話題に成っているこの処です。10月ってこんなだったかなと話したのですが、立冬もまじかです。1度は行きたいコスモス畑です。見かけるのは当たり前に成ったコスモスですが、秋風に揺れるコスモスが必ず咲いてくれるのです。季節を知って時の流れを知って、色んな事を教えてくれるのです。思い出させてもくれるのです。1人暮らしの人が多いようですが情報はどうして得るのでしょうか。テレビでしょうか、ラジオでしょうか、今の時代です、ITなのでしょうか、でもお年寄りはましてお1人暮らしのかたは、どうしておられるのかと考えてしまうのです。私のような障害を持っていなければ外にも出て、秋のそうです、晩秋の風景も味わって、おられるのでしょう。ウオーキングに、ワンチャンの散歩に、ジョギングに、菜園作りに、ガーデニングに、お手伝いをしてもらって、楽しみを見つけておられるのでしょう。趣味を楽しめる場所は幾つも有る私の街です。菊が綺麗な頃です、私の家にも咲きました、夫が咲かせてくれました。純白の菊が綺麗ねとお客様もいうのです。ポンポン撫でて行くのです。1年がかりで育てた菊です。昆虫達は寒い秋でもう越冬にはいったのでしょうか、アブも、アゲハ蝶も、バッタはいるようです。案山子は壊されたのでしょうか、案山子祭りは有ったのでしょうか。すっかりおなじみに成った、高知県のよさこい踊りです、日本中で楽しまれています。小学生から、幼稚園生からかも知れませんね、鳴子が綺麗です。私もガチャガチャ振って鳴らすのです。稲の上に置かれなくなった鳴子です、田んぼに立っていない案山子です。若者は知っているのでしょうか。豆も、蕎麦も、お酒も、お米は勿論、芋も、今年の新しい収穫です。 2017年10月28日       (コスモス畑の写真です)    

   

   電線の 雀横目の 松手入れ

   

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題「青空のアドバルーン」


青空のアドバルーン

懐かしいアドバルーンが秋の青空に浮かびました。アドバルーンは何時頃から見かけるようになったのでしょう。風船の下の綱と言うのでしょうか、そこに広告を載せて風船を高く空にあげたのです。私が気が付いたらもうアドバルーンは、デパートの近くや、ビル街に浮かんでいたのです。建物が今のように高く成ったら、アドバルーンも、高くしなければいけませんね、広告が見えないかも知れませんね。今なら、LEDで綺麗に見えるかも知れないですね。アドバルーンが復活してくれたら子供達は大喜びするのでは無いでしょうか。大人も嬉しいアドバルーンです。紙風船も、ゴムの風船に成りましたが、ぷかぷか浮かぶ風船もお祭りでは、子供達が空に浮かべて持っているのは可愛いです。飛んで行ってしまっては大変と、手に結わえたのです、細長い風船も流行しました、ネジっていろんな形にしてくれるのです、色も色々有ったのです、富山の置き薬の叔父さんが、くれる紙風船は楽しみだったのです。ゴムの風船に変わってしまいましたが、ゴムの風船は初めが固くて膨らませられないのです。頬が痛くなるくらいに力がいるのです、お父さんや、お母さんに空気を入れてもらって、それから自分で膨らませたものでした。何処まで膨らむのか、パンと割れた時は怖かったのです。大きく大きく膨らませたのです。時間が経つと萎んでしまうのです。赤い風船と言うフォークグループが有りました。空に憧れるのは、誰もでしょうか。人は空を憧れるから、昔は鳥だったのかも知れないと言う歌の詩もあるのですが本当にそうならいいですね。渡り鳥が渡って来る季節です。人間よりも、ずっと昔から地球に存在していた鳥類です。空を飛ぶことを憧れて、飛行機も出来たのでしょうか。自由に飛んで行けたらいいですね。鳥もきっと大変な事も有るのでしょう。力の限りに渡って来る渡り鳥です。沼も池も、風景を変えるのでしょう、冬の風景です。鳥達の声もそっと聞いてみたいです。 2017年10月27日       (青空とアドバルーンの写真です)     

   

   あっち向き それぞれ秋の 夜長かな

   

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題「鷲渡る」


鷲渡る

琵琶湖の湖北には大鷲が渡って来るのだそうです。ブラックバスを餌にしているようです。白鳥の渡る地域も、鶴の渡って来る地域もこれから楽しみです。今年は秋が寒くて雨も多くて速い冬の訪れに成るのでしょう。冬支度が大急ぎです。カレンダーも残り少なくなったのです。紅葉もどのくらいなのでしょう。地震に見舞われた東海地方や九州地方の、仮設住宅に入居されている人もまだいるようです。寒さは体には勿論ですが、気持ちをなえさせます。元気に頑張って欲しいと自分がおぼつかない体でも、大変だろうなとおもってしまいます。冬晴れは落ち葉の陽だまりには七色のカサカサ葉っぱが吹き寄せられるのです、かき集めた頃を思い出すのです。一休みして、武蔵の御陵を眺めたのです。風を感じる事も閉じ籠り気味のこの頃には、久しぶりに出かけると息が吹きかえった思いです。菊の腐葉土にする為の枯れ葉を集めたのです。ギンナンを集める人も居たのです。銀杏並木は日射しを浴びて銀色です。枯れ木の川にも行ったのです、秋雨の中で暖房を入れて考えるのはそんな遠い昔の事です。読んでもらった今朝の新聞には、交通事故が何件も起きていたのです。お話しタイムです。選挙の話題も出るのです。聞き上手にもっと成りたいとも思いながらの、情報を得る時間でも有るのです、交流の時間でも有るのです。話題が、考え方の違いで議論に成る事も楽しい朝の時間です。Uチューブで、冬鳥の鳴き声を聞いたのです。耳にしたことの有る声や初めての声も憩いの時間を作ってくれるのです。バードウオッチングを楽しんでおられる人も多いみたいですが、冬鳥を写真に収める人も多いようです。渡り鳥に餌をあげたりお世話をするグループも有るみたいですが、いい季節ですね。燕が帰れなかったお話が有りますが、燕はみんな帰って行ったのでしょうか。小鳥の声に迎えられて何年か前に都民の森に行ったのはこの頃だったのです。大きなモミの木が印象的でした、山を歩く人に励まされての大滝までの道のりだったのです。あの時も帰りは雨に打たれたのでした。台風が来ていて今日も雨降りです。 2017年10月22日        (鳴子と秋の空の写真です)          

   

   羊雲 目がけて飛ばす 竹とんぼ

   

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題「それぞれの秋」


それぞれの秋

近所の散歩以外には、時々の外出です。スーパーマーケットにも二人で行くのです。大型店に成ったマーケットです。何処の県もそうでしょうか。小売店が無くなって大型のマーケットに成っていっているようです。広い売り場に1人ポツンと置かれたらここはどこかなと目が回ってパニックにも成ってしまいそうです。というスーパーマーケットに行ったのです。北海道の物産展は賑わっていたのです、カボチャは形も良く可愛くて、絵描きの父はきっと描いただろうなと思ったのです。勿論食べても美味しいカボチャです。我が家にはいつもというくらいに北海道のカボチャがキッチンに有るのです。柔らかい人参も甘くて美味しいのです。魚も色々並んでいるようで、買って来たのは鯖です。お昼は鰯も食べたのです。果物も、柿に、林檎も早生富士林檎に、青い林檎もです、早生のみかんを買って来たのです。まだ固くて小さなみかんです。この時期はほの赤いリンゴが出る頃です。青みかんも出る頃でした。カートを引いた人達に広い店内は呼び声も大きくて、試食もしたのです。膝に置いた籠の中の荷物も重たくなっていく嬉しさです。しっかりと持っている籠に夫は、ドンドン入れて行くのです。子供達の声もします。柿色が、林檎の色が浮かんできそうです。マーケットも秋が溢れているのです。欲しかった物は見つかりませんでしたが、休憩もしてティータイムもしてきたのです。マックは相変わらず子供達には人気のようでした。長い行列も気長に行儀よく並んでいるのです。小さな子供には待ち遠しい行列のようです。世界中に広がったマクドナルドです。私はほとんど利用はしませんが手軽で美味しいのでしょうか。最近の夜は鈴虫が一段と大きな声をさせている気がします。公園では鈴虫と秋の力強い川の流れの音がしたのです。風も髪を撫でて行くのです。家族連れの散歩の声も楽しく聞くのです。それぞれが楽しむ秋の日です。芝生は青を無くしているのでしょうか。芝生の上でも、写生をする人や、太極拳を楽しむ人もいるようです、ウオーキングにジョギングに、自転車も行くのです、久しぶりの綾南公園でした。雲は一かけらも無いようです、真っ青な空だよと教えられるのです。 2017年10月13日      (ゴイサギの写真です)                    

   

   間引き菜や 七色味の 碗小鉢

   

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題「青い空とガーデニング」


青い空とガーデニング

晴天です。部屋に居ても暑さが戻って来ました。本来は体育祭の日、こういうお天気だった気がします。そういえばオリンピックの体育の日は、一番お天気のいい確率で、10月10日を選んだのだそうでした。運動会も木陰を選び、お弁当を広げたものでした。服装は思えば、半袖に好きな、キュロットスカートだったのです、白にまとめた帽子もです。音が聞こえて来る気がします。昔々です。運動会が楽しかった頃です。今は春に成ったのですね。秋がいいのにと言う人が多いようです。私の街の祭りにも、なかなか行けないでもうあと少しに成りました。でも後1回は行ってみたいと思っています。今日も暑くて外出は控えているのです。祭りは、とても賑やかです、秋篠宮ご夫婦も来られて、ガーデニングは国からも、都知事からも、市からも、色々な処からの賞を得た立派な作品が並んでいたのです。この日は私も涼しくて、行ってみたのです。説明もしてもらいました。ベゴニアも色も様々で、広い会場に所狭しと植えられているのです。ガーデニングが日本に来たのはもう何十年か前になるのでしょうか。みなさん庭に少しでもと植えられているようです。どこにも季節の苗が売られているのです。今は何の苗でしょうか。タネから育てるのは難しいです。我が家の朝顔は3年前のタネです。色が少し変わったようです。どうしてかなと、夫が言っているのです、タネも長く成ると変化するのでしょう。祭りは、イベントも沢山有るのです、吉本の漫才も来たようです、長野県も、山口県も、花博が有るみたいで、キャラクターも賑わいで来ていたそうです、長野県の、大きな竜胆の花の、生け花もしていたそうです、この日は夫に見てきてもらったのです。百年と言っても、短い時間です。百歳の元気なお年寄りが沢山いるのです。でも先の戦争を挟んでの百年です。私は地元の生まれでは有りませんが、焼け野原に成った市だったそうです。80パーセントが焼け野原です、今は絹の街も忘れられたのでしょう、小学生がお蚕さんを家で育てているのです。桑の木も無く成りました。今は祭りを盛り上げてもくれる、大学生の学生の街に成りました。 2017年10月10日       (青い空にガーデニングノ写真です)       

   

   手の平を おクルミにして 早生みかん

   

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題「秋桜」


秋桜

朝市では秋の味覚が並びます。果物では何と言っても柿でしょう。食べ過ぎては体を冷やしてしまう柿ですが、いい事一杯有るのです。ビタミンも一見無さそうですが多く含まれているのです。アロエではないですが、医者いらずとも呼ばれる果物です。何しろ美味しいです。カリンと歯ごたえの有る物から、少し柔らかい物まで有るのです、これからは干し柿作りにも楽しんで一家だんらんを囲むお宅もあるでしょう。夜の虫の声も小さくなったようです。戸締りが早いせいも有るでしょう。秋を知らせる香りの我が家の金木犀の甘い香りはもう気が付けば無くなっているのです。コスモスが咲く頃です。コスモス畑でも、ちらほら咲きでも、一本でも見つけると何か嬉しくて触れてみるコスモスです。それは沢山の種類が有るのです。こんなにドンドン種類を増やして行っては、何の花なのか分からなくなるコスモスも有るのです。フワフワフリルのような花も、カーネーションのような花も、真ん丸い花も、薔薇の花のような花も、数え切れないコスモスです。国営昭和記念公園には、触れても、これコスモスの花なのと聞いてしまうコスモスが並んでいるのです。掛け合わすのでしょうか、1輪、1輪の花は可愛いのです。日々研究をされて新品種を作っているのでしょう。名前もそれぞれについているのです。お洒落な外国の名前から落ち着いた和風の名前までついています。研究で新しく生み出した人のなまえなのでしょうか、そうでもなさそうです、研究した人が好きな名前を付けているようです。あの;コスモスの歌は切なく聞く人も多いのでしょう。私も好きな歌です。淡いピンクのコスモスの花を思い浮かべます。所が黄色いコスモスの花も有ります。もう何十年前に作られたのでしょう。初めは無かった黄色いコスモスだったのです。広い国営昭和記念公園で、植えられた黄色のコスモスを見に行ったのです。小さなお花畑とも呼べないくらいの場所に有ったのです。探せない人が多かったのですが私は具合よく入場した場所が善くて直ぐに見つけたのです。あれから黄色いコスモスは何処にも見られるように成りました。タネを落として何時ものお宅にはコスモスが咲きました。桃色なのでしょうか、白に水色なのでしょうか。想像しても可愛いコスモスの花です。庭に植えてくれた1本の木にそれは珍しい色も花も咲かせてくれたコスモスの花だったのです。病室に持って来てくれたコスモスです。嬉しい時も寂しい時も揺れているコスモスの花です。 2017年10月3日      (コスモスの写真です)         

   

   三線の 音する家の 女郎花

   

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題「鰯雲」


鰯雲

暑かった夏が過ぎて秋が来たのです。もうすっかり涼しい朝夕です。寒さを感じるのです。登山にはいい季節です、すすきが銀色に、清水が流れ、空は高く青く澄んで雲も白く浮かぶのでした。陣馬山から、高尾算に登山した頃です、なめこ汁も美味しかったのです。陣馬の上の白馬は天を向いていなないているのです。箱根もロープウエイの下には、温泉です。温泉卵も食べたのです。霧の中で怖かった箱根の山でも有ったのです。そんな深い秋がやって来るのです。今は空には鰯雲が浮かんでいるのでしょうか、鯖雲も有りますね、うろこ雲はお天気が悪くなる知らせのようです。洋服に困るこの頃です、着たり脱いだりです。ハイウエーを走って来たのです、このまま遠くに行きたいねと言っていたのは、昔に成りました、お休みが有ると、渋滞の交通情報が流れるのです、みんなは時間を惜しんでどこにいくのでしょうか。北の高い山では始まっている、紅葉でしょうか、お花畑でしょうか、私の街のお祭りでは花畑がうめつくしていたのです、秋晴れの日です、白い雲を浮かばせた秋の青い空のようです。ここに写真をのせています。果物やカニの食べ放題でしょうか。収穫の秋です、実りの秋です。秋の静かな夜です。それぞれの秋です。子供達は、スポーツにサッカーでしょうか、野球でしょうか、本当に趣味も多いのです。この当たりでは、陣馬太鼓を小さな頃から始めています。ITにも強い子供達です。いろんなことに挑戦しているのでしょう。近くの公園の祭り会場に行きました、人気は子供たちの3角の凧揚げだったようです、走るのが大好きな子供です。風も適当でした。ボーイスカウトも紙風船を作って飛ばすお手伝いをしていたようです。幾つかの舞台では、ウクレレを弾いてハワイアンを演じる人や、フラダンスをする人や、太極拳や、大学生のサークルの様々や、丸太をのこぎりで切る競争はなかなか力強い男子もいたようです、他にも公園を埋めていたのです、クルミの実はまだ熟してはいなかったようです、ドングリを1つだけ拾って握ってきたのです。みなさんはどんな秋を満喫しているのでしょうか。秋も静かにクラシック音楽を楽しむのも秋ならではです。 2017年10月1日       (花畑と白い雲を浮かばせる青い空の写真です)              

   

   もしかして 行って戻って 藤袴

   

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題「櫨もみじ」


櫨もみじ

朝寒のこの頃です。夕方も戸締りも早くなりました。小鳥も渡って来る頃でしょう。朝の散歩は出会う人も少なく成って、私も出にくいこの頃です。この間は市の祭り会場の1つに行って来たのです。暑くもなく、爽やかなお天気の秋の日だったのです。広い会場には人では、平日のせいか少なくゆっくりと回れて花も説明してくれたのです。聞こえる嬉しそうな声も穏やかな女性の話し声が多かったのです。それぞれに工夫されて、普段の腕を発揮された、ガーデニングも広い会場を飾っていたようです。又違った種類の百合の花も植え付けて行かれていたようです。青い空に色とりどりの花々は美しいのでしょう。風に吹かれて、コツコツ、カンカン、鳴る竹細工も工夫されて市民の人がつくられたのでしょう。耳に優しい音が楽しませてくれました。又新しい花々が飾る頃に行ってみるのです。誰もが好きな、カレーライスは様々な国の味が楽しめるのです。レストランも有るようです、美味しい食べ物は付き物なのでしょう。綾南公園にも行きたい私です。薔薇のお寺でも甘い香りをさせて薔薇が咲き誇っているのでしょう。久しぶりに朝を知らせるお寺の鐘を聞いたのです。ゴーンとびっくりするやらうれしいやらでした。鐘を煩いからと言われて聞かなくなったお寺の鐘です。「夕焼け小焼けの里」なのにお寺の鐘が鳴る・・・・を大事にしたい物です。少なくなったお寺の鐘の音です。早朝散歩の;三文の徳ですね;暖かい食べ物も急に食べたく成ったのです。朝市では、山芋が大人気だったようです、さつま芋も、美味しく料理にも使える季節です、根の物が出回るのです。大きな柔らかい人参も、北海道産です。長い寒さが始まる北海道ですが、観光にも、農業にも、と日本を彩ってくれています。私の思い出の中での、美しく、長崎県や、福岡県、大分県の温泉、美味しかった皿うどんも、広くて牧歌的な阿蘇の草原、南国の宮崎県、櫻島も含めて、九州は元気を取り戻していくのでしょう。今日は近くの公園の祭りに行ってくる予定です。クルミも緑の実を付けているのでしょう。 2017年9月25日       (すすきとすすきに絡まって咲く小花の写真です)                 

   

   大すり鉢 3人係の とろろ汁

   

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題「秋の七草」


秋の七草

台風一過で急激に気温が上がった、私の街のお祭りの1日です。日陰を求める人や、アイスクリームを買うのに行列を幾つも作って並ぶ人々、青い空は正に秋本番のようです、秋の雲も浮かんでいるようです。冷え込んだ日に驚き、慌てて毛布を出したと思ったら、折れ線グラフのような気温です。曼殊沙華が咲いて群集が有る場所では、観光の人を集めるのでしょう。すすきも広大な敷地に咲く場所も有るのです。秋の七草は、知らない人が多いのでしょうか、何人かに聞いてみても知らない人が多かったのです。春の七草とは違って見て楽しむ花です。だからでしょうか、春の七草は栽培されて小さな籠に入れられて売られています。我が家の朝顔はまだ美しく元気に飾ってくれているのです。朝顔が秋の七草の1つだった事がよく分かります。万葉集に読まれた秋の七草です。撫子は、種類も多く親しまれています。河原撫子は甘い香りで、庭に植えた事も有りました。萩も愛されている花です。朝顔に変わったのが桔梗です、桔梗は、好きな花の1つです、ポンと音を立てて開く時も可愛いです。形も、きっぱりとしていて、赤ちゃんが手を力一杯開いたようです。色は改良されたのでしょうか、幾つもあるようです。葛に、女郎花に、藤袴です。薬草にも成る花も有るようです。あちらこちらのお寺では、それぞれの秋の七草の花を植えているようです。近くでは埼玉県で黄色い花を咲かせる、女郎花のお寺が有名だそうです。このように、秋の七草のお寺があるようです。私の街にも有るのでしょうか、調べて行ってみたいです。草原で散策をしながら秋の七草の幾つかでも見つけられると素晴らしいです。もうそんな事は無く成ったのでしょう。尾花と、撫子くらいでしょうか、何十年も昔に、黄色い花の女郎花を原っぱで探した事も有った気もします。秋の七草には限らず秋には可愛い花も見られます。草原が無くなったのが残念です。お寺で秋の七草が見られてもいるのですが、秋の七草は素朴で万葉の昔を思う事が出来るのでしょう。我が家の朝顔で楽しむのもいいかも知れません。曼殊沙華は、河原でも見られます。いつもの場所に咲いてくれるのです。秋のお彼岸を呼ぶようにです。 2017年9月20日       (我が家の朝顔の写真です)                

   

   朝顔や 目指してポカリ 白い雲

   

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題「百年祭」


百年祭

私の街が市政百年を迎えたのです。長い歴史の中で、市政百年です。もう始まっています。町中がお祭りです。自衛隊もアクロバット飛行です。街の空を舞うのです。花が街を飾るのです。イベントも盛りだくさんです。きょうは台風18号の影響で、今夜も明日も敬老の日も、大イベントが少し気に成るのです。でも長い間、イベントが有るのです。あちらでも、こちらでも様々なイベントです、子供も、大人も楽しめるのです、村だった頃からの、江戸時代からの私の街の歴史です。どこの県にも、街にも歴史が有るのです。私の街の歴史をもっと調べてみたくなったのです。戦争で焼け野原になって、決してきらびやかで若者が、遊び回れる街では無いけれど、住みよい街です、学園都市でも有るのです。勉強をするには環境は抜群です。緑も溢れています、大きなマーケットも幾つも有るのです、お年寄りも元気で長生きされているのです、福祉も行き届いています。他の街から移って来る人も多いのです。施設も、病院も多いからです、健康にと、体育館も多いのです、プールも幾つも有るのです、循環バスも通っています、種類は幾つあるのでしょうか、文化もスポーツも、数えてみたことは有りませんが、みんなが楽しめるサークルも、クラブも、有るのです。ひとりでも楽しめるのです、私は温水プールに通っていた時が有ったのです、色んな趣味をされているのです、都営も、市営も有ります。都内では1つの音声パソコンを、教えても下さるのです。遠い市からも私の街の施設にも来るのです。この1カ月にイベントも集中しているようですが、来年の春まであるようです、甘い桃の花が咲く頃です。陣馬太鼓も響き渡るのでしょう、私の家の近所の公園も会場に成っています。いたるところでです。よさこい踊りも、阿波踊りも、おわら風の盆もです。北条氏輝祭りもです。ボーイスカウトも、ガールスカウトもお手伝いです。マーチングバンドも、様々なサークルも参加でしょう、将棋の羽生さんも子供の頃を思い出してくれているのでしょうか、ふるさとですね、花火大会も今までになく素晴らしかったようです、お祭りには、北島三郎さんも来たのです。みんなの街です。空き家も多く成りましたが、安全な施設に入られる人も増えています。元気なころから入って自由に生活を楽しまれる人も増えているのです。百歳を迎えられた人も多いのです、お元気です。百年を振り返られてどんな気持ちなのでしょうか、短い百年なのでしょうね。来年から又1歩歩き始めです。今年は百年を大いに楽しむのです。 2017年9月17日      (虹の写真です)         

   

   秋茄子や 父の遺影が 笑ってる

   

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題「鶺鴒啼く」


鶺鴒啼く

秋場所です、休場の力士が多くて寂しい場所です。怪我が多くて大変なスポーツです。それでもガンバレと応援してラジオを聞くのです。秋の七草も咲いているのでしょう。曼殊沙華もさいたようです。我が家はまだ朝顔がカーテンのように飾っています。朝夕は寒いくらいで、洋服には気を使って風邪を引かないように注意しているのです。夏の疲れも出てくる頃です。もうどんな鳥が渡ってきているのでしょうか。鶺鴒が啼く季節のようです。カメラマンには、嬉しい冬鳥の見られる頃に成りました。可愛い、ふくら雀も見られる頃がくるのです。今は、稲雀が稲穂に群れ遊ぶころでしょう。北の方では山は紅葉が始まっているようです。季節の巡りが光の速さのようです。遠い星からの光は何億光年も昔から届いた光です。不思議の世界です。若い頃には考えなかった事も頭を過る年齢に成ったのです。知恵袋に幾らかは貯まったのでしょうか。赤ん坊が吸い上げて行くようにもう成れなくなっていくのです。頭の引き出しから出しては整えて行く年齢です。家の中も、引き出しには溢れるくらいに思い出も、不要な物も貯まったのです。引き出しを探しては整えて行くのです。あそこの引き出し、あそこの引き出しとかです。風景も、花も、声も、嬉しい事も、悲しい事も、みんな引き出しに詰まっているのです。これからも小さな引き出しに丁寧に入れて行くのです。洗って、トントン叩いて、干して、アイロンもかけてです。押し花をしていた頃を思い出します。葉書にも貼ったのです。大きな物はガクにも入れて楽しんだのです。見習いたいとおもうご夫婦がいます。お話をするだけでもホットするのです。穏やかで夢をもって前向きです。カナリヤが籠に飼われているのです、籠が増えても行くのです、上手に雛も孵ったようです。花も毎年咲かせています、花はタネを蒔かなければ咲かないのです、私は花が咲く頃にタネを蒔かなかったわと、今年も秋を迎えたのです、植えたいと思っている、葉鶏頭です。春の花のタネを蒔く頃に成ってしまったのです。春の花を育てるのは難しいのです、苗を買って来るのは何だか好きでは無くて、今から間に合うのはどんな花でしょう。これも思い出の引き出しから出して、見るのもいいかも知れません。スイートピーの花は可愛いです。 2017年9月15日      (凌霄花の写真です)                          

   

   虫の声 隣の番犬 寝入り端

   

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題「草の露白し」


草の露白し

布団を頭まで科ぶってしまう朝の寒さが来ました、急いで暖かい洋服を準備しなければいけません、冷たい足です、暖かい靴下も必要です、虫達は涼しいと大声でなくのです、突然に朝の散歩の時にひやりとしたのです、蝉の声も小さそうです、しおからとんぼが飛んでいるのでしょうか、原っぱは草には露を乗せているのです、菜園では、落花生を植えているお宅も有るようです、収穫が楽しみでしょうね。千葉県の落花生はとても美味しいのです。花屋さんも秋の装いに変わったのでしょう、秋薔薇は一番です、芙蓉の花も大好きです。秋の花のタネを蒔くのも忘れていて秋に成ったのです、コスモスはタネが落ちて咲くからいいですね。今年はどうやら寒さが早く来たようです。秋の遠足も楽しみにしている子供達です、大学生もバーベキューや、ハイキング、サークル活動に楽しめる秋です。私はデージー図書を聞いて楽しんで寝不足に成りそうです。ずっと以前に買っていた本なのですが「ハックルベリーフィンの冒険」を聞いたのです、夏休みの子供の心に戻って楽しみました。時代歴史物やジャンルは問わずに色々です。もう日点では数え切れない本をきいたのです。日本中のボランティアの人が本を読んで録音してくれるのです、俳優さんみたいに上手な人達ばかりです。本が読めなくなったのに楽しめる日々なのです。駅でも道でも視覚障碍者の事故が絶えません。電車のドアの場所が電車に寄っても違うのです、見直しをしてくれるそうです。アイメートを連れてでも、白杖を突いてでも自由に外に出られる視覚障碍者に限らず、子供にも、老人にも優しい街が皆に優しい街なのです。いつかはそうなってくれる事でしょう。薔薇園もみんなで楽しみたいです。 2017年9月5日     (白粉花の写真です)        

   

   わざわざと 我が手濡らして 草の露

   

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題「クラスメート」


クラスメート

2学期が始まりました、寒い地方や暖かい地方では2学期が始まるのが地域によって違っていました、最近はどこも学校に任されているのです。近所の小学校でも始業式も有ったのでしょう、小学生が登校する楽しそうに話し声が聞こえてきたのです。学校からの帰り道が楽しかったのですが、登校下校の道も危険に成ったのです、速く帰りましょうと言われるのでしょう、友達とユックリユックリおお話ししながら、寄り道しながら帰るのはダメなのでしょうか。部活の問題も聞きます、先生達の業務の問題も聞きます、、英語の授業の問題や様々抱えているのです、今は大急ぎで帰るのでしょう、学習塾に、水泳に、英語塾に、ピアノに、バイオリンに、スポーツ教室は様々です、家ではパソコンをするのでしょうか。夏休みは運動部も文化部も部活動の発表会が多かったのです。日頃の練習の成果です。手話で思いを語る部活もありました。他にも珍しい部活も有りました。毎日土曜日も日曜日も頑張って練習をしたのです。みんなと力を合わせた成果だったのです。コーラスや、吹奏楽は特に仲間が力を合わすのです。中学生はぐんぐん伸び盛りです。友情を深める年でも有ります、一生の友と成る人も出会う事もあるのです。気に入った本の著者にも大発見出来る時期でも有ります。何と言っても選抜高校野球は私の夏を楽しませてくれたのです。朝顔の絵日記も書いて、今もやはり小学一年生はこの近くでは朝顔を書いているようです、早起きしなければ朝顔を絵日記には書けませんね。クラスメートの夏休みの思い出をお互いに交換しあえば、思い出がクラスメートの分だけ増えて楽しそうです。 2017年9月1日       (ユルキャラ大集合の写真です)             

   

   キャンパスの 梨朽ちかけて 味を増す

   

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題「空は水色」


空は水色

秋風が吹きました。今朝は雲間に明るい日差しが刺しているようです。朝の散歩道にはコオロギも、鈴虫でしょうか、ないている道を行くのです。出会う人も少なく成っているのです。何時も早いですねと挨拶をして下さる人にも会うのです。もう柿の実が風景を柿色にしているようです。柿の実が沢山実っていると教えられて秋を感じるのです。家に閉じこもっていたらもっと何にも知らずにいたのでしょう。ブドウは山梨県からの直送で新鮮なパリと歯に触れるとはじける巨砲も、マスカットも色々食べて、梨も桃も食べていたのでした。風景は柿色に染まっていたのです。今年は柿の成り年のようです、美味しい柿が食べられそうです。私の好きな白粉花も咲いているのです。白粉花は何でも手で触れて行く私には気が付いていたのです。ラッパのような色も可憐な花です。朝早くからカラスが啼いているのです。雀は群れを作っていないと言われます。そういえば冬は何十匹も群れていたようでした。黄トンボも飛んでいるようです。トンボも何種類もいるのでしょう。百合も咲く季節です、私の庭の笹百合は庭に3か所咲き始めたのです。秋の七草の頃にも成りました。秋のキリン草は綺麗です、昔咲かせたのです。桔梗に、竜胆、萩、撫子は色んな種類が有るのです。河原撫子は背丈も有って香りがとても甘くて庭を秋の色に染めたのです。秋の薔薇も咲くのです、すすきに、彼岸花に、何と言ってもコスモスが飾る季節です。花市場では季節は無いみたいですが、房総の地方では花も先取りでどんな花が咲くのでしょう、コスモスロードが素敵に飾るのです。糸瓜を植えて瓢箪も植えて、ぶらり楽しんだ頃です。糸瓜水はお肌に良いのです。食べても美味しいそうです。金木犀がそろそろ香り始めるのです。そこら当たりに甘い香りが充満するのです。季節が入れ替わって生き物達は敏感です。秋は1番が透き通る空です。雲を高く浮かべて秋の色です。洋服もカラフルに夏に痛めた肌もお手入れです。お洒落の秋です。髪も長くする若い女性達でしょうか。パンツルックもパキパキとキャリアウーマンには似合います。男性もさっぱりと汗を流してお洒落です。ボブカットにした私ですが今度はどんな秋模様のカットにしましょうか。水色の空に白い雲が優しい秋初めです。 2017年8月27日     (笹百合の蕾の写真です)       

   

   和箪笥の きしむ音して 秋袷

   

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題「誰もいない海」


誰もいない海

10月桜が咲いたそうです、我が家の山吹の花も咲いたのです。フルーツトマトも昨年に比べては収穫が早く終わってしまったのです。アイコトマトはまだ食べてはいるのですが小さく固く成ったのです。何日に成るのでしょうかじめじめのお天気がつずくのです。あの暑さは何処に行ったのかと思う低い気温に成っているのです。野菜の値段も高騰しているのです。もう何十年前の事だったのでしょう。夏は八月の初めに海に行くのが恒例に成っていた伊豆の旅に出かけたのです、初めての、下田の海水浴です。岬周りの車の中は楽しい旅です。渋滞していてもカセットテープに好きな歌を選んでダビングしていた、アニメの曲も流します、ビーチボーイズも流すのです。シュノーケルも、水中眼鏡も、準備はOkです。新しいワンピースの水着も選んだのです。遠い道も変化にとんだ風景に息子もはしゃぐのです。処が、下田の空は黒い雲が覆って来たぞと夫です。旅館に着いた時には冷たい雨が降って来たのです。台風が来ていたのでした。秋の誰もいない海はロマンティクですが、出てみた浜辺は夏の焼けつく浜辺では無かったのです。海の家も寂しそうです。海辺に出る事は出来なかったのです。足の踏み場も無いくらいにビーチは人人で無ければだめですね。カラフルな水着の女性が寝転んでいたり、子供がビーチボールで騒いだり、かき氷を食べたり、エレキギターの音や歌声が流れて手拍子を打ったり、恋人達が日焼け止めを塗りあったり、サーフィンボードを抱える人が居たり、海にはヨットも、泳ぐ人達です、カモメが飛んだり、入道雲が青い空にかぶさったり、アルバイトのお兄さんが浜辺に穴を掘ってカラフルなツウトンカラーの日よけの傘を立てたり、迷子のお知らせの大きな放送が流れたり、海では浮き輪で泳ぐ子供や、貝殻を拾って遊んだり、勿論シュノーケルデ潜って遊んだり、みんなダメに成った、下田の旅だったのです。でも帰りの道で台風一過の快晴に成ったのでした。車を止めて階段を降りて海に入れるのでした、シュノーケルも水中眼鏡も付けて潜る息子は魚に成るのです。昆布が森のようにぎっしりと大きく生えてユラユラ揺れている中を息子は大喜びだったのです。私も海に入ったのですが、昆布の森はで金魚のように成って泳ぐことは出来なかったのです。深くてスイスイ魚には成れなかったのでしたが、台風一過の青空の海で息子は束の間を楽しんだのでした。白い波が寄せては返す浜辺に秋風が吹いたら久しぶりに、誰もいない海にでも行ってみたい今年の秋です。 2017年8月21日

   

   暁に 散り行く尨毛 咲く尨毛

   

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題「typhoon」


typhoon

台風のシーズンがきました、世界各国で色々な呼び方をしている台風です。台風と言えば一番の記憶は、大阪を直撃して襲った伊勢湾台風でしょうか、それとも、室戸台風だったのでしょうか第二室戸台風だったのでしょうか。多分伊勢湾台風だと思うのですが、未だに記憶に残る台風なのです。両親と私達小さな子供も家族はテーブルを囲んで台風の去るのを静かに待っていたのです、何かウキウキしたのも覚えているのです。お結びも沢山テーブルに有るのでした、何時もとは違う何もかもだったのです、停電にも成って蝋燭も付けて、ラジオも聞くのです、嵐が吹き荒れまくるのです、台風の目に入ると静かなのです。朝に成ると家の前の何段かの階段の上まで水が上がって来ていて電信柱も倒れていて、電線もぶらりとぶら下がっているのです。何処から来たのか、アメンボウがふんわりと浮かんでいたのです。海のように成っていた初めて見る世界に驚き今でもその風景を覚えているのです。それからは台風のそれほどの体験はしませんでしたが、台風が来ると聞けば又あんなに成るのかと思うのです。重い菊鉢やそれは大きくて色も鮮やかなアメリカン鳳仙花の植木鉢も力を込めて風の当たらない場所に移すのです。まだ太陽は照っていて、台風が来るとは想像も付かないくらいのお天気でも、雨戸もベランダの小物も、点検をするのでした。アメリカの占領下にあった日本は台風の名前をジェーン台風とつけられたのです。ヘクトパスカルとも呼ばれてはいなかったのです。台風の歴史が私の歴史と重なるのです。ジェーン台風は私が産まれる前の台風です。四国から関西に大きな被害をもたらせたようです。宇宙にもロケットも打ち上げられて、地球を上から探索も出来るようにも成ったたのです。ヒマワリです。昭和49年には台風16号が多摩川を氾濫させて、新しい住宅が集まる中流家庭の住宅は流されてしまったのです。山田太一の映画にも成った;岸辺のアルバムです。テレビのドラマは少し、恋愛ドラマだったようですが、最後は家族の大事なアルバムをたった1つだけ持って逃げるのです。家族が一番大事だという最後の締めくくりだったのです。家が流されても、家族は生き残ったお話だったのですが、本当は沢山の人が多摩川の氾濫した流れに飲み込まれたのでは無いでしょうか。みんな無くなってしまう災害です。未だに福岡県は家に土砂が埋もれていて、ボランティアーの人にも助けられて後始末をしているのです。家を無くした人も家族を亡くした人も、なんのそのと頑張るのです。毎年起こる台風の災害です。命だけは早めに避難もして守りましょう。人は強いのです。生きていれば何とか成るのです。 2017年8月18日     (尨毛の花の写真です)                     

   

   無花果や 触れたかろうに 食いたかろうに

   

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題「輝く光の中で」


輝く光の中で

「涼風・至る」暦の上では秋が来ました。台風5号が日本列島をほぼ2分割するかのように和歌山県から新潟県へと被害も残して去って行きました。私の街も大雨や、突風も吹いて早くからの準備で無事だった台風だったのです。台風が去った後は又猛暑の37度にも気温が上がって海では楽しく遊び泳ぐのでしょう、これからは大きな土用波に要注意です。散歩の道では蝉と混ざってコオロギの声が聞こえて来たのです。日照りの中で咲く、百日草や鳳仙花に触れて「そうかタネを蒔くのを忘れていたわ」と気が付いても遅いのでした。松葉ボタンも大好きな花だったのに盲人に成るとダメですね。余程気を配っていなければ風景の変化が分かりにくいのでうっかりしてしまうのです。でも夫が散歩の時には細かく説明をしてくれるのです。耳を澄ませて音を聞いたり、肌に撫でる風やこの間は、何か右胸にぶち当たってびっくりしたら「アゲハ蝶だよ」と教えられたのです。驚いて手を振り回してしまって「もっと優しく触れてあげたら良かった」と思ったのです。アゲハ蝶もフンワリと飛んでいたのに驚いた事でしょう。黒いアゲハ蝶が飛ぶ頃に成っていたのです。逞しく咲く色取り取りの松葉ボタンは、ギラギラ炎天下が嬉しい夏を思い出させてくれる可憐な花なのです。暑い日の帰りの家の長い道に、父が植えた松葉ボタンはズラリと並び「お帰り」と迎えてくれたのです。そんな松葉ボタンを懐かしく創造していると自然に笑顔に成るのです。甲子園では高校球児が汗を流して晴れ舞台で力の限りに戦っています。甲子園の騒がしさが去ってしまうとやはり秋の気配がするのです。そしてグラウンドには、閉会式が終わると赤とんぼも飛んで来るのです。祭りの後の寂しさです。今は決勝戦に向けて日頃の練習の成果を発揮する球児達です。どのチームも応援してしまうのです。逆転が楽しませてくれるのです。純粋に最後まで戦い抜く姿はラジオで聞いていても明るい若さを私にもくれるのです。もう直ぐ八坂神社の祭りですが、少なくなった子供です。子供神輿は出るのでしょうか。台風のシーズンの「二百十日」が来るのです。その頃には稲も刈り取りの時期です。無事に豊作に成るとお祝いの御馳走です。お酒は勿論お赤飯にお寿司は色々並び、畑の実りも揃えて、お餅も突いて親戚中で秋祭りの笑い声も響くのでしょう。球児もご飯は大好きなのでしょう、どの位い食べるのでしょうか。頼もしい大盛りの「おかわり」は何倍なのでしょうか。 2017年8月11日    (百日紅の写真です)        

   

   海鬼灯 母のホッペタ 真似て吹く

   

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題「江州音頭」


江州音頭

ヨイト・ヨヤマカ・ドッコイサノセ・・・・!!江州音頭の合いの手が大声で櫓の周りに星空に響きます。楽しみに待っていた盆踊りです。お風呂に早くから入って、ご飯も食べて浴衣も着て盆踊りの音が聞こえて来るのでした。懐かしい子供の頃です。五山の迎え火に足元を照らされて迎え火です。好物の鱧料理も座敷に並びます、西瓜も、素麺も、田舎饅頭も、ビールは欠かせません。梨も、ブドウも、桃も、お花は枯れてしまわないように花瓶の中には氷も入れるのです。海苔巻きも、大きな皿に山とお供えです、孫もひ孫も親戚も集って花火もします。お墓も草引きもして綺麗に成りました。冷たいお水も飲ませてあげるのです。大好きなお茶も飲ませてあげましょう。美味しい甘いお菓子も色取り取りです。江州音頭は滋賀県の盆踊りです。河内音頭は、櫓の上で太鼓を叩き浴衣を着た人達が歌って踊ります。櫓の下では輪に成って大人も子供も浴衣で夢中で踊るのです。炭坑節もだったでしょうか・・・。歌を歌いながら踊るのです。上手な人の後ろについて踊ると早く覚えて上手に成って、いつの間にか一番輪の真ん中にまで入って踊っていたのでした。甘いお茶だったでしょうか?大きな樽に入っているのを飲むのです。遅くまで踊っていて起きていてもいい盆踊りの日です。浴衣を撫でる夜の風が気持ちがいいのでした。一生懸命踊って浴衣の襟も汗だらけに成っていたからです。小学校三年生までの事でした。一番楽しかった夏のお盆の休みでした、父も居て母も居て、妹は踊らなかったまだ小さな頃のお話です。兄は町会の祭りで印半纏を作ってもらってみんな友達と子供神輿を担ぐのでした。田舎に墓参りに帰った時はご先祖の大きな墓石も綺麗に掃除です。歩いて行ける所でした、それは引っ越しをしてからの時です。琵琶湖にも従妹と行ったのでした、近いのです。青い広い琵琶湖です、古里の琵琶湖です、父が産まれて育った琵琶湖です、母が嫁いだ琵琶湖です、兄も私も産まれた琵琶湖です、妹と二人で行った琵琶湖です「お帰りなさい・・・!」と母と私と妹に、何処までも広い田んぼで働く人達が笑顔で迎えてくれた琵琶湖でした。帰れ無くなった琵琶湖に成りました。「琵琶湖周航の歌」を歌って聞くのです。江州音頭はまだ盆踊りで踊っているのでしょうか。パソコンのUチューブで江州音頭を聞いたのです。今日は私の街の夏祭り二日目です、明日も有るのですが車いすに成った私には遠い夏祭りに成ったのです。でも江州音頭を今聞いたのです。ヨイト・ヨヤマカ・ドッコイショノセ・・・・・。 2017年8月9日   (花小百合の写真です)        

   

   ポストまで あの木この木と 蝉時雨

   

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題「空海さん」


空海さん

瀬戸内海の夏の美味しい物には沢山有るのです、代表で幾つか述べてみましょう。やはりまな鰹の刺身が上がります、立って歩くと言われる太い足は身がしまった真蛸は全国屈指の産地でも有ります。次に明石海老ですが、車海老よりも美味しいと言われています。ほどほどに脂がのって美味しい穴子があげられます。日本の風物詩ほろ苦いさざえの壺焼きは瀬戸内海のグルメに受けています。中国山地や四国山地からたっぷり栄養が流れ込む瀬戸内海の美味しい魚介類グルメです。8月が来ました、焼け突く夏です。広島も、長崎も、終戦の日も来るのです。8月は少し少ないでしょうか、四国のお遍路巡りです。美しい世界に誇る瀬戸内海には橋もかけられて幾十年に成るのでしょうか。焼け野原に成った日本でした。新幹線が走り二度目の東京オリンピックパラリンピックを3年目に迎えようとしているのです。8月の6日も、9日も何の日か知らない若者が増えているのです、それだけ平和な日本に成ったのです。日本中に海外からの観光客が溢れます。観光地も飾られます。鳴戸の渦潮はガラス張りで足元から豪快に渦を巻く渦潮が見えるのです。四国88カ所巡りです。人間には88の煩悩が有って四国霊場を88カ所巡る事に寄って煩悩が消えて願いが叶うのです。暖かな人々との出会いや、大自然に包まれて、88カ所で手を合わせ元気で生かされている事に感謝が出来る事です。弘法大師、空海が約1200年前に開創された足跡を巡るのです。歩き遍路に交じってバスでも、タクシーでも、一日遍路も、長い時間をかけての遍路もされているのです「お遍路さん」と呼ばれて今なら冷たい麦茶のお接待をうけるのでしょうか。「休んで行って下さい」と日陰の縁側には花茣蓙が敷いて有るのでしょう嬉しいお接待です。若者も明るく遍路道を巡ってもいるのです。海外にも注目されているのです。色々な思いで霊場を巡る白装束のお遍路さんが絶えません。一人遍路も大丈夫、徳島、阿波を一番札所として寺院も四国の人々も迎えてくれる空海さんの心を受け継いだお接待の心です。嬉しいのは車椅子でのツアーも出来ているのです。バリアフリーの遍路旅です。弘法大使と言えば、中国から香川県に「讃岐うどん」を伝えたのです、初めは小麦粉を練って団子を平たくしたような物から始まって、元禄時代に成って長いうどんの形に成ったのです、それは「金刀比羅宮の大祭礼の、様子を描いた金比羅祭礼図」のなかに有るのです。もう何百年も讃岐うどんが食べられているのです。日本中に食べやすいパックにされて売られています。弘法大師の中国から持ち帰った小麦の製法、うどんの製法が今も連綿と伝わっているのです。冷たい讃岐うどんや素麺も、お遍路さんにお接待されるのかも知れません。暑気払いに熱い讃岐うどんを食べてみませんか、食べ物が無かった戦争時代を振り返ってみれば、なんと美味しい勿体ない讃岐うどんでしょうか。 2017年8月5日     (蜂が止まる ザクロの花の写真です)     

   

   薄物の 作務衣検索 する夜かな

   

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題「龍馬の道」


龍馬の道

四国の愛媛県との境い目に、高知県の梼原町と言う処が在ります「雲の上の町」としても有名な町です、見る見る内に高速道路が走って関西地方からも中国地方からも瀬戸大橋を渡るととても近く成ったのです。教科書に出ていた高知県の産業は、林業と促成栽培のビニールハウスとお米の二期作では無かったですか。今も飛行機から大きなビニールハウスが見えるようです。野菜の特産品は多いです、甘いフルーツトマトに、オクラに、茗荷に生姜、茄子も、数え切れなく有るのです。今日も我が家は高知のオクラと茗荷だったのです。よさこい踊りも日本中に広まって女性も男性も楽しんでいるのです。鳴る子も壁に掛かっている私の家です。鳴る子のキーホルダーは息子の幼稚園の鞄に飾ったのでしたが、走るとカチャカチャ可愛い音がするのです。これから稲も実って鳴子はかけられるのでしょうか。坂本龍馬が愛媛に向けて通った道です。今は観光客のバスが引っ切り無しです。太平洋に向かって立つ桂浜に潮の香りを受けて、大海原に心を馳せる龍馬像が有るのです。美しい白い石の浜辺なのです。梼原町には、特産の木を使ったホテルも道の駅も有るのですが、これは何方だったでしょうか、建築家の人に依頼して作られた木の香りのする建築物なのです。老人のホームも木の香りが一杯で建てられて木の香りが癒されるのです。高知県は、歴史に残る人材を生み出しているのです。例えば、坂本龍馬;山之内一豊;板垣退助;川田小一郎;谷乾城;仮谷忠男;牧野富太郎;やなせたかし;山本一力;ジョン万次郎;広末涼子;他にも大勢の芸能人も、タレントさんも、漫画家も、いるようです。忘れてはいけないのが、私を受け持ってくれた病棟担当の先生が高知県から来られていたのです。山本一力の著書の「ジョンマン」は面白くワクワクデージー図書で聞いたのです。日本に帰って来て最後は悲しいジョン万次郎でしたが、この本では幸せな生活をアメリカで送る処までで終わるのです。高知県と言えばお酒が付き物ですが、本土の酒造会社では夏の冷酒が売り出されているのです、若者に人気のようです。炭酸水で割ったり、カクテルにもして飲むのだそうです。日本中に広げて世界中に広めるのが目標のようですが、高知県はお酒を飲む女性も男性も多いと言われています、鰹のたたきや、沢山の皿鉢料理には合いそうですが、グイグイ飲む高知の人にはカクテルの日本酒は物足らないかも知れませんね。特産の柚子で割ったら美味しく若者達には受けそうですね、爽やかな高知県の梼原町に成っているようです。 2017年7月28日     (石楠花の写真です)         

   

   風鈴の糸 取り換えて 待ち惚け

   

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題「watermelon」


watermelon

曙にはまだ2時間くらいはあるでしょう。タイマーをセットしてくれていた時間はとっくに過ぎてくーらーも切れてしまっていたのです。喉が渇いてベッドの横に置いてくれてあるペットボトルの麦茶を飲んで、寝息を立てている夫を起こして扇風機を緩く回してもらうのです。目が覚めてしまって、いつもの事ですがパソコンのブラジコを聞くことにしたのです。口笛ソングの特集がかかっています。早朝から爽やかな気持ちに成るのでした。梅雨明けの知らせの朝に夏に合わせるようにミンミンと蝉が泣いたのでした、今日も一日暑い日曜日に成るのでしょう。京都の夏は特に暑いのです。祇園祭も七月一杯です。八月も九月も油蝉も啼いて滾るような夏が来るのです。地蔵盆の八月は23日です。調度一カ月後です。若い頃に友達と遊びに行って身動きも出来ないくらいの混雑は地蔵盆の賑わいだったのです、子供達のお祭りです。今日から八王子も花火大会が開かれて夏祭りの始まりです。東京でも有名な祭りで、大勢の人が東京中から来るのです。今日の花火は音は聞こえるのですが、きっと浴衣姿の若者や家族連れの笑顔が響き渡るのでしょう。私達家族も行った時も有ったのです。昨日の朝は散歩に誘われて車椅子を押されて行く道はカラスも啼かず鳩がホウホウ泣いて小鳥の声がしたのです。マウンテンバイクが走って行きました、何時も会う元気な女性には会ったのですが散歩の人は少ないようでした。太陽が昇り始めていたからでしょう。みなさんはとっくに散歩はすんだのでしょう。白鵬が昨日相撲史を塗り替えたのでした。八月七日からいよいよ高校野球も滾る甲子園です。ツタが絡まる憧れの球児の甲子園です。町のお祭りも昨日開かれてお母さんと子供達が家の前を浴衣姿で出かけて行ったそうです。私も子供の頃も夢中で踊ったのでした、浴衣の裾を風が気持ちよかった事を覚えているのです、走って家に帰ると父はビールを一人で飲んでいたのです。無口な父は浴衣です。近くの若松神社も妹も浴衣です、甘いお菓子も買ったのです。日曜日は叔母さんも叔父さんも来て私と兄はバスの停留場まで迎えに行くのでした。母は海苔巻きを作ってくれるのです。大きな丸い西瓜を食べるのです。暑い夏は大人に成ると何か悲しい夏です。汗と涙の夏です。口笛ソングが流れます。そろそろ日の出です。おはようさんと夫と挨拶で始まる一日です。 2017年7月23日      (おたまじゃくしの写真です)                          

   

   黒眼鏡 外す参道 朝曇り

   

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題「雲の峰」


雲の峰

スクール水着とは違って胸には白い襟のように縁取りが付いているワンポイントの紺色のワンピース型のお気に入りの水着です。妹はオレンジ色のワンピース型の水着です。私が中学生に成った初めての夏休みだったのでした。プールは学校にも有るので友達とも行くのですが、兄の友達と行ったのは、吹田市の市民プールだったのです。自転車の二人乗りでで行ったのでした。入道雲が空に大きく本当に大入道のように迫っている中を、私は兄の友達の自転車の後ろに二人乗りです。妹は兄の自転車の後ろに二人乗りです。私はもう水着は洋服の下に着ているのですから暑いのでした。でも風が気持ちよく髪も撫でて行くのです。雲の峰に飛び込んで行くようでした。妹と私は浅いほうのプールに行くのでした。それは私達はまだ上手には泳げないからです。バタバタと一息吸っては立ち上がり又それを繰り返すのです。兄達は大きな深いプールに行ったようでした。ギラギラ太陽が青いプールの水を底の方までユラユラピカピカ照らしていたようでした。兄の友達が「大きなプールにおいでよ」と誘いに来てくれたのですが、泳げない私は行かなかったのでした。帰りはプール帰りの人達の為の店が並ぶのでした、おでんに、かき氷に、きっとたこ焼きも有ったのでしょう、私はアイスキャンデーを買ったのでしょうか?帰りも自転車の二人乗りです。ぐんぐん走るのです、真っ白い入道雲の中から飛び出したようにでした。高校の友人のボーイフレンドの家の鳥取県の海に遊びにも私の友達も誘って、明石の海も見て行ったのでした。海水浴場では無かったので林の中で着替えをしたのです。誰もいない静かな綺麗な日本海だったのです、大きなトマトも沢山食べました。ご家族にはお世話にも成ったのです。南国そのものの延岡の海にも行った時には、サボテン公園もソテツ並木が素敵だったのです。さすが昔の新婚旅行のメッカと納得でした。夾竹桃の咲く私の家の前の公園では盆踊りもするのでした。中学生に成っていた時には、小学生の時の友達も集まって来たのです。昼間の暑い時も夾竹桃の下では影を作って私は友達とも遊ぶのでした、バッタも草原で追いかけたのです。夾竹桃には入道雲が似合うのです。入道雲が海にも立つのですが、俄雨が雷とやって来ると、雨上がりは爽やかな風も吹いて虹も出るのでした。水まきをしたら夏の匂いがするのです。夏の夕焼けは火照る心を静めて夏の匂いをさせてくれるのでした。 2017年7月20日     (ひまわり畑の写真です)                     

   

   石庭の 静まり返る 暑さかな

   

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題「南風」


南風

突然の大きな音がして雷です。幾日ぶりでしょう恵みの雨が降って来ました。埼玉県や栃木県や静岡県は、大雨、突風、竜巻、大雨注意報も出ていたのです。昼間は暑く成りそうです。バタバタと音がしたらどうやら雹が降って来たようです、先日も八王子はガラス窓が割れるかと思う程にピンポン玉くらいの雹が降ったのです。今回は東京全土に雹が降って、電車も止まってそして雷の後で梅雨明けが宣言されたのです。夏休みも始まったのです。私までもが夏休みと聞くと嬉しく成るのはどうしてでしょうか。猛暑で家に閉じ籠っている最近ですが、夏の暑さが大好きだったのです。ワクワクドキドキウキウキしませんか?ギラギラ太陽の下で何をして遊びましょうか。山も海も川も呼んでいるのです。キャンプもしました、海も行きました、山も登ったのです。川で息子は釣りを覚えて楽しんで猫のゴロー君にの魚のお土産も釣り上げたのです。海の砂は焼けて熱くても、エレキギターを持った湘南の海岸では音楽会です。みんな笑顔です。泣き声は迷子の子供達です。西瓜割もしています。「タマヤ!」と夜には浜辺では若者が花火です。旅館ではザーザー打ち寄せて引く波の音が聞こえてきます。妹とオリーブの小豆島に行ったのでした。家族とは川遊びもしたのです。淀川では花火大会にも行って幸せ一杯でした。走馬灯のように繰り返す思い出です。夏の思い出は友人とも有るのです。アヤメの咲く二条城にもミニスカートで行ったのです。今は新幹線で行ける金沢にも行ったのはぴちぴち若い頃です。天国に逝った友人が二人です、見ていてくれる気がしています。病院での友達も天国です、夏の星空は綺麗なのだそうです。今朝は散歩に連れて行ってもらって、出会う人は皆さん「お早うございます」と挨拶です。家に帰ると朝顔も咲いているのです、手に持たせてくれるのです。菜園も綺麗に庭も飾っているのでしょう。雨が降ったので庭の生き物も元気に成ったようです。リハビリの先生はお盆には奥さんの里にお子さん達と帰るのです「お休みを下さいね」と言われたのです。先生のお子さんは四姉妹で、小学生が二人と保育園性の双子ちゃんが二人です、お子さんの話をされる時はとても嬉しそうなのです。朝顔の絵日記も書いているそうです。一杯夏を楽しみましょう。我が家の朝は夫が朝刊を読んでくれてお話しが弾む時間です。自家用車も洗って今日の仕事は終えて我が家の「梅雨明け」でした。 2017年七月19日    (オーシャンブルーの琉球朝顔の写真です)                         

   

   片陰の キャッチボールと 地蔵さん

   

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題「バンドーラ」


バンドーラ

猛暑です。北海道も歴史に無いくらいの暑さが十勝地方を初めとして軒並みに気温が36度にも上がったのでした。昨年は大雨でした。野菜も収穫できずに今年は学生も熱中症で倒れるのでした。牛は暑さにとても弱いそうなのです。牧草も暑さで管理も大変でしょう。長引いているのは福岡県、北九州の大雨、土砂崩れでまだ行方知れずの人が何人もいるのです。他の地方でも狭い範囲での突然の集中豪雨です。そして難民問題も国の争いもテロも静まらないのです。御岳山の噴火の事故から一年です、慰霊碑が建てられるようです。ギリシャ神話の、バンドウラの箱の蓋が開けられてしまって災いが世界中に広がってしまったのです。箱に残っているのは希望です。バンドーラの箱の中の希望は我々人間が作り出さなければいけないのでしょう。何代目でしょうか最近打ち上げられた、ヒマワリのロケットです。宇宙には沢山のロケットの破片や使われなくなったロケットのごみがさまよっているそうです。その掃除をするロケットが日本から打ち上げられるようです。民間です。広い宇宙にも世界中のロケットが打ち上げられてゴミと成ってさまよっているようですのでロケットとぶつかってしまう恐れがあるのだそうです。九州の土砂災害にもボランティアーで大勢の人が被災者の人達に希望を与えに行っているのです。身の回りでも私の音声パソコンや、iPadを教えて下さるサポーターの人達は、無償で心のこもった学習を障碍者にして下さるのです。明日は京都の祇園祭の山鉾巡行です。七月は最後まで様々な行事が七月中、八坂神社の祭礼です。私の氏神様なのです。お釈迦様は「生老病死」を我々に教えたのです。明日は海の日です。もう八王子の交通情報も渋滞を伝えているのです。子供や親を殺傷する事件も絶えないのです。差別も絶えません。私は特には信仰は持ってはいませんが、般若心経も唱えたり、座禅も組んだりしたのです。最近は躾が行き届いていない子供達もよく見かけるようです。遠い昔に、ガガーリンが「地球は青かった」といったのですが青い地球は今は汚れてしまったのでしょうか。花が咲き乱れていますが、武器は生み出され、血は流されているのです。その中で本当は人は優しい心の持ち主なのだと思う事が私の周りには多いのです。ギリシャ神話の中で伝説として伝えられたバンドラの箱ですが、日本でも昔話には教えや、躾や、感謝も、喜怒哀楽も読み込まれているのです。メディアが進んで母子との静かな時間を過ごすのが少なくなったのでは無いのかと思うこの頃です。ギューとお子さんを抱きしめてあげたいですね。沢山お話もして子供はクスクス笑うのです。 2017年7月16日           

   

   背負われて 高千穂の峰 お花畑

   

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題「夢よ輝け・満点に」


夢よ輝け・満点に

そよそよ扇風機の風が一晩中足元に左右に触れて心地よく撫でて行きます。軽い肌触りの夏布団も絡みついていつか行方知れずに成っているのです。今朝も一日何事も無いようにと夜明けです。色んな人生が有るのです。ショウトステーには様々な人達がいるのです。家族が手続きをして、面談もして数々の書類も必要なのです。家族の思いやりが無ければ何処にも入所は出来ないのです。それに家族が選んで一番良いと思った授業所に本人も私の場合は見学もして、やっと決定なのです。今や介護を受けている人はどのくらいいるのでしょうか。元気な若者達は休日には旅行にも、旅にも行きたいのです。そして介護にも時々は息継ぎも必要なのです。お一人暮らしの人も多いこの頃です、それも介助か介護を受けてです。こう考えると「若い物が旅行に行くので私はその時にここに預けられるのよ、お世話に成るのよ・・・」と言って笑える人は幸せなのです。見え無くて歩けない私でも安心してお世話に成るのです。ホールでは体操もするのです。いちいち教えられて私はどの人よりも元気に声も出すのです、お話の輪には入りにくいのでしたが、これは見えないからですが、お隣に座っている人とは大丈夫です。長い人生を生きてきた御婆さんは地元の生まれでした。一番年長でしょうか。お話をする事もしっかりしているのです。歩きが少しお手伝いをしてもらうようです。もう直ぐ百歳です。遠くにいる人は見えません。相手の方も私が盲人なので声をかけにくいようでした。前に座っている男性はやはり足が悪いだけで外目にはとてもお元気なのです。朝食前には新聞も読まれて、ヘルパーさんの質問にもはきはきと声は大きくは有りませんが、男らしくどんなお仕事をされていたのでしょうか。こたえるのです。眼科で初めて私が知った、歩き方をしていたのでした。杖を外して腕は持たないで、ヘルパーさんの両手につかまって後ろ向きで、するする歩けるのです。これは私も経験済みなのですが、皆さんが腕を掴んだりしてくれますが、これはとても見えない物には恐怖なのです。歩けない人にも安心なのを初めて知ったのでした。持ち物にはどんな小さな物にも夫が名前を付けてくれるのです「みなさんは直に書いていますよ、すごいなあ」と言われたのです。夫はリボンに名前を書いてそのリボンを縫い付けてくれるのです。サングラスにも細いリボンが右耳の処にひらひらするのです。眼鏡が誰のか分からなく成っている人もいたのです。何処かで毎日同じお話をしているお婆さん達の声もするのです。でもその声は明るいのです「私は今日帰れるの?」と聞く声もするのです。家が一番いいですね。私は夫と喧嘩がしたく成ったのでした。 2017年7月14日    (朝日を受けたひまわりの写真です)      

   

   大日照り アヒル ヨチヨチ 川渡る

   

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題「織姫と彦星」


織姫と彦星

何ねんぶりでしょうか?雨の降らない七夕です。笹の葉も星祭です。天の川を挟んで向かい合っている夏の星座の、こと座の織姫と、わし座の彦星が何年ぶりに逢えたのでしょうか。久しぶりに私も外に出かけたのです。車の中は暑くてたまりませんがそれでも気分は最高なのでした。クーラーの効いた部屋の中に居るばかりだったのでした。車の中では後ろの座席に座ったのです。陽ざしが体を射抜くのです。少しの時間ならと暑さの中に出たのでした。今夜はパソコンに入れて在る、宮沢賢治の銀河鉄道の夜を聞いて私も銀河の旅に出るのです。図書館で借りていた音楽のCDを返して夫はDBDを借りたのでした。近くの山百合館です、映画もします、スポーツやサークル活動もしています。陶芸もです、写真も飾って有るのです。山百合館で間に合わない場合は中央図書館で連絡して借りられるのです。帰りに私達はベガとアルタイルに成ってデートです。そうです、織姫と彦星に成ったのです。向かい合ってティータイムです。前に笑う彦星さんが見えない織姫さんもお隣の若いカップルにも負けない位に幸せなのでした。彦星さんは、カプチーノを飲むのでした。織姫さんは、抹茶ぜんざいを食べるのでした。甘いぜんざいです。オレンジジュースも追加です。彦星さんは、オニオンとベーコンの、トロケるチーズたっぷりのピザも美味しそうに食べるのです。織姫さんに手を添えて何もかもを世話もやくのでした。彦星さんはイギリス人でしょうか、イタリア人でしょうか、フランス人でしょうか、今日もとても紳士なのでした。彦星さんは織姫さんと天の川を挟んで逢えた喜びに感激しているのでしょう。夏の星座のベガとアルタイルはどんなに視力の良い目でも見えないのです。来月の八月の空は梅雨も明けて望遠鏡で見たら素敵なのでしょう。私が行ってみたいのは仙台の七夕祭りなのです。福生市での七夕祭りも思い出が一杯なのです。商店街にはカラフルな大きな短冊が風に揺れて私達家族は浴衣です、息子はお父さんの肩車です、七夕の七色の短冊が、息子の体を撫でて息子は大はしゃぎをするのでした。私が縫った浴衣です。私は夫の腕にすがっているのでした。黄色い短冊が瞼に焼き付いているのです。瞬く間に年老いてしまいましたが今日は久しぶりの、織姫と彦星のデートだったのでした。何時かは星に生れ変わって夏空に輝きたいと想像する、織姫の私なのでした。夜はゆっくりと銀河の旅に出かけるのです。 2017年7月7日      (トンボの写真です)                

   

   車椅子 捨てて銀河に ひとっ跳び

   

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題「朝ぼらけ」


朝ぼらけ

夜中の二時頃でしょうか、何時も目が覚める時間なのです。携帯電話の時計を頼りに時間を知るともうベッドには横に成っているよりも体が楽なのでつい起きてベッドに座っていたり、車いすに座ったりしているのでしたが、そんな時はパソコンのブラジコを聞いたり音楽を聞いたり、枕元に置いて在るリンクポケットのデージー図書を手探りで引き寄せてから聞きながら夜明けを待つのです。台風シーズンが来ました、台風3号が東京は昨夜の七時には到来したようでしたが、竜巻、大雨、大風も無事に通り過ぎて行って今朝は又一日暑く成るようなじっとりとした日に成りそうです。猛烈な雨が降っています北九州地方です、川も氾濫、人身事故も出たようです。孤立している地域もあるようで自衛隊も出動です。福岡県や北九州は何十年に一度と言う大雨災害注意報が出ているのです。一時間に百ミリと言う土砂降りだそうです。島根県の浜田市は大変な大雨だったそうです、浜田市と言えば大阪に出て来ていた同期の女子がいたのですが大丈夫でしょうか。夜明けも四時半くらいだそうなのですが、もやもかかって濃霧注意報も東京の空には出ている七月です。京都は祇園祭の暑い七月がやってきているのでしょう。もう花火大会が行われた処もあるようです。夏が来たのです。八王子の花「山百合」が街を飾る頃に今年も成ったのでした。百合の女王です。これから百合は幾種類も次から次にと咲くのです。山開きも終えた富士山の山麓にも飾るのでしょうか。ラジオから夏の明るい弾むリズムの音楽が流れると心もウキウキしてくるのです。読売ランドには幾つものプールも有って、遊園地で遊べる一日券も売り出されているのです。私も富士急ハイランドでは富士山を背景の流れるプールにも行って、サマーランドの流れるプールや、波の打ち付けるドームのジャングルにも、お化け屋敷にも甥っ子が来た時には行ったのでした。海にも行ったのでした。病に暑さや熱がダメと知らなかった時の事だったのですが、息子とも楽しい思い出が出来たのです。今朝も暁の空には希望の色が飾っている事でしょう。土砂災害の危機にある人も夜明けが来てホット一安心なのでしょう、朝の光は頼もしいのでしょう「朝ぼらけ」です。夏休みの計画を立てている時が又楽しいものなのです。水着は今年は流行は胸もドキドキもう選んで、ビキニでしょうか、ワンピース型もカラフルなドキンとするような水着も揃えたのでしょうか。都議選も自民党が大敗で終えたのですがこれから始まりです、多くの課題を抱えているのです。今朝も美しい朝ぼらけなのでしょう。構わずに回転する地球です。朝一杯のクズ水を飲んで目覚めの私です。 2017年7月6日          (夏椿の写真です)         

   

   白い花 一輪挿して 夏座敷

   

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題「高尾山の二匹の天狗」


高尾山の二匹の天狗

東京都の八王子市には今や日本中で人気の高尾山が有るのです。そろそろビアガーデンを楽しみに歩きでもケーブルカーに乗ってでも八王子の街は勿論遠くまで眺望出できる梅雨の合間を楽しんでおられるのでしょうか。台湾の高雄とも友好を結んでいるのですが京都の高尾山はもっと深い関係にあるのです。でも天狗は台湾には居るのでしょうか。今や日本中を飛び越して世界の富士山に並ぶ人気の高尾山と成りました。地元の私達は観光客の人に譲る賑わいなのです。高尾山には天狗がいると言われているのです。赤い天狗と緑の天狗です。さて高尾山の二匹の天狗は高尾山を訪れる人には幸せを運ぶ天狗のようです。我が家には天狗のお守りが有るのです、買ったのはもう昔の事ですが今も玄関に飾って幸せを運んでくれる赤い天狗なのです。八つ手が欲しくて友達が「探して縁起の良い八つてを買ったわよ」とメールが届いたのですがその後連絡が無いのです。山を巡るのが楽しみだそうなのです。八つ手は大きく育ったのでしょうか。白い丸い花の咲く八つ手です。天狗はどうしてあんなに鼻が高いのでしょうか。天狗や河童は架空の生き物なのでしょうか、何か本当に存在する気持ちでいたのです。白黒の天狗の古い映画では「鞍馬天狗」が有ったのですが、男の子達が帯を頭に巻いて蔵馬天狗ごっこをして遊んでいたのでした。京都の鞍馬山の天狗の鼻が折れて修理中だったと聞きましたがもう鼻は直ったのでしょうか。やはり京都の奥の鞍馬山にも観光客がそれも海外の人が見物に来て天狗にも興味が有って賑わっているのにはびっくりです。牛若丸が修行をしたと言われる鞍馬山です。お話の「天狗の葉うちわ」は何でも出来る八つ手の葉うちわを騙されて取られてしまう話です。遠眼鏡が欲しくて大事な、葉うちわと交換してしまうのですが、遠眼鏡は何も見えないのでした。仲良しと二人でそのお話を紙芝居に作ったのでした。一枚ごとに仲良しとクレパスで書いたのです、私の天狗は丸い顔だったかも知れません。この天狗は赤い顔でした。仲良しのお母さん達にも友達にも見せて勿論裏にはお話も書いてあるのです。下駄は一本足なのです。紙芝居の時間です、梅雨の家で遊んだ紙芝居作りの楽しい「天狗の葉うちわ」のお話だったのです。高尾山の八つ手でしょうか、カリカリ香ばしいお土産も有るのです。高尾のとろろそばも有名です。そして美味しいのです。京都の五条の橋の上には牛若丸が今も出没する気もしてくるのです。私の京都散歩の通り道だったのでした。高尾山の赤と緑の天狗のゆるキャラが皆さんを待っている事でしょう。 2017年7月1日      (高尾山の赤と緑の天狗のユルキャラの写真です)         

   

   車椅子 寄る辺と成りて 黒雨かな

   

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題「ピンクの涙」


ピンクの涙

沖縄県では梅雨明けです。慰霊の日も今年も来たのでした。暑い夏です。本土では大雨や土砂崩れや色々な注意報も出ているのです。プロ野球ではオオルスターの人気投票も終わりました、相撲は名古屋場所も始まるのです。将棋の若い青年の号外も出たのでした。地震も収まる事も有りませんが田圃を手入れしたり自然の威力にも負けないで何時も頑張る人間の力強さです。朝刊には紫陽花の花や花アヤメが紙面に一杯飾られているようです。蓮池には大きな蓮の花が美しい頃です。アメリカに送られた友好の花の桜です、そしてお返しに贈られたのが花水木の花だったのですが今は日本の広くに飾る花水木の木に成ったのです、アメリカン山法師とも呼ばれているようですが、ここにのせたピンクの山法師の花では無さそうです。そのピンク色の花が大好きで雨降りも好きな花ちゃんのお誕生日が土曜日なのです。お友達を招待する招待状を手作りして今日には書き上げてしまわなければと大忙しです。花ちゃんはお友達の似顔絵もピンクの花もクレヨンで描くのです。お誕生日に来てねと書いた横にです。ウキウキして学校に友達と誘いあって行ったのです、そしてお誕生日の招待状を渡したのです。みんなは喜んで「きっと行くわね有難う」と言ってくれたのです。土曜日の花ちゃんの誕生日はお日様も覗いて良いお天気です。花ちゃんはお母さんの縫ってくれた洋服を着て準備もOKです。お料理はお母さんに任せて有るのです、でもきっと花ちゃんが大好きなオムレツは作ってくれる筈です。二階の花ちゃんの部屋にはもう花模様の白いテーブルクロスには一杯にお母さんの得意の五目ずしに、オレンジジュースに、パンケーキが並んでいたのです。お友達がプレゼントを「花ちゃんお誕生日おめでとう」とくれたのです。音楽を聞いたり、歌ったり、お絵描きをしたり、お話をしたりして楽しい時間は直ぐに過ぎて行くのです。お友達が「花ちゃんもう帰るわね・今日はお誕生日おめでとうさようなら又ね」というのでした。花ちゃんは階段を降りて行きました、オムレツを作ってくれている甘い香りがするのです。花ちゃんは涙がドンドン流れて来たのです。お母さんが一生懸命に作ってくれているオムレツの香りがしたのに皆はもう食べないで帰ってしまうからです。お母さんは汗をかいてオムレツの甘い香りのする白い割烹着を着て花ちゃんに「もうお友達は帰る時間なのよ・どうしてなくの、さようならをしようね泣かないでね」というのでした。違うのです、花ちゃんはお母さんが可哀そうなような、折角作ってくれているオムレツを食べてもらえないからだったのです。花ちゃんはそれがどうしても言えなかったのです。「お母さんオムレツを作ってくれてありがとう;花ちゃんの為に一生懸命にしてくれてありがとう!と言えなくて涙が流れてきたのよ」と言えなかったのでした。有難うお母さんとでした・・ 2017年6月26日    (ピンクの山法師の写真です)           

   

   真心の 甘さ控えめ アイスティー

   

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題「銀河」


銀河

都議選です、選挙権が十八歳からに成りましたがさてどれだけの若者が関心を持って投票するのでしょうか。期待したいです。太平洋側は梅雨前線が活発で強風や大雨や土砂崩れの注意報が出ているのです。中国では地震の後の土地の緩んでいたところに大雨が降って土砂崩れも起こったのです。日本もこれから被害が出ない事を願うのです。今年も半年が過ぎて七月です。視覚障碍者に楽しいイベントも開かれるのです。七月に入ったら直ぐに七夕の夕べです。ボランティアーの人達の呼びかけで行われるのです。朗読の会です。幼稚園でも七夕の会が有るようです、リハビリの先生のお子さんが今週だそうですがお天気が気に成っているようです、可愛い浴衣や、フリルの付いたお洒落なドレス風も在るこの頃のようです「七夕の日は雨に成る事が多くて晴れるといいですね」と先生と話したのです。息子はお父さんが連れて行ってくれたのを思い出します、下駄も買ってあげなかったなあと今頃しみじみ振り返っているのです。昔から笹飾りが濡れてしまうのでした。父は私の体を思って短冊に書いてくれたのでした。今年は私も族や友人や兄妹の事を思って短冊に書いてみようと考えているのです「歩こう会「では「紫陽花を触れまくろう」で玉川上水が目的地のイベントも有ったのですが私は残念でしたが不参加だったのです。私は青い真ん丸い大きな紫陽花が好きなのですが、最近は形も色も多彩になったよたようです、庭にも青い大きな真ん丸い紫陽花が咲いたのでしたが何処に行ったかいなくなったのです。息子が図工の時間でしょうか?作った花瓶に庭の紫陽花を生けると似合うのでした。文化祭に飾って有った竹の形の黒い花瓶だったのです、陶器です。だから青い紫陽花がとても似合ったのでした。病院でも七夕祭りが開かれたのです、大きな笹飾りが病棟のそれぞれに置かれて患者は短冊に願い事を書くのでした。先生達がバイオリンやキーボードを弾いてコーラスもボランティアーさんが歌って患者も一緒に歌うのでした。私は短冊に何枚も願い事を書くのでした。看護師さんが準備してくれた短冊が何枚も残っていたからです。看護師さんは笹飾りの一番上に私が書いた短冊を吊るしてくれたのでした。リハビリ室でも音楽会です。先生達は楽器が上手なのです、歌も歌います。ストレッチャーに乗っても患者さんも七夕祭りを楽しむのでした。勿論お願い事は皆さん同じでしょう。楽しい時間を送るのでした。紫陽花は雨が降るごとに元気に跳ねて色も鮮やかに成るのです。柘植の木の後ろに咲いた紫陽花がゆらりゆらり咲いたのでした。私が浴衣地を選んで縫った浴衣にも模様にも紫陽花が描かれていたのです。 2017年6月30日    (白いうろこ柄の紫陽花の写真です)        

   

   ザリガニが 握られながら 大はさみ

   

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題「筑波山麓男性合唱団」


筑波山麓男性合唱団

長野県の上田では日本棚田百選に選ばれていて約七百枚の水田が有るそうです。朝はカッコウが泣いて空気は澄んでヒマラヤ山の残雪が棚田の緑の早苗を飾って浮かんで素晴らしい風景のようです。聞いただけでも映像が浮かび上がりそうです。夜は星も空一杯に隙間も無く輝くのでしょう。田植えや稲刈りに、蛍も舞って、トンボも飛んで、案山子祭りも在るそうです。都会の人達がオーナーに成って楽しみを地元の人達と分け合っているのだそうです。出来たら私もオーナーに成ってカッコウの声に朝は起こされて昼は棚田に揺れる緑の早苗と棚田に浮かぶヒマラヤの白い雪を見て、夜は色取り取りの星空が見えたらどんなにいいでしょうか。でも創造するのも素敵です。蛙も大合戦でしょう。あの楽しい歌「筑波山麓男性合唱団」を思い出すのです。オーナーの人達は田植えは昔ながらの早乙女姿に成ったりして楽しんでいるようです。東京でも蛍が見られるように成りました。私が見たのは子供の頃に父が仕事の帰りに捕まえてきてくれたのです。何処だったでしょう屋形船で蛍の鑑賞会もロマンティックに、夢の世界のように行われている処もあるようです。蛍袋と言う花が有りますが改良されて「カンパネラ」と言うそれは鈴蘭を大きくしたような青い花を茎の先に一輪咲かせるのです。蛍を捕まえて入れておくと逃げられないのです。花の先が細く波打ってその中で光る蛍です。リハビリの先生のお子さんはぷーるの授業が始まったそうですが、プールの温度がある程度に成らなければ中止だそうでお子さんは残念がっているようです。雨で流れた遠足も無事に一週間遅れで実行されて大喜びだったそうです。一週間早く、父の日も有って先生は参加もされてゲームもされたそうです。私の息子も幼稚園の父の日には参加してゲームを保育士さんとしたのです。子供は大喜びでお父さんを大応援です。そして親も忘れられない思い出に成るのです。働いているお母さんが増えて、待機児童の問題もなかなか進まないようです。キャリアウーマンも増えました、家事はこの頃後回しの考えの人が多く成ったようです。男性の協力が必要です。折角の子供と過ごせる休日には家で過ごしてもいいかなと思う私です。学校から帰ると、学習塾に、ピアノに、水泳に、様々な習い事に行くのです。家ではネットでしょうか。梅雨ならではの遊びもあるのです。カタツムリに、ザリガニに、トンボは様々、アメンボウに、そして蛙です。我が家に住んでいる青蛙は雌なので声はしないのです。天道虫も飛んでいるようです。テルテル坊主を吊るしてみませんか? 2017年6月14日    (水辺の上を飛ぶトンボの写真です)               

   

   天道虫 胸に止まって 羽根閉じる

   

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題「サクランボウの実る頃」


サクランボウの実る頃

梅雨入りしました。私の家のユスラウメも雨に似合って実ったのです。でもジャムにもせず、ジュースにもせず、ユスラウメ酢にもせずにそのまま食べたのでした、唇にフンワリと挟むと壊れてしまいそうなのです。暫くそっとそのままにして口の中に入れてから、甘酸っぱいジュースが口中に広がって行くのです。指に乗せると調度良い大きさのルビーのリングのようです。ジューンブライドの花嫁さんは薔薇の花園とパールの雨です。ルビーカラーの風がふくのでしょうかアクアブルーの風でしょうか。サクランボウで思い出すのは、幾度可愛いサクランボウを病院の入院中に持って来てくれたのでしょう。今の病院で無くK病院での事ですが、見えないサクランボウも口に嬉しく大切に食べたのでした。その病院は手を縋る手すりも無く私は洗面上に行っても、廊下の一番突き当りの部屋だったので、廊下の部屋の壁やドアを伝って突き当りまで歩いてから戻って自分の部屋に帰るのでした。前の部屋の男性の中にはまだ若い男子も居たのですガタンバ単と音がしたら、自分で食事を終えた、お盆を持って行く音だったのです。壁にぶつかりながら手探りでお盆も落とさなかったのでしょうか。私はどうしていたのでしょう、看護師さんが持って行ってくれたのでしょう。これから一人で生きて行かなければいけません、やはり男子ですとても強い男子だったのです。もう一人大学生が居たのですが、シーツ交換はフロアーに集まるのですが、大学生は目を本にくっ付けて勉強をしていたのです。あの頃は大学ではボランティアーで教科書を点字に訳してもらって勉強をしていた筈ですが、誰もがとはいかなかったのでしょう。今の病院に移ってから何年か過ぎた頃に点字をリハビリで教えられたのです。小説を読んだりするのに比べて大学の勉強を点字本でするのは大変です、ボランティアーさんが本にしてくれるのも大変です。でも頑張った人達が沢山いるのです。音声パソコンが有ったらあの青年達はもっと明るく笑顔でいられたのでしょう。でも今は夢も叶えて立派な後悔の無い人生を送っている事が信じられるのです。あんなに頑張りやさんだったからです。サクランボウの実る頃にはほかにも思い出す事も有りますが、青年達はきっと笑顔に成って私が音声パソコンを学習したように、視覚障碍者の人の為にボランティアーか仕事に携わった気もするのです。サクランボウと一緒に庭のカンパネラを夫が病室に持って来てくれてお友達にも差し上げて部屋がサクランボウの赤と庭のカンパネラの青い色とに染まった若い明るい病室も思い出すのです。知り合った沢山の人達がサクランボウと共に蘇る梅雨の日です。 2017年6月10日     (実桜の写真です)          

   

   黄金虫 縦横無尽 体当たり

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題「跳ねる鮎!」


跳ねる鮎!

六月です、待ちに待った鮎釣りの解禁です。カラスの子はお尻ふりふりもう歩けるのでしょうか、燕の子は大きな口を開けて美味しい餌をねだっているのでしょうか。それとも巣立ちの練習でしょうか。先日長い鶯の谷渡りというのでしょう、美しい声に迎えられたのです。雨に似合う花達も咲く頃です。紫陽花に、タチアオイに、カンパネラに、色も取り取りに咲くのでしょう。果物の袋かけも始まったようです。一つ一つ大切に作業がされるのでしょう。郵便局の窓口にはサクランボウの注文のパンフレットが置いてあったのです。家事が楽しい時期が来たのですが今は夫に昔話をするだけに成っのです。実行してみたい欲張りの私です。ラッキョウ漬けに、梅干し漬けです。キッチンから家中にもラッキョウの匂もしてこれが嬉しい作業なのでした。梅干しは何と言っても除菌が一番大切なのです。後は土用に成って甘い香りの幸せな時間を送る土用干です。蛍の夕べの知らせも届きました。行ってみようと話しているのです。浅川にも蘇った蛍です。鮎も放流しているそうです。金魚も色んな種類を飼ったのでした。餌をねだるのは可愛いものでしたが浅川に泳がせてあげたのでした。菜園にはトマトも、胡瓜も、他にも実をつけ始めたようです。菊のさし芽も終わりました、毎年のように出来る事の幸せです。出来なく成って行く事が多く成るのですが、やはり少しは寂しくも成るのです。出来ていた事が出来なく成るのは、皴が刻まれて行くように、髪に白い物が目立って行くように、物忘れも増えて行くように、若鮎が一年で川を下って子孫を残して死んでいくように、緑の葉が枯れ果て落ち葉に成って行くように誰もが老いて生まれてきた事に、生きてきた事にそれは感謝の出来るように成れるのでしょうか。跳ねる鮎のように跳ねていた母と母の古里に二人で訪れた時の事でした。ソテツ並木の南国風景です。お客さんを待ってラクダ引きが通ったのです、頭を砂浜に付けてお客さんを乗せるのです、こぶを掴んで私は乗ったのですが、毛むくじゃらだったのです。あの;月の砂漠の歌は乗り心地が善かったのでしょうか。母の学生時代の先生と鮎を網で取る前のお座敷で初めての鮎を食べたのでした。初めて見た子供のようにはしゃぐ母だったのでした。苦しい事も忘れられるのが老いて童に成って行く事なのかも知れません。私には齢を重ねて笑顔に成れる事が沢山有るのです。桂川の鮎の解禁日は6月の第二日曜日でした。毎年行った夫の鮎釣りでした。 2017年6月5日     (雛菊の写真です)             

   

   風鈴売り 音色々に 風任せ

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題「萌える大地」


萌える大地

憧れの大地北海道にも桜が突端にも届き咲きました、平らで背丈も低いようです。知床でしょうか。雪に埋もれていた北海道の北端もどよめく季節です。あの分厚くて美味しいラオス昆布でしょうか昆布の収穫も始まったのです。何百頭もの乳牛の牧場では緑の草を食むのです、十勝の乳製品です。赤や白い色の浜茄子の咲くのはもう直ぐでしょう。薔薇科で一番大きな花を咲かせるようです。一斉に萌えて蠢く大地です。広大な敷地には、花も野菜も、果物も広い空に向かって命の再生です。浜茄子は、アイヌの人は花を食用にも使用したようです、魔除けに飾って「イヨマンテの祭り」に使われていたようです。葉っぱはお茶に、根っこは薬に美しい花が残す処も無く大切にされた花なのです。浜辺に咲く甘くて酸っぱい味の浜茄子は「浜梨」が本当の読み方だそうですが東北弁がなまって「浜茄子」と言われるようになったそうです。旭川動物園の動物達も活動開始です。阿寒湖も中学生の頃だったでしょうか、マリモの写真を見たのでした。縦横に広い道路が走っているそうで動物達が事故に合う事も聞いた事も有りますが自動車がスピードを出すからだそうです。広くて旅が好きな人も北海道の何処に行くのでしょうか。海外からの観光客も多く成っているようです。友達もやはり北海道に行ったのですが絵葉書をくれたのです。一人旅をした勤め先の人はやはり絵葉書をくれましたが、駅で泊まったそうです。今は釧路湿原はどんな花が咲くのでしょう。お米も美味しいのです。メロンも、カボチャも、トマトも、魚は勿論です。今日北海道の産物を売るお知らせのパンフレットが新聞に入っていたのです。新幹線も通って札幌の街も益々賑やかに成っているのでしょう。息子は札幌に行ってからもう何年に成るのでしょう。東京に帰って来た時は暑いと言うのです。札幌オリンピックで開発された札幌は今はラベンダーの花も馴染んで道端にも咲くそうです。そして農家の人達にも嬉しい季節が来たのです。賑わった鰊はいなく成りましたが鰊御殿は在るそうです。短い夏もキャンプや海水浴にも楽しむそうです。エゾ鹿も増えて食用にもされていて羊の肉と共に、バーベキューの楽しみです。鮭をくわえた木彫りの熊が私の家には居るのです。生き物がみんな萌えている大地に創造する日の私です。札幌の大通りにはライラック祭りが有ったようです。 2017年5月30日    (マグカップに飾った鈴蘭の写真です)               

   

   実桜や それと知らされ 仰ぐ天

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題「仏法僧」


仏法僧

真夏のような気温の五月も残り少なく成りました、お天気キャスターが九州に梅雨入り宣言をするのももう直ぐでしょう。五月場所も人気の力士に大声援です。ナイター中継もラジオで聞くと見えるかのように楽しいのです。紫陽花も蕾を付けたのでしょうか、田んぼも水を張られたのでしょうか。ウオーキングを始めている夫に誘われて今日は車いすを押してもらって出かけたのです。風が冷たくて昨日の昼間の暑さが嘘のようです。パーカーを羽織っていつもの道です。自転車の人が口笛を吹いて通り過ぎました。小鳥が数々啼いているのです。新しくオープンしたファミリーレストランには、何人かがモーニングサービスのようでした。「今度行ってみようか」と夫です。先日ショートステーの体験入所もしたのです。PCも持参です。自分の部屋さえ自由に動け無い私でしたが介護士さんに助けて頂いて二泊三日の体験入所でした。若い男性の介護士さんも病院にも多くみられるように成りましたが、ショートステーでも男性が多く成って善い事だと感じたのです。結構入所の人はお元気な方ばかりでしたがゴールデンウイークにはやはり家族の人が病人をあ預けるのでしょうね。満員だったそうです。体操もして歌も歌ってお茶の時間は好みの物も出してもらい、私は人参ジュースも持って行ったのです。車いすで入れる備え付けのお風呂も有ってこわごわ入ったのですが、手すりをぎっしりと握っていたのです。少し童に返っている人もおられたのですが私に優しくして下さったのです。母のようにです。調度年齢もそのくらいの人が多かったのです。夫が細かい所まで前もって連絡をしてくれていたのが私の安心して過ごせた結果です。何でも相談してお願いして自分の思う事を言う事が大切だと思ったのです。介護士さんは言わなければ分からないからです。だから私は何でも尋ねてお願いしたのです。一つだけ防災頭巾を持って行こうとは思いました。怖がりだからです。庭の散歩にも連れ出していちいち説明もして下さって花も沢山咲かせて有って触れてもみたのです。家族は準備にも手間がかかるのです、預けられると悲しくも寂しくもなったりもする人も居ますが、時々は介護も休み休みで気長に行けたらいいかなと思ったのです。「帰りたい」というばかりの人も居たのですが介護士さんは上手に雰囲気を変えて差し上げていたのには感動したのです。心配りは私にも出来そうです。 2017年5月25日   (黄色い菫の花の写真です)                 

   

   籐椅子の 母は余所行き 肖像画

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題「白い花の咲く頃」


白い花の咲く頃

お味噌汁と卵焼きでしょうか、香って来るのです・・・私はまだ布団の中でした。何の歌でしょう母のハミングも聞こえるのです。幼馴染のyちゃんとyちゃんの弟と私達兄妹と三人の皆で出かける約束だったのでした。妹も兄もまだ寝ているようです。母が朝食と私達のピクニックに持って行くお弁当を作ってくれている香りだったのです。父は新聞でも読んで母の入れた美味しいお茶でも飲んでいるのでしょう。五月の爽やかな朝です。シジュウカラでしょうか、目白でしょうか、啼いているのでした。私は薄いピンクのワンピースで妹は赤いワンピースです、妹は綺麗に母に髪を三つ編みにしてもらうのでした。兄は開襟シャツと黒いパンツです。中学一年生に成ったyちゃんは、白いセーラー服でした。お姉さんみたいな口を聞くのです。でも優しく本当のお姉さんみたいに世話もやいてくれるのです。目的地は花が一杯咲く、服部緑地です。兄は中学生に成ってカメラを買ってもらったのでした。だからいつも何処でもカメラを持って行くのです。私は兄に写真を沢山撮ってもらったのでした。yちゃんの弟も私の妹もおとなしいのです。一番、はしゃいでいたのは私だったのでしょう。今も残っている写真は笑顔の私です。yちゃんは中学生に成って眼鏡をかけているのでしたが兄に撮ってもらった写真を見て眼鏡は似合わないからと言ってコンタクトレンズにしたのです。兄に撮ってもらった写真はyちゃんが一番前で、すましています。そして横に私です、妹もyちゃんの弟も後ろにいたのです。でも真っ白な花に包まれているのです。「緑のそよ風・・」の歌が私は好きです。;イモウトノ・ツマミナツムテガ・カワイイナ・と言う箇所が好きだからです。あの時の・服部緑地に咲いていた私達の周りに囲んでいた白い花は何の花だったのでしょうか。今はもうすっかり変わってしまったのでしょう。私が見えなく成って車いすに成ってしまったようにみんな変わってしまったのでしょうか。yちゃんは今も頼りをくれるのです。孫もいるのです。ご主人は早くに亡くなってしまったのですがyちゃんは元気なのです。母も白い花が好きだったのです。五月の花では無いですがお茶の花です。真っ白なお茶の花です。白い花のようにお茶目で、純白な心です。みんな白い花が大好きなのでしょう。百合も八王子に咲き始めるのです。みんなが八王子に集まって来るような気持がする私です。 2017年5月23日    (グミの白い花の写真です)                     

   

   毛虫焼く 赤い舌出し 犬が行く

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題「母さん訪ねて」


母さん訪ねて

マイゴノ・マイゴノ・コスズメガ・オセドノヤブデ・カアサンタズネテ・ヨンダケド・・・・・・・そんな可愛い童謡が有ります。女性にも男性にも、心に染み入る懐かしい童謡でしょう。私に取っては遠い日の思い出の歌です。病室の窓から遠く離れた小さな息子を思う時に胸に浮かんで来たやるせない歌だったのですが大好きな歌です。五月の第二日曜日は世界中で母の日でした。言われは皆さんに今はいきわたっているでしょう。小学生の何年生の時だったでしょうか、母の日に白いカーネーションを胸に飾っていた友達がいたのです。お母さんを亡くした友達です。あの頃はどうしてか、子供達が胸に造花でしょう、カーネーションの花に「お母さん有難う」と書いて有って胸に付けたのでした。お家にお母さんが居る私や友達は赤いカーネーションだったのです。白いカーネーションを胸に飾っている友達が寂しそうだった気がしたのです。最近はお母さんがリクエストをしてお花や色々な欲しい物を頂くようですが、周囲を見渡すと息子の場合でも小さな頃にも結構早くにお母さんを亡くしているお友達がいたのです。とっくに白いカーネーションを胸に飾る風習が無くなっていて善かったと思のです。私の友達も何人かまだ小さなお子さんを残して亡くなっているのですがどんなに心残りだったのでしょうか。今私は病む身でも昔夫が言いましたが「寝ていてもお母さんが居るだけでいいんだよ」とです。一年に一度母の日が来ると何を思うのでしょう。お年を取った人は母の日に童のように笑顔になってお母さんの話をするのです。私の母の若い頃には色々な風習や食べ物や、テレビの番組や、その中にクリスマスや、母の日も、有ったのでしょう。戦後にアメリカから渡ってきたのでしょう。今は世界中で祝われる母の日です。親は子供に気を使って一人暮らしの人も多く成りました。同居がいいとは限りませんが、孤独死の問題も増えています。いつも私の家の前を決まって歩くおばあさんがいるのです。少しくらいの雨でも風でも杖を突いて腰を曲げて歩いているのです「偉いなあ」と夫が言うのです。母の日にお母さんを思い出したのでしょうか。お子さんから電話でも有ったのでしょうか。一人ぽっちなのでしょうか。そんな母の日だったのです。私は息子にカーネーションの花束を幾度プレゼントされたのでしょう。 2017年5月16日    (二羽の鴨の写真です)                

   

   ファックスの 百万本の カーネーション

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題「鈴蘭の・パテストリー」


鈴蘭の・パテストリー

五月一日の花鈴蘭が私の庭にも咲きました。根っことよぶのでしょうか横に横にと根がドンドン延びて行くのですが今年も植え替えてあげたいなと思いながらも一人ではプランターにも、沢山使われずにいる植木鉢にも、地下植えにも、延びて行った鈴蘭の根っこを植え替えてあげられなくて伸び放題なのです。今年は夏日が多くて鈴蘭は短い命だったのです。甘い香りで綺麗に咲いてくれた鈴蘭です。鈴蘭の模様も有るのでしょう何処のお宅にも箪笥や、箱に綺麗な端切れを整理して取って置かれるようですね。仕立ててもらった着物の端切れや、着物を縫った時の端切れや、洋服を縫った時の端切れや、子供の小物を作った時の端切れが布地も色々です。捨てられずに大事にしまっておいて時々出してはうっとり手に取って眺めたり、思い出に懐かしく思うだけなのです。でもそれでは勿体ないです。私はコーヒーカップを模ってパッチワークを作る事にしたのです。針に糸を夫に通してもらって置くのです。危ないので針山には三本だけです。糸は短めです、縺れてしまって手に負えなく成るのです。パッチワークは特に細かい作業ですから糸は短めです。型紙を厚紙で作ります、布に当てて、チャコで印を書いてから印の周りの大きめに切るのです。コーヒーカップの持ち手はいちいちアイロンをかけるのが私の綺麗に出来上がりのコツです。何も考えないでただ「綺麗になあれ」と縫うのです。カラフルなコーヒーカップが出来て行くのです。時間を惜しんで縫うのです。ラジオを聞きながら、音楽を聞きながら夢中ででもゆったりと穏やかな気持ちで縫うのです。台に成る布も必要でこれは半畳くらいです、新しい布を買いに行ったのでした。出来上がったコーヒーカップを台に成る布に、今度は縫い付けて行くのですがドンドン出来上がって行くのは嬉しいものでした。そして出来上がったコーヒーカップのパテストリーを壁にかけてもらったのです。母は残り毛糸で色も美しい花のパッチワークを編んで繋いで大きな炬燵のカバーを作ってくれたのでした。世界に一つしか無い炬燵のカバーだったのです。私は今度は、鈴蘭のパッチワークを製作に挑戦しようと思いついたのです。糸も針も使いませんが他は同じです、瞬間説着材を使って鈴蘭の白い鈴は、ギンガムチェックでしょうか。緑の大きな葉は紫色の着物のしぼりの端切れが似合いそうです。夫に見てもらいながらあの時のように、ワクワクしながら今度は鈴蘭に似合うくらいの小さめの、パテストリーを作ってみるのがやってみたい事の一つです。 2017年5月10日      (庭の鈴蘭の写真です)       

   

   小店屋の 大原女人形 風薫る

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題「青い鯉のぼり」


青い鯉のぼり

ゴールデンウイークも楽しんで都内にの帰りの渋滞は今夜までかかると諦めての運転が予想されるようです。都内も祭りも有って交通止めの処も混雑が予測されるようですが、旅の思い出は宝物ですね。長野県や、富士山では山の事故も起こってしまいました。悲しい知らせです、春の山は雪崩も起こるのです。東北では子供達が流鏑馬に挑戦して9本全てを的に射抜いた少年もいたのです。これまでの練習の成果でしょう。家に帰って沢山の柏餅や粽も食べて菖蒲湯にも入ったのでしょう。新幹線に乗っておじいちゃんが団地サイズの青い鯉のぼりを持って来てくれたのでした。ベランダには風車もくるくる回るのでした。風に吹かれて青い鯉のぼりも逞しく泳ぎました。息子を抱いてブランコに乗る私は長い髪はポニーテールでした。お父さんが写真に撮ってくれたのでした。青い鯉のぼりは雨に濡れたのでしょうか。私は一夜に目が見えなく成ってしまったのでした。家族は離れ離れです。みんなで頑張りました。手術の為にポニーテールも切ったのでした。息子はお父さんと頑張りました。八王子に家を建て五月に引っ越しです、若い家族を周りの皆さんは優しく迎えてくれたのです。前の奥さんは、山吹や、黄色い水仙や、今有る鈴蘭や、スモモの木や、パンダウサギもくれました。おかしいのは「飽きたら食べてもいいわよ!」と言うのでした。お花を持ってお話に来てくれたのです。お隣の奥さんは籠に入れた、ツガイの小鳥をくれました。斜め横の奥さんは、息子が回覧板をもって行くとかわいい袋に入れたお菓子もくれたのでした。でも皆さんは還暦を過ぎたら天国に逝ってしまったのでした。青い鯉のぼりは何処に行ったのか分からなく成りました。大きな鯉のぼりを泳がせているお宅が私の散歩の目印だったのです。白杖を付いてバタバタ鯉のぼりが泳ぐお宅を聞き耳を立てて歩くのです。川を越えてガードレールを頼りに又歩くのです。桃も香りました、金木犀も香りました、アジサイはポンポン叩いて行くのです。でも何か月も歩いていたのか、家の前を歩くだけに成ったのでした。少しでも歩けるのは嬉しい事でしたが歩き過ぎてしまいました。あの大きな鯉のぼりを泳がせておられたお宅の鯉のぼりもいなくなってしまっていたのでした。お腹に一杯薫風を吸ってバタバタ泳ぐ鯉のぼりは、息子の団地サイズのお爺ちゃんにもらった青い鯉のぼりと一緒に高い空に飛んで行ったのでしょう。    2017年5月6日          (実を付けたカエデの写真です)                      

   

   のろのろと 二両連結 麦の秋

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題「紫花菜」


紫花菜

ボタンの花の咲く頃です。憲法記念日の今日は夏日の予報です、観光旅行の人も家に居る人も何方も熱中症に注意のようです。浅川の近くの少年野球場も、サッカー場も、キャンプ場も子供達の弾む声で鯉のぼりも悠々と泳ぎ、親御さん達も大応援の事でしょう。昨年はやはり夏日で私達は浅川に散歩に行って子供達の元気な声を聞いて来たのでした。我が家は兜も飾らずに「そういえば菖蒲の頃ね・・・」と話すのです。ラジオでは潮来の百万本咲くアヤメのお知らせでした。行ってみたいね・・と話すのですが、でも五時間はかかるようで少し遠いようです。浅川を渡して何十匹もの鯉のぼりも五月の風を受けて泳ぐのでしょう。我が家の山吹はふんわり暖かくやはり風にゆらゆら揺れるのです。野原には白いコデマリが、蝶や、アブをよんで乗せて揺れるのでしょう。野薔薇も野アザミもオオイヌフグリも数知れず、野原を飾り緑の野原にしている頃です。若草が土手を行く足を優しく絡ませその中にも、紫花菜が咲いていたのかも知れません。と言うのは遠い昔の17世紀に中国から日本に渡って来ていた花だからです。花大根とも呼ばれていてアブラナ科の仲間です。西ヨーロッパでは人気も有って帰化もしている紫花菜です。丈は8十センチにも成って、一年草ですがタネが飛び散り増えて行く丈夫な紫花菜です。気が付かないで、見ていたり触れていたりしていた気がします。小花を下にして淡い紅紫色の花は、野原でも見栄えがして生け花にも使ったのかも知れ無いのでした。アブラナ科の特徴の香りもするのでしょう。葉っぱはやはり菜の花のようなのです。きっと私の子供の頃や、若い頃は野原も今よりも沢山有って紫花菜も自由にタネを巻き散らして咲いていたのでしょう。日本中を花畑にしていますが、きっと私も昔は「ままごと」にも、紫花菜を使って遊んだのでしょう。日本は観光の国に成ると言うのを聞いた事が有りますが、本当に花で飾られる日本中に成りました。花は心を癒してくれます。見えなく成っても香りにも触れても嬉しいものです。花農家も増えているのでしょう、ラジオでは花頼りも市場情報もしているのです。五月の風に爽やかな紫花菜の花の紹介をしました。 2017年5月3日    (国営昭和記念公園の;紫花菜の写真です)        

   

   ネギ坊主 ポンポン欲しいと 背中の子

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題「緑の囁き」


緑の囁き

ゴールデンウイークです。何処の国に行ったのでしょう、四万人が日本を脱出したようです。私の情報源の一つはパソコンのブラジコから得ているのですが、リスナーさんやキャスターは日本中の折々の行事や、目についたお話をしてくれるのです。埼玉県で赤いタスキをかけて狭山茶の摘み取り体験が有ったのです。緑の茶畑に茶摘みの姿は一度は見てみたかった風景です。小学生の女の子がお客さんに絣の着物を着てお茶のお接待をしたそうです。可愛いですね。連休明けには新茶の摘み取りも始まるようですが美味しい新茶が楽しみな季節が来たのです。トロリと甘い狭山茶の新茶を飲んだのがもう一年も前に成るのです。栃木県では五月の恒例の、益子焼の展示販売会も開かれて、素朴な陶器も小皿から様々並んだそうです。五百の店舗が並ぶのだそうです、秋の展示会も有名です。頂き物の花模様の花瓶が益子焼だったのです。札幌にも桜がやって行って北海道は一気に春が来て大通公園ではイベントも開かれているようです。五月一日の花は鈴蘭ですが北海道には鈴蘭が咲き誇るのでしょうか。ヨーロッパでは鈴蘭を男性からも女性からもプレゼントしたそうです。我が家の鈴蘭も咲き始めています。幼馴染の家族と行った時のように大阪の上水場では美しいつつじが咲いているのでしょうか。今日は穏やかな日和に誘われて、夫に車いすを押してもらって散歩に出かけたのです。タンポポは綿毛をつけていたのです、風が帽子を何度も飛ばすのです。気持ちの良い静かな散歩道でした。花の名前は余り知らない夫ですが色々な花が咲いているようでした。緑も多くなっているようです。綺麗なツガイの小鳥がいたので私達は耳をすますのです。足元には芝桜も咲いて、風に乗ってジャスミンも香りをさせているのです。地下植えのルピナスは大きく並んで伸びていたようです。日射しも立夏が真近くに思わせるそのものです。藤の花も、雛菊も咲いているお宅も有るのでした。我が家の金木犀は若い芽を美しく沢山付けているのです。毎年夫が剪定をしてくれて、もう息子と同じ年に成ったのですが今年は家の中にも香りが満杯に香る程に花を咲かせてくれそうです。今は若芽が美しく今までに無く沢山芽吹いたのです。金木犀に穏やかにさせてくれる束の間の静かなゴールデンウイークです。 2017年5月1日    (我が家の若芽の美しい金木犀の写真です)          

   

   引き潮に 一つ三つと 桜貝

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題「囀り峠」


囀り峠

(コメント)日本列島にマーチが響くゴールデンウイークが始まりました。燕も渡って来ました、ひばりも飛んで、鶯も初音を北海道でも聞いたそうです。私はまだ鶯の声を聞いていないのです。この頃の風の強さで家に閉じこもっていたのでした。緑も増してきているようです、緑の中で花水木が綺麗だと教えられたのです。遅れていたチューリップも今が満開だそうなのです、私達が国営昭和記念公園に行った時もそう言えば蕾が多いねと夫も言っていたのでした。百万本の薔薇では有りませんが、百万本以上のチューリップの畑が今がさかりと咲き誇るのです。新芽が目に優しく、藤の花が見事な頃です。赤い石楠花も咲いて、つつじも咲いているようです。楽しみなのがサクランボウの花が満開だそうです。まだ残雪の有る中で山菜摘みも始まっているようです。我が家もしっとりと濡れた掘りたての筍を頂いたのです。今時は皮からむいて糠を入れて茹でる人も少なく成ったのでしょう。野菜作りは、手をかけてはいますが着実に時がやって来てくれるのです。庭のミントの淡い緑は嬉しい春の色です、摘み取って香りをかがせに来てくれたのです。それからお湯をかけて、ハーブティーが出来上がりです。囀る春の小鳥達と憩いの時間を過ごすのです。友達が赤い自家用車に取り換えて一人でユックリと、スカイツリーに行くのよと話していたのです。まだ休みが今のように連休に成っていなかった何十年も昔に、夫の古里の高知県に三人で行ったのでした。太平洋に向かって堂々と立つ、坂本龍馬の銅像でした、桂浜は白い丸い小さな、石でいっぱいの美しい浜辺です。土佐犬の闘犬もこわごわ見たのです。珊瑚のペンダントも買ってもらったのでした。勿論鰹のたたきです。ぶっかけ素麺も初めてのおいしさでした。高知城にも上ったのです。息子は城主に成った気持ちでしょうか、アグラをかぐのでした。ご先祖のお墓もお参りして、夫が子供の頃に遊んだ川にも神社にも行ったのです。今は高速道路も抜けて高知県も何処でも近く成ったようです。高知県は、生姜や、茗荷や、トマトに、茄に、遠い昔からハウス栽培で産業だったのでした。飛行機からもハウスが綺麗に見えるそうです。山も多くて林業の高知県でも有ったのです。紙漉きもですね。今は四国はお遍路さんで賑わっているのでしょう。源平合戦で落ちのびた平家です。証も残っているようです。「壇ノ浦の合戦」を中学生で学習したのはつい先頃のような気もします。その義経がヒントを得たと言われる日本鹿が増えて行って食用にされると聞きました。登りつめた峠道で、振り返ったり想像もつかない前途を霞のように見るのです。菜の花の香りがそよ風に乗って香って来る気がします。 2017年4月29日     (菜の花畑の写真です)                

   

   折り鶴を 折る手ふと止む 春の雷

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題「僕んちの・苺畑」


僕んちの・苺畑

(コメント)初夏に成ると、この頃はブルーベリー畑が目立って植えられていますが、今日は僕の苺畑のお話です。僕の家から山を登った処に20年目を迎えた夕焼け小焼けの触れ合いの里が有るのです。「僕が小さな、時に一緒に行けたら善かったね〜」とお父さん達が言うのです。トンボも飛んで昆虫も沢山います。春には桜も咲いて、田んぼで田植えもするのです。夏には八王子の花の山百合も咲きます、秋には色取り取りに飾ります、クリスマスにはイルミネーションが飾るのです。わら細工もして、キャンプ場もバーベキュー場も有って、ポニーに乗って園内を散歩も出来るのです。遠くからも遠足にも来るのです。映画もテレビも撮影に来ます。浅川も流れていて八王子市民の憩いの場所なのです。その夕焼け小焼けの触れ合いの里に行く途中に有ったのが僕の苺畑です。八王子に来た春にお父さんが苺の畑を探してきてくれたのでした。今はブルーベリー畑に成っている処が昔は僕の苺畑だったのです、早く真っ赤に成らないかなと毎朝、見にいくのです。真っ赤な苺がものすごく可愛いのです、僕の苺畑の苺がドンドン真っ赤に成って行くのでした。早起きをして僕はお父さんを起こしてお母さんと三人で苺畑に行ったのです。苺畑で苺を摘んで食べるのです甘いのですよ。ザルに山盛りに収穫もするのです。緑の葉っぱが真っ赤な苺と似合うのです。食べ切れないくらいに苺が真っ赤に成って行くのでした、僕の団地にいた時の友達を苺摘みに誘ってあげた時に、おじさんとおばさんと妹といとこの子とが来て苺摘みをみんなでしたのです。楽しい苺摘みの一日の写真も残っているのです。でもまだ僕の苺畑には真っ赤な苺が実っていたので、お母さんが大きな空き瓶に何本も苺ジャムを作ってくれたのです。そしてお父さんの友達にも苺のジャムをもっていってあげました。苺ジャムはプツプツしていて美味しいのでした。ショートケーキの上にのっている苺も好きですが一番好きなのは僕の苺畑で摘んだ苺です。僕の握りこぶしよりは小さかったけれど、茎をユラユラ揺らして遊ぶのです。それから僕は大きな口をあけてパクンと食べるもです。もう今は僕の苺畑は探しても無いのです。温室の苺狩りは有るのですが僕の苺畑は忘れられない苺摘みと、揺れる苺です。お母さんが歩いていた時の苺摘みです、お母さんの作った苺ジャムなのです。大人になって時々家に僕が帰る時には「苺のショートケーキ」がお土産なのです。 2017年4月26日     (群れて咲くチューリップの写真です)       

   

   草餅や パリと焼き色 妻好み

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題「ネモフィラの花の咲く頃」


ネモフィラの花の咲く頃

(コメント)子紫色の菫に似た可愛い花だそうですが、今はポピュラーに成って日本中に見当たるネモフィラの花が咲く頃には、我が家の忙しい作業が始まるのです。アイコトマトを植えようか?フルーツトマトモ植えようか?胡瓜も?茄子も?ピーマンも、インゲンも、忙しくも楽しい心が弾む季節が来たのです。胡瓜や、野菜のツルを這わせる竹をしっかりと綺麗に縦横に組まなければいけません。その前に苗を買いに行くのです。庭木の剪定も有るのです。菊の準備も始まるのです。今年も菊を育ててくれるのでしょうか。夏や秋が来るのが今から待ち遠しいのです。ネモフィラの花は「瑠璃唐草」が日本の名前だそうですが北アメリカからやって来たのです。何しろ可愛いのですから一年草のようですが、コンテナーで育ててもおられる人も多いそうです。海と空に溶け合って映えて美しく可憐に咲くネモフィラの丘が有るのだそうです。数え切れなく咲く花は、瑠璃色に染めて見えるのでしょう。私が知ったのは昨年のいつもの国営昭和記念公園にチューリップ畑や桜を見物に行った時です、私のそばを通り行く人達はやはり広いネモフィラの丘を知っていたのでした。私もそこで初めて触れて名前も知ったのでした。五月の誕生花だそうで中央が白くて周りは子紫色をしていて私の親指と人差し指でわっかを作ったくらいの大きさです。日本名の;瑠璃唐草はいいですね。数知れず咲くチューリップにも、お洒落な名前に混ざって、貴賓の有る日本名も付けられているのです。我が家には、毎年咲いてくれる大きな鈴蘭ももう咲き始めているのでしょうか、薔薇も咲く季節が来たのです、薔薇のお寺も近くに有るのです、クリーム色の薔薇も、真っ赤な薔薇も、真っ白な薔薇も、ピンクも形も色々です。新聞に掲載されていたそうですが、ガーデニングで薔薇の庭を飾っておられるお宅が有って、皆さんに開放して美しい薔薇の庭にお客さんが来られるのだそうです。その中で悲しい事故や事件も有るのです、小さな子供が被害者に成るのは聞いてもたまらなく悲しく成るのです。桜が散って暫くは緑に混ざって花達が癒してくれて、連休です観光にも混雑も何のその!出かけるのでしょう。ネモフィラの丘も待っているでしょう。熊本地震からも一年が経ったのです。春を迎えて少しは癒されたのでしょうか。ネモフィラの花の丘は有るのでしょうか。瑠璃色の丘が蘇ったのでしょうか。2017年4月25日    (ネモフィラの写真です) 、    

   

   リラの雨 濡れて行こうか 石畳

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題「潮騒」


潮騒

(コメント)春の嵐でしょうか、雨戸を叩く音がします。気温は上がったようですが私はどうしてか寒くてアンダーシャツを着こんだのです。リハビリの先生は半袖です。お子さんが国営昭和記念公園にお母さんと一緒に遠足に行くそうなのです。チューリップ畑も、菜の花畑も、ポピー畑も、数知れず花が咲くのです。子供広場には楽しい遊具が有るのです。木漏れ日の里では鯉のぼりも泳いでいる頃です。夢の世界で遊ぶのでしょう。五月には運動会も有って練習も始まるそうです、お父さんの顔に成っている先生です。一日一日子供の成長が楽しみなのです。私は幼稚園の遠足は天王寺の動物園だったのです。息子は何処だったのでしょうか、体の具合が悪くて付き添ってあげられなかったのでした。寝込んでいた事も沢山有って悲しい思いをさせたのでした。お父さんは頑張って働いたのです、家族の為に夢も一杯です。自分の趣味もします。会社のクラブで野球です、監督にピッチヤーです。私はサンドイッチも作るのです、日曜日にも出かけるのです。皆さんの分も沢山作るのです。そろそろです鮎も放流されたのでしょう。関東地方に、東北に、北陸に、伊豆地方に、四国に、友達とも一人でも鮎釣りに行ったのです、何十尾もお土産です。若鮎の美味しかった事・・・・。息子は鮎の塩焼きも上手に食べるのでした。私はフライにもしました、指先で鮎のお腹をさくのです、夏野菜をたっぷり敷いて鮎のフライを三枚も四枚ものせるのです、息子はバリバリ食べてしまうのでした。天ぷらも揚げます、餃子も手作りです、ピザもパタパタ叩いて作るのです、バウンドケーキも、大学芋も、五目寿司も、海苔巻きも、蜜豆も、お好み焼きも、たこ焼きも、ロールキャベツも、豚カツもサクサクです、誕生日にもクリスマスにも、苺たっぷりのケーキも焼くのです。母の日にはエプロンも、ペンダントも、カーネーションもくれたのでした。今はパソコンも息子からのプレゼントなのです。御岳山にも、陣馬山にも、高尾山にも家族で登ったのでした。夏は伊豆に行くのです、海にぷかぷか浮かんだのです。夫が夜にプールにも連れて行ってくれたのでした。着物も縫いました、編み物もしました、毛糸が沢山残っているのです、ブラウスも、スカートもミシンで縫うのです、ごしごし掃除も大好きだたのです、カーテンも真っ白です。楽しかった思い出が一杯です。夫に美味しいご飯を食べさせてもらっているのです。野菜も作ります、菊も、朝顔も、可愛い花も咲くのです、写真も撮りに行くのです。 2017年4月19日    (チューリップ畑の写真です)     

   

   片座禅 転がるだるま 桜東風

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題「浄福寺の桜」


浄福寺の桜

(コメント)「今年は絶対に見に行こうね、晴れたらいいね〜」ととても楽しみにしていた枝垂れ桜です。お隣の町に八王子市でも東京都でも有名な枝垂れ桜の咲くお寺が有るのです。夕焼け小焼けの、中村雨紅さんの育った場所の近くです。少し小高い山に成っている道を登って行けば右手にそのお寺「浄福寺」がみなさんの訪問を待つように有るのです。今は枝垂れ桜が見頃のようで大勢の人が見物に来られていたのです。緋寒桜から咲き始まるのでしょうか、染井吉野、枝垂れ桜、八重桜と桜のお寺です。お寺の本堂の裏の丘では、武将達が陣を組んでいたと伝わってもいるようですが、その頃から美しい桜が飾っていたのでしょう。山桜でしょうか、染井吉野でしょうか、枝垂れ桜でしょうか、今は次々桜が飾るのです。枝垂れ桜が本堂を囲むむかのように咲くのですが裏には桜並木の浅川も流れているのです。浄福寺の枝垂れ桜は樹齢六十年に成るそうですが樹齢二百年に成る枝垂れ桜が咲くお寺も有るようです。浄福寺は、六地蔵でも有名ですから、私は桜も勿論ですが、今年で市政百年を迎えた八王子市にも興味が沸いたのです。悲しい歴史も背負っているのでした。八王子市のゆるッキャラに成っている、松姫は武田信玄の四女でしたが尼僧に成ったお寺も有るのです。滝坊もいます。滝山城や八王子城も悲しいお城でした、豊臣秀吉軍が小田原城の合戦に成っていた時に応援に行き八王子城は留守にしていて上杉軍に攻め落とされてしまったのでした。小田原城の、北条氏政と弟の八王子城主の氏照が切腹したのでした。その後は八王子城は徳川家康におさめられたようです。デージー図書を聞いているとよく八王子が出てくるのです、宿場町だったのでしょう、伝書鳩で伝言をしたお話も聞いた事が有るのです。絹の街と言われてもいますが、いつから機織り期の音が響く八王子に成ったのでしょう。長い歴史の最近の話のように思えます。陣馬山の頂上には白馬が青い空を向いて聳えているのです。陣馬山も、高尾山も、遠い昔からそこに有ったのです。先の戦争では八王子市も殆どが襲撃を受けて焼け野原にも成ったのでした。春には桜が飾ったのでしょう。樹齢二百年の枝垂れ桜は毎春には美しく咲いて心を癒してくれたのでしょう。「長屋の花見」も庶民の楽しみだったのでしょう。今も、八王子城主「氏照祭り」が子供達に寄って伝えられています。勇壮な武将の姿で歴史を哀しくも懐かしく振り返っているのです。 2017年4月15日    (浄福寺の本堂と、枝垂れ桜の写真です)       

   

   花吹雪 下駄走らせて 石切りさん

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題「桜並木を突っ走れ」


桜並木を突っ走れ

(コメント)満開桜が街道にも街角にも公園にも、何処にもここにも咲いているようです。桜色が飾っているのです。滝山城跡も、八王子城跡には、三千本も咲くのです。上野公園もでしょう、墨田川の船遊びも土手の桜並木を眺めるのでしょうか。新大学生も、新社会人も歓迎会の桜祭りなのでしょう。桜色が似合います。桜前線は何処までいったのでしょうか。誰もが待っていた桜です。暖かい春の桜吹雪の道を歩いたのでした、エプロンを広げて桜の花弁が散って来るのを受け止めたのでした。桜が咲く頃は不安定なお天気なのです、それにしても今年は花散らしの雨が降るようです、結構強い雨なのです。PCの学習会に日曜日に行った時も雨がワイパーを忙しく音を立てるくらいに降っていたのです。「やはり桜は晴れているほうが青空に映えて綺麗だな」と夫は言うのでした。満開のそこら当たり一杯の桜は霞んでいるようでした。昨年は綾南公園の桜が満開の頃だった気がします、やはり学習会の帰り道に綾南公園で桜祭りを開催していたのでした。立ち寄ってみることにしたのでした。快晴だったのですが前日は雨降りだったのでしょうか、足元は濡れていたと夫は思い出しています。早い一年でした。国立通りの桜並木は賑やかなのです。病院の帰りに友達と桜見物をしようねと約束していた時にも、外来で先生に突然に「入院してください!」と言われて桜見物はお流れに成ったことも有ったのでした。先日の外来でも綺麗に満開の桜並木だったようです。でも以前と違うのは八王子市が障碍者の為に用意してくれている、車いすもそのまま乗れる「若駒号」で行ったのでした、八王子市には五台の若駒号が登録されています、この間は、1号で行きましたが、今までに五台全部の若駒号に乗ったのでした。色々に利用も出来るので1カ月前には予約が必要なのです。夫は付き添いです。行楽にも利用している人も結構多いと運転手さんの話だったのです。二人の付き添いが出来るので桜見物も行けるのです。夫は桜の咲いている話をしてくれるのです。若駒号はスピードが有るのです、桜の並木もピュンピュン走るのです。しっかりと車いすはシートベルトで結わえられていますが、霞みのように桜並木の夢を見て私はウトウト眠ってしまうのです。「眠っているの?桜綺麗だよ!今立川だよ!もう家に着くよ!」バスガイドのように細かく説明してくれるのです。桜が八王子にも満開のようなのでした。夢の中か、現実か私に見えた桜並木は美しかったのです。 2017年4月12日     (綾南公園の桜並木の写真です                                    

   

   プッカプカ 母と湯船の 花の冷え

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題「三椏の花」


三椏の花

(コメント)西の方から黒雲が雨を連れて来ているようです。東京も夜には雨に成るようです。夜桜見物は中止にしたほうが良さそうです。春休みもお終りでしょう。入学式も有ったようです、小学一年生のピカピカランドセルは背中に大きいのです。振り返ると今頃の潮干狩りは地球の突端まで見えるかのように潮が引くのです。大きく育ったアサリ貝なのです、子供はアサリ貝よりも、動く小動物にも貝殻にも興味が有るようです。夢中に成って潮が満ちて来ないかとよく注意です。品川沖が有名で「品川丼」も美味しいのです。息子とお父さんで行ったのでした、それは大きな沢山のアサリ貝の土産でした、ごそごそ動いていて小さなカニも動いていたのでした。味噌汁には絶好です、潮の香りに色々な料理も作るのです。お祭りだと聞いて河津桜見物に行ったのですが、夕焼け小焼けの触れ合いの里では、何の甘い香りかなと思っていたら黄色い三椏の花が咲いていたのです。黄色い春の色です、触れると私の手では包めない大きさなのでした、小花が集まってソフトボールの半円形のようで、何かごわごわした感じで下を向いて咲いているようです。一面に黄色い花が咲いているようでした。中国から江戸時代に渡ってきたそうですが、枝が3つに分かれていることから三椏と呼ばれたそうです。三椏は和紙の材料ですね、今は紙幣に多く使われているようです。楮とおなじみでしょう。花は三椏が綺麗なのでしょうか、香りも三椏が良いのでしょうか。冷たい水に晒して和紙を作るようですが、手作業で作る和紙は卒業少々を自分ですいて作る学校も有るようです。横浜の何処だったでしょうか、季節折々の花を咲かせているお寺が有って今は「三椏の黄色い花」で一杯のようだと聞きました。香りもするので素敵でしょう。我が家の庭には乙女椿が花盛りに成っていると聞いたのです。ピンクの椿です。後で手を借りて触れに行ってみようと思います。桜はこの3日ほどで満開に成るでしょう。コブシの花もそろそろ手を開いて「手のひらを太陽に」のようにあちこちに見かけるようです。東南アジアからも大勢の観光客が来ているのです。学生の街八王子は又新大学生で爽やかにそしてフレッシュな風が吹くのでしょう。桜もチューリップ畑も歓迎しています。新社会人も東京で負けないで欲しいです。古里に三椏の花が咲いていたかも知れませんね。みんなが応援しています。八王子はとても素敵な街です。三椏の黄色い花は優しい花です。 2017年4月7日     (三椏の黄色い花の写真です)                               

   

   長閑さや 肩叩かれて 擽った

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題「巡り会い」


巡り会い

(コメント){八王子の桜はまだ咲いていないでしょう?どう体のほうは?}とスルスルとドアが開いて白杖を突いてサングラスをかけた私に先生が言うのでした。ずらりと並んだ神経内科のフロアーです。桜の頃に思い出す長い間受け持って下さった先生なのです。医学生の時に結婚されたようです。三人のお子さんがいるのです、二人目が私の息子と同じ年だったのです。外来では、桜は八王子はまだ咲いていないでしょうと笑って言うのです、寒いからです。本当に八王子は病院の庭の桜よりも遅いようでした。満開の桜が病院に咲いても高速道を降りると桜は咲いていないようだったのです。入院しても先生はるんばーるも上手ですから私の背骨は穴だらけでも痛くは無いのでした。痛み止めの注射もしないのでした、そんな物が有るとは知らなかったのです。パルスの点滴の針も手に入らなくなっているのです。さっさと足を引っ張ってグイと一発で入るのでした。忙しいのです、朝は入院患者を一回りしてから外来の時は隣の外来の病院に行くからです。{先生見て行ったわよ!}と同質の人が言うのでした、廊下を歩くときに自分の患者を見て行ったのでしょう、そして{友達みたいね}と先生と話をしていたら友達が言うのでした。ベッドに屈んで話してくださるのです。息子はどうしてると聞くのです、看護師さんは先生は今受験生のお母さんをしているのよとも言ったのでした。看護師さんが薬を間違えた時に私は訂正をしたのでしたが、結局看護師さんの間違いだったのでしたが、先生は私にしっかりしなさいと言うのでした。婦長は誤りました。先生は部長でしたので部長回診の時に私の足は痺れていますので靴下が脱げていたのを手が勝手に動くみたいに私に靴下をはかせてくれていたのです。それでも男性の先生達を従えているのでした。院長先生は私の先生に、s君と呼ぶのです。先生でも、さんでも無いのでした。何かいいなあと思ったのです。生まれ変わって来られたら先生みたいに成りたいです。と最後に言ったのです。カルテが紙からパソコンに成った時に先生はご自分の病院に帰られたのです、急に話してごめんなさいねと、退陣されたのでした。新薬もお嫌いでした。これくらい見えたらいいよねと優しく言うのでした。点字も勉強させてくれたのです。欲張らず、甘えることも嫌いで、優しくて憧れの女性でした。婦人科にも、リュウマチ科にも依頼したり体を全体をよく診て下さって勿論眼下の先生と連絡も取って下さいました。何方にとっても素晴らしいドクターで、女性でしょう。大好きな先生でした。桜の咲く頃に思い出す笑顔の友達みたいにお付き合いをして下さったお医者様でした。 2017年4月5日     (タネを蓄えた、春の百合の写真です)                           

   

   土産屋の 観光客の 花の頃

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題「香って・沈丁花」


香って・沈丁花

(コメント)今日のベッドの横の窓ガラス越しは暖かです。オレンジ色の半袖のTシャツにしたのです。足も素足です。沈丁花の蕾が可愛いという夫です。何と言っても甘い香りが春風に乗って香るのです。ほんの少しポキンと切て机の上の一輪挿しにさしてから鼻先を寄せても甘い香りに酔うのです。私の里には大きな沈丁花の木が有ったのです。朝は爽やかな香りに一日の始まりを応援してくれているかのようでした。家に帰る道標に成る沈丁花の甘い香りです。遠くからも今日のおしまいをホットさせてくれる香りだったのです。これは私が学校帰りも、仕事の帰りも、友達と遊んで帰った時も、お帰りと言ってくれていたように帰るのです。ザクザクと長い道を小石を踏みながら歩くと沈丁花がそこに有るのでした。花瓶に飾って置くと直ぐに根っこを白く延ばすのです。それを植えて置くと何年目かには甘い香りの沈丁花の花が咲くのです。綾南公園にも大きな沈丁花が咲いていたのです。公園中が香るのです。私の家にも植木鉢に咲くのですがやはり地下植えがいいですね。大きく大きく成るからです。マンションに私の里は引越しをしてしまったのでした、だから大きな沈丁花も沢山の花達も持っていけなかったのです、真っ赤な小さな吊る薔薇も、池の鯉も、ボタンも、庭中の花を全部です。置いていかれて枯れてしまったのでしょうか。マンションにもぎっしりと花を咲かせていましたが沈丁花は有ったのでしょうか。沈丁花の香りがしてくると思い出す懐かしい私の育った家族が居た家でした。猫も、犬も、小鳥もいたのです。靴をピカピカ磨いていても沈丁花の香りが開け放した玄関から香るのです。「俺の靴も磨いておいて?」と兄が言うのでした。母の手作りの「ノレン」も沈丁花の香りを乗せた風に揺れるのでした。妹はボーイフレンドにお弁当も作るのです。明るい春の日差しが差し込んできたのです。東京の私の家の沈丁花は、いつだったでしょうか、綾南公園の沈丁花の枝を花も咲いていたのでしょうか、五センチくらいそっと頂いて来たのです。今は植木鉢に愛らしく香るのです。花を私の人差し指で触れると調度包んでくれる大きさなのです。香りと花を指先で触れるだけに成りましたがしっかり覚えている沈丁花です。春を連れて来たのです。 2017年3月31日     (沈丁花の花の写真です)            

   

   付き添いの 絵羽織の鶴 羽ばたけり

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題「飛べない小鳥」


飛べない小鳥

(コメント)枝垂れ梅が冷たい雨に濡れているようです。一つ二つと数えるのです、幾つあの桃色の真ん丸い梅の花を咲かせているのでしょう。阪神甲子園球場では選抜高校野球が真っ最中です。例年ではこの時期にはタワワに枝垂れ梅が球児を応援するかのように咲くのです。雪の便りも聞こえます、春の小鳥達も首を引っ込めてしまったのでしょうか。富士山麓では美しく芝桜が飾っているようです、新聞にも掲載されているようなのです。「行ってみようか?」と話していたらとんでもなく渋滞するようなのです。帰りは車はノロノロ運転なのだそうです。河口湖には車いすに成らなかった時には時々行ったのです、ハーブ園も有って、花豆も有名でよく煮たのです。大河内ダムも行きましたが遠くに成ってしまいました。なるとの渦潮も、ガラスを通して渦を見る事も出来るそうです。瀬戸内海も春の魚が美味しく成る時です。桜鯛が泳ぐのでしょう。「ヤジキタドウチュウ」は二人ではお伊勢参りにもユックリ行きたい旅です、私は小学校の修学旅行で行ったのでした。真珠も見たのです。それから息子の住む、北海道の札幌も行きたいのです、これから五月ごろには暖かく成って、リラの花も咲くのです。待ち合わせをした、名古屋城も行きたいですね。沖縄も美味しい果物を食べるのです。ブルーの海に砂浜です、三線の響きも聞くのです。長野県のペンションでしょうか、家族で行く予定が私の入院で、夫と息子で行ったのでした、息子は何回か友人とも行ったペンションです。長崎県はこれも高校生の時の修学旅行で行ったのですが、又夫と二人行きたい処です。伊豆半島はもう何度も行きました。思い出が一杯です。京都は若い頃に行ったのです、奈良県には夫と自転車で回りたい場所です。新幹線も走って、金沢にも行きたいですが、どうやら二人とも行ったようです。夫は釣りで結構あちらこちらと行っているのです。一番行きたいのは、故郷の関西、「琵琶湖に行こうか?」車いすの私に本気で考えてくれるだけで十分なのです。古里は遠きにありて思うもの・・・ですからね。行けたらいいなあと思う処は沢山有るのですが、羽をもがれた小鳥です。もっといい場所は有りませんか?山口県もいいですね。熊本県のくまモンにも会いたいですね。母の古里宮崎県も素敵な処です、昔は新婚旅行のメッカだったのですよ。もしもなんか無いけれど、羽が有ったらいいのにね。行ったつもりです。 2017年3月27日     (鶯でしょうか?小鳥の写真です)               

   

   永き夜や 旅のプランに 味噌煎餅

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題「溢れる春の・道の駅」


溢れる春の・道の駅

(コメント)今朝も空には黒い雲が覆っているようなのです、北風も吹いている昨日でした。ぽかぽか暖かく成るのが待ち遠しい弥生も中旬をすみました。お昼ごろには日が出て久しぶりに道の駅に行こうかと話は一致して出発です。車の中は暑いくらいです、窓を少し開けたのです。風がきもちよく顔を撫でます。お昼の為でしょうか、駐車場は車が行列していたのです。「オーライ・オーライ」と笛で案内です。今三年目のオリンピックに向けて、ボランティアーで英語を勉強している人が多くいます。和製英語が溢れている日本です。看板やいろいろな書き換えに忙しいのです。小学校では三年生からだったでしょうか、英語の授業が組み込まれるようです。道の駅は春が溢れます、エンドウ豆はさや付きでした、ずっと前から探していたのです、さやから出して豆だけが売っているこの頃です。さやからエンドウ豆を取り出すのは春の香りがして、飛び出す豆が楽しい作業でした、絹さやも淡い緑色です。子供の頃は苦手でしたが絹さやの入った味噌汁も春の香りだったのです。苺の甘い香りもしました。ワサビ菜と珍しい野菜も食べてみたいです。八王子の、ネギも白いところが少ないようです、新玉ねぎもです、筍も福岡産で出ていたのです、そうです、筍を入れた五目寿司を作ったのでした。季節の野菜では有りませんが、何でも有るのでした、ピーマンも買ったのです、みんな触れてみたくて触れてはみたのです。さやに入ったエンドウ豆を見けて嬉しい、道の駅でした。以前に買った、味噌煎餅が目的だったのですが、味噌煎煎餅と、柚子味噌煎餅も、シソ煎餅も買って誰もが美味しいねと言う道の駅のうどんを食べるのです。でも私は滝山そばを、夫は八王子ラーメンを食べたのです、他にも名物が沢山有るのです。大きなソフトクリームのお店はお休みだったのが残念でした。外には、ガーデニング用の苗でしょうか、ずらりと並ぶのです、暖かくて咲いている花は少し水を欲しがっているようでした。香りもしました、ハーブでしょう。籠に沢山買う人がいます、私達も、ルピナスを買ったのです。タネから植えたルピナスはとても大きく成ったのですが、ガーデニング用のルピナスは初めてですが紫色と紫色に白の混合です、今年の夏を飾ってくれるでしょう。 2017年3月24日    (春の浅川の写真です)        

   

   大海原 揺り籠にして 春の月

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題「鈴ちゃんの春」


鈴ちゃんの春

(コメント)「うわー小さなかわいい学校だ!!!」が小学三年生に転校してきた学校の始めての印象だったのです。素朴な遊具も有ってぷーるは有りません、校庭をくるりと校舎が並んでいるのです。前の学校が明治時代からの大きな門も有ってプールも有りました。三年生の先生は女性で優しいお姉さんのようでした。四年生は「大きくなあれ」と私を抱き上げてくれた男性の先生です。初めて神戸の花時計にも遠足で行ったのです。五年生と六年生は同じ先生で男性です、美術を学んだ先生だったのでしょうか、教室を飾ります、窓ガラスも模様で飾るのです。トーテムポールも電信柱で作ったのです。今も残っているのです。母は教室を飾る花を季節ごとにもってきてくれました。小学校の卒業のお別れ会が近く成ったらクラスごとに出し物を考えるのです。講堂で替え歌を歌ったのでしょう。そうです優しい男子がいたのに先生にいじめられていたのです。私が風邪をひいて休むと給食のパンをざら紙にくるんでもってきてくれるのです「早く元気に成ってね」と言うのです。「元気やんか?」ともいうのです。中学校は私と違う学校に行ったのです。引っ越しをしてしまったのでしょうか。今は大人を恨んでいるのでしょうか、先生を嫌いなのでしょうか。私を覚えていてくれたらいいのになと思うのです。講堂に長い机が並んでお菓子や飲み物がお寿司も並んでいたのです、私は友達と隣り合って座りました、椅子ではなかったのです、だからでしょう、空いている席がわからなかったのです。講堂の入り口に鈴ちゃんがうろうろしていたのです、私はテーブルを見渡したら一人分空いていたのです、「鈴ちゃんここあいてるよ」と手を振って知らせてあげました。初めて話をしたのです。いじめっ子と言われていたのですが笑って食べて飲んで楽しかったのです。中学校に行かないで鈴ちんは「小児癌」で遠い処に行ってしまったのです。本当にお別れ会に成ったのです。おばさんはお別れ会の時の事を喜んでくれていました。ずっと後でです、お葬式はみんなで行きましたが、おばさんは霊柩車に縋りついて転がるように泣いていたのです。鈴ちゃんはきっと寂しかったのです。悲しかったのです。春はウキウキ楽しいばかりでは無いのです。東京では毎日のように電車に跳び込んで自殺をするのです。人の心や苦しみは分かりません。でも病気で鈴ちゃんのように小さな頃から苦しんでいる子もいるのです、運命と言えばそれだけですがだから今の自分を大切にしたいのです。桜が咲くと入学式です。ご存知ですか?日本中には二十人に一人が何かしらの障害をもっていると厚生労働省の調べです。 2017年3月20日    (紅梅の写真です)

   

   春の宵 背中合わせの ブルーレイ

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題「思い出が一杯」


思い出が一杯

(コメント)昨夜は雨が降ったのでしたそこら辺りが湿っているようです。初場所も始りました。一年の過ぎるのがなんと速い事でしょう。この11日で東海地震から六年が経ったのです。小学生が入学して卒業する年月です。色々耳にしますがまだ仮設住宅にはお年寄りが住んでおられるようです。寒い雪の降る冬を乗り越えてこられたのです。聞くと見るとは大違いなのでしょう。余震と言うのでしょうか、あれからも結構大きな地震が止む事も無いのです。東京にも揺れが伝わる事も有るのです。長い年月の気持ちの落ち着かない日々だったのでしょう。春に成って、コンサートを初めとして様々なイベントが開かれるお知らせが届くのです。八王子市の広報です。新聞にも春が躍るのです。学生が、社会人一年生が、東京への引越しも嬉く、ドキドキでしょうか。私はあれから坦々と院にも通い、花も植えて小さな菜縁にも野菜が実らせてくれたのです。菊もでした。埼玉県では春を告げる勇壮な、秩父のダンジリ祭りが開かれたそうです。山女つりも始りました。解禁です。八王子は高尾梅郷で梅祭りです。広い敷地の紅梅と、白梅です。青梅の梅林も蘇ってきたようです。観客は梅の香りにうっとりです。写真も撮ります。今年は夕焼け小焼けの触れ合いの里で、100本の河津桜の祭りが有るので行ってみようと話しているのです。六年が経ってやはり疲れる体になった気がします。家で過ごす事も多く成りました。新しい事は、「taburetto」を始めているのですが学習会にも体の都合で休みがちです。勢いが無くなったのです。新薬も使いました、夫に協力してもらって結果はアウトだったのでした。体を破壊してしまったのです。何十年も前に、重症と言われていたのに、藁をも掴むと言うのでしょう。大きな事はそれですね。甥っ子に子供が出来たのはとても嬉しい出来事です。もう大きな甥っ子も姪っ子もいますが、今は会いに行く事も出来ませんがいつか東京に来て合えるといいなと思うのです。そんな事が前向きにさせてくれるのです。見事なチューリップ畑も又行きたいのです、国営昭和記念公園に行けたら何回目でしょう。小学生の遠足の頃です。見えなくても素敵なのです。海外からもお客様です。色んな言葉が飛び交うのです。昨年はヘルパーさんと初めて行ったのでした。河津桜祭りにもヘルパーさんをお願いしているのです。今週は「iPad」のメモに沢山の予定を書くのです、キーで打つのが楽しいのです。春の音楽も流れて聞くのです。 2017年3月13日   (白梅の写真です)                

   

   ざぶざぶと 門扉洗って お水取り

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題「春風に・誘われて」


春風に・誘われて

(コメント)夜明けが早く成りました。行きつ戻りつですが気温もだんだん暖かく成って行くのです。啓蟄も来て這い出すのを伺っているのでしょうか。水も潤い始めたのでしょうか、水仕事をする夫の手はまだ私に触れるととても冷たいのです。野原は何の花が咲いているのでしょうか賑やかに成ったのでしょう。猫柳を見つけたのです。本当に猫が何匹もくっついているような猫柳です。屈んで触れて見た日はいつの事だったのでしょう。風に少し揺れる絹の洋服を着たような猫柳の裾が靡くのです。触れると手さわりはサラサラ絹の洋服を着た猫のようです。色もギンネズ色です。ギンネズ色は、センノリキュウの袱紗の色と聞いています。ギンネズ色は素敵で好きな色です。茶道を習っていた時には赤い袱紗をもっていたのです、高校の卒業の記念には、校章が染められていたピンクの袱紗を頂いたのです。久しぶりの散歩と買い物でした。オこずかいをもってコンビニにヘルパーさんと散歩に行くのです。空が青いと言うのです。風も無いのです。黄色い何かの花が咲いているようです。引き寄せてくれたのを触ってみたら、花火のような花でした。春先には黄色い花が咲くのです。山吹も咲くのよねと話すのです。犬の散歩のようです、犬が吠えるのです。こんにちはと挨拶です。買い物の目的は桜餅です、店内を何回も車いすで回るのです。桜餅は時期だかだでしょうか直ぐにみつかったのです。お昼前でしたからお弁当も美味しそうな種類が沢山有るようでした。他にも好物を買ってヘルパーさんとレジに並んでから支払いを手伝ってもらったのです。お話が大好きなヘルパーさんと私です、ヘルパーさんに誘われて「コーヒーを飲んでいきませんか?」と言う言葉に私も早速従うのです、コンビニでコーヒーが飲めるのは知りませんでした。ミルクも砂糖も入れてもらってホットです。ヘルパーさんはアイスでした。笑ったり話したり、時間が過ぎるのを忘れていたのです。帰り道も笑いまっす、話します。桜餅は、道明寺粉を使った関西風でした。桜の花弁の塩漬けも飾って有ったようでした。青空の下を散歩して、お話もして笑ったからでしょうか「顔色がいいよ」と迎えてくれた夫です。桜の葉っぱを塩漬けにして桜餅を作ったのよとヘルパーさんに話すのです。入院中の友達は元気な時にボランティアーをしていてやはりイベントでは沢山の関西風の桜餅を作ったのよと懐かしく話したのを思い出します。 2017年3月9日   (猫柳の写真です)    

   

   啓蟄に 森の香りの 入浴剤

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題「白木蓮」


白木蓮

(コメント)暖かく成るのを待っていたのです。歯医者にも行かなければいけないのです。カレンダーの予定を見ながら夫は予定日を決めてくれるのです。何も無い日は無いくらいなのです。あれもこれもと心ばかりがせくのです。お昼を過ぎると、疲れたなと言っている夫ですが大車輪で家事も介護も役所の諸々の仕事も夢中でするのです。私の薬も山と有るのを種類も様々です、隔日に呑む日が有ったり上手に区分けしてくれているのです。薬のケースに決まった薬を入れて食事のお盆の左の横の上に置いてくれるのを呑むのです。食品はレトルトでも美味しく簡単に多くの種類も出ているのですが、好みの味が食べたくて手作りを主にしている夫なのです。私が通っていた近所のs美容室があるのですがもう今は通えなく成ったのです。痛みで髪も洗えません。後にも前にも頭を洗面台に乗せられなくなったからです。長い時間も苦痛に成ったのです。春になると行きたい美容室です。今はヘルパーさんと散歩で美容室の前を通るのです。白いレースのカーテンがきっと窓にかかっているのでしょう。雨が降ってきて傘を貸してくれた時も有ったのでした。息子の幼稚園と同じの娘さんが一年下だったでしょうか、一人娘さんでした。幼稚園や学校には、着物を着て来てねと娘さんがお願いするそうでした。娘さんは息子とは違うのですね。まあ私の家は幼稚園にも学校にも行ってはあげられなくてそれどころではなかったのですが。結婚式でしょう、留袖を着付けてもらって奥さんとご主人でしょうか並んで美容室から出て行く様子を見たと夫が話していたのです。今は男性の美容師さんが多く成りました。男性も美容室に行くのです。病院には床屋さんが来てくれるのですが、色々な床屋さんがいるのです。カットしてもらいましたが病人に接するのが上手な人もそうでない人もいたのです。ホームでも美容師さんにパーマネントもカットも美しく注文すれば答えてくれる所も有るようです。家族がお願いするようですけれど。お化粧もしてくれるそうです。笑顔になるそうです。訪問美容室も色々の人がいるようです。寝たっきりの人にジャキジャキ短くカットされてしまって重症の人も文句も言えなかったようです。介護を受けている人も、残された身体の一部でも使って悲しくも寂しくも成りますが、元気な若い時も有ったのです。産まれてからずっと障害を持った人も居るのです。友人のお母さんは寝たっきりに成りましたが、元気な時に、年を取ったら短く髪をしないでねと言っていたので、最後まで髪を短く切らないで手入れをしてあげていたのです。来週私にも訪問の美容師さんが来るのです。天に向かって咲く白木蓮の花のように生きるのです。 2017年3月4日      (白木蓮の写真です)            

   

   桜色 シャツは研修 テレビ塔

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題「赤い椿」


赤い椿

(コメント)琵琶湖に沈んだ大学生のボート部のお話を歌った歌が有ります。みなさんもよくご存知の歌です。その中に出てくる椿です。それは深い藍色に包まれた湖です。鮎の稚鮎も琵琶湖産は有名で元気がいいそうです。菜の花も黄色く揺れるのです。琵琶湖マラソンはそろそろでしょうか。8回目を迎えるようです。妹と琵琶湖に行った時が有りましたが古里の草津には寄らなかったのでした。海のような琵琶湖です。北側と南側ではとても違うのです。私の部屋には琵琶湖の写真が飾って有るのですが兄の写した琵琶湖です、上野美術館で展覧していた優勝の作品です。他にも有りましたが、青い湖に赤い鳥居の写真はお客様も綺麗ですねと言うのです。一重の山吹の花も思い出します。春のお彼岸です。先祖代々のお墓も思い出します。屋敷の中にはふきのとうもニョキニョキでていたのです。さらさら小さな川も流れていたのです。三つ葉も綺麗でした。竹藪もあったのです。栗の木も、柿の木も、夏みかんの木も、雑木林のようにです。花も咲くのです、椿は勿論だったでしょう。蔵も並んで建っていました。もっと古里に帰れば良かったと今頃思うのです。今は4車線の国道も出来てすっかり古里は変わってしまったようです。でも琵琶湖の椿は咲いている筈です。まだヌクヌクした鶏の産みたての卵を食べたのです。祖父が鶏の首をはねて鶏のすき焼きにしてくれたことがあったのでしたが、私は鶏を殺す所を見てしまったのです。グツグツ美味しそうなすき焼きは食べたのでしょうか。ヤギもいたのです。土間には、牛小屋も有って牛は鼻から白い息を吐いているのです。私が産まれた家は、長い白い土塀を伝って行けば大きな門は閉じられているのです。潜り門から入るのです。大人は腰をかがめるのでしょう。土塀の上には瓦が乗っています。母の好きなお茶の木が、潜り門を入ると何本も植えられて白い花を咲かせたのでしょう。琵琶湖までは近いのです。何処までも広い田んぼです、近江平野です。先頃、西陣の事を書いたでーじー図書を聞いたのです。草津も出てきたのです。一気に聞きました。西陣の帯を織る織り子さんの話しです。八王子も織物の街ですがやはり八王子も織り子さんは貧しくて苦労をしたのでしょうか。カッタンカッタン織り気の音です。美しい絹の着物を着る事は無いのです。織った西陣の帯を結わえる事も無いのです。息子が成人した時にはシルクのネクタイを八王子市からお祝いに頂いたのです。市民はやはり織物に携わっておられた人が多いようです。桑の畑は無くなりましたが最近は小学校で教育の一環で、家でお蚕さんを飼育するように学習しているようです。息子の幼稚園は桑のみ幼稚園でした。 2017年3月3日         

   

   蝶ネクタイ 畏まってる 内裏様

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題「素晴らしい愛をもう一度」


素晴らしい愛をもう一度

(コメント)桃のお節句です。春の始まりの色です。ヒナあられも食べるのです、菱餅もです、菱餅は下から白は雪の色、緑は芽吹きの色、桃色は花の色ですね。桃色は明るい春を呼んでくれるのです。もうブーツを軽い靴に取替えたのです。ピカピカ光った黒のエナメルの靴をはいていた頃も昔です。私の拘りは靴だったのです。お洒落は足元からとも言いますね。お洒落を気にした訳ではないですが、どうしてか靴が大好きだったのです。色は山吹色に、エナメルグリーンが特に、好きでした。春の色でしたね。浅草で、エナメルグリーンの耳たぶに挟むイヤリングを兄に買ってもらったのです。春休みに、阪神パークに花見に行った時が有りましたがまだ寒くて震えている家族の写真が有るのです。それでも砂浜に出て、北風を受けた波の浜辺で遊んだのでした。今日はリハビリでした。先生のお子さんは女の子です、ヒナ祭りです。一年生にも入学のようです。お父さんも今はみなさん付き添いのようです。「楽しいヒナ祭りを」とお別れです「身体に気をつけてください、又来週!」と先生です。学習会で習った、iPadに息子がメールをくれるのです。高校生からの友人もですが、転んで骨の手術をして入院中ですがリハビリや入院中の話をiPadにくれるのです。中学生の時からの友人はiホーンを使っていてやはりメールをくれるのです。転んで入院中の友人は携帯電話です。本が大好きな幼馴染はデジタルが苦手なのです、本も図書館で借りてきてはベッドの横に何冊も置いて有るようです。アナログよと言っています。庭には四季折々の花を咲かせて雑誌にも掲載されたのです。主に楽器の先生を呼んでは友人とサークルのリーダーをしているのです。私はパソコンのMMエリットで手紙を書いてプリントアウトをしてから封筒の宛名書きは夫に書いてもらって手紙も出すのです。海外に買い付けに行ってお店もしているのです。私には本当のお姉さんのように育って今も心にかけてくれているのです。「ほっておいてかんにんな」と洋服も、食べ物も、ウサギの毛皮のそれは暖かいマフラーも、テーブルクロスも、トンボが何匹もクルクル回るモビールも送ってくれたのです。エアコンの前に夫が吊るしてくれたのです、もう私には見えませんがエアコンをいれると何匹かのトンボがクルクル回り飛んでいるように遊ぶモビールなのです。校内では息子が一人だったのでしょう、チョコレート色のランドセルをカタカタならして家に走って帰って来るのです、お母さんただいまとです、小さな手にはぎっしりと握られた、スミレ、タンポポ、蓮華草が私にお土産だったのです。可愛い小さなガラスのコップに早速お土産を生けたのです。そんなスミレ草の写真です。 2017年3月1日                 

   

   道草や 春の小川の ランドセル

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題「幸せの・黄色い水仙」


幸せの・黄色い水仙

(コメント)窓を北風が叩いて行きます。そして東京は乾燥注意報が出ているのです。加湿器はまだ離せません、時間ごとの点薬のほかにも、ドライアイの私は目薬も欠かせないのです。浅川に行けばシジュウガラの囀りが聞こえるようです。きっとシジュウガラです。笹薮の中には鶯でしょうか、みなさん小鳥を見物に来られているようです。ラジオのリスナーさんのお便りですが、小川の下で静かにしていたメダカも春を告げて泳ぎ始めたようです。真夜中に東海地方の地震速報が有りました。マグ二チュード4.5だそうです。何時になれば収まるのでしょうか。高台には仮設住宅に入っていた人の為の住宅も出来て住み替えのようです。どんな住宅なのでしょうか、家族が離れ離れの人もいるようです、一人暮らしのお年よりもいるようです。何か少し寂しいです。代表の人が「甘えているようですが引っ込んでしまう住宅の人の為にイベントに来てください」と言われていました。年を重ねての新しい場所での新しい人とのお付き合いは難しいでしょう。心もまだまだ癒されてはいないと思うのです。もう黄色い水仙は咲いたのでしょうか。春先の黄色い色です。東海地方の何処だったでしょうか、木彫りのこけしの雛人形を作っておられるそうです。作者の一人一人の心のこもったお人形でしょう。桃のお節句が来るのです。花桃ももうずっと前に出荷したそうでしたが早くも二月も終わ蠢く春で、私も蠢く体調です。迷って昨日はPCの学習会に行ったのでした。元気はいいなあと思っては、楽しく弾むリズムの音楽を聞くのです。音楽がうるさい時もあるのです、そんな時は安静です。昨日は学習会から帰って好きな音楽を聞くのです。アメリカのポップソングです。「黄色いリボン」です。映画のテイマソングです。日本ではアメリカの黄色いリボンをなぞって「黄色いハンカチ」の映画が出来ました、歌は同じ曲だったのではないでしょうか。東京マラソンも終わりました。都庁の前から車椅子の人達もスタートです。殆どの人が時間内にゴールインしたそうです。私の行ってみたい両国の下町も通ってコースは平らな場所が多かったようです。もう春の大イベントに成りました。幼稚園生も、小学生も、中学生も、高校生も、大学生も卒業です。別れの季節です。上京する人、海外にも体験留学でしょう、交換留学でしょうか、何でもいいので海外に行くのはいいですね。広い世界を若い時代に少しでも体験です。北大です「boys,be ambitious!」ですね。あの有名に成った、白線流しの高校はまだ美しく白線を流しているのでしょうか。今も白線を流していて欲しいです。桃のお節句は私の高校の卒業式でした。ちらちら雪が舞ったのでした。花吹雪と供にです。花壇には黄色いラッパ水仙が咲いていたのでしょうか。絵本の挿絵のような「黄色い水仙」の写真をのせています。 2017年2月26日         

   

   荒れる夜 弄ばれて 枝垂れ梅

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題「何でも出来ちゃう・魔法の手」


何でも出来ちゃう・魔法の手

(コメント)携帯電話が集まりました。一人で10台も持参した人もいたようです。東京都にです。日本中では何台に成るのでしょうか。オリンピックの、金メダルに使う金を集める為だそうです。金が携帯電話に使われているのです、リサイクルです。眠っているのは勿体無いですね。金属は家庭に沢山有るのだそうです。資源の少ない日本はリサイクルを上手にして、今度のオリンピックで世界にも見本に成りたいです。金を取った後の処理も、セメントにまぜたり日本人は上手に最後まで処理が出来ると聞きました。もっと大切にリサイクルをしていきたいです。夫はある会社の研究所でやはりアイデアを生かしていたようですが、息子の尊敬の的です。小学校一年生に成る時には私の願いも有ったのですが、勉強机は色々見て歩きましたが、息子に合った机を与えたくて夫に作ってもらうことをお願いしたのです。リサイクルと言えば私の家はそのものです。何でも取っておく夫には困った事も有りましたが今は息子と考えは同じです。とても助かっているのです、息子の机を作った時は引き出しも作りました、板は買ってきましたが、再利用で板も使います、ねじも何でもあるのです。何年生までその机を使ったのでしょう。トノコも塗ります、磨きます、ニスも塗ります。愛情一杯の机です。今は私の物にドラフターが使われているのです。家の前を杖を突いて毎日3百歩歩きました、其の頃には座っていられたので、椅子も机も作ってくれたのです。どんどん状態は進みます、その都度椅子も机も作り直しです。物置や宝箱からねじもキャスターも出て来るのです。我が家を訪ねる人もびっくりするのです、私の生活がしやすいように何でも出来ちゃう魔法の手です。魔法のアイデアです、手すりもあるので私は手が動く間は、クルクル回るお風呂の椅子まで手すりを握って行けるのです。お手洗いも勿論ですぐるりとてすりです、後ろを向かなくてもすむように工夫のバリアフリーです。玄関もです。二階に上がる手すりはもう必要は無くなりましたがカーブも綺麗です。キッチンのテーブルも食事のお盆は二人分です、夫が準備をしやすいように工夫です。リサイクルは勿論です。皆がびっくりです、解除を受けている人には助かりますねと言うのです。本当にそうなのです。家では転ばないように息子にもくれぐれ言われていますが車椅子に乗って生に成りましたが、行き届いた何でも出来ちゃう魔法の手です。私は安心して家で過ごせるのです。ベッドの横には竹で作ってくれた花活けが有るのです、梅の花と水仙を投げ池です。今書いているパソコンも食事のお盆も乗せられるテーブルも最近の作品です。ベッドの横に引き寄せる事も出来るのです、キャスターがついているからです。今日は看護師さんが来ます楽しいお話が出来そうです。 2017年2月21日    (パンジーの写真です)  

   

   春名嬉 ピッチヤーマウンド 僕のパパ

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題「カラフルに・春一番」


カラフルに・春一番

(コメント)雪解けです。大風が吹きます。気温は東京で22度に上がったのです「春・一番」が吹いたようです。静岡県では川津桜が咲いたようです。私の町の公園では来月には川津桜祭りが有るのです、雪が降った時も有ったのですが今年は美しく咲いてくれることを願うのです。夕焼け小焼けの触れ合いの里では百本の川津桜が咲くのです。三年後の東京オリンピックの自転車の競技が静岡県の伊豆市で開催されるのが決定したようです。ロードレースとマウンテンバイクです、市民は力を合わせて歓迎に様々なボランティアーにも沸いているようです。今日はとても良い天気です、昆布茶を入れてもらって飲んでから、パソコンのメール受信を開くのです、姪っ子から届いていたのです。友人からは勿論嬉しいですが、姪っ子や甥っ子からの久しぶりの「おじさんおばさんお元気ですか」のメールは嬉しいものです。夫のお姉さんの娘です、夫のパソコンに転送したのです。買い物ついでのランチも含めて出かけることにしたのです。暖かくて着る洋服選びに困るのです。陣馬街道は混雑していたのです。目的地も駐車場は満杯でした。花屋さんの前を通ると甘い香りです。ミニの黄色いラッパ水仙でしょう、パンジーも有るようです。春を一つ見つけたのです。広い店内です、私は膝に買い物籠を置くのです。甘い香りの苺です、栃乙女に、甘王に、アマほっぺ、だったでしょうか、真っ赤な苺です。そして温州ミカンに、イヨカんに、ポンカンに、デコポンです、黄色ですね。野菜の緑はほうれん草でしょうか膝の籠にドンドン夫は入れて行くのです、私はしっかりと籠を握るのです、籠はカラフルな春で溢れるのです。店内は広くてテーブルも幾つか有るようです、女性達が楽しそうに話しているのです、笑い声も聞こえるのです。男性もいるようでした。夫はコーヒーを私はココアを飲んだのです。春カラーのソックスも買いました、夫が選んでくれた薄いピンクの春カラーですが、ホワイトと迷っていたようでした。何年も前に色んなカラーのマネキュアは捨てたのです、曲がってしまった指には似合わないからです、爪もそれを拒否しているのです。見えなくなった私には桜色のまねきゅわは塗れないからです。春風に揺れる小さなイヤリングもとっくに捨てたのです。夫がくれた揺れるパールのイヤリングはお出かけ用です。大切にしまってあるのです。髪も長く成りました、もう少し長くして今度はボブカットにしたいのです。それまでは髪をカールです、新しいカーラーも買ったのです。歩こう会から、ブラインドメイクのお誘いが届いたのです、行ってみたい気持ちも有るのです。甘い栃乙女を口一杯ほおばっています。 2017年2月18日   (タンポポの写真です)         

   

   星空の 屋根飛び越して 猫の恋

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題「空に星があるように〜」


空に星があるように〜

(コメント)今日の天気予報は用語がずらりと並びます。昨日は私の街にも雪が降って霙になって薄化粧をしたようでした。今朝も道路は凍っているようです。節分には小雪が毎年のように舞いませんでした、暖かいくらいでしたがやはりお彼岸んの前には冷え込んで雪に成るのです。空の星も月も寒さに凍てついているのでしょう。金色に輝く月です。ミカズキです、月に金星や火星が大接近した時が有りました。空も澄んで月も星も美しいのです。ラジオの深夜の番組から生まれた歌だったのです「空に星があるように」です。儚い内容の歌です、最後は唯の季節の移りめの頃で終わるのです。青春は光と影で涙も流します心も痛みます。年老いてからのそれとは違うのです。荒木一郎が作ったこの歌は青春そのもののようです。タクロウも、ヨウスイも、バンバンも、フォーククルセダーズも、グループサウンズも、小柳ルミ子も、森山良子も、御三家も、沢山です歌いました。ポロンポロンギターもならしました。カセットテープにラジオから録音もして、今も有るのです。ボビーソロも、クリフリチャーズも、プレスリーも、バッハも、シューベルトも、ジャンルは問わずに聞いたのです。ビートルズもでした。東京に憧れる歌も多かったようです。それと同じくらいに星や空を歌った歌も多いのでした。私は今は空の雲も夜の星も月も見えなく成りましたが、凍てつく頃の星空なのです。民間で月に行くロケットを作っているグループが有ると聞きました。それぞれの人の得意な事をするそうです。アポロですね。宇宙にも月にも憧れが夢が有るのでしょう。研究でしょうか。髪の毛を長くしてジーパンをはいている男子でした。私もジーパンははきましたよ。みんながそうではなかったですが、テレビも学園ものが多くて若い私には楽しみな番組でした。役者さん達も年を取りましたがまだまだ元気です。もうすっかり髪の毛は短くして白くなっているのでしょう。加藤和彦は悲しくてやりきれないを作ったのです、自ら命を終えました。今は私のパソコンのミュージックに入っているのです。落ち着かせてくれたり、ほっとさせてくれたり、若い心を身体を蘇らせてくれるのが青春の時の歌った、ギターを抱えた時を思い出させてくれる歌です。映画も観ました。ビートルズを聞くなんてと言われたのです。遠い昔の少しおかしなお話です。パソコンのUチューブで荒木一郎を聞いています。如何ですか?青春を思い出すのもいいですよ。若い人が昔に流行った歌を聞くのもいいですよ。 2017年2月10日              

   

   バレンタイン 真っ赤な薔薇に 愛込めて

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題「春よ来い・早く来い!」


春よ来い・早く来い!

(コメント)ラジオのFMからは1960年代や70年代の春のフォークソングや懐かしい童謡唱歌や、クラシックも流れてくるのです。春の先取りです。今朝は手が冷たくてかじかんでいるのでした。北のほうでは、下帯姿の男性が雪で作った舞台で綱引きをしたそうです。聞いただけでも身体が凍りそうです。あちらでもこちらでも寒い時期の楽しみや行事が有るのでしょう。観客も耐寒に備えなければいけません。梅が咲いていましたよとリハビリの先生が教えてくれたのです。目につくようになったのですね。紅梅が咲いていた頃は今月の六日ですが、息子が産まれた日だったのです。空は青く晴れ晴れしていたのです。最近よく夢を見て覚えているのです。子供は夢を見て寝ていてクスクス笑っているのです。遊び疲れてご飯を食べながらこっくりこっくりしているのです。だんだんと広い遊び場所を獲得して行くのです。友達も出来ます。きょうは浅川の近くで見つけた四羽の雀の写真をのせています、可愛い雀の家族でしょうか、友達でしょうか、私の話ですが子供の頃に友達の家がお米屋さんだったのです、家の前でした、散らばったお米に雀が集まってきて食べているのです。可愛いのです。同じ学年でしたので、母が留守をする時には其の子の家に私を預かってもらうように頼んで出かけたのです。学校の音楽の歌を二人で歌ったりしました。とても仲良しだったのです。何時だか知りませんが交通事故にあってから名前を二つ持っているのです。よく有りますね、縁起が悪いから名前を変えるのです。そっと触れると下を向く、おじぎ草が有りました。触れて遊んだのです。裏の家の幼馴染の家にも預かってもらう時も有ったのです。大阪は今頃の時期でも殆ど雪は降りませんでした。寒くても外で遊ぶのです。幼馴染の子とは綺麗なレッテルを集めていて交換して遊んだのです。小さな妹を連れて何処に行っていたのでしょう。田舎に行く時は三人でした。窓から見える景色は寂しいのでした。用事を終えて夕方に家に向かって帰る時だったのでしょう。私は座席に靴を脱いで窓から外を見るのです。寂しい景色を覚えているのです。山も畑の破れた案山子も右に流れて行くのです。それよりも、歌も大好きな母が外の景色のように寂しそうだったのです。妹も私と二人で窓の外の景色も見ないのです。母の横に座っているだけなのでした。座席はフンワリ暖かかったのです。お米やさんの友達のお米を食べに来た雀を思い出した浅川の四羽の雀でした。シタキリスズメでしょうか?スズメノガッコウでしょうか?ヌクヌク座席のような暖かい春が早く来ますように。 2017年2月8日        

   

   セミフォーマル すますマネキン 春を呼ぶ

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題「雪にも負けず・風にも負けず!」


雪にも負けず・風にも負けず!

(コメント)鶴が北帰行の準備のようです。何処に飛んで行くのでしょうか。白鳥も灰色だった子供の白鳥も真っ白に成って家族でそろそろ飛んでいく準備なのでしょうか。雁も、琵琶湖の大鷲も、浅川の沢山の渡り鳥も何処から来て何処に飛んで行くのでしょう。浅川で見つけた雀よりも小さなキット渡り鳥なのでしょう。浅川の近くの池の草の中に居たのです。緑色ぽいようですよ、草に隠れてしまいますね。写真にのせています。日本列島は豪雪や雷や強風注意報が出ているのです。毎年ですから八王子も雪に成るのかも知れません。明日の節分には高尾山は小雪が舞うのでしょうか。病院行きなのですが天気予報が気に成るのです。この小鳥は雪には大丈夫なのでしょうか。餌を沢山食べて古里に帰る準備をしなければいけないのでしょう。海も高い山も嵐にも雪にも負けないで飛んで行くのです。どこにそんな力が有るのでしょう。今日は北海道に、北陸地方に、東海地方に、日本海側には大雪のようです。北海道の北の湖では氷をくりぬいてアサリ貝を寒い中、収穫しているそうです。四センチも有るようですよ、大きいですね。プリプリしていそうで美味しそうです。氷の上での、公魚釣りもこの時期の楽しみです。お隣の埼玉県は今椎茸が採集期で美味しいそうです。寒くなくては収穫できない物も有るのです。寒天作りや、唐辛子も聞いた事が有ります。プロ野球はキャンプに入りました。宮崎はやはり暖かくて幾つもの球団がキャンプです。海外にも行ってキャンプです。自然界の中の小鳥は無事に海も山も越えて帰って行くのは助け合って行くのでしょう。不思議の世界です。ITよりも不思議な世界かも知れません。雀の仲間は多いそうですからきっとこの小鳥も雀の仲間なのかも知れません。啼き声は聞こえませんでした。小さな声だったのかも知れません。聞き逃しました。春が来てもこのまま浅川に居るのはだめなのでしょうか。鶯の初音を聞く頃はやはり古里に飛んで行ってしまっているのでしょう。その頃は雪解けです。畑の苗も売られるのですが気をつけなければいけません。遅霜が降りるのです。桜が咲いてから土が温かくなってから苗を植えるのだそうですよ。菜の花も黄色に靡くのです。渡り鳥も頑張って力を振り絞って仲間と助け合って古里に帰っているのでしょう。後少しは浅川で会いましょう。 2017年2月2日                        

   

   膝の子の 指さす先に 梅の花

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題「光の欠片」


光の欠片

(コメント)新しい年が明けたと思ったらもう1月も終わりです。そして春の節分です、立春が来るのです。福豆を買ってもう「オニワソトフクワウチ」の声は聞こえませんが暗い寒いトンネルの先に明かりが見えた気がします。節分の日には高尾山には力士が来るのです、豆蒔きをするのです。今年は横綱がそして誰が来てくれるのでしょう。何時も冷たい雪が降るのです、紋付袴姿の力士は又魅力的です。年男も祝われるのです。子供と遊びましたね、桃太郎の鬼合戦だでは無いですが、鬼の面を作ったのでした、青鬼に、赤鬼に黄色い鬼のお面です。お父さんは鬼の役です、ワーワーキャーキャー逃げるのです。鬼さんはぶつけられた豆をお面の中でむしゃむしゃ食べるのです。でも息子の大好きな本は「ないた赤鬼」でした、いつも布団の中で同じ場所を「ここ読んで!」と言っては読んであげると笑うのでした。水戸では梅祭りが今月には開催されるそうです。八王子も素晴らしい梅林ですよ。昨年に比べて寒がりになったのでしょうか、行ってみたいのですが寒さには弱く成ったようです。春の選抜高校野球も代表校も決まりました、西東京は、早稲田実業です。春の甲子園には息子が春休みに従兄弟と見学に連れて行ってもらったのでしたが寒かったようです、でも良い思いでに成ったでしょう。小学生の時です。ジャイアンツのキャップをかぶっていたのを、縞々のタイガースのキャップを叔父さんに買ってもらってかぶせてもらったようですが、あの縞々のタイガースのキャップは何処に行ったのでしょう。お気に入りでは無かったようですが思い出のキャップです。私はちなみにタイガースファンです。春が近くに成った気持ちがしてうきうきしませんか?相撲も盛り上がっていますね。茨城県は大盛り上がりです。浅川にやっと行ったのです。ここにのせた渡り鳥は名前は知りませんが嘴が黄色くて南の国の鳥なのでしょうか、鮮やかそうです。寒い冬を越して帰って行くのですね。大勢のカメラマンが来ていました。春の光が暖かい日でした。何か人気の有る鳥のようでしたが大人しそうにもしているようでした。大きさも15センチは有ると言うのです。何匹かは、いたのです。春の光を感じているのでしょう。詳しい人は鳥の名前をよく知っているようでした。貴重な鳥もいたようです。珍しい鳥もです。リハビリの先生と鳥に成りたいねと話すのです。でも弱った鳥や病の鳥は置いていかれるのねとも話すのです。この名前も知らない鳥が無事に古里に帰ってくれたらと願います。 光を目指してです。 2017年1月31日        

   

   豆を炒る 母はお多福 鬼は外!

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題「小春の足音」


小春の足音

(コメント)今日も寒い朝でした。遅くまでベッドの中でぬくぬく布団からは出にくかったのです。三時くらいからでしょうか、でーじー図書を聞いていたのです。藤沢修平の短編集です。七時近くになってやっとベッドから起きだしたのです。部屋はもうお日様が出ていて私の部屋は暖かでした。それに今日は寒晴れのようだというのです。ヘルパーさんと散歩の日です。久しぶりに外に出て見ようかと思って時間が来るのを楽しみにしていたのです。朝の十時からです。やはり外は春の兆しのようでした。梅の花も咲いているようです、私の家の前の梅は1輪のようでしたが、白梅の幾つも開いているお宅も満開近くに咲いているよと教えられるのです。何と言っても空が青いというのです。風も有りません。ヘルパーさんはマフラーをくるくる巻いてくれるのですが寒くはないのでした。小鳥も啼いています。蝋梅も咲いているよと教えられます。椿も蕾は開きかけているのです、触れさせてくれました。沢山有ったのです、くるんと下に向いている葉っぱは緑が濃くて先は細くて綺麗だと言うのです。触れてもみましたよ。日当たりが良いのです。黄色い筆の先のような形の何かのタネも拾ってくれたのです。芝桜は枯れているようですが少し花を付けているのもあるそうです。家庭菜園をされている人も、暖かなのでのんびりと葱や、白菜を作っておられるようです。陣馬山は緑では無いようです。雪でもないようです。浅間山は雪が積もっているのでしょうか。ヘルパーさんと「早春賦」を歌うのです。雪山登山をされる人は楽しいでしょうね。富士山も春を待つのですが、山男は歌にも有りましたが、大好きなのは山だそうですよ。娘さんでは無いようですよ。樹氷は美しいですね。写真でしか見た事は無いのですが、高校生の時に、教室に先生が山が好きで行かれていた写真を飾っていたのを卒業の時に私が頂いたのです。教室は全部飾っていた物はお友達の宝になって分けられたのです。春の卒業式でした。両親が花吹雪を舞いかけてくれたのです。来てくれるとは思っていませんでしたから嬉しくてびっくりしたり感激でした。何の花束だったのでしょうか、母にプレゼントしたのです、私に先生からもらった花束です。25日は初天神です、飛び梅の伝説ですね。受験生はやはり天神さんに最後のお願いに行くのでしょうか。風邪を引かないようにして受験生の仲間達と会うのも元気が出ていいかも知れませんね。天神さんは迎えてはくれるでしょうけれど一人で頑張りましょう。春は皆に来るのです。頑張り過ぎないようにしましょう、寄り道、道草、迷い道、毎年春は来るのです。赤ちゃんにもお年寄りにもです。病んでいる人にもです。春よ来い! 2017年1月26日     (蝋梅の写真です)       

   

   寒餅や 蒸篭も牛も 蒸気上げ

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題「オオサム・コサム!」


オオサム・コサム!

(コメント)大寒です。そしてアメリカの大統領ドナルド・トランプの就任式です。アメリカ国民の半数以上がトランプ氏が大統領に成るのを反対しているそうです、デモも有るようです。演説の内容が気に成るのです。貿易や、中国との関係、ロシアとの関係もそうですが、一番は日本に対してです。これを書き終えた時にはもう何かが私の中でも違っているのでしょう。世界中がアメリカに注目のようです。初場所も気に成るのです。マスセキは満員の毎日のようです。行司さんも、呼び出しさんも、国技館を揺らす如くに覆えんする声も春を思わせてくれます。京都の駅伝も京都が優勝したそうですね。聞き逃しました。テロは相変わらずで恐怖を世界に振りまくのです。寒中に寒々しいお話は耳にしたくは無いです。寒くて冬鳥の声も聞きに行けないのですが行きたくて夫とも行きたいねと話しているのです。沖縄では緋寒桜が咲いて日当たりの良い場所では満開のようです。下仁田で有名なこんにゃく芋、夕顔の花ですね。皆さんが集まってこんにゃくを作ってお味噌を付けて食べたそうです。美味しそうですね。そう言えば昔の事ですが、ラジオのクイズで当選して下仁田の葱が送られてきたのです、何十本も有りました、太くてとろりとしていて美味しかったのです。食べ切れなくて冷凍にして息子が帰った時にすき焼きにしたのでした。庭に来て、からすがけたたましく2度啼いて去ったのです。少し遅い初カラスです。外に出ない私を呼び出しにきたのでしょうか。何を伝えにきたのでしょうか。心当たりは有るのです。きっとそうなのです。私にだけ分かるのです。20日の朝だからです。鳥といえば昆虫と言うのでしょうか、今は「蓑虫」はいるのでしょうか、生餌を与えてあげなければいけなかった小鳥を飼っていたのです。私は蓑虫を探して小鳥にあげたのです、真っ黒な幼虫でした。上手にミノを本当に小さな小枝で作ってその中で冬を越すのです。枯れ木に蓑虫は沢山いたのです。風が吹いてススキの穂はふわふわ散るのです。翼が有ったら何処に行きますか?風に乗って何処に行きますか?私は行きたい所が有るのです。雪の山も飛び越えるのです。海ではカモメと並んで飛びましょうか?夕焼けも飛び越すのです。暖かい国にも行くのです。逢いたい人も居るのです。そっと声をかけるとびっくりするのでしょう。風が1吹きすれば今にもふわふわと飛んで行きそうなススキの写真をのせています。やはり今朝も霜は降りていたようです。冬来たりなば・春とおからじ!ですね。梅も直ぐに咲くのです。ススキは何処に飛んで行くのでしょうか。 2017年1月20日                        

   

   譲り葉や 心許なく 風任せ

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題「北風と太陽」


北風と太陽

(コメント)1月も15日です。小正月も来て鏡割りも終えて甘いゼンザイも食べるのです。日本列島は北の地方、日本海側や長野県に、名古屋の平野でも白く美しく雪化粧した太平洋側の風景を新幹線から見た日も有ったのです。大雪や大吹雪のようです。やはり米原付近は新幹線は徐行運転なのでしょう。大寒も来るのです、お客様との「寒いですね」が挨拶になっているのです。私の街も朝は氷点下何度なのでしょうか。身体は棒のようでカチカチに成っている私なのです。年齢を重ねるごとに明るい新年だというのに病と供に衰えを感じるのです。2月の病院行きは、車椅子も乗れる「若駒号」を頼んだのです。高速道は雪が降って夫の自家用車と運転では危険なのかも知れないからです。事故になったら大変です。ポカポカ暖かいお日様はいいですね。私の家でもこれから14時過ぎまでは頭も暑いほどには暖かい陽射しが部屋を包んでくれるのです。リハビリの先生も暖かい部屋ですねと言うのです。きょうは体調が良くなくてリハビリはお休みにしたのです。小鳥も来て騒ぐのです。朝はベッドの上で足先から少しずつ動かして行くのです。冷えると痛みが強くなって心までが沈んでしまうのです。北風と太陽のお話を思い出すのです。暖かい心で誰にでも接すると心も溶かしてくれるのでしょう。木枯らしの中でも歌も弾みます。北風にも飛ばされそうに遊んだのはもう昔話の世界の事のようです。何でも歌がついているのです。カゴメカゴメに、トオリャンセに、沢山有るのです、でもお友達は沢山いなければ遊べないのですよ。みんな10人以上はいたらいいですね。大きな子も小さな子も集まるのです。鬼さんこちらは、目隠しです。真っ暗の世界を知るのです。隠れん坊もあんまり探しても見つからなければ足でも洋服でも少しだけ覗かせて上げるのです。ゲタカクシという遊びも有りました。下駄でなくて、靴だったのですが、靴を隠すのです、鬼さんは草の中や色んな場所に隠された靴を探すのです、難しいのですよ。これもおおきな子は助けてあげるのです。いつの間にかお姉さんに成るのです。北風の中でも友達達は太陽みたいな優しい歌を歌って優しい心にも助けられたのです。鬼さん役の子は暗くなって家にも帰れなくなっても助けてくれたのです。カゴメカゴメウシロノショウメン・ダーレは知っていますか?後ろに座ったお友達の声で誰なのかを当てなければいけないのですから、お友達の声はみんな知っているのです。北風に洋服はミットの帽子も暖かい洋服も着ていますが、歌って笑って遊ぶのです。友達と繋いだ手袋の手は暖かです。頬は冷たくても太陽みたいに林檎のように真っ赤なのです。 2017年1月8日   (北風に靡くススキの写真です)                          

   

   初釜や 簪庇う にじり口

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題「成人式」


成人式

(コメント)日本中で色々な成人式が開催されました。東京の鳩バスのバスガイドさんは振袖姿で会社で祝ってもらったようです、新聞に掲載されていたのです。建設会社の男性達は紋付袴姿の成人のお祝いです。初場所も始りました、成人した力士も親方やおかみさんが新成人にご馳走を作ってあげたりプレゼントを贈ってあげたりするそうです、ラジオの相撲の放送で解説の親方が話していたのです。お盆に帰省した時に成人を祝う地域も有るのです。大島紬を着て皆さんが祝われるのは有名ですね。お母さんやおばあさんの着物を頂いて着るそうです。着物は長持ちするのです。最近は娘さんの振袖もレンタルだそうです。成人式の晴れ着は仕立ててもらえるのならぜひ作って頂けばいいと思います。私は母の最高の思い出に成った晴れ着を仕立ててもらったのです。母にとっての子育ての成果なのだと思うのです。嬉しそうな母でした。友達にも見てもらっていたのです。私に振袖を着付けてくれながら何を思っていたのでしょうか、美しく帯びも羽のように結わいてくれたのです。私の古里でもある本家にも振袖を着て行ったのでした。親戚を回ったのです。見てもらったのです。成人式はおめでとうですが、有難うでもあるのです。子供を一人でも育てるのは苦労ですが光を持って来てくれるのです、子供と供に育つおやです、古いことを言えば、這えば立て、起てば歩けの親心と言ったのです。這い這い出来て一歩歩いた時には家族中が嬉しいのです。一味地も見逃せないのです。成長は毎日のようにです。成人を迎えられた事に感謝をして親は嬉しくて胸も一杯です。会場に友達と集って嬉しい成人式です。出かける成人した娘や息子の後姿を胸に溢れる「行ってらっしゃい」と送るのです。少し寂しいでしょうか。大人に成った我が子です。私は視覚障碍者で病を持っていますが息子は優しく頼もしく育ってくれました。夫の助けが有ったからです。子供が障害を持っている場合も沢山有りますがみんな嬉しい成人です。子供が小さな頃に亡くなってしまう率が多かった事から3歳五歳七歳でお祝いをしたのです。十三参りや子供の健康を祈りました。そして二十歳に成長したのです。子育ては喜びを与えてくれるのです。今年も何人の成人が生まれたのでしょう。二十歳おめでとう! 2017年1月10日    (椿の写真です)                

   

   朗らかに 十日恵比寿の 家族かな

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題「七日正月の朝」


七日正月の朝

(コメント)寒中に入りました。小寒に合わすように冷え込んだのです。瞬く間に今日は七草です。窓の外からは暖かい光が射し込んできていますが暖房をいれても足の先は冷たいのです。靴下も重ねはきをしているのです。七草を籠に入れて売っているようです。せり、ナズな、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、すずなすずしろですね。春が来たら庭には七草の幾つかは咲くのです。ぺんぺん草に、母子草でしょうか、其の頃にはタンポポもスミレも咲くのです。大忙しで七草の入った籠を出荷したそうです。初まな板は元日からでしたが今日は七草を揃えられるだけですがとんとんと細かく切るのです。私は隣の部屋で七草の数え歌を適当に歌うのです。何か楽しい厄払いとお腹の為の優しい七草粥の日です。部屋には暖かい朝の光と七草粥の香りと私の歌う声が満ちるのです。暖房も消して、着こんでいた洋服も脱いでいくのです。お正月用に買って冷蔵庫に残っている食べ物を工夫してお鍋にもして食べるのです。小田原のかまぼこもしこしこです、丹波の黒豆も、ふわふわ伊達巻も、甘いゼンザイも、お餅ベタベタのお雑煮もでした。七草粥でお腹をいたわるのです。明るい迎春に咲く1月の花が水仙です、初生けには水仙を生けたのです。長野県では60日以上も早くに水仙が群れに成って咲いたそうです。日本海側の荒れる冷たい風に向かって飛沫を浴びて日本水仙が逞しく賓良く美しく群れて咲いているのを写真でしょうか、テレビだったでしょうか見て感激した事が有ったのです。私の家の水仙はやはり早くに蕾をつけました、日本水仙ですが華やかで長く甘く香りを放って咲くのです。晴れ着を準備している成人の娘さんには、予報ではお天気が気に成るのです。今日のように冬ばれだったらいいのですが9日は霰が舞うそうです。私の頃は15日と決まっていたのです。引越しをして友人と離れた私は成人式にはいかなかったのでした。今は行けばよかったと思っているのです。人生で一度の事だからです。晴れ着も仕立ててくれました、友達達と奈良に行ったのでした。何処も晴れ着で輝いて笑い声も一杯でしたが奈良はいつでも行けるのでした。一時は成人式典で、荒れましたがあの頃はそうでもなかった筈です。箪笥に眠っている晴れ着です。今年は今日出なくては出来ない事を出来るだけして行こうと思う、暖かい部屋の中での決心です。幾つ叶えられるのでしょう。夢は満杯です。2017年1月7日     (白いクリスマスローズの写真です)       

   

   獅子舞が ご祝儀くわえ お辞儀する

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題「お正月」


お正月

(コメント)素晴らしいお天気に恵まれて元旦を迎えました。初日の出を感激で見た人も多いのでしょう。遠くに行かなくても散歩の途中で見知らぬ人と見た人もいるようです。澄んだ空です、月に金星が兄弟のように並んでいたのをみたようです。きょうは月に火星が並んで見えるようです。夜には流れ星が大群で見られるようです、お天気もいいので綺麗に見えるのでしょう。どんな願い事をするのでしょうか。息子も暮れには帰ってきて除夜の鐘を家族で聞いたのです。元日は近所のホテルでお正月メニューを頂いてもう三日に成りました。古里から帰るラッシュも最高の渋滞です。箱根駅伝はお正月を盛り上げてくれました。祇園さんに、東大寺に行ったのは昔ですが小さな頃の息子も一緒でした。見上げる大仏殿です。初詣は福生の神社です、高幡不動も、諏訪神社も、御岳神社もでしたが今は行かなく成りました。ワクワクしていたのに初夢は覚えていません。カレンダーには成人式もあるのです。今年は9日のようです。お天気も良さそうで良かったです。晴れ着ももう準備されて晴れやかな娘さんの居る家庭が浮かびそうです。お母さんは嬉しいでしょうね。古里でお袋さんの懐かしい味を堪能してきたのでしょう。三が日が見る見る間に過ぎました。疲れたお父さん達も又頑張るのです。思い出が出来たのです。雑踏の中の東京で学生もビジネスマンもウーマンも働くのです。生き生き蘇って足取りも軽くです。諏訪神社には子供達の書初めが大きな文字で張り出されるのです。箱根駅伝もい中を楽しませてくれました。初、初と始る一月です。友人はお雑煮を三が日食べるのにお餅を2個食べるのです。私と同じ年ですのに元気です。関西はまだ丸いお餅なのでしょう。きっと真ん丸のお餅なのですね。7草も来てスーパーには並ぶのです。7草粥を食べるのです。小正月も無くお母さん達は元日から働いていました。海外旅行も行ったのでしょう。百人一首も楽しみました、福笑いもです、トランプもしました。蜜柑も沢山食べました。奴凧を持って行って羽村の公園で遊びました。箱根にも行きました。そんな懐かしいお正月です。今年は夢が一杯のお正月です。話して笑って食べてのお正月の三が日でした。明日は息子は北海道に帰るのです。助け合って夫と二人での新しい年が始りました。 2017年1月3日   (福寿草の写真です)  

   

   騒がしや 土塀の上の 初雀

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題「冬休み」


冬休み

(コメント)楽しい冬休みに入りました。通知表を先生から頂いてそっと開いて見たのでしょうか。走って帰ったのでしょうか友達と遊ぶ約束もしてからです。2学期の終業式の時には思い出す香りが有るのです。毎年作ってくれる楽しみな料理です「イモボウ」を作る準備の香りです。鱈の干物をもどして柔らかくする香りなのです。里芋と一緒に甘辛く煮付けるのです。お正月なんだなと思う香りです。御馳走を作るのに大忙しが始ったのです。今よりもずっと寒かったはずなのに北風に飛ばされそうでも外で遊んだのです。父も兄も凧上げが上手です。豆粒のように凧が北風に引かれていくのです私も持たせてもらったらそれはものすごい力なのでした、離したら凧は飛んでいってしまうのです。凧がもっと高く飛ぶように凧糸を繋ぐのです。今も手の中に強い風に引かれた感触が残っている気がするのです。幼馴染とかけっこもしたのです。顔も痛いくらいに冷たいのでしたがそれでも平気です。家でも遊びます。父が居るから冬休みは楽しいのです。重箱にはおせちが出来ました。丸いお餅も大きさも色々有って沢山並びます。鏡餅もあちらこちらにお供えするのです。注連縄も父が家の玄関に飾るのです。元日は学校の登校日です、校長先生はモーニングを着ています、私も綺麗な洋服です、国旗も掲げられているのです、明けましておめでとうございますと挨拶です、紅白のお饅頭を頂いて帰るのです。住吉大社に初詣の時は太鼓橋が滑りそうで怖かったのです。父は絵描きさんですから年賀状も手書で綺麗に作るのです。植木鉢の赤いシクラネンがキャンパスに素朴です、Sとサインも有るのです。四つ切りの画用紙にはパステルで描かれたピンクのシクラメンが画用紙からはみ出すかと思うばかりに描かれているのです。それは息子の描いたシクラメンです。シクラメンは何時から咲いていたのでしょう、今は花の農家では色とりどりに栽培しているようです。私が東京に来た頃には白に赤にピンクの大きな花の植木鉢に植えられたのを買ったのでした。おどけた愛らしい花です。流行歌からでしょうか、人気が出てプレゼントにも喜ばれる花の代表にも成りました。豪華で誰でもが好きな花かも知れませんね。冬休みも暖かく成って花も美しく咲くように成ったのです。凧上げをする子はいなく成ったのでしょうか。皇居も明るく飾られている現在です。シクラメンの花が似合う冬休みです。2016年12月24日   (白とピンクのシクラメンの写真です)    

   

   消防車 犬が遠吠え 年惜しむ

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題「雪が降る」


雪が降る

(コメント)きょうは冬至です。昼間の時間が一番短いのです。明日からはお昼の長さが徐々に伸びて行くのでしょうか。これからが寒さも本番です。北風の中を駅伝も始っています。少年剣士も北風に負けないで色々なスポーツです、子供も、大人も寒さに向かうのです。柚子湯ニ入りましょういい香りですよ。温まりますよ。南瓜も食べましょう。柚子も南瓜もスーパーにはきっと何日も前から並んでいた事でしょう。リハビリの先生は昨日で今年はおしまいでした。先生も南瓜がごろごろ入った宝刀鍋を食べられたそうでした。良いお年をとお別れしたのです。きょうは暖かい冬至に成るそうです。やり残していた木の手入れを夫が今年の庭仕事収めです。海の船もきょうは濃霧注意報が出ているのです。街も霧の中の朝だったのでしょう。北国は雪に備えてしっかりと冬構えも終えたのでしょう。冬山登山も外国にも行くのでしょうか。冬も楽しむ人も沢山いるのですね、私も一度だけ菅平高原でスキーをしたのでした。クリスマスのプレゼントは準備出来たのでしょうか。隠しておきましょう。ホワイトクリスマスになればいいですね。明日から寒くなる予報も出ていますから雪に成るかも知れません「昔昔のお話です。熊の子の姉妹がいたのです。仲良しです。何時も何処に行くにも二人なのです。穴倉の家はペチカで暖かです。外には枯れ木が並んでいます、その中には緑の木も有るのです。空にはキラキラ星が赤や青に銀色に輝くのです。お母さん熊のドレッサーには真っ白い綿が置いてあるのを知っていたお姉さん熊の子でした。お母さん熊にお願いして真っ白い綿を頂いたのです。その綿を外の緑の木にちぎって乗せていくのです。雪が降ったように綺麗なクリスマスツリーが出来たのでした。妹熊の子は大喜びです。空の星と雪が積もったツリーです。暖かいペチカの部屋も出ていつまでも綿で飾られた雪のツリーを二人で見ていたのです」それぞれのクリスマスがあるのです。丸いケーキに乗った緑のもみの木と、サンタクロースと、チョコレートもサンタさんです、ヒイラギも葉っぱと赤い実でした。今頃サンタクロースは何処をそりで、真っ赤な鼻のトナカイに引かれて走っているのでしょう。 2016年12月22日  (クリスマスツリーの写真です)        

   

   1本2本3本と 冬のタンポポ 数え歌

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題「小さな海賊・ビッケ!」


小さな海賊・ビッケ!

(コメント)冬の空は星が美しいのです。凍った空に張り付いたように輝く星達です。八王子は最低気温が氷点下に成る日も有るのです。朝はすっかり冷えた部屋の空気で掛布団を頭までかぶるのです。外出の時には手がちぎれそうです。手袋を忘れては大変です。お鍋料理も美味しい頃です、山梨県の宝刀鍋が大好物に成ったのです。南瓜も入って栄養もタップリです。菊の花がまだ咲いているのですが何か可愛そうな気もします。お昼の暖かい時間は菊もゆったりと日を浴びているのに直ぐに太陽は西のほうに傾くのです。夕焼け小焼けの触れ合いの里では、11月の26日からクリスマスまで一面のイルミネーションで光るのです。寒さなんて何のその、子供達は大喜びです。「夕焼け小焼けで日が暮れて;お寺の鐘がなる」の鐘もキラキラ飾られているのです。里山が一面イルミネーションです。若者のカップルもでしょう。熟年のご夫婦もです。皆さん寒さなんて忘れてしまうほど夢の世界です。ゲストも迎えて賑わうのです。立派に飾り付けてくれた人達には感謝です。息子のサンタさんへのお願いが「小さな海賊ビッケの船」だった事が有りました。さてサンタさんは困りました。お店には売っていないからです。何をしたでしょう。ぜひ海賊船を贈ってあげたくて、プラモデルのお店に行ってビッケの船に成りそうなプラモデルを買ったのです。出来上がれば大きな綺麗な帆柱もたなびく海賊船に成るのでした。息子が寝たら持ち出して作業の始まりです。毎晩の海賊船作りです。色も塗ります、細かくても丁寧に作るのです、帆柱も付けて船が殆ど出来ました、最後は船の周りに貼り付けていく小さな色取り取りの、模様の飾りを付けて行くのです。海賊船の盾のようです。クリスマスの朝は息子は枕元に目をやるのです。暫くは見つめて目は真ん丸です{ウワー!ウワー!ほらほらお母さん見て見て}と、起こすのでした。持ちきれません。抱ききれない大きさの「小さな海賊ビッケの船」が届いたのです。煙突も無いけれど、病気に成ったお母さんと少し離れ離れになったけれどみんな忘れて産まれて、二度目のサンタさんから届いたプレゼントだったのです。夕焼け小焼けの、イルミネーションも、ビッケの海賊船も子供達の心に深く残るのでしょう。 2016年12月18日       (クリスマスのイルミネーションの写真です)                                          

   

   鍋焼きや 猫も相伴 舌を焼く

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題「みんなで・アプリ」


みんなで・アプリ

(コメント)古里に帰るお正月の里帰りの人が今から心は古里で一杯なのでしょうか。古里の味も懐かしく渋滞も工夫をして楽しい車の旅に成るのでしょう。リハビリの先生も里帰りです。奥さんは関東地方の育ちだそうですがお雑煮も味噌味が好物に成って、子供達もお婆ちゃんの作ってくれるおせち料理が好きに成ったのだそうです、そんな楽しいお話をしながらのリハビリも今年も後1回でおしまいです。音声パソコンが大勢の視覚障害者の人に使われるように成りました。高年齢に成ってから視力を失った人は学習する場所も無く、寂しい思いをされているのでしょう。視覚障害者も生活が生き生きして楽しく成りました。私の病院でも先日の外来では、iよむべい「音声認識アプリ」を紹介してくれたのです。ロービジョンのサロンが有って様々な器具も置いてあります、親切に説明もしてくれるのです。困った事が沢山出て来る視覚障碍者や家族です。iホーン、スマホ、iPadも、音声パソコンも、本を挟むと読んでくれる器具も、有るのです。点字タイプライターもです、弱視の人にも、拡大鏡です。開発は進んでいます。健常者の皆さんが思うよりも青眼者の人と同じように音を聞いてですが世界も広がり、友人ともお付き合いも出来て手紙も書けます、葉書も書けます。電話も出来ます、仕事も立派にされておられる人も大勢います。生き生き生きる視覚障害者に成ったのです。八王子市は音声パソコンやすマホ、iPadや、iホーンの東京都では唯一の学習をしてくれる障害者センターです。他の市からも講習会にも、学習界にも参加されているのです。白杖は全盲の人で無くても持っています。白杖をついた人に電車の席を譲ってあげたらスマホをやり始めて席を譲ってあげなければ良かったと言う話が新聞に掲載されていたようですが、白杖は全盲の人で無くても持たなくてはいけないのです。自分の身を守る為にです。「私は視覚障害者です」の印でも有るのです。SOSには白杖を持ち上げて助けを呼ぶのです。今回の事は視覚障害の人がスマホをやり始めた事に難しい立場ですが、白杖をついていてもスマホも、パソコンも、音声で何でも出来る時代に成った事を知って欲しいですね。私は音声パソコンで今こうして書いています、iPadの学習もiよむべいをセットアップして音で聞いて始めているのです。先生達も一生懸命です。私もゆっくりですがこれからはiPadを楽しみながら先生達に教えて頂きながら勉強して行くのです。 2016年12月16日    (花火のイルミネーションの写真です)                                

   

   編み機音 ジャーと響かせ 冬暖か

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題「歌って・笑って・年忘れ!」


歌って・笑って・年忘れ!

(コメント)初霜がおりました。冬晴れです。ストーブも消してガラス窓からは暑いくらいの陽射しです。日本海側では大雪や雷注意報が出ています。千葉県には初氷の知らせです。千歳空港も大雪です。寒気団がやって来ました。今年を振り返ってみませんか。長いような短い1年でした。北海道は大雨に襲われました。熊本地震が有りました。鳥取県もです。自然災害にかないませんでした。地震に大雪大雨、暑い夏、秋は涼しく雨もよく降りました。蜜柑の成りが少ないようです。野菜も高騰して品薄です。とはいいながらスーパーには押し合うばかりにお客さんです。肉も、野菜も、冷凍品も溢れているようです。輸入の品なのでしょうか。ブラジルオリンピックに沸いた夏でした。輝く声を聞きました。パラリンピックも手に汗握りました。八王子高校が西東京代表で甲子園に行ったのでした。市民は応援したのです。明るさをくれました。長い選挙戦でアメリカの次の大統領が、ドナルドトランプに決まったのです。女性都知事も生まれました、次回の東京オリンピックで色々と問題を山積みです。少年の事件も起きました。毎年の事のように起きるのです。お年寄りの車の事故も多く成った気がします。テロも恐怖のままです。我が家は無事に年越しを出来そうです。高尾梅郷にも、桜祭りにも、チューリップ畑にも、ポピー畑にも、コスモス畑にも振り返ると両手の指ほど行ったのです。菊の花も咲かせてくれました。咲いていますよ。朝顔もカーテンのように咲きました。大根も、小松菜も、ほうれん草も収穫しているのです。雨に少し打たれましたが銀杏祭りにも行ったのです。拍手して、食べて、歌ったのです。入院しなかったのは一番の喜びです。変らず行ける事が一番幸せです。飛行機を利用している息子も今は無事で大晦日には家族が揃いそうです。1歩、外に出ると何が有るのか分からない時代です。家でも・俺おれ詐欺も増えている八王子なのです。年の終わりに思い出すのは、エイサーに歌って、手を叩いて、それは楽しかったのです。ここにもエイサーの写真をのせました。1日だけでもみんな忘れて歌いませんか。笑いませんか。 2016年12月13日               

   

   待合室 クシャミ響かす 美人かな

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題「手作りリースのクリスマス!」


手作りリースのクリスマス!

(コメント)ラジオのFMからクリスマスキャロルが流れます。今も皆さん方はお一人でも、わいわい集まってでもクリスマスリースを作っているのでしょうか。お店には綺麗に作れて簡単に出来るパーツが入ったリースのセットが売られているのです。お正月にもリースを玄関に飾った事も有りました。小さなリースを作って、南天も付けて家の中のドアにも飾ったのです。淺川に行って、何のかずらのツルでしょう、大きな木に巻きついているのです。夫にそれを集めてもらうのです。足元は枯れ野原です、バリバリ踏みながらです。でも自然のリースの土台に成るには持ってこいのツルなのです。固いのですよ。1本に力を入れてもう1本を巻きつけて行くのです。捻じって形を整えて円形にして上で針金で止めます。自然の木の風合いが素敵なのです。飾りはごちゃごちゃしないほうが良いみたいです。でも欠かせないのは銀色の星の飾りです、宝箱から探すのです。スズや昔有ったツリーの小物を飾るのです。フェルトで綿も入れて小さなモミの木も作ったのでした。上にリボンを針金の場所に丁寧に巻けば出来上がりです。ここにのせた写真は国営昭和記念公園の大きなヒマラヤ杉です。杉ぼっくりと呼べばいいのでしょうか。資料館にも有ったのですが両手の手の平からはみ出すくらいの大きさなのです。松ぼっくりも有ればいいのですが飾りたい一つです。今日は障碍者センターに学習会に行ったのですがやはりツリーが飾られていたので真ん丸の飾りに触れて来ました。年末で生徒さんも大勢でした、年賀状の裏面を手伝ってもらっている人もいるのです。私も年賀状をそろそろ急がなくてはいけませんでした。iPadのセットアップの人もいたのです。サポーターの方は大忙しでした。ラジオでは素敵なお母さんの話を聞いたのです。毎日色んな形のクッキーを焼いてセロファン紙に包んでリボンでツリーに吊り下げていくそうなのです。子供達はイブの迫るのが楽しみでしょうね。グリコのキャラメルのおまけに付いていたような小さくて可愛いおもちゃを包んで有ったら本当に、素敵なツリーと暖かい部屋と家族ですね。今はツリーも有りませんが思いでは一杯です。     2016年12月12日                         

   

   足元に 転がる落ち葉 屑と成る

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題「私の・12月・パート4」


私の・12月・パート4

(コメント)思い出すのは、アメリカイリノイ州のシカゴに荷物を送っていた頃です。とても不安定なお天気で有名だそうです、冬は長く北極からの風が流れ込み氷点下20度以下にも成るそうです。テロも起きる前でしたから荷物も自由に送る事も出来たのです。息子の希望の物やこちらで送ってあげたい物を送るのです。買い物に行くとこれもあれもと買いました。郵便局の本局に大きな荷物を持ち込んで重さを量るのです。伝票にはシカゴの息子の住所を書くのです。幾十年以来の英語でしょうか。他にもローマ字で書くのです。極寒のシカゴでは何の約にもたたない毛糸の、からし色のマフラーを編むのです。夫にはグリーンのマフラーです。長さも模様も違うのでした。息子には少しでも暖かいようにとゴム編みです。仕事に出かける夫はまだ真っ暗な時間にマフラーを巻いて家を出るのです。息子には荷物に入れました。こまごました袋物や、テーブルクロスや、テーブルセンターは鈎編みです、カイロの袋もオレンジ色で綺麗に編んだのです。中学生の時には黄色いミトンです。赤いモヘヤーで帽子も編んだのです、父にも黒い毛糸でベレーボウを編みました。自分自身に編んだマフラーは気にいって長年使っているのです。見えなくても編めるのです。ベストもセーターも縄編みの模様を入れて編みました。千鳥格子模様を入れたスカートも代表作です。模様は無しで今はカラーの毛糸でロングスカートを編んでいます。今日は新しいヘルパーさんが来たのです。優しそうな人です。背が高いのです。髪も私が伸ばしていた時のように長くて後ろでクルクル巻いていて触れさせてくれました。ずっと私よりも若いのです。話が弾みました。大きな声を出さないように言われているのでしょうか、私には調度良い声のトーンでした。仲良くしていけそうです。今までは毎週1回の散歩でしたが冬に入ったので取りあえず、月に2回にお願いしたのです。色々な人と触れ合うのはワクワクします。夕焼け小焼けの触れ合いの里ではもうクリスマスのイベントが始っているそうです。ツリーも飾られているのでしょう「行こうか」と夫に誘われているので素直に連れて行ってもらいましょう。 2016年12月10日    (川と紅葉の写真です)            

   

   20号 銀杏銀杏の 枯れ落ち葉

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題「私の・12月・パート3」


私の・12月・パート3

(コメント)12月の北風も何のその、長い髪をポニーテールにして一日の始まりです。そろそろ私のお腹は赤ちゃんで大きく成りました。予定日は私と同じ1月だったのです。私はせっせと車を洗ったり、家の掃除をしたり体を動かしたのです。ベビーベッドも置きました、くるんと逆子に成っていたのを体操で直したのです。家にはドンドン赤ちゃんの可愛い物が揃うのです。浴衣を解いて、オムツも縫ったのです。赤ちゃんのふわふわお尻には柔らかいからです。黄色い毛糸で靴下や色々編みました、小さな赤ちゃん用です。今も有るのです。息子は2月に産まれたのです。窓の外には紅梅の花が咲いていました。初めてのクリスマスはもう少ししてからです。花も飾ります。苺タップリのケーキも焼きました。クッキーも可愛いサンタさんや星や熊さんの形に焼くのです。部屋には甘い香りが一杯です。初めてのサンタさんのプレゼントは絵本とゴレンジャーのカルタでした。幼稚園ではお餅突きも有りました。私は参加してあげられませんでしたが先生とお餅を突く写真は嬉しそうです。学芸会も有るのです。黒いカラスの役です。黒いタイツもはいて真っ黒けでした。ピアニカも吹くのです。園長先生がサンタさんです、くるくる大きな目で見ている姿が浮かびます。きっと本物のサンタさんと思っていたのでしょう。園長先生は太っていてサンタさんのようです。家でもクリスマスツリーを飾ったのです。キラキラ光って色々な飾りもつけるのです。大阪にも行きました。お爺ちゃんの家では賑やかに従兄弟達が集合です。一番楽しかった時でした。お正月にはお年玉も頂くのです。新幹線の窓から見える、雪をかぶった富士山は綺麗です。入院で家に帰れない時も何回も有りました。クリスマスツリーが病棟に置かれます。リハビリ室では音楽のコンサートです。先生達も病棟でバイオリンやキーボードを弾いてくれるのです。一番は病院を真っ暗にして讃美かが流れてくるのです。看護師さんの学生さんです。ローソクを持って歌ってくるのです。部屋に入ると患者に優しい声をかけるのです。カードも手作りです、まだ可愛い顔の学生さんがカードをくれるのです。「早くお元気に成ってくださいね」と言いながらです。薬が多い時にはお正月の外泊も出来ないのです。これほど退屈な事は有りません。家族にも寂しい思いをさせるのです。春を夢見て新しい年を迎えるのです。 2016年12月8日     (昭和記念公園の中を走るSLの写真です)           

   

   後ろ向き お座り出来て チャンチャンコ

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題「私の・12月・パート2」


私の・12月・パート2

(コメント)長い道を歩いて来ました。それだけの回数の12月が有るのです。何時からでしょう、ご近所の庭にはイルミネーションが光るように成ったのです。駅前にも街に村にも街道を飾るのです。図書のダウンドードも、デージー図書も借りる期限のお知らせが届きました。あれもこれもとやり残さないように何か気がせくのです。歩こう会からも忘年会のお知らせが届くのです。今のように町はピカピカ光っていませんでした。私をコンサートに誘ってくれた人もいたのです。今思うとチケットはなかなか取れないものなのですね。やはり何時も12月だったのです。コンサートに酔っていた私でした。帰り道は何を話したのでしょう。家まで送ってくれて帰ったのです。私はコンサートの余韻を残すばかりだったのです。思い出に感謝です。会社に入ってからは仕事は勿論大忙しですが、忘年会も有りました、クリスマスも開かれました、同期の子がサンタに成ったのです。ダンスが出来る人は楽しそうにダンスです。お正月の休みに里帰りの友達は船の予約や電車の予約です。遊びがてらに遠足で初めて行った神戸のポートタワーと花時計に行ったのです。チケットを取りに二度目の花時計でした。そして里帰りです。母が編んだ花模様のパッチワークのように繋いだカラフルなコタツかけがかかっていたのです。私達新婚夫婦を歓迎してくれているようにです。コタツのテーブルの上にははみ出すばかりにご馳走が並ぶのです。そして私に「何が食べたいの、作ってあげる!」と言ってくれたのです。夫の大好きなお漬物も沢山有るのです。年越しは暖かい蕎麦です。ずっと馴染んできた年越し蕎麦です。甘い油揚げも他にも山のように乗っているのです。簪も、ビロードの襟巻きも、紅型の着物も作ってくれていたのです。初詣に着ていく為にです。お嫁にはも沢山誂えてくれたのです。又紅型まで作ってくれたのです。今も大事にしています。着る事はあれから無いのです。妹は日本髪を結いました、嬉しそうでした。鯖寿司も、お鍋も、パールのネックレスも、何やかやとお土産を持たせてくれたのです。たった1度の里帰りに成ったのです、病気に成った私だからです。私の大好きなシバズケも送ってくれたのです。 2016年12月6日    (黄色の大輪の菊の写真です)      

   

   暗闇の 縋る手すりに 隙間風

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題「私の・12月・パート1」


私の・12月・パート1

(コメント)師走に入って4日が経ちました。今日は冬晴れです。何時ものように朝は重ね着をしても寒いのですが部屋には陽射しがして頭も暑いくらいに太陽の暖かさが部屋に一杯です。1枚1枚と脱いでいくのです。お昼を回る頃には部屋の陽射しも回転するのです。少し西に傾きかけているでしょう。こんな冬晴れの日曜日はご近所も一緒に大掃除をしたのです。何時もは仕事と趣味の映画を観る事と散歩が好きな父が、頭には手ぬぐいを巻いて、畳を三角に合わせてパタパタ叩くのです。家の物は全部そとに出して台所も母はごしごし磨いてピカピカにするのです。お風呂もです。犬のイチと猫のミーはどうしていたのでしょうか。みんな自分の物を掃除です。小さな妹は母の背中で、おぶられていたのでしょう。何か楽しかった思い出です。一番思い出す風景です。綺麗に成った家の中は来年を迎える準備が出来たのです。何年生の時だったのでしょう、サンタクロースを見たくて布団の中でじっと寝ないで待っていたのです、足が見えました、プレゼントを頭の上に置いたのです。その足は父の足だったのです、嬉しかった父の足だったのです。北風にも負けないで遊ぶのです。男の子達は、ベッタン「東京の、メンコですね」をするのです。駒も回します、ビー玉でも遊びます、凧も上げます、ちゃんばらごっこもします。女の子は鞠突き、縄跳びは友達とも、一人でも、2重回りです、石蹴り、とうりゃんせ、カゴメカゴメ、隠れん坊、鬼さんこちら、色々しました。フラフープもでした、ほっぴん具もです。鉄棒も大好きでした。何時もぶら下がっていたのです。くるくる片足でも後ろ周りです。大掃除が終わったらお風呂に入って皆で・今日はご苦労さんです。セーターを編んでくれた母です。小さくなったら、ほどいて綺麗な色に染め直してくれるのです。そして又私達にあったニットの物を編んでくれるのです。私の小学校の卒業式には、母が編んでくれた黒に、オレンジ色の縁取りが有るカーデガンに、毛糸で花の模様をしてくれていたのです。私は呼びかけのクラスの代表でした。大きな声で講堂に響かせました。クラスの皆が選んでくれた、呼びかけだったのです。母の編んでくれたカーデガンを着てです。 2016年12月4日      (銀杏並木の写真です)    

   

   北西風 バタバタせわし 風見鶏

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題「思い出の・岬」


思い出の・岬

(コメント)温暖な気候で知られる房総半島です。太平洋側と、東京湾に突き出た半島です。砂浜と岩盤が美しい風景に山も河も有るのです。豊かな自然に作り出された房総半島です。変化にとんだ見所タップリの房総の旅コースも有るのです。青い海で波乗りです。お花畑も綺麗です。あれはもう何時の事だったでしょうか。1泊泊まりの房総半島の旅だったのです。コスモスロードがすっかり姿を変えていた頃だったのでした。東京のベッドタウンと成った千葉県です。成田空港は1日に何機の飛行機が発着しているのでしょう。次の東京オリンピックには大活躍です。房総半島は初日の出を見る人で賑わうのです。もう直ぐなのです。カレンダーも新しく買うのです。我が家はカレンダーが何枚も有るのです、予定を書いてぎっしりです。絵の描いたカレンダーは見えなくても、夏は海か、カモメか、花ならひまわりがいいですね。菊の花の季節です。庭の菊も初雪で少し弱っていたかと思っていましたが、まだ庭を飾ってくれています。国営昭和記念公園の日本庭園には、盆栽が並んでいるのです。ここにのせた写真は「浜菊」の盆栽です。盆栽もそれは様々な種類が有るようです。美しく並んでいたようです。趣味の人が多いのですね。カエデも人気が有ったようです。房総半島の旅は1番突端にも行ったのです。波は荒くなく静かでした。平らな岩が砂浜の変わりに並んでいて隙間には小さな蟹が残されていたのです。ヒトデも拾いました。まだセロファン紙にくるんで有るのです。高速道を走って走って山が海が波の音です。ハーブ園も行くのです。空も海もそこら辺りがみんな広々していたのです。若さと元気のせいでしょうか。旅館は海のそばでした。潮騒を聞いて寝るのです。子守唄のように聞きながらでした。なかなか寝付けませんでした。海の音はいいものですね。何がでしょうか。岬をドライブです。私達の他には海辺にはいなかったようでした。中央高速を病院に向かって走っていて、時々このまま遠くに走って行きたいねと話していたのです。その願いが叶って房総の旅です。山に海にお花畑に思い出の岬回りでした。 2016年11月30日       

   

   障子貼り 立てかけられて 組む胡座

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題「拝啓・旅する貴方へ!」


拝啓・旅する貴方へ!

(コメント)今年も、残す所1カ月と成りました。東京八王子も初雪が降って早くも籠の鳥と成っている私です。貴方のお住まいの所では如何でしょうか。突然のお便りで驚かれている事と思いますが私は小学5年生の時のクラスメートです。きっとお忘れの事だと思います。ご存知でしょうか「ジャニーズの青井輝彦」に似ている感じですので、青井君と呼ばせてもらいます。たった半年余りのクラスメートだったのです。青井君は私の住んでいた町に旅のお芝居でやって来た転校生でした。今は有名な俳優に成っているのでしょうか。クラスに新鮮な風を吹かせてくれました。青井君は舞台でどんな役をしていたのでしょうか。色々聞きたかったのです。私の知らない青井君の旅のお芝居回りを聞きたかったのです。友達は出来たのですか。一人ぼっちだった気がします。私も転校生なのですよ。青井君は大人の穏やかな雰囲気をクラスにくれました。私達のクラスは仲良しだったのです。皆はきっと青井君に興味を持っていた筈です。ずっと前からクラスメートだったように溶け込んでいましたね。無口でふんわりとしていましたね。クリンとした目は記憶に残っています。「五条の橋の、牛若丸の役」が似合いそうでした。私はまだ小学5年生だったのでした。青井君のお芝居を見に行くには行きたいと親にも言えなかったのとまだ子供だったのですね。背が高くて背中を伸ばした青井君は舞台ではクラスでは見せない顔をしていたのでしょう。先生は相撲が大好きでした、男子は砂場で生徒達と相撲をとったのです。青井君は強かったです。男子は北風にも負けずに相撲大会です。一人の子が転校する時に、青井君も転校すると聞いてびっくりしたのです。教卓の横に二人が並んで挨拶をしたのでした。青井君はやはり背中を伸ばして真っ直ぐに向いて立っていました。もう一人の子は先生が高く抱き上げていたのです。青井君は抱き上げないのです。でも青井君は何時もと変らない顔で立っていたのです。さようならが、元気でねが、友達に成りたかったわと言いたかった私です。お孫さんに昔話をしているのでしょうか。沢山有りますね、旅のお話が。聞きたかったお話です。どうぞお元気で。旅の貴方に。 2016年11月28日    (お囃子の 狐の写真です)      

   

   枯れ蟷螂 軍手の上で 鎌伸ばす

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題「大自然!」


大自然!

(コメント)天気予報の予報どうりに初雪が降ったのです。冷えこみました。53年ぶりの初雪だったそうです。八王子はニュースで4cm以上積もったと言うのです。、まだ降っているようです。徐行運転です。歩き方にも注意です、手袋もはめて暖かくして出かけましょうと丁寧にキャスターです。それにしても天気の変化が大きくて体がついて行けません。歩けたらそっと庭に出て初雪に触れに行くのでしょう。小さな雪だるまも雪うさぎも作っているはずです。今年は寒いとは聞いていましたが関東地方が又大雪に成るのでしょうか。遊ぶのには楽しいですが仕事も電車が麻痺して飛行機も止まるのです。事故も起きます。雪かきも大変です。地震に、大雨に、大雪が降れば動けに動けません。自然の中の動物のように強い生き物だけが生き残るのでしょうか。冬眠が遅れた熊はいないのでしょうか、北海道も寒いそうです。この間は埼玉県で熊が出没したのです、食べ物が山に無くてです。他の小さな動物達も突然の冷え込みで震えているのでしょう。それとも人間には分からない信号のような物が有って、さっさと暖かい場所に逃げているのかも知れません。決まって飛来してくる渡り鳥も、自然界ではみんな人間以上の不思議な力を与えられているのですね。地震も予知する{なまず}もいるようです。人間は鈍感になったのでしょうか。昔昔はもう少し敏感に余地するように動物に近い能力を持っていた気もします。私は中途失明ですから、色は少ない色ですが知ってはいるのです。真っ白な初雪は分かりますが今降っている雪はどんなふうに降っているのでしょうか。沢山の色が有るのです。美しい名前も付いています。説明してもらっても分からない色も有るのです。見えない人は耳が良く聞こえるように成ると言われますが、それはよくよく注意しているからです。聴覚障害の人が、聞こえないので見ようとして良く見えるようには成らないのです。注意してよく良く見るのでは無いでしょうか。iPadを買うのに夫に色を説明してもらっています。カラフルな色が沢山です。カバーもブルーも色々有るそうです。創造するのです。あの日の空のブルーかなとか、あの日の海の色かなとかです。真っ白なベレー帽を買おうと思っているのです。真っ白です。初雪のようなです。 2016年11月24日    (清流の多摩川の写真です)                

   

   腕白が あの子庇って 雪合戦

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題「或る日の・出来事」


或る日の・出来事

(コメント)ベッドにつかまって起き上がろうとしていた所でした。柵に掴まっていたので良かったのです。ユーラユーラ横に揺れ始めたのです。地震です、長く揺れます。ラジオからは福島県が震源地で7.4の知らせと、津波の注意です。青森県から伊豆のほうまでの津波注意報です。忘れてしまっていなくて良かったです。ラジオでは「逃げてください、高い場所に、逃げてください」と繰り返します。1m以上に成った津波の又あの日を蘇らせます。大した怪我をした人も居なかったようです、良かったです。最近地震を忘れる事は無いのです。私の子供の頃も大人に成っても関西で地震にあった記憶は無いのです。伝わる話では大きな地震や、津波の話は聞きます。津波はそのまま世界中に使われているようですから日本に地震と「津波」が昔から多かったのですね。19日は悪天候で、その後の20日の日曜日は良いお天気でした、そうです、銀杏祭りの二日間だったのです、一日目は霧のような降ったり止んだりのお天気だったのですがヘルパーさんにもお願いしていたからも有りましたが大したお湿りでもなかったのです、人では少し少なかったのでしょうか。食べて飲んで食べてお昼過ぎには帰ったのです。楽しかったのは、空が晴れて「エイサー」の太鼓と指笛と、歌声です。私も手を上げて叩いて、大拍手で合いの手です。ヘルパーさんは色々な色の紅葉を教えてくれるのです。見えるように浮かぶのです。高尾山も今が一番美しい紅葉の頃でしょう。疲れてよく寝たのです。日曜日は「iPad]の講習会です。最後の講習会です。どんな物かは大体分かって早く買って勉強をしてみたいと思っているのです。一緒に講習を受けた仲間がいたから、そしてサポートを手をとってしてくださったのです。一番には講義をしてくださった先生です。嬉しい点字の終了証も頂いたのです。これからが一歩です。なるべく学習会に行けるようにしたいのですが今日は「小雪」です。あさっては雪に成る予報の東京です。札幌は雪が降って寒いそうです。講習会を終えて少し銀杏祭りに行ったのです、帰り道だからです、お天気も良かったのです。食べ物の店はすごい行列です。阿波踊りも楽しみました、学生達の少し、もたもたしたパホーマンスも歌も、微笑ましく聞きましたが夕暮れは早いのです。夫と二人で行く銀杏祭りもゆったりして思い出一杯のひとときでした。 2016年11月22日    (ススキと紅葉の写真です)           

   

   雪虫が 声無き知らせ 山眠る

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題「お袋さんの・味!」


お袋さんの・味!

(コメント)友達のご両親が広島県に旅に行かれたそうです。これからは紅葉の京都も賑わうのでしょう。京都に限らず日本中が工夫をこらしたイベントのさかりです。美味しい物も食べほうだいのバスツアーでしょうか。地図を広げて各駅停車の列車の旅でしょうか。お鍋も色々地方に寄って楽しめます。家に帰ってからホットしませんか。そして何が食べたいですか。お母さんの作ってくれたご飯ではないでしょうか。思い出して作ってみたら、もっと美味しかったのにと思うのです。お袋の味はお袋さんが作るから美味しいのですね。私には沢山有るのです。鯖寿司、五目ひじき、五目おから、きつねうどん、一番は熱々の塩おにぎりでしょうか。そうそう、大きなボタ餅を忘れていました。書いていてはきりがありませんね。お裾分けにポテトサラダを頂いたのですが、やはりそれぞれの家庭の味なのですね。今や親父の味となった我が家ですが、菜園のジャガイモで作ってくれたポテトサラダは最高です。菜園のトマトでミートソースを作ったパスタも絶品です。息子は何をお袋の味と言ってくれるのでしょうか。子供の頃にはやはり関西風のきつねうどんを作ったり、海苔巻きも、ゴモク寿司の入った狐寿司ですね、お稲荷さんと東京では言うのですね。油揚げを稲荷神社に備えるからでしょう。具沢山の桜海老もタップリの焼きそばを「これ美味しかったよ!」と言った事が有りました。入院していた日々が多くて、息子も早くから家を出ていたので、今の季節は、大学芋のおやつでしょう。料理が好きな私は色々作りましたがそれは私の楽しみの1つだったからです。「お母さんの焼いたメロンパン美味しいのよ〜」と話したら驚いていたのです。本格的ですよ、パタパタ叩いてよくよく練るのです。パン生地を作るのです。生地が出来たらどんなパンでも出来るのです。夫は私に昔話をしてくれました。子供の頃の話です。友達と遊びに行く約束をしたのです。少し遠くです。夫はお母さんに「何かおやつを作って?」とお願いしたら瞬く間に有り合わせでしょう、くるくる巻いて沢庵巻きの海苔巻きを作ってくれたそうです。黄色い沢庵が綺麗です。きっとアルミのお弁当箱に並べられたのでしょう、卵焼きも有ったかしら?勿論友達とも分け合って食べるのです。友達が優しいお母さんだねと言ってくれたそうです。嬉しかったでしょう。美味しい物は沢山食べている土佐です、有名な「皿鉢料理です」私に昔話をしてくれる夫のお袋の味は、くるくる黄色の並んだ沢庵海苔巻きだと思うのです。 2016年11月20日    (桜紅葉の道の写真です)   

   

   エイサーに 浮かれ合いの手 初時雨

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題「箕面の・もみじと・お猿さん!」


箕面の・もみじと・お猿さん!

(コメント)白鵬が一千勝です。アナウンサーと解説の親方の話も聞き取れません。大騒ぎです。リハビリの先生とも話がでます。相撲が好きなようです。八王子に相撲の巡業が来るそうです。庭には菊が香っているのです。何種類有るのでしょうか。何時も温室で育てておられた人が空っぽの温室で、庭に小さな菊を植えておられるだけだったのです。大輪の菊を育てるのをやめられたのかも知れません。お元気でおられるといいのですが。もう枯れ葉が落ちているのですね。菊の腐葉土にする落ち葉を夫が集めに行ったのです。沢山良い落ち葉が集められたようです。今は18時頃でしょうか、外は真っ暗な中に月の明かりで純白の菊は妖艶に映出されている筈です。以前は小菊は、ドライフラワーにしたのです。色も形も上手に出来ますよ。又今年も作ってみようと思っています。フワフワ手触りは無くなりますがカサカサ菊もいいものです。香りも残るのです。ポプリのようです。大阪の箕面のもみじは真っ赤に染まっているのでしょう。もみじの葉っぱのお菓子が結構有名ですがよく理解されていなくて葉っぱを食べるのは嫌だと言うのです。緑の時のもみじの葉っぱを塩漬けにしておいて、紅葉の季節にサクサクと、甘くもみじの形にお菓子を作って売り出されるのです。天ぷらと間違えている人が多いようです。箕面はでも何処からか出現するお猿さんには困ってしまうのです。食べ物は手に持つもは禁物です。突然現れて奪い去って行くのです。滝までは調度良いハイキングの距離です。もみじ狩は父が号令をかけるのです。前の日から母は海苔巻きの準備です。甘くてすっぱい香りが早くから家の中にするのです。父は着物です、袋手で先頭を悠々と歩くのです。「フーヤン!」と父から呼ばれていた私です。甘くてサクサク美味しいもみじの形のお菓子です。箕面の名物です。家族はぞろぞろ紅葉の中を歩くのです。河も流れています。きっと真っ赤なもみじの葉っぱを集めて帰ったのでしょう。最近まで押し葉や押し花を楽しんでいたのです。あの時も押し葉にしたのでしょう。小さなスケッチブックに父はサラサラと紅葉を描いていたのでしょう。お猿さんも描いたのでしょうか? 2016年11月18日   (少し緑が残る真っ赤なもみじの写真です)    

   

   冬日和 気紛れ小鳥 待ち惚け

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題「夕方のお母さん」


夕方のお母さん

(コメント)九州場所が始りました。又楽しみが増えました。早い一年です。今夜はスーパームーンのようです。満月が地球と月がちかずいて大きく月が見えるそうです。東京はお天気が悪そうです。土星や金星を観察したり、宇宙に興味が有る子供達は残念ですね。北関東はもう初霜や雪も舞ったそうです。八王子も最低気温が1度少しで真冬の気温に成った日が有ったのです。木枯らし1号が吹いた時だったのでしょう。そして今度は小春日和の温かさの日が有るのです。発作が出てしまいました。庭の菊に包まれて菊も握って少し元気をもらって手にも菊の香りがしています{iPad}の講習会に行けるかどうか迷っていて行ったのですが、薬で頭はボーとしていて帰ってから大失敗したと後悔です。益々痛みが出たのです。年を取ったと実感するのです。気温の差が紅葉にはいいのでしょうけれど私には一番避けたい事なのです。何故か幼稚園の時の運動会の最後にお遊戯をした風景画浮かぶのです。・ギンギンギラギラ・ユウヒガシズム・のお遊戯でした。両手を挙げてひらひらするのです。従兄弟が一緒にお遊戯をしてくれたのです。瓢箪山の叔母さんと呼んでいたのですが家族で来てくれていたのでしょう。母とお遊戯がしたかった私です。天王寺の動物園に遠足に行っても妹を抱いていた母です。お誕生日会も着物を着て私の後ろで妹を抱いて座っていた母なのです。サトウ・ハチロウの詩の童謡は可愛い歌です。息子が産まれた時に妹がお祝いにレコードをくれたのです。其の中にはサトウ・ハチロウ作詞の{夕方のお母さん}が有るのです。皆さん覚えが有るでしょう、遊んでいたら、お母さんが「ご飯ですよ!」と呼ぶのです。ハヨハヨオカエリ・ゴハンダヨ!と歌うのです。可愛い動物達です。ひよこに、猫もいたのです。私は入院してこの歌を息子に聞かせたレコードを思い出しては離れ離れになった家族を思うのでした。CDでもUチューブでも聞いてみませんか?きっと聞いた事が有る歌でしょう。暗く成るまで遊んでいたら、お母さんがご飯ですよと呼ぶのです。又明日とさようならです。家は明かりがともっていて明るいのです。お帰りと迎えるのです。木の葉がもみじ色になる頃に思い出す風景です。家の前では、カクレンボウも、缶けりも、スケートボードも、鬼ごっこもしている声が聞こえるのです。夕方のゴハンダヨと呼ぶ声を待っていたのでしょうか。 2016年11月14日    (山茶花と紅葉の写真です)    

   

   冬ざれや 一筆書きの 田舎町

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題「三つと・五つと・七つの子」


三つと・五つと・七つの子

(コメント)朝の6時を過ぎました。今朝は暖かいのです。もう、ヒチゴサンを終えた人も多いでしょう。今日は15日のヒチゴサンです。赤ちゃんは産まれてから色々な行事をするのです。お七夜に、命名式に、お食い初めに、お宮参りに、そしてヒチゴサンです。みんな神様です。受験にも神頼みです。稲作の日本では神様です。ほかにも沢山有るのです。クリスマスが来るのです。先ごろには、ハローウインも盛大に行われたのです。お正月はお寺に、神社です。イスラム教が非難を受けていますが宗教は差別は無さそうです「イスラム教のテロは世界中を恐怖に巻き込んでいます」日本人は何を信じているのでしょうか。日本人の中にも私のドクターはキリスト教の人が多いのです。医学でどうにもならないことを神に救いを求めるのでしょうか。あの、慷慨の、水俣病に携わられたお医者様が私の病院の始めの院長先生だったのですが、それは優しい先生でした。そして最後は私達の病院で最後のお別れをしたのです。キリスト教でした。患者達は皆が花を一輪持って捧げるのです、奥様は私に有難うと言ってくださったのです、手を握って早く元気に成ってくださいねとも言われたのです。水俣病に犯された人は苦しみました、難病も皆そうですが今日のヒチゴサンを家族は祝うのです。元気で、すくすく育って欲しいと願うのです。忘れてしまって、勉強しなさいとか、子供のやりたい事を許さない親も口出しをしてしまうのです。夢を砕いてしまうのです。お友達はお友達です。自分の道を見つけて歩くのです。親は応援団です。息子も難関の新聞社から合格の電話が有ったのを辞退したのです。そんな事が沢山有りました、今はそれが良かったと思う人生を歩いています。世間や、親の考えを押し付けては決していけないのです。改めて今日のヒチゴサンに考えて欲しいことです。一時のバブル期のお祝いはそれは豪華でした。ホテルでお祝いです。花嫁さんのように何回も衣装も換えるのです。子供の為にでしょうか。息子は私の体調が良くなくて父親と写真館に行って一人で千歳飴の袋を右って写真を撮ったのです。幸せです。祝ってもらえない子もいるのです。幾十年前でしょうか、鎌倉に行ったのです。調度ヒチゴサンの頃でした。鶴岡八幡宮は勿論賑わっていたのです、大仏も行きました。奈良の大仏殿とは違って可愛くて優しそうです。海の見えるレストランもガラス張りです。パンを焼く香りが紅葉に似合っていたのです。海の見えるあのレストランのパンが美味しかったねと時々夫と話すのです。ヒチゴサンの晴れ姿を、弾む声を思い出しながらです。2016年11月15日                                

   

   冬の蜂 庭を悠々 独り占め

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題「冬将軍・ドナルド・トランプ」


冬将軍・ドナルド・トランプ

(コメント)アメリカの大統領が決まりました。ドナルド・トランプです。長い選挙戦でした。投票日は私もラジオからひとときも聞き逃せないのでした。今度こそはヒラリークリントンに勝利宣言をして欲しかったのですが、過去の順番では共和党だったのです。だとしてもトランプ氏が、民主党の地盤まで票を伸ばしたのです。中産階級の票を取り込んだようです。阿部総理に日本をどう導いて行ってくれるかがかかっています。アメリカ外交の専門家は、もしかのトランプ、まさかのトランプと言っています。円が下がったとか、ユウロが上がったとか、ドルを買うとか、私には難しいお話のニュースですが、世界が日本がどのように変わって行くのでしょう。木枯らし1号が吹いたそうです。お天気キャスターが冬将軍が来ていると言っていました。世界が本当に寒いトランプ大統領に凍らされる冬将軍が吹きまくるのでしょうか。今日は強い雨降りでした。雨の後は紅葉が進むようです。来週の末の銀杏祭りは素晴らしい、銀秋の世界に成っているのでしょう。冬鳥は元気に越冬です。昆虫類、爬虫類、哺乳類の仲間、鳥類、両生類、魚類が冬眠をするようです。仮死状態で越冬する生き物もいるようです。熊は冬眠です。リスも、狸も、狐も、・・・寒い冬に体温を下げて静かに冬を過ごすようです。動物園の動物は冬眠する必要は無いのでしょうか。餌もあるし、暖かです。ペットもどうなのでしょうか。寒くても自然の中で生きているのが好ましい気がします。蝶も冬を越すそうです。秋に飛んでいた蝶です。蚊も、ハエも、数え切れない昆虫です。温かいと蚊も出てきます。死んでしまったのでは無かったのです。リスが団栗を穴を掘って隠しておくと聞いた事は有ったのです。おかしいのです、隠した場所を忘れてしまって団栗が春に成ると芽を出してくるのです。熊が青梅市に出没したようです、山に食べ物が無くてお腹もすいて冬眠も出来なかったのでしょう。冷蔵庫を、あさっていたそうです。北海道の熊はもう雪の下でしょうか。北狐は冬眠しないのでしょうか。おおかみも雪の上で逞しそうです。銀杏祭りが終わると七色の葉は枯れて落ちてしまうのです。冬スポーツが趣味の人は楽しみでしょう。早い雪が北海道の山に積もってスキーも出来るそうです。ガラス越しの陽射しは暖かなのです。 2016年11月11日     (足を体の下に折こんで横に成るヤギの写真です)           

   

   水色の 空に白球 小春かな

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題「紅葉の中で・再開の友」


紅葉の中で・再開の友

(コメント)11月も7日です。立冬を迎えました。いよいよ冬の声を聞くのです。この・4日間は朝夕は寒くても昼間は爽やかな日和です。特急電車のように紅葉も進みます。久々に懐かしい人との再開なのです。夫の竹馬の友です。息子の産まれてからもその都度の祝いにも来てくれたのです。この前に会った時はやはり紅葉の季節でした。御岳渓谷と、御岳山に登ったのです。夫は何カ月も前から嬉しそうです。食事の場所、宿泊の場所、接待の準備にほかの事は手につかないほどです。私の体調も気に成ります。一泊するので私の荷物もバッグに一杯です。7日の高尾駅10時10分着の電車に迎えに行くのです。竹馬の友です。「・・君!」と声は弾みます。夕焼け小焼けの触れ合いの里に車は走ります。奥さんも林檎畑に目をやるようです。中村雨紅の「ユウヤケコヤケデ・・・」の資料館に入ります。3階に上がります。紅葉が進んでいるようです。ランチは美味しい「おすすめメニューのとろろそば」を食べながら懐かしい古里の話も始るのです。奥さんも同級生だから話は弾むのです。私は若い頃は一人ぼっちで少し寂しかったのですが今はもう大丈夫に成りました。それから我が家に来て夫が準備をしていた・虹鱒のムニエルをご馳走するのです。夫は美味しいと言われて準備のかいが有りました。宿泊は家から車で5分のホテルです。バリアフリーは勿論です。夕食をタップリ時間をかけて頂くのです。一夜明けて8日はお天気も良く朝食は、バイキングです。向かうは「国営昭和記念公園」です。正面入り口の、銀杏並木から入場です。「さすがだわ国営の公園ね」と奥さんです。美しく管理されているのにびっくりです。初めて公園内を走っているトレインにも乗るのです。盆栽が趣味の友人は日本庭園の盆栽に興味があるようです。あの「浜菊」も有りました。とても賑わっています。お抹茶を頂そびれました。レストランで昼食を食べて、紅葉の中を歩いて帰ります。ナナカマドが、山茶花が、もみじも赤に、黄色です、あれが、これが、綺麗だと夫は写真に撮りたくているのですが友人とも話が弾みます。友人は立川駅までタクシーで行くのです。又会う日までお別れです。奥さんと握手をしてお別れでした。この二日間は私も元気でみんなが楽しい紅葉色に染まった夢飛行のようでした。 2016年11月8日    (茅葺屋根の家と柿の木の写真です)       

   

   生姜湯が 咽元甘く 焼きにけり

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題「みんな〜夢の中」


みんな〜夢の中

(コメント)ガラス窓を通して温かい陽射しが眠気を呼びます。夜は足元が冷たくて、アンカを入れてもらったのです。湯たんぽなら朝にはぬるくなっていて具合がいいのですが。もう手間がかかる事は避けるようにしているのです。我が家の菜園の小松菜を毎日収穫して食べています。小鉢のおかずを全部食べたつもりでも「残っているよ」と教えられて、それからは一つ一つの小鉢や小皿から順番に手で持って食べてしまうようにしているのです。病院ではぴったりとお膳に動か無い食器に入ったご飯におかずを全部載せてくれて食べるのです。看護師さんが準備をしてくれるのです。とても食べやすいのです。今頃は、フジ林檎もお膳に並んでいるのでしょう。「バナナ食べないの?」といわれてびっくりした事が有ったのです、バナナが有ると知らなかったのです。「食べるわ・食べるわ」と大笑いです。ブロッコリーはおかかがかかって何時もでます。朝はパンかご飯も選べます。私の病院は、おかゆが美味しいのです。「おかゆが美味しいよ」と薦めるのです。皆さんは「本当に美味しいね」と嬉しそうです。朝は家では菓子パンか、何も食べない人もいたのです。冷たい食べ物と、温かい食べ物が分かれて配膳されるので食欲もわくのです。月に何回かはお好みのメニューも選ぶ事も出来るのです。看護師さんに読んでもらって私は魚の入ったメニューが多かったのです。これからは、すき焼きも出るのです。昔と違って美味しくてメニューも工夫されているのです。リハビリを終えると、眼科に呼ばれるのです、それから痛くても我慢をしなければいけない嫌な検査もしたり、胃カメラを飲んだり、なかなか刺さらないルンバールもする日も有るのです。お昼からもリハビリです。途中でMRIに呼ばれたり、なにやかやと入院中も疲れてしまうのです。手伝ってもらってお風呂に入ったり、回診も有るのです。救急車で入ったら直ぐに点滴がはじまるのです。新薬も使って家族に苦労もかけて結果はOUTだったのです。三時からはお見舞いの時間です。私には息子の友人が来てくれたのです。妹もです。夫や息子は朝から来てくれました。息子とは最終時間の夜の8時まで話した事も何度も有ったのです。痛みで麻酔科のドクターも来てくれたのです。夕食は6時からです。相撲の放送が有る時は白鳳の取り組みを聞く時間です。 2016年11月5日     (赤く染まりかかった欅並木の写真です)      

   

   秋夕焼け 病院食と カツ弁当

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題「文化の日は・晴天なり!」


文化の日は・晴天なり!

(コメント)瓢湖には白鳥が5千羽も渡ってきているようです。まだ増えていくそうです。日の出は6時を過ぎるように成りました。この日の出に見る白鳥の姿が美しいようです。湖で眠っていた白鳥が一斉に飛び立つのです。白鳥の家族は灰色の子供も含めて5羽から6羽いるようです。一羽のリーダーが飛び立つのを合いずに飛び立つようです。親の白鳥は羽を広げると3mにも成るそうです。コウコウとないてバタバタと飛び立つ姿は見ごたえがあるようです。田んぼに水を張って餌を蒔いてあげたりして近所の人はお世話をしているようです。白鳥を見物にやって来ている人や、写真を撮りに来ている人達は近くの温泉に宿泊して日の出の時の白鳥が飛び立つ風景を見るようです。寒いので温かいお茶の接待もしてくれているそうです。創造しているだけでも素敵です。今日は文化の日です。東京は晴天に成りました。随分前から色々な場所からの文化の日の催のお知らせが届いていたのです。天気がどうなるのかが一番気に成っていたのですが、バザーやイベントが開かれるので行ってみようと話し合っていたのです。何時も行く小田野公園です。賑やかな声や音が聞こえてきたのです。小学生の沖縄の踊りです。私も歌うのです。手拍子もするのです。ウクレレに合わせてハワイアンです、隣の人も歌っています。ソーランよさこいも大声で応援です。大道芸もはじまりました。大拍手です。見えなくてもなんだか楽しいのです。お囃子も、笛に太鼓、金、拍子木でしょうか、獅子舞に、お多福、狐、鬼、色々踊ってくるのです。皆さんは拍手です。私も大拍手です。飲み物も色々揃っているのです。福島県の物産も出ていたのです。柿に、林檎に、薩摩芋に、里芋に、二人で持てないくらい買ったのです。美味しいパン屋さんもお店を出していたのです。風に乗って甘い香りもしてきていたのです。お昼で帰りましたが、日の暮れまで賑わっていたのでしょう。紅葉はちらほらのようですが文化の日を八王子の街全体で楽しんでいるようです。2016年11月3日    (大道芸の・弓の糸の先に回る狛の写真です)      

   

   生け花や 父・母が来て 文化祭

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題「菊日和」


菊日和

(コメント)庭には菊が並びました。色も、形も様々です。庭一杯に香ります。一年がかりで咲かせてくれたのです。今年も菊の庭に成ったのです。盛り上がった純白の菊は、黄色を、赤を、従えているように咲きました。今年はじめてお目見えの花の、赤いリボンのような菊は、中央の雌しべや雄しべが盛り上がって黄色です。黄色い小菊は一本の木から、何本もの枝を作って丸く花を咲かせるのです。真ん丸の花も、平らな花もぎっしりと咲くのです。触れるとひんやりと冷たいのです。太陽が出てくると暖かです。みんな違う手触りなのです。暫く菊の庭なのです。霜にも強いのです。今年も咲かせてくれました。そして今日11月1日は視覚障害者にとって忘れてはいけない記念の「点字の日」なのです。点字は、フランス人の、ルイ・ブライユに寄って作られました。ルイ・ブライユは三歳で失明して盲学校に行きました。そして6点点字を作ったのです。1859年生まれの石川倉次は日本の6点点字を作り、日本の点字の創始者です。私は病を発症して、入院中にリハビリ室で、点字の本にはじめて触れたのです。私に必要と判断したドクター達は主治医と供に「点字していますか」と回診の時に話し合っていたのです。私は「もう見えなくなるのだな」と決心をしなければいけなかったのです。OT室で初めて触れた点字です。そして毎日点字の学習がはじまったのです。日本点字図書館にも行きました。拡大鏡や、ドイツ製の点字タイプライターも、今も使っている、プレックストークも、色々な器具も用紙も買ったのです。日本点字図書館は、本間一夫に寄って作られたのです。入院中も点字の本も借りて読んだのです。静かに心も落ち着かせてくれるのです。今はデージー化になってデージー図書を借りて聞いていますが、指先で点字を探ってゆっくり読むのもいいものです。盲人は何時から点字本を読むことを許されたのでしょう。はじめは点字も、楽譜の為のようだったようです。ルイ・ブライユの生きている時には以前から有った12点の点字が盲学校に有ったようです。6点点字は使われなかったようです。今こうして、音声パソコンで文章も書けるのです。菊の花が香る季節に似合う・点字の日です。2016年11月1日   (真っ赤な菊3本の写真です)

   

   意地っ張り 仰ぐ天井 暮れの秋

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題「真っ赤な・桜紅葉」


真っ赤な・桜紅葉

(コメント)蜜柑が出回る頃に成りました。極早稲蜜柑です。甘くて美味しいのです。今は愛媛県の蜜柑を抜いて和歌山県の有田蜜柑が生産量一番だそうです。この二週間で極早生蜜柑の出回りが終わるのです。山の斜面に蜜柑の木を植えて太陽が良く当たるようにしているそうです。水はけも良くしなければ水っぽく成ります。何よりもこれから摘み取って山から下ろすのが大変なのです。あの芥川龍之介の{トロッコ}を思い浮かべました、遊園地のジェットコースターのように大スピードで降りて来るのです。蜜柑の木にも当たってしまうかとも思うほどなのです。海がチラチラ見えたり、景色は素敵だそうですが慣れないと恐怖でしょう。一つ一つ摘み取るのが手間がかかりそうです。アルバイトの人を頼んで摘み取ると聞いた事が有ります。コタツで蜜柑を食べる頃に成ったのです、猫もコタツで居眠りです。猫は飼っていましたが本当にコタツと蜜柑と猫はつきものです。そんな季節に成りました。車椅子に成った私はポカポカコタツが懐かしいのです。久しぶりに綾南公園に行く事にしたのです。庭園の桜の紅葉が綺麗に染まっているようでした。いい時に来ました。風が吹くと落ちてしまうのです。昨年の銀杏祭りの駐車場が桜の落ち葉でふわふわ桜のジュータンのように成っていたのです。桜の香りが一杯していたのでした。銀杏はまだ緑色だそうです。少ない水になっている流れの浅川にも鳥もいないようでした。明るい声がするのです。野球場で大学生の試合のようです。応援団も楽しそうで私も冷たい手も、頬も忘れて応援です。微笑ましい応援団なのです。軟式野球のようです。大声が冷たい風を消してしまうのです。大きな荷物を背負った女性が二人差し入れでしょうか。夫が「若いって、いいなあ〜」と言うのでした。地方から出てきている人も居るのでしょう。仲間達と笑ってベースボールです。プロ野球は盛り上がっていますが若々しい微笑ましいベースボールです。古里でも紅葉が始っているのでしょう。極早稲の蜜柑の差し入れもあったのでしょう。ビタミン補給です。真っ赤に燃える紅葉そのものです。笑顔が見えそうです。みんなが家族になったようです。嬉しい桜の紅葉と蜜柑色の風の吹く陵南公園のひとときでした。そうです私達にも若い頃が有ったわねと話すのです。 2016年10月29日   (綾南公園の庭園の桜紅葉の写真です)                 

   

   ガーベラや 愛しき思い 透き通す

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題「収穫祭」


収穫祭

(コメント)今年もハロウインが巡って来ました。渋谷では自動車を止めて歩行者天国にするそうです。日本中からやってくるのでしょうか。おのおのが工夫をこらした仮装をして行列です。11月1日に先立って、10月31日に前夜祭のハロウインです。収穫を祝って、悪魔を払うお祭りです。アメリカでは南瓜に、目、鼻、口を穴をあけて明かりをともすようです。幼稚園でも、家庭でも、クリスマスイブのように楽しいお祭りに成りました。穀物や、野菜も、果物も、収穫です。秋の実りです。新米は勿論、新豆類に、新そばは香りも豊かで美味しいです、高尾山の入り口は{新そばです}と看板です。ガラス張りの中で手打ちそばを見せてくれているのです。これからの紅葉には観光客で賑わいます。新酒が嬉しい男性も多いでしょうか。お豆腐は湯豆腐で食べたい頃に成りました。南瓜を収穫して孫にあげたらパンプキンケーキを作ってきてくれたと、ラジオのリスナーのおばあちゃんの嬉しいお便りです。アメリカでのあの悲しい事件を思い出してしまう私です。勝手に他人の家の庭に入っても驚かない日本では考えられない事でした。銃社会で有る事も日本にいては分かりません。留学でも、観光でも、世界の国に行く時には習慣をよく勉強していきたいです。今日は25度にも気温が上がりました。昨日は寒くて暖房を入れたのです。折れ線グラフのようなお天気です。富士山は初冠雪だったのです。何日か送れていたそうです。北海道ももう雪は積もって長い冬の始まりです。今年も関東地方の11月からの三カ月予報は、例年のようには成らず寒いようです。インフルエンザも流行するのでしょうか。私は予防接種が出来ないので家族には注意をしてもらっています。勿論私は手洗いと鼻うがいで予防です。昨日のリハビリは看護師さんにも来てもらって体調の管理などで色々相談もしました。生活の仕方も教えてくれるのです。安心しました。蛋白質を沢山摂取して風邪にも負けない身体にして冬に向かうのです。蛋白質の数値がギリギリだったのです。食べているようで食べていないものですね。折角の収穫の秋です。豆類も、何でも沢山食べて冬に備えたいです。農家と畑に大空が広がる写真です。 2016年10月26日              

   

   犬抱いて 駆け足が行く 秋の末

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題「戦争が〜終わって〜僕らが産まれた〜」


戦争が〜終わって〜僕らが産まれた〜

(コメント)山を染める季節に成りました。八王子には山梨県が古里の人が多いのです。山梨県では神社でヒチゴサンの千歳飴を作るのに大忙しのようです。もうヒチゴサンを終えた人も居るようです。武田信玄の家紋の入った千歳飴が有るのだそうです。大人も子供も武田信玄が大好きなのでしょう。信玄袋とか、信玄餅とか信玄と名前がつく物もほかにも有るのでしょう。これから美味しい宝刀鍋は温かくて栄養もタップリです。南瓜が入って武田信玄も食べていたのでしょうか。私も宝刀鍋が大好きな鍋料理です。果物の県と成った山梨県です。お正月には果物の神社にお参りに行くそうです。八王子のキャラクターには、武田信玄の四女「松姫」がいます。数奇な人生を生きて八王子市の寺に尼と成っていたのです。今年は4百年を迎えます。滝山城を攻めた武田信玄ですが強固な城に敗れました。今も残る滝山城跡です。戦国時代の関東地方を治めた北条氏です。三人の兄弟は戦国時代においても仲が良かったのです。北条氏輝は八王子城を山城に築きました。今も尚友好都市です。小田原城が秀吉軍に攻められた時に氏輝軍が八王子城を留守にした時に、上杉景勝と、前田利家軍に攻めいれられて半日で落城したのです。氏輝は切腹しました。今も八王子の城跡に墓地が寂しげに残っているそうです。滝山城跡も美しく花々に飾られているのです。狸の滝坊が滝山城跡のキャラクターに成って人気者です。来年は市政百年を迎える八王子市です。先頃勇壮な北条氏輝軍に扮した子供達の行列が有ったようです。今も慕われている、北条氏輝です。銀杏祭りには又ほら貝の音をあいずに甲州街道を行進するのです。戦国時代は松姫のように悲しい人生を送った女性が泣いた世の中だったのです。今は赤に、銀色に輝く八王寺に成ろうとしています。今年もヘルパーさんにお願いして銀杏祭りに行ってみようと思っています。八王子の城跡は少し遠いのです。歩こう会では時々歩いて行っているようですが、私は山の高低が有って参加が出来ないのです。残念です。八王子に来た頃には一度歩いて行った事が有るのです。北条氏輝の事はその頃は知りませんでした。墓地にも参りませんでした。賑やかに、銀杏祭りを楽しむのが北条氏輝に喜んでくれそうです。 2016年10月22日    (黄色いコスモスに止まる蝶の写真です)          

   

   赤トンボ プロペラ飛行 交差点

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題「北の端から〜南の端から」


北の端から〜南の端から

(コメント)ジャンボジェット機727が大空を飛んだのです。アメリカからやって来たボーイング727です。初飛行は東京大阪間と、東京と札幌間だったようです。1964年11月です。高度成長期の真っ只中です。東海道新幹線が東京と大阪を4時間で走ったのです。高速道路も出来ました。走れ、走れでした。東京オリンピックも日本中を沸かせました。大阪万国博覧会も有りました。ジャンボジェット機727が飛んだ時には歌が出来たのです。{吉永小百合と橋幸雄}の歌です。弾んで歌いました。キタノハシカラ・ミナミノハシカラ・ユメノジェットキ・セブンツーセブン・・・。全日空です。ジャンボ727は30年間働いたそうです。でも大きな事故は羽田沖墜落事故です。札幌の雪祭りのお客さんがほとんどで、全員が亡くなりました。就航してすぐの頃だったのです。そして農村は都会にお父さんが出稼ぎに来るのです。サンチャンノウギョウと呼ばれました。おじいさんとおばあさんとお嫁さんの三人で残された農業をするのです、お嫁さんは大変でした、寂しくも成るのです。頼る人がいないからです。悲しいお嫁さんの事を書いた詩が有ります。農民詩人の詩です{帰ってこい、帰ってこい}と書かれているのです。テレビもコマーシャルでは、大きなことはいいことだ・と、大きく早くと急がせます。高度成長期は今の日本を作りました。機械化も進んで電化製品はお母さん達を助けます。カラーテレビも電話も自家用車も一家に1台を目指すのです。慷慨問題もおきざられます。川も、海も、空も痛めつけられます。人も被害に巻き込まれました。敬老の日が有りました。大勢の高度成長期に力の限りに働いた人達です。花で飾られる日本列島に成りました。沖縄県をはじめとして日本は問題を抱えながらです。4年後には東京オリンピックが又来るのです。アメリカ大統領選挙がもう直ぐです。 2016年10月19日   (ピンクのベゴニアの写真です)     

   

   秋袷 主人探して 絣柄

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題「暮れの秋」


暮れの秋

(コメント)心がけている事はベットに入る前にはアロマの音楽を聞いたりクリームを塗って香りもかぐのです。静かな気持ちに成って睡眠を出来るだけスムーズに取れるようにしている事です。昨夜は早くベットに入ってから録音図書を聞いて引き込まれて朝を迎えてしまいました。夜も朝も本当に寒く成って今朝は雨も降っていたのです。秋は三日ごとに晴れと雨を繰り返すようです。お天気キャスターの話ですが秋晴れのほとんど無い東京なのです。熊本震災から半年が経ちました。今年も残り二カ月余りに成ったのです。まだ仮設住宅の生活で家にも帰れない人も多く居るようです。家を建てている人も進まないようです。家が形も無く壊れてしまった人も、家を壊して新しく建てる人も、アルバムや、大切な物を分別しながらの作業だそうです。時間がかかるようです。修学旅行で行った草千里は広々としていて馬も放牧されていたのです。雨も降っていました。バスの中は楽しいのです「島原の子守唄のほかに幾つ物九州の歌をバスガイドさんに教えられ歌ったのです」阿蘇山の噴火口も覗いたのです。雨に映えた草千里は緑が綺麗でした。今は熊本城も壊れてしまったのです。その草千里の放牧も終えようとしている時期に成りました。若い緑の草を沢山食べた牛も馬も帰って行くのです。日本中の放牧も終わる10月です。地震の時は放牧の馬はどうしていたのでしょうか。新聞に写真が掲載されていたのです。箱根も地震も収まって行楽の人が賑やかに戻って来ているようです。広い敷地にはススキの原が広がっているのです。青い高い空に雲がふんわりと浮かんでいるようです。どんな雲なのでしょうか、行楽の晴れのようです。11月の半ばにはカレススキに成ってしまうそうです。今が見頃のようです。そして木の実の落ちる頃に成りました。恣意のみでしょうか、橡の実でしょうか、公園には丸い団栗の木が有るのです。細長い団栗も有るのです。お天気が悪くて公園にはなかなか行けません。何時もの秋ならば ポケット一杯に集めた団栗だったのです。ヤジロベイも作るのでした。 2016年10月18日   (丸い団栗の木の写真です)             

   

   朝寒や エイ!と一声 空元気

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題「ポカポカお部屋で・徒然に」


ポカポカお部屋で・徒然に

(コメント)久しぶりの秋晴れです。部屋の中にも日差しが差し込んでくるのです。朝の空は星が一杯輝いていたそうです。台風や長雨で多摩川の流れも川っているのでしょう。夫は川の流れの下見です。釣りに行く準備です。虹鱒釣りです。鮎はもう落ち鮎に成りました。今日はお昼には帰ってくるのですが、だめですね、つい食べ物を口にしてしまうのです。多摩川にも行ってみたいのです。紅葉の時期には、御岳渓谷です。青い川に紅葉が映えるのです。素晴らしいのです。カヌーも川に白く青く遊ぶのです。そこら当たりが全部真っ赤です。覚えています。そして、西武球場の当たりも綺麗です。西武園遊園地もあるのです。桜並木も綺麗です。これからは紅葉です。息子が小さな、時には何度も行きました。ユネスコ村も有るのです。汽車も走っていたのです。{相当川の流れが変っている}と電話が入りました。ポイントを見つけるのに釣り士は腕の見せ所です。多摩川にも渡り鳥が沢山やって来るのです。厄介なのが川鵜です。魚を食べてしまうのです。鵜にしたら餌ですが、鵜が増えていっているようです。野原の紅葉も始まっているのでしょう。タネも付け始めているのでしょう。数珠玉でも首飾りを作るのです。中の芯を丁寧に抜いてからです。足にくっつくタネは色々有って可愛いです。秋明菊も咲く頃です。寒さに強い菊です。弁慶草も、吾亦紅も、今の時期に咲くのです。「ラジオのお話です。」山に入る時にはよほどの注意が必要です。熊も出てくるのです。松茸を取りに行って滑落する人が多いようです。こっそりと一人で取りに行くそうなのです。欲張りじいさんです。家族にも言わないので、いなくなっても分からないそうです。山に入る時には、登山靴もはいて、ヘルメットもかぶって、滑落しないように縄も持って行って木に繋ぐのだそうです。こっそり行くのはだめですね。昔話の瘤取りじいさんや、花さかじいさんがそのままです。子供の頃に聞かなかったのでしょうか。夫の留守の徒然に・・。 2016年10月12日    (カリンの実の写真です)     

   

   菊晴れや 指タップする 卓の上

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題「深まる秋」


深まる秋に

(コメント)秋真っ盛りです。花はタネを付け始めています。実りの秋です。高い山では紅葉が始まっているようです。里に降りてくるのも直ぐです。お天気が安定しなかった今年の秋でしたが紅葉を早めてくれるのでしょうか。雨や雹で叩かれた葉は美しさをなくしてしまわないのでしょうか。いろは坂はもう車の行列が始まっているようです。菜園では秋のタネ蒔きも終わりました。お天気を見ながらの作業だったようです。大根が沢山芽を出してつまみ菜にして、ザルに山盛りです。菊の香りの季節です。文化の日には美しく飾られるのでしょう。1年がかりで愛情をこめて咲かせた菊です。今年は何処かの文化祭に行ってみてもいいかと思っています。趣味はそれぞれで楽しいですね。石の収集も有るのですね、広いコーナーが有ったようです。八王子は体育館が沢山有るのです。広いのも理由ですが、健康に力を入れているようです。夫もバドミントンです。本当に色々な事をしているようです。私もプールに通っていた時も有ったのです。好みに合わせて趣味を楽しんでいるのです。写真展も有るのです。八王子の歴史を知る会も有ったようです。バードウオッチングもです。将棋も、碁もです。写生の会や、リズム体操、童謡を歌う会も有ったようです、対面朗読をしてもらっている人もいました。数え切れ無いくらいです。本当に退屈なんかしていられないのです。若者もお年寄りもです。夜長になって録音図書を聞いているのです。静かに音楽を聞いたり、Uチューブを楽しんだりしています「お茶にしようか?」が結構多いでしょうか。一つ部屋でそれぞれです。そんな、夜長です。明後日は栗名月です。ひょっとしたら十三夜の月が綺麗に見えるかも知れません。寒い朝です、散歩は暖かく成ってからです。夫の時間が空いた時です。なかなか無いのですが時間を作ってくれます、公園にも行きます。浅川にもです。黒い蝶が飛んできてコスモスに止まろうとしているようです。蜜を吸うのでしょうか、今日の写真は秋の蝶です。 2016年10月11日                

   

   行く秋に ガーと口太 カラスかな

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題「小田野公園の・秋」


小田野公園の・秋

(コメント)暑くも無く寒くも無い秋のお昼前です。ヘルパーさんと散歩です。近くの小田野公園に行く事にしました。寒いといけないとベストまで持って行ったのです。不安定なお天気がつずいていたので最近散歩行っていなかったのです。ヘルパーさんとの散歩もお休みにしていたのです。自動車が何台か止まっているようでした。公園は小鳥が啼いています。赤とんぼが何匹も飛んでいるよと言われます。広い公園をドンドン進みながら気持ちがいいねと話すのです。北浅川はゴーゴーと音を高く流れているのです。澄み切った流れのようです。大きな木が有るようです。葉っぱの中に小鳥が頭を突っ込んで虫でも食べているみたいです。ジョギングの人がすれ違います。芝生の広場にはパターゴルフの人達が集まっているのです、50人以上はいると言うのです。楽しそうな声も聞こえます。木陰は涼しいのです。胡桃はまだ落ちていませんでした。木に実っている胡桃をヘルパーさんは初めて見たわと不思議そうです。並んでいる可愛い胡桃だそうです。団栗は二つ拾ってくれました。ギザギザの帽子をかぶっているのです。手で握ったら壊れてしまいそうです。膝にそっと乗せました。秋の蝶も飛んでいました。コスモスは黄色です、もうタネを付け始めているのでした。このタネを植えたらいいねとヘルパーさんです。ゆっくりと車椅子を押してくれます。ドングリコロコロの歌も歌うのです。事情が有ってヘルパーさんとお別れなのです。まだ若くて私の娘のようなのです、穏やかで優しいヘルパーさんです。夕焼け小焼けの触れ合いの里でも車椅子を押してくれました。コンビニにも行って買い物を手伝いもしてくれました。美味しい手作りパン屋さんにも行ってパンも選んでくれました。二人でコーヒーも飲んだのです。秋の小田野公園は思い出の公園に成りました。今度公園に来たらヘルパーさんを思い出すのです。出会いと別れの繰り返しです。色んな人とです。病院でもお医者さんに、看護師さん、検査の技師さんも、きをつけてねと優しいのです。パソコンの学習会でも先生達や仲間達です。本も録音にもしてくれます。点訳もです。運動会もです。七夕の夕べも開いてくれます。歩こう会もです。家の近所の人もです。深まる秋に成るのです。寂しい秋です。今日は何処かで運動会が有るようです。パンパンと開始の音が聞こえます。 2016年10月9日   (胡桃の丸い実を付けている木の写真です)

   

   ツーリング 1直線の 林檎畑

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題「雀蛤と成る」


雀蛤と成る

(コメント)朝も夜も寒く成りました。日の出も遅く成りました。朝は霧雨です。少し青空が覗いたのです。首にはネッカチーフをかけて出かけました。とても久しぶりです。きっとコンビニにはおでんも、中華饅頭も並んでいるのかも知れません。暖かいスープが飲みたくて材料を買いにスーパーマーケットに行ったのです。他にも欲しかった物も買ったのです。パートタイマーで働く女性達はとてもテキパキと働くのです。改めて元気はいいなあと思うのです。そして私もパワーをもらって元気に成るのです。嬉しく成るのです。大きなマーケットも出来ているこの頃です。細やかな女性の力は必要です。お店も明るい声が響くのです。女性達も若々しくてきっと家でもテキパキと家事に忙しくされているのが浮かびそうです。私の家でも暖かい食べ物も心を暖かくしてくれます。話し好きな私達は笑いが絶えないのです。衣替えはまだしていませんが{雀蛤と成る}の季節に成りました。浅川はこれから渡り鳥を撮影する人が集まるのです。冬鳥が沢山来るようです。ツバメはもう帰って行ったのですね。隼に次いで速く飛ぶツバメです。もう暖かい国に着いているのでしょう。白鳥も、雁も、鷲も、鶴も冬鳥達がやってくるのです。湖も、沼も近所の人は楽しい冬です。刈り取った田んぼで落穂を食べたり、田んぼに出てくる二番目の穂を食べたりするようです。田んぼにいる鳥は渡り鳥も多いそうですが、田んぼも少なく見なく成りました。浅川に行って啼き声を聞くのです。お気に入りの帽子をかぶって、首にネッチを巻いて行かなければ寒がりの私です。10月は天高しのお天気に成って欲しいです。サッカー場でも、野球場でも子供達は汗をかいて走り回るのでしょう。目をつぶってみませんか、色々な音が聞こえて来るのです。急ピッチで衣替えです。今年はニットのスカートが流行のようですよ。                  2016年10月8日       

   

   カツカツと 駈けて靴音 秋の暮れ

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題「矢切の渡し・・・」


矢切の渡し・・・

(コメント)江戸川を渡す渡し舟、矢切の渡し舟のお話です。江戸時代から未だに、変らずに人々に愛されて必要とされている矢切の渡しです。千葉県の・矢切と東京都の葛飾区柴又とを繋いでいる、農民渡しとして作られたようです。自転車も、犬も、花屋さんも、学生も、誰でも乗るのです。今は観光としても運行しています。矢切の渡しと言えば小説の「野菊の墓」ですね。調度、綿の摘み取りの頃でしょう。従兄弟同士だったでしょうか。綿を摘み取りながらの純愛の物語です。野菊のような少女です。東京の大学に行ってしまう恋人です。時々東京から帰って来るのに、矢切の渡しに乗って帰って来るのです。矢切の渡しを毎日のように恋人が乗っていないのか待つ姿が浮かびそうです。恋人以外の人と結婚させられてしまうのです。結ばれる事も無く亡くなって逝く少女です。歌謡曲でも有名なヤギリノワタシはヒットしましたね。葛飾区柴又と言えば「寅さん」でも有名です。江戸川の土手の付近に有るのです。行きましたよ。寅さんの顔の人形がニコニコ笑っている資料館です。帝釈天も寅次郎の世界です。活気が溢れているのでした。あさり貝の佃煮、小魚の佃煮、海の物が並んでいたのです。うなぎも食べました、肝吸いもです。お団子はどうだったのかしら。江戸川を下って行くと、ハゼが今釣れて美味しいのです。夫が釣って来てくれました。綺麗に三枚に開いてくれます。私が天ぷらに揚げるのです。夫は魚は何でも綺麗に丁寧に処理をしてくれるのです。ハゼと似ているキスの天ぷらは美味しいですが、ハゼは臭みが無くてふわふわしていてとても美味しいのです。昆布巻きの芯にハゼの甘露煮をくるんで入れるのです。大きな仕立船では船の上でも天ぷらにして食べられるようです、あさりの味噌汁も出るそうです。釣りは目的では無く江戸川の風物詩でしょうかそれも又潮の香りをかぎながら楽しめそうです。江戸時代からの矢切の渡しですから、様々な人がこの船に乗ったのでしょう。夢が有りますね。誰が乗ったのでしょうか。侍も、勿論農家の人もです。歴史上の人達も乗ったのでしょう。今度乗ってみませんか? 2016年10月5日      

   

   夕風や 犬は転寝 カネタタキ

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題「朝顔が・デコレーションの・金木犀」


朝顔が・デコレーションの・金木犀

(コメント)秋の代表の香りの金木犀が甘い香りを振りまいています。息子の誕生の祝いの記念樹です。毎年濃い緑の葉に、隠れるように黄色い小さな粒粒を一塊にして咲かせてくれるのです。香りの花は沢山有りますが季節を表してくれるのは金木犀がよく知られています。何処からとも無く風に乗って甘い香りがしてくるのです。ギンナンも落ち始めているようです。金木犀が季節の節目なのですね。産声をあげてお祝いに頂いた金木犀は福生から八王子で育って41年に成ったのです。始めは団地の小さな花壇に植えました。福生市は今頃金木犀の香りで酔うくらいに香っているのでしょう。花が散ったら形を美しく切りそろえてくれるのです。そのままにしておけばとんでもなく大きく成って行くのです。今年は朝顔が金木犀に巻きついて行って朝顔がまだ咲いているのです。逞しいのは、金木犀なのか朝顔なのかどっちでしょうか。もう41年もデンと構える金木犀の木なのです。色んな我が家の歴史を黙って見てきた金木犀なのです。夫はこの木を眺めて何かを考えていた事も有った気もするのです。台風18号がきています。それまで咲いているのか分かりませんが直ぐに散ってしまう金木犀の花です。ぱらぱらと花は散るのです。家の中にも香って来てそれは蒸せるくらいの香りをさせてくれた時が1度有ったのでした。息子が渡米している時でした。知らせてあげたくてあの頃は私はパソコンは病院のリハビリ室では自分の声を入れる難しい作業をしなければならなかったと記憶していますが、学習は勧められましたが挑戦しなかったのでした。ファックスで知らせたのでした。もうふた昔に成るでしょうか。やはり中国からやって来た金木犀だそうです。三嶋大社の樹齢1200年以上は有ると推定されている薄き色の金木犀は、天然記念物に指定されているそうです。大木なのでしょうね。盆栽にもして楽しんでいる人も居るそうです。育てやすいのがいいですね。埼玉県ではこの秋には盆栽店が有るそうです。金木犀も有るかも知れません。大雪が降ってからです。花が咲くと変形してしまうように成った一重の真っ赤な椿は盆栽には出来たらいいのにと思っているのです。手を借りなければ成らないので、金木犀の甘い香りに欲張りは止めなさいと言われている気もしています。きっと息子がそう言っているようです。 2016年10月3日            

   

   汽車の窓 古里恋し ぼろ案山子

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題「大安・吉日・豊年だ!」


大安・吉日・豊年だ!

(コメント)10月に成りました。久しぶりの晴天です、欲を言えばもう少し青空に成って欲しいのですがこれで稲刈りも出来そうです。悪天候がつずいていたのですから稲刈り日和です。良い香りに誘われて遠くに来てしまいました。稲刈りの香りだったのでした。今はなかなか見る事も出来なく成っていた稲刈りです。子供の勉強の為には、夕焼け小焼けの触れ合いの里では田んぼも作っているのですが、家族総出の稲刈りでしょうか。足を止められてしまうのです。ご飯が大好きな私ですから、嬉しい稲刈りです。台風も多く上陸して被害も有りました。農家の人はお天気が気になったのでしょう。 今日の日を迎えられて嬉しい稲刈りです。早苗を植えて、緑の田んぼに成って、おたまじゃくしが泳いで、アメンボウも泳いで、すくすく育った稲です。トンボも飛んだのでしょう。機械化になっても自然の災害には手が打てないのです。本当に今日の日を迎えて良かったと嬉しいのでしょう。何という銘柄なのでしょうか。つい深呼吸をしてしまいます。私は滋賀県の近江米をお嫁にくるお祝いに1俵頂いたのです。二人ですから1俵は何カ月食べたのでしょうか。近江米は美味しいのです。近江平野は見渡す限りの平野でした。昔は八王子市くらいは有ったのでは無かったでしょうか。とにかく広いのです。今は開発されていますがやはり美味しい近江米です。食べていますか。色んな事を思いながらここの稲刈りの香りや音に時間を忘れてしまうのでした。農家も後継ぎの問題も有って稲を作らない農家も増えて行っているのでしょうか。世界にも広がって行っている日本食です。お米が無くては成らない日本食です。日本で作りたいお米ですね。パン食の家族も増えているのでしょうか。世界中の食べ物が食べられる時代ですがやはりご飯は食べたい私です。こうして稲刈りの日の為にお神酒も供えて、柏でも打って感謝の思いだったのでしょうか。今朝もご飯を食べた私です。家族総出の嬉しい稲刈りを思い出しつつです。若い人が農業に憧れて田舎に田んぼを借りて作っている話も聞きますが難しそうですね。感謝をして新米を頂きましょう。 2016年10月1日     

   

   ミシン踏む 音流れ行く 鰯雲

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題「実りの秋」


実りの秋

(コメント)9月も今日でおしまいです。夕暮れの時間も5時半を過ぎる頃になっています。戸締りの音も早くに聞こえる頃に成りました。稲も刈り取りはすんだのでしょうか。楽しい作業です。笑顔の家族が浮かびそうです、稲刈り日和に成って欲しいですね。冬鳥は渡って来る季節です。初雁は何時やって来るのでしょうか。琵琶湖では小白鳥の話題がラジオで出ていました、琵琶湖の藍色に白鳥が美しい冬の風景です。実りの季節でも有るのです。綺麗な秋景色です。想像するだけでも{稲の黄金色、柿の色、蜜柑の緑、澄んだ川の流れ、青い空、ピンクの野原薊、枯れ尾花でしょうか、野茨は実をつけるのです。クルミノ木、草に輝く露、草紅葉、いいですね。まだまだ有るのでしょう。稲雀の歌います。トンボも飛ぶのです。相撲草も友達と引っ張りこで遊びました。もうネコジャラシはタネを付けたのでしょうか。}何時も秋祭りも何処かで開催されているようです。山登りの季節でも有ります。待っていた、山法師の実りを見に行ったのです。真っ赤な実を付けていたのです。霧雨がつずいたり、台風でどうなっているのかが心配だったのです。春の真っ白な花を咲かせた山法師でした、この間行って触れた緑の実でした。何時か何時かと楽しみに待っていたのです。真っ赤に実ていたのです。ポトンポトンと落ちている実も有ったのです。手に持たせてくれました。サクランボウのような茎に苺のような実を付けていたのです。実を上にして持つと真っ赤な実がユラユラゆれるのでした。ハンカチを膝に広げて実を大切に一つ乗せました。真っ赤な実は甘くてジャムにもジュースにも出来るそうなのです。そのまま食べても美味しいそうです。小鳥の餌には沢山有るので喜んで色んな鳥がやって来るのでしょう。東海地方は・友情の印で山法師を植えているようですから、きっと実を収穫して甘いジャムかジュースにしたり、山法師の実の摘み取りもするのでしょう。白い山法師から赤い実を実らせた山法師に成長しました。早い時間の流れです。この後は枯れ木に成ってしまうのです。又来年の春の真っ白い花に包まれた山法師を見に来るのが遠いような気持ちもするのです。ズンズンと秋の夜長が来て冬が来てそして春を待つのです。真っ白い山法師の花を待ちましょう。又真っ赤な実りも待つのです。 2016年9月30日     

   

   帰り来て 握る一枝 金木犀

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題「秋葵」


秋葵

(コメント)実りの秋が来ました。コスモスを筆頭に秋の花々も咲いています。季節の花三百の中に選ばれている「オクラの花」が咲く頃です。美しい花と言われている野菜の花です。秋葵と呼ばれている・オクラです。葵の花に似ています。葵科だそうです。女性には特にネバネバ野菜は好まれて食べられています。免疫力を高めたり、美肌にも嬉しい食べ物です。我が家の菜園でも植えた事が有る、モロヘイヤもネバネバの野菜です。今は八丈島で代表的に栽培されていて、粉末にもされて食べやすくなっているようです。オクラのルーツはアフリカだそうです。エジプトでは紀元前二世紀から栽培されていたようです。アフリカ原産の植物や花も多いです。豊かな大陸だったのですね。人類の祖先もアフリカ大陸ですね。動物達も動物園で見る事は出来ますがゾウの乱獲も言われています。アフリカ大陸で今特に中国や様々な国の企業が力を入れていますが偉大な大陸アフリカです。自然は破壊しないようにして欲しいですね。オクラが日本に渡って来たのは幕末の頃だったそうですが、初めは食べてはいなかったようです。花の魅力を感じていたのでしょう。場所が有ればやはり自宅の菜園で栽培したいオクラです。花も美しくて栄養タップリです。私は納豆に混ぜて食べていたり、サーと茹でて色々な物とサラダにして食べています。レシピは沢山気軽に考えて食べたいオクラです。株で植えるとドンドン実って困るくらいだそうです。冷凍も出来るので来年はオクラを植えてみようかと言ってくれています。楽しみです。花がぎっしり咲いたら今までに無い菜園に成るのでしょう。遠いアフリカからやって来たオクラの花が咲いています。暑いアフリカで食べられていたオクラは元気な元なのでしょう。人類は勿論の事、菜食動物達も食べていたのかも知れませんね。野生の動物はもう居ないのでしょうか。管理されているとも聞きました。弱った小ゾウが置いて行かれてお母さんぞうが悲しそうだったのをテレビの「野生の王国」で見た思い出が有ります。そんな事も思いながら美味しいオクラを食べるのです。 2016年9月27日                           

   

   しその実や 実りを待って 打つ鼓動

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題「天まで届け!大きくなーれ」


天まで届け!大きくなーれ

(コメント)やっと青空です。急に低温で慌てて持ち出した冬のパジャマです。冷たい身体だったのです。秋晴れに成りました。雨の多い日がつずいたのです。又半袖のTシャツを着たのです。何時ものように誘われて夕焼け小焼けの触れ合いの里に行く事にしたのです。なだらかな山道を車で登って行くのです。柿もたわわに実っているようです。枝垂桜で有名なお寺を通り過ぎます。バラで有名なお寺も通り過ぎます。浅川は毎日のように降った雨で綺麗に澄んだ強い流れに成っているようです。何時行っても賑やかなのです。何らかの花も咲いているのです。写真が展示されている喫茶コーナーにも静かに、ユウヤケコヤケの曲が流されているのです。秋に成って高尾山も色を染めて行くのです。俳人も、歌人も昔から訪れていたようです。パソコンが出来るように成ってからでしょうか、病を受け止めることを知ったからでしょうか、夫のリタイヤーで二人の時間が出来たからでしょうか。八王子に興味を持ったのです。以前から広報八王子の音声テープは借りていたのです。そしてこの夕焼け小焼けの里も知ったのです。今は「ユウヤケコヤケデ・・」のチャイムは17時に八王子の広い街に響き渡るのです。調度夕焼け小焼けの触れ合いの里が出来てから20年目に成るようです。教職についていた・中村雨紅さんが帰宅時に見た美しい夕焼けを歌った歌です。今頃が美しい秋の夕焼けなのでしょう。子供達の大騒ぎの声に迎えられたのです。懐かしい竹とんぼを飛ばして遊んでいたのです。夫は興味を持ったようでした。子供の頃に遊んだのでしょう、作るのも上手なのですよ。ぶんぶん音も立てて青空に高く飛べと思うのです。大騒ぎです。大笑いです。私も愉快です。子供達が可愛くて今日来て良かったと思ったのです。無邪気な声が聞こえるのです。風は竹とんぼを邪魔しないのでしょうか。トンボの池も有るのです。赤とんぼも飛んでいるのでしょう。優しい雨紅さんが嬉しそうに見ている気がしました。きっと竹とんぼを飛ばした事や青空を覚えている子供達なのでしょう。誘われて来て良かったと思う帰り道でした。青空に竹とんぼ飛べ!子供達!大きくなーれ。 2016年9月26日    (青空に向けて竹とんぼを飛ばす写真です)                                 

   

   縁側に こおろぎが居る 猫の留守

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題「カメハメハ大王☆☆」


カメハメハ大王☆☆

(コメント)幼稚園の運動会です。お母さんと一緒にダンスをするのです。毎日のように練習です。ほかのお母さんのように自転車で幼稚園に来てくれ無い僕のお母さんです、だって目が悪いのです。だから歩いてきてくれるのです。僕は自転車に乗ってきてねと言った時が有ったのです。でも僕は色々分かってきたのです。お母さんは病気だから僕はお母さんに優しくするのです、我慢もするのです。でもね運動会のダンスの練習には来てくれたのです。カメハメハ大王のダンスです。上手に踊れるように成ったのです。運動会にはお父さんも来てくれたのです。綱引きも百足競争にも出たのです。お母さんとは練習したカメハメハ大王を向かい合って手をつないで踊るのです、隣に居た友達のお母さんは・良かったねと言ってくれたのです。それはね、何時もお母さんが僕の幼稚園には来られ無かったからです。他にも、ゲームもしたのです。大玉転がしもしたのです。友達と一緒にお昼ご飯を食べたのです。近所の友達です。運動会はものすごく楽しかったのです。お母さんの病院にも僕が時々連れて行ってあげるのです。僕の先生は、しっかり連れて行ってあげてねと言ったのです。だから僕は手もつないでバスにも電車にもタクシーにも乗るのです。お母さんとお父さんが行く時には自動車で行くんだけれどね。診察室には看護師さんが僕に少し待っていてねと言うのです。薬をもらって帰るのです。お母さんは元気な時も有るのです。お誕生日会にも来てくれたのです。歩いてくるので少し遅くなったのだけど、写真を撮る所でした、早く早くと友達のお母さんが喜んでくれたのです。僕も一緒に写真が撮れて嬉しかったのです。僕は漫画を書くのが好きなのです、お母さんにも招待状を漫画を書いて送るのです。でもね、来てもらえなくてもいいのです。漫画の本に優秀賞をもらった時も有ったのです。皆で頑張ったからです。助け合ったからです。ハンバーグも、パンケーキも、オムライスも、蜜豆も僕の好きな物を作ってくれたお母さんだから僕も出来るだけの事をするのです。今は遠い札幌から、富良野の人参ジュースをお母さんに送っているのです。カメハメハ大王を一緒に踊った幼稚園の時の僕達です。 2016年9月25日   (80cmある黄色いトランペットの花の写真です)                            

   

   我が腕に バッタ飛びつく 野原かな

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題「柳生の里は・カラクリ屋敷」


柳生の里は・カラクリ屋敷

(コメント)今から指を折れば何十年前の事だったでしょう。今日も秋の長雨が降っていますが思い出すのは秋真っ盛りの頃です。会社勤めの時です。新入社員の秋の事でした。秋の慰安会でした。バスを連ねて行くのです。目的地は、古都奈良県の柳生街道の柳生の里です。そうです!気がつかれましたか。柳生の忍者屋敷です。興味は有りますか。戦国時代は居なくては成らない忍者でした。奈良県は行事も沢山有るのです、寺に、寺院、遠足でも、友達とでも、彼岸花の咲く頃です。色んな場所に行きましたが柳生の里は初めてだったのです。何時もは厳しい先輩も笑顔なのでした。屋敷の中は壁が回転したり、カラクリが色々細工がされていて驚かされて時間を忘れます。忍者は海外の人にも人気だそうです。忍者の漫画を読んで日本に興味が沸いた人も居るようです。アニメのお陰でしょうか。宮本武蔵の柳生新陰流も有名です。忍者は壁に貼りつき身を隠すのです。音も立てずに歩くのです。すいとんのジュツです。楽しいのがいいですね。隠れん坊をしているようでした。テレビでもアニメで放送していたのでしょう。歴史の中では忍者は重要な仕事をしたのです。タイムスリップしたのです。本来は修行に辛い日々だったのでしょう。手裏剣も飾って色々揃えて有ったのです。日本のアニメは世界中の人気の文化と言えるでしょう。猿飛佐助は、真田十勇士の中に居たようです。講談や歌舞伎に出てくるそうです、モデルも居たようです。猿飛佐助は人気者ですね。息子はハットリ君の貯金箱を買って持っているのですが、今も有ります、結構重そうです、幾ら貯まっているのかしら?何時買ったのでしょうか、ハットリ君が流行していたのは何十年も前です。可愛い青い忍者の服を着たふくよかな忍者です。最近は慰安会は無くなったのでしょうか。大勢で行くのもわいわい楽しかったです。バスの中です。歌を歌って何時もは話しもしなかった人と仲良く成れるかも知れませんね。この秋に訪ねてみませんか。 2016年9月23日    (水車小屋の写真です)                 

   

   秋の水 ゴックン1口 朝を飲む

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題「秋彼岸」


秋彼岸

(コメント)日本列島が濡れています。ずぶ濡れです。今朝も霧の雨が降っていたようです。きょうはリハビリの日です。この間は体調が悪くてお休みにしてもらったのです。久しぶりです。先生は奥さんの親御さんのお墓参りにはもう行ったようです。まだ綺麗に咲いている朝顔を夫が写真に撮りたくて見に行くのですが雨で花は下を向いているのです。とても残念がっています。秋のお彼岸に入りました。連休には行楽でしょうか、お彼岸ですからお墓参りでしょうか。談合坂サービスエリアが混雑するのです。地球は秋の軌道に乗りました。ドンドンスピードを速くして行くのです。乗り遅れそうです。振り回されそうです。秋刀魚は食べましたか、秋鯖は食べましたか。新米はもう直ぐですね。出ているのでしょうか。北海道のお米が注目です。今回の大雨で美味しい北海道の野菜は被害を受けたようです、高価に成っているとも聞きました。急に暖かい食べ物が欲しく成ったこの頃です、上着は長袖です、長いパンツもはきました。リハビリの先生に足が冷たいので靴下もはいてくださいねと言われたのです。季節の変わり目です。伊豆の当たりは毎日のように悪天候の予報です。手をかけて育てた彼岸花の花畑も台風の豪雨に倒れてしまうのは残念です。稲も刈り取りも終わっているのでしょうか。子供達の芋ほりも出来るのでしょうか。私の家の近所に広いお寺が有るのです、お墓も有ります。お天気の良い日にお墓参りに行くのですね。お墓は沢山有るのです。先ずは武蔵野御陵です。三島由紀夫に、岡本太郎に、長谷川町子に、皆さんがよく知っている人のお墓も沢山有って美しく管理されているらしいのです、広くて散歩にも良いと聞きました、多磨霊園です。どうしてでしょうか必ず秋の彼岸には咲いてくれる彼岸花です。花畑は別としても野原にも道端にも彼岸花がお彼岸には咲くのです。私も嫁ぐ前の本家のお墓にはやはり彼岸花が咲いていたのでしょう。草刈をして綺麗に成ったお墓でした。今もまだそのまま残っていると聞きましたが出来たらお墓参りに行きたい気持ちです。子供の頃には作文に書いた「お墓参り」です。ご先祖の大きなお墓です。母はお墓の横に私と妹はお墓の中に立っているセピア色の写真が有る筈です。母のご先祖のお墓にはお参りしていないのです。心で詫びる私です。2016年9月20日     (丸い鶏頭の花の写真です)            

   

   ポロポロと 赤い涙の 曼珠沙華

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題「柿・食えば・・・・」


柿・食えば・・・・

(コメント)台風16号がきています。温暖化なのでしょうか、海水温が高くなって台風が起きやすくなっているとも聞きました。秋晴れが無いのです。休む事無く台風です。これ以上被害が無いといいのですが心配です。関東地方は明日の火曜日が大雨に成りそうな天気予報です。臨時ニュースが入りました、リオのパラリンピックの、女子のマラソンで銀メダルです。男子も銅メダルです。伴走者との息の合った走りでゴールインしたのですね。車椅子のラグビーも銅メダルだそうですよ。嬉しいですね。そしてきょう9月19日は正岡子規の{糸瓜忌}です。痛みから、苦しみから解放された日です。沢山の友人がいたのです。何時も子規の周りには誰かが居てくれたのです。お母さんと妹を愛した子規です。俳句を愛した子規です。花を愛した、大いに食べた、絵描きに成りたくて絵を沢山描いた子規です。柿が大好きでした。友人には夏目漱石がいましたね、漱石の、三四郎に子規の話が出ていますね。きょうは愛媛県では子規を悼んで行事も有るのでしょう。その柿が実る頃に成りました。食べましたか。ぶどうは思う存分食べて、柿が大好きな私にも嬉しい季節が来たのです。種類は色々有って長い間食べられますね。柿が実る頃にはもう吹く風は冷たく成るのです。柿の皮を長くむくのが上手な私なのでした。今はテーブルの上に夫がむいた柿をホークにさして手に持たせてくれるのです。遠慮無く、イタダキマス・・・と美味しく食べているのです。柿と言えば思い出すのは、修学旅行で行った佐賀県の有田焼の、柿右衛門の見学でした。綺麗な柿色だったのです。日本で初めて江戸時代に赤い色を作ったと聞きました。柿の色だったのでしょう。柿は皮を色々使いますね。甘みが出るのです。ビタミンも有って捨てては勿体無いですよ。干してから、魚の煮物に入れると、砂糖の量が減ります、柿の甘味が出るのです。これからの我が家の白菜の漬物には必ず柿の皮を入れるのです。柿茶もいいですよ。チップにするのは油を使うのですがフライパンでも揚げるとおいしく成りますよ。柿を食べて皮も使いませんか。子規は皮はむかなかったと思いませんか。がぶりと丸かじりが美味しそうですね。 2016年9月19日       

   

   ガラス窓 小雨煙って 秋の薔薇

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題「満月」


満月

(コメント)昨日は15夜でした。見えもしないのに空を仰ぐ私です。お天気も良くなかったようです。お天気の良い日には綺麗な月が見える頃です。札幌に住む息子から件名は「満月」のメールが届いたのです。綺麗な月が見えたようです。雨に悩まされた北海道も、つかのまの憩いだったようです。息子がこんなに風流とは思っていませんでした。ゆとりも有りそうです。八王子では和菓子屋さんにお月見団子やウサギの形のお饅頭も色々並んでいたようです。買いましたよ。月が雲の中で残念でしたが二人で食べるのには夕食の後でお腹が一杯に成ったのですが、お月見団子は「もう9時よ、たまにはいいね?」とお茶で食べたのです。北海道では「アイヌ」の伝説では満月には、亡くなった子供がニコニコ笑って月の中に会いにくるようです。夢が有る伝説だなと思ったのです。息子が小さな頃に読んだ本です。北海道が開墾されていない頃のアイヌ民族の生活は厳寒の北海道では小さな子供を亡くしてしまう事も多かったのでしょう。蝦夷と呼ばれていた頃ですね。美しい月に子供が居ると信じて一種の月への信仰でしょうか。雪に閉ざされた長い冬です。今のように暖房も無かったのです。大自然に生きたのです。本州では月のクレーターを餅を突くウサギに見立てたのです。アポロが月に行って何十年経つのでしょうか。今もススキを飾ってお団子を備えているのです。中秋の名月を飛行機の中から見てアナウンスも有るようです。忙しいビジネスマンに飛行機の中からの雲には妨げられる事も無く美しく見える中秋の名月はほっとさせられるのでしょう。月をふわふわ歩くテレビを見ましため。可愛い動く餅を突くウサギを工作で作りましたよ。今でもアイヌ民族の習慣で亡くした子供は金色に輝く月に居ると信じられて居るような気がする私です。科学は進んでも月は美しくてススキも咲いてお団子も栗もお供えしたい15夜です。今時の音楽でも{ムーン}と月を歌う曲が多いのです。虫の声が地響きのように夜を飾っていますがもうすっかり涼しさを感じる朝夕です。ここにはススキの写真をのせています。池の中州に一杯に咲くススキです。月が池に写っていたら美しいでしょうね。貴方は中秋の名月を見ましたか?     2016年9月16日                         

   

   笛太鼓 聞いて手酌の 衣かつぎ

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題「翼の無い・天使」


翼の無い・天使

(コメント)忙しく病院の朝が明けてOTの先生が誘いに来てくれるのです。手にしびれの有る私は手作業もするのです、ペーパーのオルゴールを作るのです。ペーパーには先生が印の有る場所に点字を打ってくれるのです。その点字を手で触れてレザークラフトの穴あけに使う用具で穴を開けていくのです。指で点字を探りながらです。どんどん上手になります。OTの部屋で{サー皆さんコンサートですよ}と注目です。くるくる回すオルゴールの器具も買いました。まわし方も大事なのです、リズムに乗ってです。大拍手です。リハビリの先生達は楽器が上手です。時々コンサートもするのです。私は白杖で歩いていたのです。ある日PTの部屋で先生と歩く練習をしていました、庭にも出て歩くのです。自転車も漕ぐのです。私は上手に成ったオルゴールを持って行ったのです。コンサートです。大きなリハビリの台に手も足も伸ばして大の字に成って寝ている男性がいたのです。{遺伝なんだ・・・}と笑って言うのです。私は男性の頭の所でオルゴールを弾きました。 {いい曲だなあ}と喜んでくれたのです。足も手も何処も動かせ無いのです。それなのに目は悪くても歩いていた私に{あんたも大変だなあ・・・・」}と言うのでした。初めてでした。優しい言葉に他人の事を思う言葉に触れました。「ふるさとが聞きたいなあ」とリクエストされたのです。少ししたら転院していくそうなのでした。私は頑張りました、ふるさとを作ったのです。でも風邪を引いてしまったのです、リハビリ室に先生と行った時には男性は転院してしまっていたのです。寂しいコンサートに成りました。転院ばかりを繰り返している男性でした。あんたも大変だなあと言ってくれた優しい男性でした、ふるさとが好きな男性でした。忘れられ無いリハビリ室の大の字に寝ていた、笑っていたまだ若い男性でした。でも私に勇気をくれた優しさをくれた{産まれてきてくれて有難う}と思う大事な天使のような人です。何処かの病院でも皆さんに優しい笑顔を振りまいているのでしょう。   2016年9月15日    (畦道で咲く 二ラの白い花の写真です)                

   

   泣きに行く 古里が有る 九輪草

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題「秋色☆コレクシャン」


秋色☆コレクシャン

(コメント)菊のお節句が終わりました。9月9日ですよ。わくどき歩こう会から9月の目的地が届きました。八王子城跡でした。彼岸花をさわりましょうです。行きたいのですが歩け無い私はランチの場所に車で行くのです。楽しかったですが歩こう会ですからなかなか参加が出来ないのです。少しずつ自分にあった会に参加をして行こうと考えているのです。優しいリーダーですから甘えてはいけないのです。きっとアイメートも来るのです、皆さん、体はお元気ですから秋に色ずく歩こう会は楽しそうです。これからが歩くのにはいい季節が来るのです。土手に行きました。鳥の声が余り聞こえ無くなったのです。小鳥が家の朝顔にやって来て中の虫でも食べているのでしょうか。蜜も吸うのでしょうか。カーテンを覗いて夫が見ようとすると小鳥はサーと飛んで行くそうなのです。すごい気配を感じる能力を持っているのですね。箱根に行って霧に巻かれた事が有ったのです。とても怖かったのです。ロープーウエーから下も見たのです。温泉卵も食べたのでした。芦ノ湖にも行きました。陣場山にも登ったのです。ススキの頃です。歩き過ぎたのですね、帰りに足がヘナヘナと成ってしまったのです。でも今も楽しい想い出です。無理をしましたがさてどちらが良かったのでしょうか。今なら少しは注意する事も分かってきているのですが昔は何もドクターにも分からなかったのでした。土手はこれからジョギングの人や、ウオーキングの人や、犬の散歩の人や、カメラを持った人や自転車に乗った人や、私のような車椅子の人も通るのです。挨拶をするのです。鳥をカメラで撮っている人が多いのですが小鳥は難しいのです。カラスなら撮れそうですよ。公園の鳩も撮れそうです。秋に成って何処かに行きたい所ろは有るのと尋ねてくれるのですが八王子にもまだ行き残している場所が有りそうです。秋の茄子が実っています、ピーマンもまだ残っています、トマトはおしまいになりましたが冷凍庫に入っているのです。トマトスープにしてくれるのです。秋茄子が柔らかくてこれから楽しめますね。大阪の「水茄子」はとても美味しいのです。秋を楽しみませんか? 2016年9月12日                    

   

   秋の蚊に 忍び寄られて 鼻の先

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題「9月のスケッチ」


9月のスケッチ

(コメント)雨が降って蒸し暑い朝です。地震も相変わらずに起こるのです。慣れてしまって気がつかない事も多くなってしまいました。東京にも台風の影響が有ったのです。この15日は中秋の名月です。お天気はどうでしょうか、秋雨が降りつずいているのです。秋の月はとても綺麗だそうです。栗名月が見られれば素敵ですね。何をお供えしますか、ススキにお月見団子は欠かせませんね。13夜の月は綺麗だそうです。あの{樋口一葉の・13夜}はせつなく読みました。イガで包まれた栗が沢山成っていた木が有ったのですが、この幾つかの台風の影響でもう落ちてしまったのかと思っていたのですが大丈夫でした。栗の木を植えているお宅が多いのですがこのお宅はどうやら食べるようです。そのままにして食べないお宅も有るのです、勿体無いですね。もっと涼しく成っていた頃に栗拾いにも行ったのでした。木から落ちていて靴で踏んで実を出したのでしたが、本当は靴で踏んでは実を出さないのでしょうね。北風が吹く時には電車の駅の前に点心甘栗が甘い香りをさせて売っているのでした。お土産に買って来てくれたのです。最近は渋皮煮が多く食べられているようです、皆さん、家で作られているようですよ。茹でてホクホク食べるのも抜群です、ポロポロこぼしてしまうのです、食べ始めると止められなくなるのです、昔からの食べ方かも知れませんね。歌にありますね「里の秋」の戦争の時にお父さんを待って栗のみを煮る歌ですね。{栗の実煮てます・囲炉裏ばた・・・}ですね。絶対に一回は食べたいのが栗ご飯です、力を入れて鬼皮をむいてゴリゴリ渋皮をむいてそして割れ無いように丁寧に炊くのです。花も実を付けてタネも付ける季節に成って来ました。早稲の林檎も、蜜柑も出ています。10月の体育祭の頃に、薄赤い林檎にすっぱい緑の蜜柑を食べたのでした。そんな時には栗ご飯でしょう。栗には種類は沢山有るようです。大きくて有名なのは「丹波栗」でしょう。陣場山や高尾山の紅葉も一歩ずつ進むのです。広い東京都には紅葉が楽しめる場所が沢山有ります。リスが食べる小さな栗も有るのでしょう。世界中で食べている栗のようです、何と言っても栗ご飯が秋の味ですね。 2016年9月12日            

   

   秋時雨 洗い流して 富士の山

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題「今年も〜又咲きました」


今年も〜又咲きました

(コメント)関東地方は低気圧の影響のようです。秋雨が降るのです。じめじめです。晴れたり雨に成ったりなのです。予定が立ちません。私はどうしてもと言う予定はリハビリと、通院くらいですが特に大事な予定は無いのですが梅雨の時期のようにすっきりしなくて不安定な体調です。パラリンピックのバスケットボールを聞いていたのです。アナウンサーの説明で力が入ります、浮かぶのです。入賞は出来るのでしょうか、車椅子を倒したり手でボールを入れるのですから車椅子はどうしているのでしょうか。聞いているとじめじめも忘れてしまいます。車椅子と身体が一つに成っているようですね。素晴らしい努力です。接戦ですよ。ルールも分かりました、四年後の東京オリンピックが待ち遠しく成りました。お知らせです、咲きましたよ鶏頭の花です。この時期に絶対にと言うくらいに咲いて欲しい花が鶏頭の花なのです。万葉集にも歌われているようです。最近は赤やピンクに混ざって色々な色も出来ているようです。形も切花にも出来る可愛い鶏頭も有るのです。私も可愛い鶏頭を触れてきたのでした。本当に鶏のようですね。夏から秋に咲くのです。大人が好む花なのでしょうか、可愛いと言うよりも大きな鶏頭の花は好みが有りそうですね。少しコッケイですね。子供の頃には植えていたのを見たのでしょうか。葉鶏頭は葉が七色でやはり秋に咲くのです。葉の間に小さな赤やピンクの花を咲かせるのです。葉が魅力的なのです。大きな鶏頭の花からはタネが沢山収穫出来そうですね。郵便局に行く道に鶏を飼っているお宅が有るのです、何か特殊な鶏のようですがよくなくのです。鶏頭の花はコケコッコーと啼きそうですよ。美しくて綺麗な鶏頭が咲きました。何処の国から来たのでしょうか、燃え盛る炎を彷彿とさせられますね。燃え盛る夏の花かも知れません。ハイカラな名前も付けられているようですよ「セロシア」と言うようです。日本の万葉集に歌われた鶏頭の花とは別の花に成ってしまったような鶏頭の新しい名前ですね。鶏頭がいいと思いませんか。今度はセロシアを乗せますね。きょうは鶏頭の花です。2016年9月11日                         

   

   丸四角 桔梗撫子 益子焼

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題「ミノルホド・コウベヲタレル・イナホカナ・・・!」


ミノルホド・コウベヲタレル・イナホカナ・・・!

(コメント)プロ野球はどのチームを応援ですか。秋場所も今日からです。白鳳が休場は寂しいですね。パラリンピックも応援です。今ラジオから柔道の銅メダルが決定と臨時ニュースです。私がパソコンを学習しているセンターには聴覚障害の人も手話ですね学習出来るのです。北浅川で知り合った翡翠を写真で追いかけている人が聴覚障害者なのです。明るくて優しい人です。病気を持っているのでセンターには手話の学習には行けないらしいのです。この頃連絡が無いので心配しているのです。パラリンピックでは聴覚障害の人は工夫をしてもらって多くの競技に出るのでしょうね。視覚障害も手伝ってもらって頑張るのです。土曜日に夕焼け小焼けの触れ合いの里に行きました。お休みでしたからでしょうか、バスも車も駐車場には何台も止まっていたようでした。ポニーにも乗っている子供もいたようです。広い園内を散歩です。香ばしい香りに誘われて稲の田んぼに行ったのです。子供達が中心で植えた稲です。白い花も見たのでしょうか。給食にはご飯のメニューが時々出る学校も有るようですね。ここのお米も給食に出るのでしょうか。自分達で作ったお米です、美味しいでしょうね。最近はパンを食べる家が多いのでしょうか。ご飯に具が沢山入ったお味噌汁に納豆なんかがいい私ですが皆さんはどうですか。熱々の炊きたてのご飯を手に塩を付けておにぎりです。コロコロ上手に三角に握れますか。これだけで美味しいご飯です。気をつける事は炭水化物ですから食べすぎには注意ですね。マラソンをする前にはおにぎりを食べると聞きましたが本当なのでしょうか。直ぐにエネルギーになるとも聞きました。ロシアにも日本食が人気です。寿司ですね。北海道のお米が美味しいそうです、食べたのかしら?今年は大雨で心配ですね。農家も後継ぎやPPPの問題があって苦心しているのでしょう。小学校の時に学級花壇にプレートだけだったと思うのです、稲は作っていなかったようです。その時に知ったのが{ミノルホド・コウベヲタレル・イナホカナ・・・}だったのです。カカシのお祭りも有るようです、そして稲刈りです。帰りに聞いたのでした。又行けたら行ってきます 。2016年9月11日                    

   

   通り過ぎ 柿の実たわわ 浮き上がる

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題「堂々・行進曲」


堂々・行進曲

(コメント)さあいよいよ開始です。リオのパラリンピックゲームが始まるのです。きょう9月7日から12日間楽しめるのです。まだロンドンオリンピックから始まったパラリンピックはリオで15回目だそうです。視覚障碍者や、肢体不自由障碍者や、精神に障害の有る人達が一同に会し戦い抜くのです。自分にも戦い抜くのです。様々な理由で障害を持つ事に成ったアスリストです。障害から乗り越えるだけでも大変なのです。どれだけ悩み苦しんだのでしょう。それを乗り越えてスポーツに挑戦したのです。そして世界の舞台に立ったのです。歩いていた時にプールに行っていましたが、その時に一生懸命に小学生くらいの子供達が泳いでいたのです。それは精神に障害が有る子供達だったのです。大人しくて素直に先生の言われるように泳ぐのです。お母さん達は二階の窓から見ていました。子供達は気持ちが良さそうに泳いでいたのです。足の不自由そうな男性も力強く泳ぐのです。ブラインドサッカーも盛んです。大好きなお友達がいるのですよ。水泳もされるのです。10月には八王子市の運動会も有るのです。障碍者の運動会です。視覚障害者はやはり見えないので参加の人は少ないのです。私は昨年は誘われて参加はしましたが今年は体調に寄ってはどうなるかは分からないのです。大玉転がしと、玉いれと、パン食い競争に出たのです。皆さんがされている競技が見え無くて少し残念なのです。音声パソコンを学習してから友達も出来て色々な事を学んだのです。アイメートの事も大きな学習でした。長い年月病院通いも入院もしましたが、パラリンピックに今年程興味を持ったのは事実初めての事なのです。余裕が出た事も有ります。音声パソコンを学習した事が一番の理由だと思うのです。障碍者の希望の為にも何時までもつずいて欲しいパラリンピックです。きょうから又わくわくさせてくれるのです。応援しましょう。がんばれと。私は歩く事も出来ませんがだからこそ障害を乗り越えたアスリストに乾杯です。そして車椅子を押してくれる夫とヘルパーさんに感謝です。 2016年9月8日     (ベゴニアの盆栽の写真です)             

   

   願い事 瞼に流す 流れ星

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題「触れ合い館で・秋バンザイ!」


触れ合い館で・秋バンザイ!

(コメント)稲が頭を垂れ始めたのでしょうか。子供達の稲刈りの体験のようです。鎌を持って大丈夫なのでしょうか。稲も芳ばしくて遠くからもそれと分かるのですよね。今は少なくなった水田ですね。お米がどうして出来るのかを勉強なのでしょう。ラジオで体験を話していました。これからは、芋堀や、もう終わったトウモロコシの収穫の手伝いや、ひまわり畑の迷路でも夏休みの楽しい体験でしたね。稲刈りをしたお米は給食に使ったり、餅米は、お餅つきもするのでしょうね。友達と力をあわせて刈り取った稲です。脱穀までするのでしょうか。「虫だよ・!!」と言う声も聞こえていました。録音です。イナゴはもういないのでしょうか。イナゴを食べた事は有りませんが食べられるのですよね。イナゴの為でしょうか、刈り取った稲の根の部分を少し残して置くと聞いた事が有ります。蛙の大きな鳴き声も聞こえなく成ったこの頃です。虫も農薬で少なくなったのでしょうか。夕焼け小焼けの触れ合いの里では、夏は色々なイベントが有ったのですが秋も有るのです。木工細工作りや、この写真はクワガタムシのようです。トンボの池にはどんなトンボが飛ぶのでしょうか。捕ってはいけないのです。観察をするだけなのです。稲の藁を使った小物も作るのです。今度大人ですけれど参加してみようと思います。可愛い梟を作るのです。昔に、小さな{ワラジ}を作った事が有ったのでした。カルピスを飲むストローも麦わらだった気がします。麦藁帽子はまだ使われているのです。林檎や山芋を保存して置くのには、一番いいのが今は焼いてしまうもったいない{モミ}でした。枕にも使ったのです。母が枕を作っていました。汗や嫌な臭いをとってくれて、頭にフイットするのです。私は母の横でお人形の布団や枕も作ったのです。秋の日だまりには猫の・ニーもいたのです。何時から手にも優しい物が無くなったのでしょう。バーベキューも出来る施設も有るのです。結構遠くからも遠足に来ています。映画も撮っていますよ。先ずは;山法師の真っ赤な実を写真に撮りに行くのです。心を触れ合うのは一番大事な事ですね。遠慮をしたり気を使いすぎるのは寂しいですね。打ち明けあって何でも乗り越える事が出来ると思うのです。       2016年9月4日             

   

   マーダダヨ 熟し足りない 鳳仙花

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題「happy & blue」


happy & blue

(コメント)久しぶりの昼間の外出です。9月の声を聞いても昼間は暑いのです、今日は体調も良く髪をカットに行ったのです。車の中もクーラーは必要ですが日差しは少し和らいでいるようでしたが、膝に当たる日差しはまだまだ暑いのでした。短くカットをしてさっぱりしたのです。若い頃にはポニーテールや、ボブカット、流行にも逆らわずに色々な髪形もしたのです。今は懐かしい話ですが、病を発症した時に腰まで有る髪を手術の為にツルツル坊主にもしたのです。色々でしょ、髪飾りも沢山かったのでした。リボンも買いました。着物を着る時にはアップです。子供のピカピカ光る髪は{天使の輪}ですね。子供は皆天使なのですね。年老いても天使の心を失いたく無いですね。自分の内に閉じこもって他人を受け入れない不安な心を持った子供達は髪の毛を切られるのをとても怖がるそうです。床屋さんに行っても手にあまったそうです。そうですね。私達がはさみのシャキシャキする気持ちの良い音もきらりと光るはさみも怖いのでしょうね。その子供達の髪をかっとする事を上手に出来る床屋さんがいるのですよ。初めは手には負えなかったそうですが色々工夫をしたり長い時間をかけて今は人気の床屋さんだそうです。綺麗に成った自分の顔を鏡で見て心も解けて嬉しいでしょうね。秋が来たのです。花屋さんにも行きました。ガーデニング用の花が並んでいるようです。私はミニの鶏頭の花を手のひらで包んだのです。水をあげたのですね。柔らかく湿っていたのです。菜園用にはキャベツ、レタス、ブロッコリーなどの苗が並んでいたようです。風は涼しかったのです。雲は白く空に高く浮かんでいるようでした。スーパーマーケットには秋が溢れていました。新秋刀魚のお作りが一番先に耳に聞こえてきたのです。{ゴックン!}です。生姜醤油で食べたく成りました。果物も、林檎に、梨に、ブドウは様々です。ブドウは山梨県からの直送で沢山食べたのです。新鮮で美味しかったですよ。栗に山菜おこわが並んでいたようです。買って帰りました。今日のお昼ご飯にしたのです。ゾクゾク秋の実りが出てくるのですね。もっと秋が並んでいたのでしょう。時々は買い物にもつれて行って欲しいなあと思ったのです。季節がいち早く感じられる場所ですね。梨も買いました、大きな梨で二人で半分食べたのです。甘い滴が唇を濡らすのです。 2016年9月4日                

   

   朝霧に 歌を忘れた 赤い鳥

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題「長月」


長月

(コメント)八王子は台風10号が去って夜は綺麗な月が出ていたようです。東北地方では稲を早々に刈り取ったり、満潮に備えます、高波は10メートルにも成るそうです。青森県では林檎を大急ぎで収穫です。北海道や岩手県では大変な被害が出ました。朝は涼しさを通り越して寒さを感じる日も有るのです。9月に成ったのです。素敵な響きの、september.ですね。そして長月です。パラリンピックです。オリンピックはもう終わったのかと思っていませんか。私は待ちに待っていたのです。健常者で無いアスリストが力一杯努力をした晴れ舞台です。色々な苦しみを乗り越えてきたのです。精神的にも強い力のアスリストなのです。楽しみですね。私に付いてパソコンの手ほどきをして下さった先生は今肢体不自由者のかたのパソコンコースの講師をされてお忙しい日々です。パソコンが使えるように成って世界が広がったのです。友達も出来ます。情報も広がるのです。視覚障害者が事故にあったり、障害者が事件にあったりしています。アイメートも暑い夏が去って少しは楽に成ったのでしょう。秋が来て一安心です。焼け付く道を歩くのです。寒くなるまでです。他人事だと思っていませんか。何方も何時心や、身体を壊す事が有るのです。燃えた夏が過ぎてパラリンピックも見て聞いてみるのもいいですね。新学期が始まって登校拒否の子や悲しく自分で命を絶ってしまう子もいます。秋の雲はとても綺麗なのですよ、空を見上げてみませんか、命を絶つ前に流れる雲を見て欲しかったです。どんなに辛かったのでしょうか。青空が見えるのに星が見えるのに、いじめっ子の居る学校なんか行かなくてもいいのですよ。夜は美しい月が浮かぶのです。世界中の人が同じ月を見ているのです。里も山も色つき始めるのです。花は実を付けます。栗も梨も柿もブドウも、美味しいですね。大根のタネを蒔いたのです。山小屋は焚き木を山の下から運ぶそうです。富士山の頂上の温度は5度以下に成ったそうです。雪もそろそろ飾るようです。夏登山に来た海外からのお客さんが水をざぶざぶ使って困ったそうです。山の下から運ぶのですから大変です。富士山は壊れてしまいそうです。海も山も{静かにしてね}と言っているようです。ほっと一息ついて、月でうさぎがお餅をつくのを家族で眺めてお月見団子を食べながら夢の話をするのもいいですね。 2016年9月1日               

   

   みみず鳴く ジイジの話し 嘘ばかり

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題「花卜は・何時も・スキ!」


花卜は・何時も・スキ!

(コメント)コスモスの咲く頃に成りました。夕食を終えた頃には虫の声に包まれるのです。風が涼しく家の中を通り抜けるのです。黄色いコスモスは何時から咲くように成ったのかもう昔の事です。遠い昔の事です。昭和記念公園に初めて咲いた黄色のこすもすを見に行ったのです。ほんの少しだけ咲いていたのです。広い公園ですから見つけられ無かった人が多かったと聞いたのです。それからは黄色いコスモスは沢山見られるように成って行きました。コスモスに黄色が有るのが当たり前に成ったのです。私は夫にお願いをして庭にコスモスを植えてもらったのです。それがとても珍しいコスモスだったのです。一つの大きな木にそれは様々な形や色の小さな可愛いコスモスの花を咲かせるのです。私は花が咲くのをもう直ぐにして入院したのです。夫はコスモスを病院に持ってきてくれました。びっくりです。小さなコスモスの花は赤とんぼが飛んでいるような形の花も有るのです。数え切れない花の色を教えられるのです。私の部屋は広い4人部屋でした。歩け無い人が歩行器に乗って移動したり車椅子に乗るからです。私も白杖を頼りにして歩いていたのです。部屋の仲間は仲良しです、若いのですから食べて笑って、OTとPtのリハビリです。皆助け合うのです。さて夜に成ってカーテンを閉めたら涙も流すのでしょうか。10階の部屋は見晴らしがいいようです。花火も打ち上げられるのが見えるのです、大きな音も聞こえるのです。皆さんは窓から花火を見るのです。優しい看護師さんが私を大きな窓が有るデールームに連れて行ってくれたのですが、見え無いのです、看護師さんと{ドン!トナッタ ハナビガキレイダナ〜}と歌いながら部屋に帰ったのです。夫はコスモスの木の全部を持ってきてくれたのです。1階に降りて花を二人で切ります、皆さんにさし上げるからです。ベットの横には可愛いコスモスが飾られました。回診の時にはドクターも、ナースもニコニコ優しく・綺麗ですねと言うのです。花は色々持ってきてくれましたがコスモスは一番好きな花でした。花卜は{何時も・スキ}なのです。今年も黄色いコスモスが咲きました。仕事をしながら病院に通ってくれた夫です。寂しくても明るくお父さんと協力してくれた息子です。夫婦は年老いて、息子は成長しました。黄色いコスモスが思い出を優しく包んでくれているのです。 2016年8月31日                 

   

   マスカット コリンとしずく 秋を噛む

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題「秋の七草・勢揃い〜」


秋の七草・勢揃い〜

(コメント){アサガオワ アサツユオイテ サクトイエド ユウカゲニコソ サキマサリケリ}朝顔を歌った万葉集の一つです。朝顔は秋の七草の一つだったのです、今の桔梗を歌った花田そうです。我が家にも勢い良く朝顔が咲いているのです。萩に、撫子、クズ、苧見直し、藤袴、苧雄花、桔梗ですね。桔梗はどちらかと言うと夏に咲いていますね。万葉の時代ですから今とは花の咲く頃も違ったのかも知れません。桔梗の花がポンとはじけて咲くのは可愛いですね。桔梗にも昔からのよく知られている色や色々有るようです。ここには我が家を猛暑から簾のように日陰を作ってくれた朝顔のカーテンを乗せています。色は変化をして行くようです。青に紫が混ざった色の朝顔が咲くようです。始めに咲いていた淡いピンクや白の混ざったのは咲か無くなっているようです。短歌や俳句を読む季節に咲いてくれるのは朝顔のようです。せみの声を聞かなく成りました。ヒグラシの声を聞かずじまいですが、あのカナカナせみが恋しい私なのです。ラジオでは秋田県で大花火大会を開催すると知らせます。90回目にも成るようです。日本中の花火士が秋田県に集合するそうです。それは沢山の花火が打ち上げられるのです。行ってみたい場所が一杯です。八王子は諏訪神社のお祭りが昨日の27日と今日の二日間に渡って少しお天気の悪い仲を開催です。もう行かなくなって幾十年たつのでしょうか。浅川を飾るススキも綺麗です。お月見です。もう栗は収穫したのでしょうか、ラジオでリスナーさんが栗を食べたと話していました。実りの秋です。ブドウも梨も、雄花に添えて{観月会}です。いいですね。月も星も見え無く成って少し寂しいかしら?撫子が可憐に咲くのです。正岡子規の大好きな・萩の花です。おはぎも食べるのです。萩の花から来た名前ですね。ボタンの花が咲く頃はぼた餅ですね。{暑さ寒さも彼岸まで}本当ですね。9月を迎えると涼しい風が吹くのです。秋の七草が飾るのです。今は七草を集めるのには大変にも成りましたが桔梗や撫子雄花、萩は見る事も出来そうです。朝顔も咲いていますよ。 2016年8月28日                          

   

   秘め事や 囁き声の 水葵

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題「去り行く夏を・川遊び」


去り行く夏を・川遊び

(コメント)台風10号がふらふら行き先を迷います。どうやら関東地方にこの週明け頃に勢力をまして上陸の予報です。9号に次いでですが雨よりも風が強いようですから又早めの備えです。準備はOKのようです。9号が去って台風一過の日です。暑いのです。子供達は夏休みを惜しむかのように川遊びです。何時も泳いでいたのでしょうか。きっと海にもプールにも行って泳いだのでしょう。泳ぎ上手のようです。北淺川で泳いでいるのです、台風で川の水はましています。水は冷たく無いのでしょうか。深くなっている場所も有るので注意です。子供は水が大好きですね。私も川遊びをしたのでした。市民プールにも学校のプールでも泳いだのです。他には「水の都大阪」は泳ぐ川は少ないのでしょうか。子供の頃は大和川が綺麗な川でした。近所の叔父さんに連れて行ってもらったのです。浅川は何十年も昔より綺麗に成ったのでしょう。1本橋の所は危なく無くて水遊びはしていたのかも知れません。ずっと昔は川で洗物をしたり生活水にも使っていたようです。巡り巡るのですね。今は魚も泳いでいるのです。鳥も泳ぎます。金魚も浅川に離してあげたのです。鮎も釣れるのです。蛍も復活したのです。浅川で泳いでいる子供を見るのは初めてでした。私は都営の施設のプールで泳いでいた頃も有ったのです。水に入ると別世界に入ったようです。水の中を歩いている人もおられたのです。朝散歩で歩いている人は多いのですが、水の中は歩き安くて病気のリハビリにも成るそうです。時間を忘れてスイスイ泳ぐのです。この北淺川で泳いでいる子供達は流れの有る河ですから本当に気持ちがいいのでしょう。元気なこを応援したく成ったり微笑ましくなったりです。リオのオリンピックの水泳も素晴らしい成績でした。今は私も車椅子に成って泳ぐ事も出来無く成りましたが魚のようにプカプカスイスイ泳いでみたく成った台風一過の日でした。 2016年8月28日                                    

   

   湿りたる 手すり縋れば 霧の雨

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題「太陽がくれた季節」


太陽がくれた季節

(コメント)虫の声が朝を迎えてくれるように成りました。長かったのでしょうか短かったのでしょうか。夏休みもおしまいです。宿題を沢山抱えて始業式です。友達に会えるのが嬉しかったです。中学生は直ぐに試験攻めでした。背が高く伸びている友達や真っ黒に成っている友達や引越しをしてしまった友達もいたのです。紀伊半島の白浜に臨海学校に行ったのです。水母が浜辺にずらりと{我が物顔}です。電気水母でしょうか、刺された子がいたのです。何年生の時だったのでしょうか。体の具合が悪くて参加出来無かった時には母が洋服を買ってくれたのです。先生は{この洋服なの}と聞いてくれたのです。若狭湾にも行ったのです。サザエが美味しかったのです。仲良しの4人組で金沢にも行ったのです。東京に来てからは相模湖の白鳥の観光船にも乗りました。広い敷地のピクニックランドにも行ったのです。長い滑り台が有ったのです。団地の息子の友達の家族とはサマーランドにも行きました。中に入ると大きな波が寄せる海のようになっているのです。ジャングルのようにも成っていて船で巡るのです。勿論お化け屋敷も怖いのです。富士急ハイランドには流れるプールです、富士山に見下ろされてボートに寝そべるのです。息子は自転車の補助輪も取れてスイスイ走るのです。昆虫採集もします。蒸気機関車も作ったのです。お爺ちゃんも叔父さんも叔母さんも従兄弟も来たのです。大阪にも行ったのです。私はヒョイ!と大きな菊の鉢も持ち上げたのです。台風に備えてです。汗をかいても洗濯物は何回でも乾くのです。カリンカリンです。西瓜も、アイスキャンデーも、家で、かき氷屋さんです。蜜は苺にレモンに、ミルク小豆、たっぷりかけて風鈴が鳴ります。友達がお泊りに来るのです。麦茶もヤカンでグツグツ煮るのです、いい香りが家の中を包むのです。エアコンは使わないのです。近所の友達と大声で夕暮れまで遊ぶのです。勉強もしたのですよ。どんな宿題が有ったのでしょう。電子オルガンも弾くのです。絵も描くのです。本も読むのです。好きな事を沢山したのです。楽しい思い出が一杯です。もっと有るのです。書き切れません。又今度です。 2016年8月25日                           

   

   露乗せた 草踏む足の 嬉しさよ

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題「綿の花しべ・開く頃」


綿の花しべ・開く頃

(コメント)次から次にと台風が来ています。今日も何か湿っぽくて息も荒くなるくらいです。夏休みもおしまいになりました。熊本県では1週間早く2学期が始まったそうです。震災で遅れた勉強を取り戻す為だそうです。関西では昨日は地蔵盆が子供達の為のお祭りでした。賑やかなのです。去り行く夏です。暑い関西ですが秋模様です。「綿の花しべ開く頃」です。暑さも一段落です。東北ではそばの花やホップの花が咲いているそうです。新そばが楽しみですね。ホップの花はどんな花なのでしょう。山形県がホップの日本の生産の50パーセントを占めているそうです。。きょうは「胡麻」の花の紹介です。ここにのせているのは白い胡麻の花の林です。紀元前3千年前からアフリカで栽培されていたそうです。ピラミッドに残ってもいるみたいです。インドにも古くから栽培されていて、日本にも渡ってきて戦前は美しく飾っていたそうです。夏の風物詩だったそうです。白い花は白胡麻になるそうです。黒胡麻は薄紫かピンクの花が咲くそうです。花の下にさやを付けて秋に実を胡麻ですね、実らせるのです。日常敵に使う胡麻ですが百パーセント近くが輸入だそうです。戦前は日本で栽培されていたのです。そばの花のように飾っていたのがどうして栽培されなく成ったのでしょう。無くてはならないくらいの胡麻です。皆さんは胡麻をどのように使われていますか?大きなすり鉢に炒った胡麻を入れてすりこ木でよくよくするのです、砂糖を混ぜて野菜の胡麻和えです。擦った胡麻に茹でて水分をしぼったお豆腐を入れて砂糖と味噌を入れてこれは野菜の白和えです。ほうれん草の白和えが美味しいですね。胡麻豆腐も欠かせないお坊さんの食事です、私も大好きなのです。健康にとお婆さん達は餡子に黒胡麻を入れたお饅頭を食べています。入院中にもよく頂いたのです。胡麻油も欠かせませんね。フライパンで炒る時の香りがなんとも言えずいい香りです。もうすり鉢も無いお宅も有るのでしょう。手軽に使えるようにパックで売られています。何かつまらなく成った気もします。白い胡麻の花の林が夏を飾ってくれたのです。遠い紀元前3千年前からの贈り物です。 2016年8月24日                                   

   

   まっしぐら ブドウ!ブドウの ぶどう狩り

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題「秋嵐」


秋嵐

(コメント)リオのオリンピックの閉会式です。昨日は甲子園も手に汗握る素晴らしい試合で決勝戦も終わりました。みんな、次に向かって発車なのです。四年後はオリンピックは東京です。燃えた暑い夏だったからでしょう。しんみりしてしまいます。夏は四季の中で青春のようです。今日は台風9号が関東地方に直撃です。昨夜から庭の周囲を台風に備えたのです。ラジオの台風情報を聞いています。打ち付ける雨の音がします。風も強くなって来ました。被害の情報も流れます。飛行機も電車も船も動けないのです。新宿では台風に備えて早く家を出たと会社員です、帰りは大丈夫なのでしょうか。青梅ライナーも私鉄も安全が第一です。我が家の朝顔のカーテンはかまわずに荒れまくる嵐が襲うのです。北海道は次から次にと台風に襲われて、収穫を前にしてスイートコーンも様々被害を受けたのです。雨が川を溢れさせているのです。観光客も旅館に閉じ込められたままです。風も吹いてきました。小鳥も虫も何処かに隠れているのでしょう。家の前の道に叩きつける雨が上がって来ているようです。マンホールから溢れているようです。坂の下の家は心配です。小さな頃にも台風が来て、ローソクを停電の時の為に準備します。母はお結びを作るのです。父も早くに家に帰って来るのです。ラジオを聞いて、家族がテーブルを囲んで台風の過ぎるのを待つのです、何かゾクゾクしました。朝に成ったら電信柱も倒れて家の前は海のようになっていたのです。何処から来たのか、アメンボウも浮かんでいたのです。大きな台風だったようです。東京も多摩川に家が流された台風が有りました、{岸辺のアルバム}だったと記憶しています。アルバムだけを持って逃げるのです。映画に成ったのです。毎年大雨の災害に悩まされます。自然にはかないません。大切な物を奪って行くのです。どうやら外は静かに成ったようです。明日はリハビリです。青空が覗くのです。 2016年8月22日    (写真は・青い露草です)              

   

   誘われて 観察会は 草の花

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題「音の絵本」


音の絵本

(コメント)台風も海水温が高いそうで早くから発生しているそうです。9号が来ているそうです。被害が少ないといいのですが熊本震災の最後に残っていた大学生も車の中からやっと、ご両親の元に帰ってきました。悲しい姿でした。ご両親の心の内は計り知れません。お祈りするばかりです。甲子園も準決勝です。夏が終わるのです。海も秋の波が浜辺を名残惜しくざわめいているのでしょう。キャンプで並んで寝転んで空の星を見たのです。山の朝は涼しくて川も澄んでいました。冷たい水です。早速お父さんと息子は釣りを始めたのです、お昼のおかずにご馳走が並ぶのでしょうか?飯ごうで美味しくご飯も炊き上がるのです。息子はカブスカウト〜ボーイスカウトに入っていて、なかなか、器用です。夜間ウォークをしたり、キャンプにも行ったり奉仕活動です。子供達は夏休みには本を読んだのでしょうか。折角の長い夏休みです。何時もは読めない本を1冊は読んでみたいですね。感想文も有った昔ですがもう無いのでしょうか。お話が出来ない赤ちゃんから頭の中にはもうぎゅうぎゅうと言葉も何でも詰まっていくそうです。本を読んであげましょうと言われていますが、時間の無いお母さん達です。でも寝る前の少しの間にも二人で絵本を読んでみたいですね。音の絵本と言うのが有るのをご存知ですか。私は自分の為に宮沢賢治の音の朗読CDを聞いていたのです。NHKの”お話出て来い!!も楽しいのですよ。子供には本当に目を見張ったり、笑ったり、悲しい思いもするかも知れませんね。音の絵本です。桃太郎、傘地蔵、日本昔話です。世界の童話を音の絵本にされてもいるのです。人魚姫は海の底や恋する人魚姫の心の内まで聞こえてきそうです。銀河鉄道は、ゴトゴト銀河の中を行くのです。キノコも、青蛙も、きつつきも、風も、動いているかのようです。ベビーベットに寝ていてメリーゴーランドにきょろきょろ目を動かしている時から音の絵本も聞くのもいいですね。お母さんも一緒にゆったりした時間が楽しめそうですよ。私も子育てには一生懸命でした。子育ての先輩に[赤ちゃんが寝ている時に一緒に寝なければだめよ!]とアドバイスを受けたのです。リオのオリンピックも逞しく育って世界中を沸かせてくれました。きっと明日の甲子園の決勝戦も私に元気をくれるのです。赤ちゃんの頃から楽しい夢の世界に入れる・音の絵本の紹介をしました。 2016年8月20日   (真っ赤に実る日を待っている山法師の写真です)         

   

   虫篭を 抱えて通る 童かな

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題「オリーブの首飾り」


オリーブの首飾り

(コメント)台風七号が去って台風一過の晴天のようです。リハビリの先生のお盆の休みも終わって昨日から開始です。ゆっくりしてきましたよと楽しい休暇を過ごされたようです。四国は暑くて大変だったとのお話です。徳島県ですから大阪から数時間は多くかかるのです。コースを変えて大阪万博跡の太陽の塔を久しぶりに見てきたそうです。塔と言えば私の小学生の時の美術クラブで電信柱で作った、トーテムポールがまだ朽ち果てもせずに立っていたのです。友達に聞いてびっくりです。ミノとカナズチで彫ってペンキで色を塗ったのです。NHK子供ニュースだったでしょう、取材に来てテレビに写った事を思い出します。懐かしい小学校です。兄が中学に入学する時と妹が小学校に入学する時が同じだったのです。中学は電車で行くのです。母は大忙しですから妹の受付をしてから兄の学校に走ります。私が妹の付き添いで母親代わりをしたのです。妹は時々忘れ物をするのです。廊下や階段を歩いて遠くの私の教室に来るのです。オネエチャン・エノグワスレテン!・・・と言うのです、私は家に走るのです。夏休みは夾竹桃の咲く公園のブランコに妹が座って、私が向かい合って立つのです、入道雲に向かって宙返りするくらいに二人乗りもして遊んだのです。二年が過ぎて私も中学生です。妹はもう大丈夫です。セパレートの水着を買った私は妹とオリーブの咲くショウドシマに行きました。坪井栄の{24の瞳}の学校も復元されているのです。祭りには観光に来ている人が集まるのです。オリーブの木が有る場所です。妹が私がビーチボールに捕まって海に浮かんでいる所を写真に撮ってくれたのです。忘れん坊の妹も今は編み物の先生です。遠くに離れて会う事も出きませんがどうしてでしょうか、年齢を重ねると思い出が楽しかった事一杯溢れるのです。何時まで経っても忘れん坊の妹がいいなあと思うのです。オリーブの島は綺麗でした。結婚のお祝いにくれた{オリーブの首飾り}のオルゴールを懐かしく聞いている私です 。2016年8月17日                 

   

   一つ家を 一掴みして にわか雨

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題「悲しみの・シンフォニー」


悲しみの・シンフォニー

(コメント)涼しい朝です。薄曇のようです。雷注意報も出ています。台風7号が小笠原付近に来ているようです。台風のシーズンが来たのですね。散歩に行こうかと誘われて、車椅子に乗せてもらって出発です。行く道には秋の気配です。虫の声が両側から聞こえるのです。鈴虫でしょうか。そう言えば夏の原っぱにも色んな虫がいたのです、原っぱではばったも追いかけました。夏草の中に西瓜の残りを置いて鈴虫も朝早くに行くと西瓜に群がっているのです。父と捕まえた事も有ったのです。今日は終戦記念日です。平和を考える集会があちらこちらで開かれるそうです。東京日本武道館で全国戦没者追悼式も開かれるのです。高齢に成られた遺族の方です。そんな事も話しながらの朝の道でした。せみが足元でジリジリもがいているようでした。短い命を終えようとしているのでしょうか。小鳥も啼いています。カラスもです。鳩もです。お早うございますと行き会う人と挨拶です。夜明けが遅くなったからでしょうか、お盆だからでしょうか、行き会う人が少ないのです。迎え火の跡が残っているお宅も有るのです。東京は殆どが7月にお盆をしたようです。でもお盆のお供え物が8月のお盆用に売られていました。故郷に帰れない人がお盆に帰ってくる人の為に8月にお盆の迎え火をするのですね。帰って来る人の道案内です。甘い香りがしてきたと思うと・白粉花でした。夏休みを思い出す花です。雨が降りそうで少し寂しそうに咲いている気がしたのです。向かい風が半袖には寒い感じもしたのです。もっと夏が長いといいのにと勝手なものですね。暑い暑いと言っているのに、秋が来るのがまだ先だといいのにと思った散歩道です。直ぐに嬉しい秋の実りです、ハーブの並ぶ道も通り過ぎます香りがするのです。百日紅も咲いていたようです。犬の散歩にも会わないのです。静かな終戦記念日の朝でした。 2016年8月15日      (白粉花の写真です)        

   

   南海の 潮香らせて 浜昼顔

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題「真っ赤な太陽」


真っ赤な太陽

(コメント)お盆の帰省の渋滞も始まって海外旅行を楽しんだり海に山に一瞬の燃える青春のような夏です。甲子園も八王子高校は残念でしたが初出場の暑い夏に成った事でしょう。八王子祭りの民謡踊りは無事にギネスブックにのるようです。毎年甲子園のラジオのアナウンサーの興奮の声に私も負けずと応援したのですが、今年はリオのオリンピックの・・日本人を応援するアナウンサーの大応援には負けそうです。リオに行ったような気持ちに成るのです。ラジオの手に取るような説明には本当に自分の目で見ているかのようです。柔道は力が入りました。素晴らしい結果です。七種目の全部を男子はメダルを取ったのです。女子も素晴らしい成績でした。先のオリンピックでは体操が何といっても私には忘れられません。体操大好きの私でしたから興奮でテレビも見えましたから目は離せませんでした。水泳も;フジヤマノとびうおと言われたそうですよ。勿論私は知りませんけれど、アナウンサーの日本人を応援する声が残っていて放送されていますね。日の丸が掲揚されて感激だった事でしょう。嬉しいですね。辛い練習やメンタルな面を乗り越えてオリンピックです。都知事も閉会式には参加です。百四歳の方がおられるのですが元気です。四年後の東京オリンピックを元気で観ると楽しみにしているのです。お一人暮らしです。我が家の夏は海に行ったのです。伊豆が多かったです。新鮮な船もりはドンと座敷の料理の真ん中です。朝の市場は打ち上げられた小さな鮫もいたのです。何よりも美味しかったのは・わさびでした。家族の分まで食べたのです。鮎釣りは海に行く前に行くのです。鮎は柔らかくて手の指でもおなかを裂いてフライにもしたのです、勿体無いかしら?塩焼きにしても食べきれ無い程夫が釣ってきたのです。冷凍庫に入れて差し上げもしましたよ。夜の浜辺は若者が花火です{タマヤ!カギヤ!}ですね。昼間の浜辺はカラフルな水着が並びます。子供の迷子もアルバイトのお兄さんが宥めるのです。エレキギターのグループも焼ける砂浜で裸足で演奏です。息子はプカプカ波に浮かんで遠くに流れて行くのでした。注意ですよ。夏の暑さがだめだった私の病だったのです。未だに苦しんでいる病なのですが、でも楽しい思い出が出来たのです。真っ赤な太陽がやはり大好きです。2016年8月13日。

   

   はすの花 雲に浮かんで 池の中

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題「虹の彼方に」


虹の彼方に

(コメント)雲が頭の上に黒くなって浮かんでいるようです。風も涼しく成って来ました。夕立がきそうです、ポツンポツンと降ってきたかと思うと強い雨が降って来ました。高校野球が夏を代表してわくわくさせてくれています。八王子高校が甲子園の晴れ舞台に立ったのですからね。でもきょうは高校野球を嫌いと言う人とお話をしたのです。とても明るくて何でも興味を持って料理も家族の部も作るのです。ミシンで縫い物もします。新しいミシンも買い換えたそうです。やる気充分ですね。色紙も上手です。菜園も作るのです。車椅子に乗っていた頃も有ったそうですがもう朝の散歩は、30分は出来るそうです。八月の八王子空襲を体験しているのです。3人のお子さんがいて、息子さんが一人と娘さんが二人です。息子さんが高校生の時には野球部に入っていて雨の中を練習していて肺炎になって死んでしまったのです。高校野球に沸いている時には悲しいでしょうね。野球をしている息子さんの写真は全部焼いてしまったそうです。今は娘さんのお婿さんのリクエストで手打ちうどんを作るのを楽しんでいるみたいです。産まれは山梨県の富士川の近くで、子供の頃には富士川で川遊びをしたと嬉しそうに話してくれたのです。今でも綺麗な川なのですよ。富士川は夫が鮎釣りに行く河でも有ります。お洒落な帽子をかぶっているようです。長い道を歩いてきて今は曾孫に囲まれて前向きです。でも心の中は少し寂しそうです。敗戦の日が来ますね。お兄さんも二人戦死していて、靖国神社に桜の木を植えているのです。暑い八月は祭りの後のように、盆踊りをして何もかも忘れて踊るのでしょうか。一人になれば踊りの音に逢いたい人の声を聞いて姿を見るのでしょうか。暑い日は汗が涙と混じって瞳を濡らすのでしょうか。私の母ももんぺを着て汗だらけに成ってお洒落もしないで若い頃を生きた体験も有ったのでしょう。でもみんな回り灯篭のように瞬く間の人生を生きたのだと思った今日です。どうせなら明るく生きて行きたいですね。心の中の虹を越えて。 2016年8月11日。                  

   

   夕涼み 縁台将棋 する子かな

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題「阪急電車は・河原町行き」


阪急電車は・河原町行き

(コメント)中学校に行くのにも、女子高校でしたから女学生が満員です、お勤めに行くのにも友人達と遊びに行くのにも、何でも乗るのは・阪急電車が殆どでした。一人で京都に行く時には阪急電車です。私のコースは河原町を歩くのです、八坂神社、知恩院、平安神宮、観光客が行く場所は何度も行きました。植物園も、国際会議場も、三千院も、二条城も思い出の場所です。お客さんを案内する時には平安神宮で折り返しです。可愛い小物を売っているお店も有るのです。食べ物は美味しく無かったので食べませんでした。東京に来て入院をして看護師さんと話したのです、神戸の出身でしたが京都はもう観光客で行く場所は無いわと寂しがっていました。奈良も行きましたよ。振り返るとよく遊んだものです。お正月は八坂さんです。夏は嵐山に西瓜を持って行って冷たい水につけて置くのです。川遊びです。芸能人のお店は有りませんから見晴らしもいいのです。飛込みにも遊びに来ている人もいるのです。カゼノマタサブロウの川遊びのようです。西瓜を割って食べるのです。妹はオレンジ色のワンピース形の水着です。私は襟元が白の紺色のワンピース形の水着でした。兄は普通の学校の水着だったのでしょう。阪急デパートで買い物をする時も、阪神デパートで買い物をする時も、滝の落ちる地下道で友達とケーキを食べる時も阪急電車です。学校から寄り道をして高槻で友達と喫茶店に行っておしゃべりをしてレモンスカッシュを飲む時も阪急電車です。小豆色の電車です。座席はふわふわしているのです。秋に、もみじ狩りに行く時もイツもです。男子校の今で言ういけ面も一杯乗っているのです。それは沢山の学校が有るからです。今は電車に乗る事も無くなりましたが中央線は椅子も固くてお客さんが{ココスワレルヨ・オイデ!}と席を詰めてはくれませんね。大阪万博には富士通館が人気でした。今こうして富士通の音声パソコンで書いているのが夢のようです。会社では富士通の会社にプログラムの学習に通っていたのです。不思議ですね。コンピューターの仕事をしていた私なのです。会社は勿論阪急電車で行くのです。2016年8月10日     
(我が家に来て大声で夏を告げる・せみの写真です)。              

   

   待ちわびて 西瓜転がる 座敷かな

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題「秋立って・そろそろ準備の・山法師」


秋立って・そろそろ準備の・山法師

(コメント)猛暑の中を少しだけ、夕焼け小焼けの触れ合いの里に行ったのです。いつも「暑さと紫外線には絶対に注意してね」と息子に言われているのです。心配させそうですね。でも「美味しいトロロソバを食べようね」と夫に誘われて出かける事にしたのです。とても美味しいのです。手打ちです、蕎麦湯も勿論だから美味しく頂いて来ました。山の上でしたから影は涼しく感じました。幼稚園の子供達でしょう、バスで何台か来ていたのです。賑やかに聞こえる声が可愛かったですよ。キャンプをするようでした。春には小学生に成るのでしょうか。せみがジリジリ・ミンミン聞こえます。山法師は秋に真っ赤な実を付けるのですがもう愛らしい実を付け始めていたのです。最近では里帰りをしたり、お爺ちゃんやお婆ちゃんと会う夏休みにはランドセルを買うようなのです。人気の一番は6年生まで使えるチョコレート色だそうです。女の子も男の子もいいですものね。沢山の色が有るのです。息子はやはり茶色系にも色々有りましたが綺麗な焦げ茶色を選んだのでしたが、まだランドセルは男の子は黒、女の子は赤を背負っていたのです。東京の真ん中で無かったのも有るでしょう。右に習えの日本人ですから目だった事はしないのです。でも八王子にも色々な色のランドセルは売られていたのですよ。この山法師のまだ真っ赤に成らない実のように今は早くからランドセルを買っているのです。それもカラフルなランドセルです。息子が選んだ今は一番人気の焦げ茶色のランドセルなのでした。マイペースで驚かされる事は本当に小さな頃からでした。今は中国からもランドセルを買いに日本に来ているそうですね。山法師の実は面白い形をしているのです。ギザギザしていてさくらんぼうのように長い枝に咲くのです。指で一つ取ってくれたのを触れてみたのです。スポーツが好きな子、本を読むのが好きな子、音楽が好きな子、絵を描くのが好きな子、個性的がいいですね。山法師の不思議な形の実のように。夫と「秋に成って山法師の実が真っ赤に実ったら又来ようね」と話したのです。ギッシリと緑の実が実り始めていたようです。                 2016年8月8日。        

   

   直売や 巨砲ピオーレ 急カーブ

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題「黄色いトマトは・福島産まれ」


黄色いトマトは・福島産まれ

(コメント)頂き物です。植木鉢ごと頂いたのです。福島県で食べてとても美味しかったそうなのです。福島県は果物も野菜も美味しいですね。トマトは果物では有りませんが果物のように甘くてこの黄色いトマトは特に美味しいのです。タネが無いのですよ。不思議ですね。柿がタネが無くなっていますがこのトマトも改良されたのでしょうか。我が家の菜園にはアイコトマトと、赤ちゃんの握りコブシくらいのフルーツトマトが実っているのですが、黄色いトマトは、オレンジか、伊予柑くらいです。大きいのですが普通のトマトでは無いのです。口当たりはしっかりしています。そしてトロリとしているのです。アボカドのようでしょうか、いいえ違うのです。説明が難しいです。アイコとまともタネは無いのですが、パクパク食べられるのです。大きさも、形も、一口に入るのです。サラダにもいいですよ。トマトスープには皮を抜いてフルーツトマトです。苺も海外からわざわざ日本に買い物に来るそうですよ。苺も美味しく成りましたからね。日本人は丁寧で几帳面だから農家の人も愛情をこめて作るのでしょうね。農業に憧れる人も多いみたいですがなかなか難しいのですよね。農薬も使わないでは綺麗な果物も野菜も作れないようです。我が家ではほとんど使わないので昔のように害虫に食べられるのに苦労をしているようです。トマトときゅうり、ピーマン、インゲンは綺麗に出来ていますがなすびは穴をあけられたりしています。今長い茄子が沢山実っていますよ。トマトのお話でしたね。八百屋さんが売りに来たトマトは冷えていなくても葉っぱの香りがして美味しかったのです。水の代わりにも沢山食べたのです。友達と夏休みに、鳥取県に旅に行った時にはトマトが沢山実っていておやつに出してくれたのです。大きなお皿にスライスして山盛りです。福島県の野菜も果物も安心して今は消費されているようですね。頂いた時にはこんなに幾つも成るとは思っていませんでした。黄色のトマトです。今朝もモイデ来てくれるそうです。苗を買って来て来年も作ってもらえるのでしょうか。食べ てみませんか?2016年8月6日。          

   

   埋め尽くし 布袋葵の 鯉の池

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題「ブラジルの・太鼓」


ブラジルの・太鼓

(コメント)今日は広島です。そしていよいよリオのオリンピックです。パキスキロピアの花が咲いたのです。ブラジル生まれです。越冬をして花を咲かせたのです。今日本で咲いている花達は暑い国の花達がやはり多いのでしょう。炎天下にも少しくらい水が無くても平気です。松葉ボタンも、色鮮やかに咲くのです。オシロイバナも咲いていますね。このパキスキロピアは、ニョキニョキと大きく成るそうなのですが短く切ってしまったのです。でもそこから芽が出て来たのです。強いのですね。寒さには絶対に弱いのです。大事に越冬です。沖縄や、九州の宮崎なら冬も楽しめるかも知れませんね。オリンピックには五十パーセントがブラジルで反対のようです。ラジオで放送を聞いているのです。日本はどうなのでしょうか。あの東京オリンピックはもう懐かしい思い出になったのでしょう。若者は私達の時のようにはわくわくしていないのかも知れませんね。野球や、ソフトボール、スケートボード、何種類の種目が増えたそうですが、都知事の頑張り所でしょう。ロシアの問題や、ブラジルの貧困、盗難、平和に生きていた日本人は危ない危ないですね。競技に打ち込んでくれて自分の力を十分に出し尽くして欲しいですね。猛暑でパキスキロピアは元気です。水やりには注意です。鳳仙花はどこの国の花なのでしょうか、水が無くなると倒れてしまうのです。何度も何度も水をあげたのです。アメリカン鳳仙花をご存知ですか。綺麗なのですよ。花が大きくて、色も鮮やかです、私は青が大好きでした。夾竹桃の花のようでした。ポンとはじけるのが少ないようです。夏の花は今、朝顔と、このパキスキロピアが綺麗です。ニチニチそうや、百日草、千日紅が飾っていますね。金魚草も植えていたのです、本当に金魚のようです。夏はいいですね。鮮やかに強い花が咲くのです。勇気をもらいますね。我が家のパキスキロピアがリオのオリンピックを応援しているようです。2016年8月6日。     

   

   鳩舞えば 青空無念 広島忌

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題「私の青空」


私の青空

(コメント)今朝は新宿のビルの谷間にオレンジ色の朝焼けに虹が出ているようだとラジオのアンカーのお話です。三日間は猛暑に成る東京のようです。今日の5日から三日間は八王子祭りなのです。準備はOKでしょう。私は遠くで聞くのです。沢山楽しんだのですから今は充分なのです。秋田県も、石川県も、勇壮な祭りが開催されているのです。ツアーで行けるそうですよ。そんな話が有った今朝でした。私は3時には目が覚めていてラジオやリンクポケットで録音図書を聞いているのです。夜明けが少し遅く成りました。でも朝顔は決まって暁には咲いてくれるのです。ピンクに縞模様、ブルー、青に縞模様、紫、色々咲いていると教えられるのです。昨年のタネから植えたのです。どんドン、上に伸びて行くのです。ツルが行き場を失ってゆらゆらしているとつかまる道案内を作ってあげるのです。今は小学校の1年生で朝顔を育てて夏休みには家で観察はしないのでしょうか。絵日記には必ずと言ってよいくらいに朝顔を書きましたね。台所の窓にも朝顔が咲き、庭にも咲きます。朝顔に埋もれて色鉛筆で絵日記を書くのです。昨日開いて萎んでしまったのは摘んで色水を作るのです。とてもいい色が出るのですよ、幼馴染と空き瓶に詰めた色水を「くださいな」と色水ごっこをしたのです、葉っぱも緑の綺麗な色ですよ。朝顔以外にも花を摘んで来ては綺麗な色水屋さんです。西瓜も食べるのです。キャンデーを売りに来るのです、太い自転車のたいやに高い旗を靡かせていたように覚えています。大きな子も小さな子も何処からか集まって来るのです。苺味のキャンデー、サイダー味のキャンデーが私は大好きでした。家の前の原っぱでは男の子達が野球をするのです。隠れ家も作ったのですよ。蚕も飼いましたから学校の前の文房具屋さんに桑の葉を買いに行くのです。色水ごっこをした幼馴染と学校のプールにも行ったのです。二人のお母さんをモデルにして絵も描いたのです。紙芝居も作ったのです。母が水巻をしたら砂が舞い上がり黒くなった道で今度は沢山の友達と長い縄で縄跳びをするのです。ポケモンゴーは無かったけれどもっともっと沢山遊んだのです。明日も朝顔の絵日記を書くのです。大忙しの夏休みでした。朝顔といつも一緒でした。2016年8月5日。           

   

   触れないで うつむき顔の 鳳仙花

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題「祭り」


祭り

(コメント)昨日は突然の・ドン!と大きな音の雷でびっくりしたのです。その後叩きつける大雨です。ゲリラ豪雨と言うのでしょうか。あちらこちらに降ったそうです。今朝はせみの大きな声です。トマトをもう何百個食べたのでしょうか。もぎたてですよ。八王子の夏祭りはこの5日から三日間です。雨が降らないといいのですが、今年は特別なのです。大阪に次いで、民謡踊りの「ギネス」に挑戦するのです。3千人の人が一人一人並んで行列です。人馬街道を埋め尽くすのです、飾るのです。足も手も全員揃っているのでしょうね。審査員が見ているので緊張するのでしょう。もう何年も夏祭りには行っていないのですが賑やかですよ、人馬太鼓の行列も勿論です。我が家にも有るのですが鳴子です。よさこい踊りも、阿波踊りも、山車も出るのでしょう。美味しい物は並ぶのです。浴衣も着ていいですね。諏訪神社の祭りも有るのです、饅頭祭りと呼ばれています。酒饅頭です。「もうやっているかなあ」と自転車で見に行って「まだやっていなかった・・・・」と帰ってきた息子はお祭りが大好きだったのです。福生の8月の七夕祭りも大きな短冊の下を肩車で楽しんだのです。私は子供の頃には浴衣で盆踊りをしたのです。浴衣の裾が夜の風に爽やかだったのを覚えています。夾竹桃の咲く公園での盆踊りでは懐かしい友達が集まって中学生の頃でした。高校生の時は自分達で縫った浴衣を着て民謡踊りを踊ったのです。両親が見に来てくれて友達達と写真に撮ってくれたのでした。嫁ぐ年の盆踊りを兄と静かに見たのです。ご近所にリハビリで元気に成られたおじさんが居るのですが散歩の時に話をします。大工さんをされていたのですが今は、夢が一杯です。お神輿を作っているのです。出来上がったら見せて頂く約束です。写真にも撮らせて頂くのです。近くの八坂神社のお祭りはもうすっかり寂しく成りましたが祭りの音は聞こえてきますよ。カラオケも踊りの音頭もです。夏の夜の涼しい風の吹く頃です。せみが祭りのように何を忙しく啼くのでしょうか。 2016年8月3日。           

   

   殿辻の 改札口の 夏休み

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題「ひまわり」


ひまわり

(コメント)早朝散歩に出かけて出会ったのは夏の暑さに備えてでしょう、仲良しのワンちゃん・カイ君は短く体の毛をカットしていたのです。私の車椅子に飛びつくのです。しっぽもちぎれんばかりに振るのです。中型犬です、種類は知らないのです。大きな目をしているようですよ。鼻は湿っています。行き交う人は余り居ませんでした。菜園をする人も少ないようでした。日曜日だからでしょうか。カメラを持参でしたので、カイ君も写真に撮ろうとしても動いてばかりです、飛びついて来てとてもハンサムには撮れないのです。ひまわりやゆりの咲く道です。名前は知らない花は道端に咲いているようでした。遅い梅雨明けで、いつも咲く大きなひまわりはもう居なくなっていたのでした。今は、槿の花が咲く頃です。私の家では朝顔が昨年のように高く伸びて行っています。花の写真はなかなか持ち味を出せ切れません。夏休みですね。子供達は絵日記は無いそうですよ。朝顔を描きましたね。ひまわりは描いたのでしょうか。大好きな花だったのに近くに無かったのでしょうか。サマードレスや、サマーヘップ、小物には飾っていた事は覚えているのです。ひまわりは誰もが好きなようですね。ひまわりの形のピンクッションが有るのです。一番大切なピンクッションなのです私が居なくなってもきっと壊れる事も、破れる事も無い筈です。ピンクッションを作りたいなあと思うのですがこんなに上手には作れそうに無いのです。でもいつか作ってみたいのです。大切な人が作って頂いた物だからです。ピンクッションにしなくても、可愛いのです。お年寄りのホームにお話相手に行く人がいるのですよ、私もそんな事が夢なのです。そんな時がもしも来たらひまわりを持って行ってあげたいと大きな夢なのです。 2016年8月2日。             

   

   絡まって ほどけぬ足の 夏布団

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題「夏休み・子供科学・ラジオ相談室」


夏休み・子供科学・ラジオ相談室

(コメント)高知県では暑い夏に稲刈りをしたそうです。北海道では夏と秋が同時に来ているそうです。紫陽花が咲いて、ひまわりが咲いて、コスモスが咲いて、ギンナンが落ちて、木の実も落ちているそうですよ。浜辺ではテントを張ってキ ャンプをする人が居て、夜には漁火が綺麗だそうです。お天気が悪そうですね。さて私は今長寿の番組に成ったラジオの「子供何でも相談室」を楽しみに聞いているのです。宇宙の事や、魚の事や、昆虫の事、エトセトラ、不思議に思う事を質問しているのは保育園児から中学生までです。大人も楽しく聞けるのです。先生方は子供達によく理解出来るように説明されるのは大変なようです。子供達は素直です。行儀も良いのです。私は星の話や、魚の話に興味が沸いて楽しく聞いたのです。蛸の、頭と思っていたのが内臓だったのにはこの年齢に成るまで知らなかったのにはびっくりしたりしましたが、蛸は蛸壺に大事な内臓を下に入れて足で内臓絵お足を出して大事な内臓を守っていたのです。一番面白かった質問の答えでした。先生方は難しい言葉はなるべく使わないようにされてきっちりと説明されているのです。明日はどんな質問が出るのかが楽しみです。動物の質問も出て欲しいですね。世界中には珍しい動物や、図鑑でしか見られない動物もアフリカの動物も居るのですね。ここに乗せた写真は;豚ですが不思議な豚です。毛が何色かに分かれているようですよ、とても大きくて熊のようです。子供達はどんな質問をするのでしょうか。砂糖をフライパンに入れたら焦げてしまったのは何故ですかという質問も有ったのです。お母さんとカルメラを作ってみましょうねといわれていました。懐かしいカルメラを私も作ってみたく成りました。自由研究にも役に立ちますね。初めて参加された先生は緊張されていたようですが又明日も楽しく参加されるとの事でした。少しでも子供の心を蘇らせて見たく成ったり、勉強に成ったり、大人も聞いてみるといいですね。 2016年8月2日。     

   

   夏草や ホーム覆って 無人駅

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題「追いつけ!追い越せ!女性パワー・ニッポン」


追いつけ!追い越せ!女性パワー・ニッポン

(コメント)そろそろ暦の上では秋が来るのです。とは言え猛暑はこれからです。熱中症に成らないようにしたいです、甲子園も暑いのですから、球児も、チアリーダーも、お客さんも気を付けなければいけませんね。水の事故も起きています、太陽の下で楽しい思い出を作って欲しいですね。朝の散歩も涼しく成りました。急に虫の声が聞こえて来たら夏休みも宿題に追われる頃には寒くてびっくりするのですよ。山おろしと言う風が吹くのです。都知事の選挙も終わりました。嬉しいです。女性が頑張るのは世界にも負けずに対等にお付き合いをしていってくれる事を願うのです。アメリカも、ヒラリークリントンが勝利しそうです、益々世界は女性パワーでより良い方向に政治を母の力のように強く優しく動かして行って欲しいと希望が沸く思いです。きめ細やかなそして思いやりの有る東京を作って行ってくれそうです。 先ずはオリンピックですね。これからも女性がどんどん男性と対等になって行く事でしょう。マザーテレサや、私たち視覚障碍者にとってはヘレンケラーですね。まだまだおられるのです。希望の東京に成りそうです。何から初めてくれるのかはこれから都民の一人一人が選んだ責任で公約も守るように見て行くことです。他の県にも見ていて欲しいです。そして他県にも女性の知事が増えて行ってくれるといいですね。ニッポンも変わって行くでしょう。待機児童も、介護の問題も、取りこまなければいけない事が山ズミです。都民をがっかりさせないようにしてくれる事を祈るのです。都民が参加の東京にしなくてはいけないのです。天皇陛下も皇太子様にバトンを譲られるようです。ゆっくりして頂きたいですね。美智子妃殿下も素晴らしい女性のお一人です。ご成婚の時を思い出すのです。素敵でしたよ。発展したニッポンです。リオのオリンピックもフレーフレー女性ニッポンです。うきうきします。忙しく成りました。2016年8月2日。                  

   

   大の字で 昼ねしている 夢は何?

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題「ライトアップ日本!」


ライトアップ日本!

(コメント)今夜は八王子の夏祭りの始まりのようです、花火を打ち上げる音が聞こえてくるのです。花火の季節です。花火が大空に打ち上げられて開くときには何も考えていませんね。東京の墨田の花火が最初の花火だったと聞きましたが、やはり東海地方のように楽しい花火では無かったようです。東北地方で災害の次の年に花火が打ち上げられたのです。東京では反対の声も有ったそうです。災害に見まわれた人達は大空に咲く花火に亡くなった人の魂を見たのです。亡くなった人も空の上から見ていてくれたのです。悲しい花火です。墨田の花火も初めはそうだったそうですが今は姿を変えてしまいましたね。鎮魂の意味だったそうですよ。あの日を癒すのでしょう。熊本に打ち上げられるそうです。もう打ち上げられたのでしょうか。広島に、北海道に、広がっていっているのです。 そうですね、花火を見たのはもう何十年前の事でしょうか。友達と、家族と八王子の花火大会を夫の友人のお宅で見たのが最後だったのです。こんな時代です。飛行機も渡米している息子も花火のようにいつ消え果てててしまうのかもしれないのです。私の友人たちも美しく咲いて花火のように消えていったのです。世界はいつ何が有るのか分からないのです。花火のように儚く散ってしまうかも知れない時代なのです。津波も、地震も、大雨も、これからは台風も、日本は特に地震国です。辛い事件も起きました。形も色も音も違う花火に打ち上げられてしまったのでしょうか。人間は私も含めてですが弱いのです、あの一瞬の花火の儚さや美しさが広がり切れない時も有るのでしょうか。時には空白の一瞬のようです。ドンと花火の音です。夏は花火が似合います。ライトアップ日本です。     2016年7月30日。            

   

   夕暮れの チャイム消し去る せみ時雨

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題「サマーホリデー」


サマーホリデ〜

(コメント)待ちに待っていた関東地方にも梅雨明けです。そして、わが街の八王子高校が夏の甲子園大会の西東京代表に勝ち進んだのです。大感激の梅雨明けの日でもあったのです。燃え滾る今年の夏に成りそうです。リオのオリンピックも有るのです。八王子高校は初出場です。甲子園は球児の憧れの場所です。青々したつたの葉っぱに包まれた甲子園球場です。;冷たいカチワリをがりがり食べて、応援団も暑さに負けずに応援に行けない私の分も応援してくれる事でしょう。日本中で夏祭りも始まっています。焼け付く太陽に体も大きく成長です。沢山食べて運動もしてよく寝て、思い出も一杯残すのです。夜に成ると風は涼しくなるのです。浴衣を着てオレンジ色に輝く夜店に行ったのです。風は涼しくなるのです。金魚も何匹も飼っていたのです。朝顔も咲くのです。息子は淺川で釣りもしました。はやでしょうか、猫の五郎君のお土産です。お盆が終わればリハビリの先生のお土産の話も楽しみです。里帰りです。東京は7月にお盆はすんだのですが、私はまだです。好物のスイカやそうめんやお茶を準備するのです、私も一緒に食べるのです。花火もします。そっと線香花火です。落ちないように願いながらです。海にも行きました、伊豆や、湘南です、海の波の音に何を聞いたのでしょうか。キャンプもしましたよ。里帰りはできませんがラジオの音量を一杯にして甲子園も、オリンピックも聞くのです。冷房の中ですが気持ちはぎらぎら太陽の下です。暑い日が心を燃えさせてくれるのです。ブラジル生まれの、パキスキロピアが寒い冬を越して大きく成長しました。花ももうすぐ咲きそうです。ブラジルは問題を抱えているようですが無事にオリンピックが成功する事を願いながらラジオの放送を聞くのです。果物も美味しいのです。音楽も跳ねています。思いっきり夏を楽しみましょう。 2016年7月30日。          

   

   パラソルを さし掛けられて 立ち話

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題「銀河に乗って〜7月」


銀河に乗って〜7月

(コメント)やって来ました。7月です。七夕の夕べも来るのです。今年は1日から五日間は半夏生です。半夏生の花も咲くのです。ラジオのリスナーさんが散歩の道で半夏生の花の群集を見たたと報告していたのです。いいですね。なかなか見る事も出来ない半夏生の花だそうですよ。昨年は、国営昭和記念公園で植えられているのを写真に撮る事が出来たのです。半夏生が来たのです。所に寄っては食べ物に色々有るようですね。関西地方では;田植えを終えて稲の労をねぎらい豊作を祈願するのに;蛸を食べると言われているようです。私は食べた記憶は無いのです。蛸は;おつくりで半夏生で無くても食べていたのですから、半夏生には食べていたのかも知れませんね。ラジオのアナウンサーが;大阪ですから・蛸を食べていましたよと話していました。京都では祇園祭で心が躍るのでしょう。富士山も山開きです。;六根清浄「ドッコイショ」の掛け声で杖を突いて登るのです。高尾山に登った時に杖を買ったのです。何歳ごろからでしょうか、どっこいしょとは日常的に使ってしまっています。富士山は三年前に;世界遺産の仲間入りに成って沢山の海外からのお客様も登るのですが、白装束に祈りの山だったのが変わってしまったのでしょう。山開きに合わせて、山梨県側の富士吉田では・バンザイと大声での歓声も有ったそうです。静岡県側からは又綺麗に富士山の姿が見えるのだそうです。新幹線で見える富士山は窓一杯に暫く見せてくれますね。私は秋でしたが車で、五合目まで登ったのです。雲海がモクモク歩いて行けそうでした。真っ赤にナナカマドが咲いていました。馬が退屈そうに、乗合い案内馬だったのですね。お客さんが無いのでアクビでもしているようでした。今は海外からのお客さんも多くて忙しいのかも知れません。河口湖には美しい逆さ富士が見えるのです。日本一の富士山は今は世界の一の富士山です。待ちに待っていた山男も山ガールも準備OKでしょう。夫も登ったそうです。登山帽が今も有るのです。今は人生の何号目を;どっこいしょと、登っているのでしょうか。 2016年7月1日。     (ベゴニア畑の写真です)     

   

   城ケ島 緑燃やして 青葉雨

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題「ありがとう;さようなら〜紫陽花の花」


ありがとう;さようなら〜紫陽花の花

(コメント)梅雨前線が九州にとどまっていたようです。鹿児島には強い雨のようです。熊本は今どうなっているのでしょうか。八王子の幼稚園生や、保育園児の七夕のお祭りが開かれるようです。フリルの付いた浴衣や、可愛いアニメの模様の浴衣、ジンベイを着て練習をしたダンスを踊るそうですよ。晴れるといいですね。紫陽花柄もあるのでしょうか。紫陽花畑も来たのほうに行ったようですがまだ関東には美しく飾っているようです。後少しは梅雨の雨にこの何日かは肌寒いようです。東京には紫陽花畑は沢山有るそうですがドコモ小さなようです、数は日本では二番目だそうですよ。有名なのは、神代植物園と、私が会員にして頂いている、ワクドキ歩こう会で26日に目的の地だった「高幡不動」の紫陽花を振れまくろうだったのです。鎌倉の紫陽花寺も有名です。夕焼け小焼けの触れあいの里にも紫陽花ロードが出来ていたのです。紫陽花は海外で掛け合わされたのでしょうか、珍しい紫陽花も町を飾るのです。国営昭和記念公園は広大な敷地に植えられているのです。6月を偲んで紫陽花の花をもう一度ゆっくりと味わうのもいいですね。国営昭和記念公園です。酸素が一杯です。時間を忘れてしまうのです。真っ赤な罌粟の花には行けませんでしたが、何時でも何か美しい花が飾っているのです。薔薇の季節です。父の日には薔薇をプレゼントされたのでしょうか。綺麗な風が吹いて薔薇の香りがしてくるのです。香水では;薔薇が女王だそうですよ。北海道は夏日のようです。花が咲き乱れているのでしょう。花嫁さんのブーケは薔薇をカスミソウで包んだのでしょう。トゲの無い薔薇の花も有るそうですよ。6月の花嫁さんです。純白のドレスが最高の笑顔を作るのです。パールの雨が降って;教会の鐘がなるのですね。雨が降ったら子供の頃には;千代紙で花嫁人形の着せ替え民業で遊んだのです。テルテル坊主も作ったのです。絵も描きました、ハモニカも吹いたのです。雷が大嫌いな母は;かやを吊るして静かに雷が去るのを待ったのです、私達もかやの中で一緒です。楽しい御伽話を聞くのです。海外で結婚式をあげられる人には私も6月では無かったですがこれ以上無いと言う程の笑顔だったのでしょう。六月の誕生石はパールです。純白のドレスに似合うパールですね。サラサラ降る雨のようです。        2016年6月30日。                

   

   白薔薇や 花嫁さんの 控え室

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題「訪問;美容室」


訪問;美容室

(コメント)朝は小雨が降っていたようです。明日は東京も強い雨に成るのでしょうか。西の方は強風に雨も降っているようです。九州は大雨です。10時頃には殆ど雨は上がりました。初めての出張訪問の美容室の日なのです。訪問の美容室の美容師さんに来てもらうように依頼したのです。出掛けて行くのは苦痛でしたから助かるのです。バリアフリーの美容室はまだまだ少ないようです、とにかく家に来て頂けて本当に助かるのです。体がきついのでつい行きそびれていたのです。一日に予約が有って美容師さんも忙しそうでした。病院にも出張しているようです。私も病院でカットを頼みましたが床屋さんでしたのでやはり美容師さんがいいと思っていたのです。挨拶が終わったら、てきぱきとお話しをしながら開始です。ブルーシートを敷いた上に車椅子で真ん中に先ずは席を取ります、首にかける物は美容室に行っていた時と同じです。「どんな形にしましょうか」から始まるのです。挟みがシャキシャキ耳のそばでいい音をさせるのです。眠く成るくらいです。後ろを襟足に揃えます。耳は隠します。どんどん髪の毛が切られて行くのです。最後に前髪です。眉の当たりで揃えてもらうのです。ふんわりと成るように、内っかわからカットです。サッパリしました。顔も産毛ソリで綺麗にしてくれます。眉毛も伸びていたようでしたので揃えてくれたのです。すっかり鏡も見えなく成っていたので眉の事は忘れていたのです。顔は何とか手探りでそってはいたのです。女性は何時も髪は綺麗にしていたいです。本当に嬉しく成りました。髪がサッパリすると気分も良く成って家族にも明るく接する事もできそうです。お洒落もしたく成るのです。一歩ずつでも進んで行っている福祉ですから出来るだけ受けられるように家族が努力をしてくれるといいですね。病院も美容師さんも御願いできるようになったのです。ホームも家族が頼むと綺麗にカットもお化粧もしてくれるそうですよ。出来ない事が沢山有るのですが私の家は夫が前向きです、どんどん世界が広がって行くのです。嬉しい梅雨の日でした。何処にもここにも紫陽花が咲いているようです。2016年6月24日。                              

   

   合いず地も 心許なし 心太

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題「ママ!お話し聞かせて〜」


ママ!お話し聞かせて〜

(コメント)始めて読んでもらった本は覚えていますか。大好きだった本も覚えていますか。村上春樹のアンデルセン文学賞受賞が決定しました。村上春樹は童話を書いています、翻訳もしています。不思議な世界に引き込まれる村上春樹の文学です。私の情報源は日本点字図書館から毎月送られてくる;デージーマガジンからも得ています。その中に有るデージー図書も選んで借りています。村上春樹の童話も有るのです。アンデルセンは幸せな少年時代では無かった、自分自身の事を書いた童話が多いそうです。;マッチ売りの少女は正にアンデルセンその者を描いたようです。他にもグリム童話もよく知られています。写真はグリム童話のヘンジェルとグレーテルです。まま母に捨てられてグレーテルが魔女をオーブンで焼き殺す怖いお話しです。でもお菓子の家には憧れました。村上春樹はグリム童話に影響を受けたとも言われています。それでは熊の子のお話しの始まりです。熊の子は雨降りが大好きなのです。傘をさしてレインシューズもはきました。うきうき出かけるのです。かたつむりに出会うのでした。大きな紫陽花の葉っぱに雨が降っています、ツノを起てたかたつむりはとっても良い気持ちです。それは雨が大好きだからです。紫陽花の葉っぱに乗ったかたつむりです。紫陽花も雨に濡れて気持ちがいいねと話すのです。ツノをツンと触れるとツノを隠してしまうのです。いたずらはいやだなとかたつむりは言うのです。ノソノソ葉っぱの上を逃げて行ってしまいました。熊の子は線路を渡ってかき氷が美味しい駄菓子屋さんの前を通るのです。大きな芋の葉っぱの傘には雨がバタバタ音を起てて歌うかのようです。おたまじゃくしがよく来たねと熊の子に言いました。熊の子は田んぼに入って行くのです。お家におたまじゃくしを連れて帰りました。足がでて手が出て蛙に成っても一緒に遊ぶのです。明日は晴れて、ロバのパン屋さんがくる日なのです。ベルを鳴らして来るのです。お母さん熊は洗濯物を沢山するのです。わらび餅も作ってくれたのです。お父さん熊は蛍を捕まえて来てくれました。家の中に飛ばしてあげます。カナブンも飛ぶのです。大松宵草が黄色く月に映えているのです。お し ま い 〜。 2016年6月21日。                               

   

   梅雨晴れや 芋虫どっこい 蟻の道

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題「跳ねる〜香魚」


跳ねる〜香魚

(コメント)高尾山に「世界のミシュラン、三ツ星」のビアガーデンが始まりました。ロープーウエイで登るとすぐなのです。会社帰りの仲間達で行くのでしょう。登山客も一休みですね。最近は海外からのお客様も多く成ったそうです。アルコールはダメでも美味しい物が食べほうだいだそうですから行ってみたいですね。高尾のそばも美味しいのですよ。登山口には名店も並んでいます。お洒落に成った高尾山のようです。皇太子様が小学生の遠足で登られた時から随分変わったのです。私が登った時の頃です。スカイツリーも見えるそうです。勿論富士山も見えるのです。秋まで楽しめるビアガーデンです。本来なら今頃夫は鮎釣りに楽しい頃なのです。美しい姿に焼かれた塩焼きの鮎はもう食べた人も多い事でしょう。ビアガーデンでもテーブルを賑わしているのでしょう。千曲川に、桂川に、相模川に、新潟に、福島に、伊豆に、高知県にそれは様々な川に行ったのでした。若鮎の美味しさは柔らかくて最高です。夜明けも待たずに出かけて行ってお土産の鮎を楽しみに待ったものでした。梅雨の雨と強い陽射しを繰り返し。綺麗な苔を石に付けて行きます。鮎は餌にするのです。勢い良い流れに逞しく成魚と成っているのでしょう。釣り師は長い鮎の竿を上手に操って「とも釣り」をするのです。今菜園で収穫中の胡瓜の香りがするのです。;香魚とも言われています。スーパーマーケットで売られている養殖の鮎とは味は違っているようですよ。息子も小さな頃から大好きな鮎だったのです。縄張りに入って行ったおとり鮎との争いの時のぐいぐいと力が入ってそれが何とも言えず楽しいそうなのです。体力的にはまだ竿にも、流れの速い川にも負けそうに有りませんから、何時か行けるように成ればと思っているのです。何十匹も釣ってきた頃の嬉しそうな声を又聞きたいのです。カレンダーには沢山の予定の印が付けられていても鮎釣りの日はなさそうです。梅雨の晴れ間です「こんな日が鮎釣りには最高だ」と言っています。今日は父の日です。 2016年6月19日。(陣馬山と真っ赤な春もみじが綺麗な写真です)                   

   

   青野原 ヤギ引き連れて 行く子かな

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題「水色のワルツ」


水色のワルツ

(コメント)朝早くに目が覚めたのです。雀より早くでしょうか。新聞にはペチュニア畑や紫陽花畑の写真が大きく掲載されているようです。昨夜は大きな音で雨が降っていたのです。東京都は;都知事の問題で荒れていたのです、人間の浅ましさや哀しみを知る思いです。今朝速報が入ったのです、辞任が決まりました。街には鳥も囀り花も咲くのです。蛍の夕べも有るのです。紫陽花ロードも見頃を迎えました。水不足が伝えられているのです。「雨乞い」でもしなければいけない事に成りそうです、貯水量の30パーセントしかないそうです。猛暑の夏にも成りそうですからお手上げなのでしょうか。暖冬で熊も早くに冬眠から目覚めて食べ物を探して山中や里に下りてくるのです。人間が熊の領域を荒らすのでしょうか。事故も起きているのです。水戸の梅も落とされました。梅の香りは癒されます。梅干しにする時には一晩、水につけて置くのですが家中に芳しい香りが包むのです。梅酒にしたり、梅ジュウスにしたり、シロップも作ったり、楽しみを持ってきてくれる青梅ですね。夏至が来るのです。昨年は初めて;半夏生の花も知る事が出来たのです。半夏生は夏至から後少し、7月の1日頃のようです。トンボの池に咲いていたのを始めて知った昨年の;半夏生の花でした。紫陽花ロードに混じって咲いていたのです。暁に目覚めてしまった夫と早朝散歩に行く事にしたのです。結構早起きの人と出会うのです。鶯は一際大きな囀りです、合間にほととぎすが啼くのです、会いたい人にでも会えた気がするのです。耳を澄ますと沢山の囀りです。綺麗な声は駒鳥でしょうか。駒鳥にしておきましょう。ほーほー鳩や烏も賑やかです。行く道にはそれは色んな色や形の紫陽花が家の角々に咲いているようです。白が目立つと言うのです。七変化で色を変えて行くのでしょうか。私の家に咲いていたのは大きな丸い青い紫陽花でした。雨を吸って生き生き色も映えさせるのです。家中に飾ったのでした。紫陽花が私の町を飾っているようです。紫陽花色です。胡瓜をもう何本収穫したのでしょうか、散歩から帰ってから、もぎたての胡瓜で朝食の一品です。スチックにしてパリパリ食べるのも今の味です。気持ちの良い梅雨の朝でした。パソコンのショパンのワルツを聞きながらの朝食でした。写真は青い紫陽花です。2016年6月16日。                        

   

   亀の子や 値札甲羅に 乗せており

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題「歴史伝えて〜山法師」


歴史伝えて〜山法師

(コメント)花瑞樹の花が終わって、山法師の花が咲きました。同じ瑞樹科の花です。昨日はワクドキ歩こう会からのお知らせが届きました。高幡不動尊の「紫陽花を振れまくろう」との内容でした、昨日のような暑さでは参加できそうには有りません。高幡不動尊の紫陽花も有名なのです。中央高速道も紫陽花見物でしょうか、渋滞だと交通情報が伝えていたのです。日本列島を上から見れば紫陽花色にどの当たりまで染まっているのでしょう。夏椿も咲き始めです。立葵が鮮やかに咲いているそうです。雨に気ぶって、青や桃色が映えます。今日は真白な花を咲かせる山法師の花の紹介です。名前は聞いた事が有ったのです。高さは10メートルは有ったようです。白い花が飾るのです。花法師の名前は;中央の丸い花穂を四枚の花弁が白い頭巾のようにかぶったお坊さんに見立てた所からきているそうです。比叡山延暦寺のお坊さんになぞられたと言われています。秋には赤い苺のような実を実らせるようです。可愛いですね、秋に成ったら又行ってみたいと思います。幹は灰褐色です。葉は楕円形のようです。少しながっぽくて葉のふちは波打っています。織田信長の比叡山の延暦寺の焼打ち以前から咲いていた山法師だったのでしょう。生まれ変わって美しく比叡山にも咲き誇っている山法師なのでしょう。花は今頃の6から7月頃に開きます。この山法師を見つけた時にはまだ頭巾のように垂れ下がっていませんでした。これから7月一杯に花が頭巾と成って包んで行くのでしょう。幹は粘り気が有り固い事から、木槌や水車の鋼として、古くから器具材として身の回りの物に使われてきたようです。真っ白い山法師の花が愛らしく綺麗に飾っているのです。信長の頃から愛された山法師の花だったのでしょう。歴史を背負った花なのです。友情と花言葉が付けられていて、記念樹としても植えられているのです。東海地方に植えられて行っているようです。見上げていてほっとする気がしました。穏やかに優しく咲いている山法師です。 2016年6月11日。                        

   

   湖に 絵姿写し さつき富士

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題「ザクロの花が咲きました」


ザクロの花が咲きました

(コメント)梅雨です。きょうの湿度計は70パーセントです。これからどんどん湿度は上がるのでしょうか。関東地方は水不足のようです。雨が降り過ぎても降らなくても大変な事に成るのですね。ラジオではニュースは様々です。熊本震災は少しは落ち着いていて良かったです。熊本は西瓜の生産量日本1なのですね。トマトモ美味しいです、クマモンのシールの付いている物を買う様にしているのです。夏の野菜も出て来ていていよいよ夏本番近しです。我が家も収穫が始まっているのです。散歩の道で見つけたのが、ザクロの綺麗な花です。ザクロは、無花果と同ように女性に取っては強い味方です。相当前からジュースにして売られているのです。日本ではザクロの木は有ってもジュースには、カリフォルニアやイラン産を多く輸入しているそうなのです。日本のザクロは加工には難しいのでしょうか、美味しくないのでしょうか、でも花はとても美しいようです。酸っぱいのに何となく引き込まれるザクロです。子供の頃にはザクロを食べたのです。ジュースは無かったようです、無花果は甘くて大好きで食べていました。ザクロもジュースは甘いのです。何と言っても女性ホルモンのエストロゲンを蓄えているのが嬉しいです。西洋医学の進歩によって救われた人達は多い事でしょう。けれど何十年も薬を呑んでいる私が老人が増えていると同時に、病院には病で病院を訪れて薬を山の様に持って帰る人ばかりを見ているのです。医療費にも国は対策に介護福祉に悩む所です。いったん薬を呑み始めると薬は減る事は無く増えるばかりなのです。現実に漢方薬に変更したいと思ってもなかなか無理なのです。多くの薬草を、我が国でも昔から使っていたのです。薬を使わないのが一番です。最近は漢方薬を使う病院も増えて来ています。健康に気を配る事は大切です。歩いている人も多くすれ違います。サプリメントも大流行です。綺麗なザクロの花の咲く道を散歩して、免疫力を付けて今はアロマのクリームや音楽を聞いて癒されている私です。強い見方のザクロジュースでこれからの梅雨の時期や暑い夏を乗りこえようと思っています。2016年6月10日。                

   

   初蛍 声が欲しいか 何故光る

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題「水芭蕉の花に誘われて」


水芭蕉の花に誘われて

(コメント)水芭蕉が咲いていると聞いて久しぶりに夕焼け小焼けのふれあいの里に行ったのです。鶯は何匹いるのかと思いう程に啼いています。谷渡りと言うのでしょうか、泣いているのを初めて聞きました。他にも競争するかのように数知れない鳥が泣いているのです。渡鳥も素晴らしい環境で生き生きしているのでしょう。桜の木にはサクランボウを付けているのです。ポトンポトンと落ちるのです。子供達が植えた田植えも終わったばかりのようでした。早速目的の水芭蕉の咲く池を探さなければいけないのです。何度も来ているのですからどの当たりかは分かるようでした。車いすを押されて行くのです。ザワザワ水の音がしました。見つけたようです。空気も澄んでいて気持ちがいいのです。深呼吸をするのです。友人と尾瀬の水芭蕉を見に行く旅の計画を立てていた事も有ったのです。行けなく成った尾瀬の水芭蕉でした。夏の思い出と言う歌を思い出すのです。今はこの目で水芭蕉を見る事は出来なくても、幾十年も過ぎて思いが叶ったのです。嬉しくて水の音に耳をそばだてるのです。綺麗な流れのようでした。色んな所に水芭蕉の群衆が有るのですね。水芭蕉の池にも行く事が出来たのです。水芭蕉と聞けば「夏の思い出」の歌にも有るように何か恋しい気持に成るのです。5〜6月の頃は束の間ですが咲頃です。水芭蕉の群集の観光地は賑わっているのでしょう。梅雨のさらさら雨に水芭蕉は後少し美しい姿を見せていて欲しいと思うのです。池には波紋も立っていたようです。水の流れる音も気持ち良く森林浴です。暫く水芭蕉の池にいたのです。夏の思い出の歌も歌うのです。写生をするご夫婦でしょうか。仲よく趣味が同じでいいよねと夫と話すのです。森の中でお母さんと女の子でしょう、楽しそうな声も聞こえるのです。水芭蕉に誘われて行って来ました。 2016年6月7日。           

   

   ブレスレット はめてみようか 衣替え

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題「ゆすら梅は〜ルビー色」


ゆすら梅は〜ルビー色

(コメント)白い小花を咲かせたゆすら梅が宝石のルビーのように実りました。小鳥も赤い実の周りにやってくるのです。ジャムを作る事にしたのです。大きなコーヒーの空き瓶に何本も作った事も有ったのでした。今年は二人で忙しい時間を縫って実りを楽しむのです。我が家では今日はゆすら梅ジャム作りの日なのです。どうして忙しい夫は時間を作って私の頼みを聞いてくれたのでしょうか。私は殆ど出来ないのにジャムなんて作るのでしょう。お分かりでしょうか。2人で楽しい思い出の一日にしたいからです。時間は何もしなければただ過ぎていくだけです。ゆすら梅は食べきれません。ゆすら梅酢にしていたのですがジャムを作れる環境が整ったのです。手順の何も分らない夫はゆすら梅をつまんできてくれます。洗ってから先ず揃えるのです。ゆすら梅のジャム作りは今年は暫くぶりです、私がタネを取り除く事にしたのです。車いすに乗った私は、丁寧な夫の作業に「少し手を抜いてもいいわよ」と言うのですが、きっとこれが出来上がりを上等にしてくれるのだとキッチンで楽しい作業の私です。タネを覗いたゆすら梅に水をひたひたに入れるのです。皮も入っています。火にかけて煮ます。木じゃくしでコツコツ混ぜながらです「皮も柔らかく成って又いいよ」と言うのでした。レモンを絞って、砂糖もゆすら梅の液体の8割くらい入れるのです。これからが私の腕の見せ所です。混ぜて混ぜて、木じゃくしを持っている手も熱くなるのです。でも鍋の底にザキザキ音がしてきて、液体が重い感じに成って、トロリとするまで混ぜるのです。いいジャムが出来ますようにと祈りながらです。静かに明日を待つのです。きっと甘いレモンの香りがするゆすら梅ジャムが出来上がっているのです。瓶の熱湯消毒もします。報告です!瓶に透けてゆゆすら梅ジャムが明るく、ルビーカラーに光るのです。大成功でした。 2016年6月5日。     (赤い実を付けた 桜の木の写真です)                    

   

   議論する 男同志に 梅の雨

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題「御接待は〜花束で!」


御接待は〜花束で!

(コメント)さつきが垣根を飾っているようです。さつきの盆栽展も有ったのです。とても、見事だったようです。暑い日が有ったりしましたが今朝は寒いくらいなのです。昨日はリハビリの日だったのです。慌ててセーターを持ち出して着たのです。骨が痛むのでベットの、エアーマットレスを交換したのです。これまで使っていた物よりもふんわりと体を包んでくれるのです。リハビリの時には、リハビリモードにして固くして使うのです。一時期よりは気候も安定して体も落ち着いたようです。リハビリの先生のお子さんの運動会が有ったと言う話題でした。教室で今はお弁当を食べるそうなのですよ。運動場では食べないようです。そんな話をしながらのリハビリでした。リハビリが終わってから、ずっと以前から集めていた「造花」が沢山有るのですが二階に置きっぱなしになっているのです、もう捨てなければと考えていたのです。夫と相談してベットの横に飾る事にしたのです。夫に;ひまわりと百合と薔薇と、紫陽花と朝顔を持ってきてもらったのです。竹の花生けに飾ってもらったのです。不思議ですね。見えていなくてもここにこうして花束が有ると思えば明るく成るのです。時々触れてもみるのです。きっと、リハビリの先生もケアマネさんもヘルパーさんも夫も、家に来られる方は綺麗なあと思ってくれる事でしょう。少しは私に、余裕が出たのでしょうか。私の注文も話し合いながらこうして毎日を助け合い、二人三脚で笑ったり議論もしたり又笑ったり「おやすみなさい」と一日を終えるのです。バドミントンに釣りにと趣味にも楽しんでいる夫です。ベルを押すとヘルパーさんが来てくれる「24時間安心介護」にも入っているのです。夫も少しは安心して出かける事も出来るのです。夜はラジオでプロ野球のナイトゲームを聞くのです。前の家の奥さんとお好み焼きを焼いて食べた事も有ったのです。遥か昔の事です。又2人で食べたいお好み焼きです。奥さんが育てた真っ赤な花の写真で飾りました。2016年6月3日。                

   

   田植えする へっぴり腰に 糸とんぼ

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題「星に願いを〜」


星に願いを〜></div>

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(コメント)七夕の夕べのお誘いが来ました。1年が経つのです。朗読をして下さるのです。昨年は藤沢周平の本でした。自己紹介をしてお話をして美味しい物を頂き楽しい時間を送ったのです。又その七夕の夕べが来るのです。後1カ月は有るのですが準備をして下さる人達は大忙しの事でしょう。他にも私達視覚障害者に点訳をして下さる人、音訳をして下さる人、対面で本を読んで下さる人、公報をCDにして下さる人、運動会やイベントを開催してくれる八王子のNPOもあるのです。八王子市でも協力をしてくれるのです。出かける時にはガイドもしてくれます。日点では数え切れ無い録音図書を聞きました。今は手の平に乗る「リンクポケット」を録音図書からバックアップして聞いているのです。国会図書館からも同様です。北海道から沖縄までどれ位の人が本を読んで下さっているのでしょう。点字の本から始まって、カセットテープから、CDに成って、デージー図書に成ってパソコンに成っているのです。八王子市は福祉に進んでいるのです。私達を含めて障碍者に優しい八王子市なのです。音声パソコンの講習会は東京都の市町村では八王子市だけのようです。サポートをして下さる方々が心を込めて教えて下さるのです。点字図書館でも「ラビット」と言う所で開催しているのですが私の体には遠い新宿区の、日点なのです。歩けた時には拡大鏡を買ったり点字タイプライターを買ったり、様々相談にも乗ってもらったのです。今は私の病院でもロービジョンの器具の販売や相談会もしているのです。こうして沢山の人と出会えたのも音声パソコンの御陰なのです。本を聞いたり、前向きに行動して行くと病の身でも生きがいを見つけて、パソコンを生活の一部分に成っているのです。さあ七夕の夕べにはヘルパーさんも頼みました。ワクドキ歩こう会の皆さんにも久しぶりに会えるのです。夫は運転手さんです。私の体調が一番の注意点です。七夕には何を御願いしましょうか。家事の合間を縫ってイベントを開いて下さるこだまの会の皆さんです。私は何をお返し出来るのでしょう。 2016年6月2日。                

   

   アマリリス 調べは ル〜ル〜ル〜 子守唄

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題「水色の季節〜」


水色の季節〜

(コメント)オバマ大統領が、伊勢志摩のサミットを終えて広島に行きました。じっとラジオを聞いていたのです。印象的だったのは花を捧げて真っ直ぐに向いて目を閉じて黙とうをされて何を考えておられたのでしょうか。その前に被災者の強い要望で資料館も回られたのです。原爆ドームも行かれました。アメリカの国民にも、日本にも世界に向けても心配りの有るメッセージでした。被災者の人とも握手をしました、後一人の人には抱擁をしたのです。パホーマンスでは出来なせんね。オバマ大統領は子供の頃に日本に来ています。夫人のミシェルのお父さんは私と同じ病で、障碍者ですが、ミシェル家族は我が家に似た家族のようです。出版物で読まれた人もおられるのでは無いでしょうか。長い準備は有ったとは言えオバマ大統領の決断が無ければ実行されなかったと思うのです。日本に来る前にはベトナムにも訪問しています。戦争お繰り返してはならないのです。沖縄の慰霊の日も来るのです。;ヒメユリ部隊を知らない世代も多く成ったのでは無いでしょうか。沖縄では島民の四分の一がなくなっているのです。どちらにしろ今回のオバマ大統領の広島訪問は私はオバマ大統領の決断に乾杯です。アレ!と言う間に綺麗な風の吹く6月が来たのです。6月の五月雨がいいですね。潮来の花嫁さんで有名なあやめ祭りですが長い間楽しまれているのです。新聞に写真が掲載されていたようです。紫陽花が町を彩るのです。学校で田植えをするようです。秋には給食にお米のメニューも出るのでしょう。息子が蛙を握って帰って来てビックリさせられた事も有りました。父の日もくるのです、子供達とお父さんに、保育士さんがゲームをします。大奮闘です。笑いが響くのでした。雨降りの時期に成ると想い出すのがペンギンです。南極では人を怖がらなくて近くに来るそうです。過酷な中での子育てです。ペンギンは危なげに歩くのです、水に入ると生き返ったようです。その昔はペンギンは空を飛んでいたそうです。鶏も、クジャクもだそうです。飛ばなくても敵から逃げる事も無く成ったから進化したようです。水族館にも動物園にも人気者です。雨が降れば動物園のペンギンもきっと嬉しいのです。私も同じです。6月のアクアブルーが大好きなのです。ペンギンと遊びに行きませんか。写真は仲良し2匹のペンギンです。仲良しはいいですね。2016年6月1日。            

   

   雲海や 船1隻も 浮かばせず

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題「サソリの星に成った〜夜鷹」


サソリの星に成った〜夜鷹

(コメント)芍薬に薔薇が美しい季節に成りました。緑も一杯木陰が恋しい夏日の此の頃です。渡鳥も様々渡って来ています。宮沢賢治の短篇集に有る「夜鷹の星」を思い出すのです。北浅川には翡翠がいます。翡翠を追いかけて撮っている人に散歩の時に出会いました。翡翠は美しい鳥なのですね。餌は魚だそうです。夜鷹はヘラのような嘴は大きくて、味噌を付けたような顔です。体も斑点が有る灰色だそうです。そして夜に飛んで羽虫を餌にしているのです。心の優しい夜鷹ですが、見た目の醜さで鷹に名前を換えろと苛められるのです。夜鷹は追い詰められて死のうと思うのです。太陽に「焼け死んでもかまいません、連れて行って下さい」と頼むのですが聞き入れてはくれません。月にも星にもです。夜鷹は天に向けて何度も飛び上がりますが天は遠くて高いのです。夜鷹は旅に出ます、兄弟の翡翠と蜂鳥に別れを告げるのです。翡翠や蜂鳥は夜鷹の仲間なのでしょうか。翡翠も蜂鳥もとても綺麗な鳥なのだと聞きますが賢治はどうして夜鷹の兄弟に選んだのでしょう。旅に出た夜鷹は羽虫を食べました。イタチに追いかけられたのです。夜鷹は逃げて井戸に落ちて死んでしまいます。死ぬ時に「イタチに食べられてあげれば良かった、イタチの命が一日伸びたのに」と後悔するのです。そして夜鷹は天に昇って;さそり座に成って何時までも輝いているのです。賢治の妹は幼くして病で死んでいますね。夜鷹は賢治にとっての妹なのでしょうか。色々考えなさいと言われているような「夜鷹の星」です。夜鷹は今夜も羽虫を追っているのです。羽虫を一杯食べてねと思う私です。2016年5月26日。           

   

   庭木切る はさみの音に 青時雨

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題「じゃが芋の花〜」


じゃが芋の花〜

(コメント)夏日がつずいています。北海道が30度だそうです。もうすっかり知床も観光の準備は出来たのでしょう。短い夏ですからね。閉じ込められていた大地も花盛り麦も収穫でしょうか。我が家にも可愛く綺麗なじゃが芋の花が咲いたのです。葉も大きくて菜園は緑が一杯です。写楽苦会のギャラリーにも「じゃが芋の花」が掲載されていましたね。オクラの花は綺麗だそうです。写真に撮りましたがじゃが芋の花も綺麗だと思います。菜園は花盛りです。じゃが芋を植えたのは二度目です。一度目は八王子に越して来た次の年でした。結構収穫出来たと記憶はしているのです。夫の友人がバケツに一杯持ってきてくれたのです。送ってくれた人もいました。収穫はもうすぐです。色んな料理に使いたいとワクワクです。皮はむく必要は無いですものね。田舎で新じゃが芋をごろごろ桶の中で水も入っていたのでしょう、棒の先が十字かTの字に成っていた物でかき回していたのです。面白いので覚えていたのです。酒と醤油くらいで味付けだったのでしょう。それで充分美味しいです。肉じゃがに、ピザに、グラタンに、ポテトサラダに、コロッケに、お味噌汁に、何にでも使えて美味しくて頼もしい食材です。おやつにも、ウインナーソーセイジの代わりにじゃが芋で;じゃがドックが出来るのですよ。チップスは当然ですがカロリーが高そう〜。見渡す限りのじゃが芋の花畑が北海道につずいているのでしょうか。トマトモもうすぐ食べられるのです。今日は23日です。クーラーを入れました。ミネラルウオーターばかり飲んでいると思ったら、部屋の中で27度も有ったのです。猛暑の夏に成るそうです。林檎を入れたポテトサラダとじゃが芋たっぷりのカレーライスで元気を付けなければいけません。暑さに負けて体調を崩すのが何時も9月なのです。危険な夏です。赤いトマトと緑のキュウリ、紺色の茄、黄緑のいんげん、緑のピーマン、創造して下さい私の家の菜園です。今はじゃが芋の花が満開です。菊の鉢は並びました。朝顔も伸びています。パキストキスロピアもです。散歩は日の出と共にです。 2016年5月23日。         

   

   東京都 西多摩用地の 野薔薇かな

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題「瓢箪島に行きませんか?」


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(コメント)夜明けが早く成っています。もう4時半には明るく成っているのです。夏日がつずいています、朝は少し涼しくて羽織るのです。早朝散歩に行くと気持ちがいいでしょうね。甲府では29点9度も上がったそうです。暑い夏が来る前に梅雨が来るのです。バラク・オバマ大統領が広島に行くのです。今アメリカでは今年の11月の大統領選挙に向けての戦いの真っ最中です。日本ではマスコミは大騒ぎ。我が国では選挙権が18歳に引き下げられたのです。参議院選挙はよく考えて大切な1票を投票しましょう。世界に目を向けて若者の1票を無駄にする事の無いようにしましょう。瓢箪島が徳島県に有るそうなのです。覚えている人は何歳に成られるのでしょう。ヒョッコリ・ヒョウタンジマです。楽しみにテレビを見たものです。徳島と聞けば鳴門の渦潮と阿波踊りでしょう。吉野川を含めて500近くの河川が有るそうです。30年近くかかって汚れた川を美しくした人がいるのです。初めは10人から始めた清掃が今は海外からも参加して300人にも成って河を蘇らせたのです。清掃をしているのにゴミを捨てる人もいたそうです。それでも、黙々と清掃です。ゴミを捨て無いでとは言わないそうです。背中を見ていて市民も何時しか賛同したのです。行政に頼っていたのでは本当の街作りは出来無いのだそうです。花も植えます。自分達の街です。緑に浮かんでいる島に注目したそうです。瓢箪の形をしているのです。街作りはどんどん進むのです。今では徳島県民以外にも大勢の観光客が来ているそうです。瓢箪島の30分のクルーザーの船旅です。海から周囲6キロの緑に浮かぶ瓢箪島を見るのです。ここに至るまでには又時間をかけてコツコツとゴミ掃除の時のようにです。船も必要なのです。市民が先頭に立って行政を動かしたのです。上から見なければそうですね、島の形は分らなかったそうです。川も美しく成って、街も花一杯です。そして緑の島が浮かんでいるのです。四国に橋が繋ったのは何十年前に成るのでしょう。瓢箪島に行って私に素晴らしさを教えて下さい。 2016年5月20日    (桜祭りの〜阿波踊りの写真です)。     

   

   鯖寿司や 一族が来て 大広間

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題「紅白・葉ボタン〜蕾を付けました」


紅白・葉ボタン〜蕾を付けました

(コメント)夏場所です。国技館が騒いでいます。幕の内から大声援です。アナウンサーも力が入ります。呼び出しも、行司のグンバイも返ります。満員御礼の中に居るようです。結びの一番、待った無しです。もっと私はラジオに聞きいるのです。初場所は厳かに聞いていたのが何かが違います。窓も開けて鳥も囀り、風も爽やかです。新茶も美味しい狭山茶です。草餅がお供です。そろそろ葛餅も食べたい頃に成りました。お正月に飾った紅白の葉ボタンが、玄関の日当たりの良い場所に有るのです。変身したのです。葉ボタンは以前から知っていた花でしたが、こんなに姿を変えて行くとは想像も付かなかったのです。玄関までの長い道に、父は紅白を交代に植えたのです。でも春の花を植える為でしょう。葉ボタンは捨てられたのです。春を迎えて全く違う花のように姿を美しく変えようとしているのです。買ってきて植えた時には一度根が付くのかと心配もしたのです。お正月には、玄関を明るくしてくれました。大きく成って美しかったので大切にして置いたのが良かったのでしょう。茎を伸ばして行きました。蕾を付けたのです。紅白では随分違いが有りそうですが、花の蕾の色は、淡くて色々有るそうですが、白と言うよりアイボリーの葉ボタンには淡い黄緑色の蕾です。小豆色の葉ボタンは淡い小豆色の蕾のようです。大きく育って勢いよく何処まで伸びるのでしょう。光る5月を迎えたのです。お正月飾りには欠かせませんが、春にも華やかに咲かせてくれるのです。花を満開に咲かせてくれるのが楽しみです。葉ボタンに蕾が良く映えて似合って5月の陽射しに弾んでいるようです。2016年5月18日。       

   

   キツツキが コツコツ電報 青山河

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題「江戸っ子は;菖蒲が〜大好き!」


江戸っ子は;菖蒲が〜大好き!></div>

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(コメント)今年も幾つかの行事を重ねて新茶が出回る頃に成りました。端午の節句も終わりましたが、菖蒲湯に入った人もおられるのでしょう。東京では、銭湯がまだ代々あとを継いで幾つかは有るとは聞いた事が有るのです。銭湯では菖蒲を湯船に浮かべてくれたのでしょう。「菖蒲の節句」と呼ぶそうです。温泉地でも無病息災に、香りも良く菖蒲は薬価効果も有って菖蒲湯にしている所も結構多いそうです。菖蒲の根っこや葉を束ねて湯船に浮かべるだけ。温泉好きの日本人です菖蒲湯の温泉に入れたら嬉しいでしょう。最近は温泉と言うのでしょうか一日楽しめる施設が増えました。高尾山の登山口にも温泉が出来ているようです。私は時々夫と買い物に行くのですが、スーパーマーケットや、花屋さんに、端午の節句近くに成れば菖蒲湯用にして売っているのでしょうか。伝えて行きたい習慣です。昔ながらが何でもいいとは思いませんが出来る事なら生活の節目にも成ります。菖蒲は昨年、昭和記念公園に見に行ったのです。今年も今頃盛りだと思います。菖蒲は江戸っ子が好きな花だったそうです。江戸時代から「歌川広重」が浮世絵に描いていたそうです。今年も何千本も、何万本の菖蒲池が飾っているのでしょう。姿は凛々しさを感じます。この写真の菖蒲は浅川に夫と散歩に行った帰り道で見つけた菖蒲池の菖蒲です。菖蒲湯は、赤ちゃんもアトピーにも良さそうです、リラックスもさせてくれそうです、家族皆で入りたいです。温泉に行く人は菖蒲湯に今も菖蒲が満載だそうです。チェックして旅のプランをどうぞ〜。夏に京都の二条城の池に咲いていたのは、あやめだったのでしょうか。イズレガ・アヤメカ・カキツバタ!と言いますが「菖蒲の節句」にこれからは菖蒲湯に入るのが楽しみです。 2016年5月16日。               

   

   青嵐 木葉も鳥も 大慌て

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題「女王蜂は〜偽アカシヤの蜜がお好みですよ!」


女王蜂は〜偽アカシヤの蜜がお好みですよ!

(コメント)朝の目覚めも早く成りました。ラジオ体操をするには身体が固くて後少ししてからです。Uチューブで出来る時にしなければと想っていますが、車いすで1日に1回はしようとこれも大切なリハビリの一つです。ラジオ体操第1です。看護師さんに言われたのですが、ゆっくりと呼吸をしながらラジオ体操に合せ無いで少なくしなさいとの事です。これは結構疲れるのです。腕はなかなか持ちこたえられないのです。こういう事が筋肉を自然に強くするそうです。鉄棒を難なく自由自在にしていた私は何と年を重ねた事でしょう。そんな事を繰り返しています。そうでした今日は美しい花のお話しでした。アカシアの花をご存じですか。私は聞いた事は有ります。見た事は無かったのです。黄色い花弁を付けて黄金色のシャワーをかけたよな木だそうです。ミモザサラダはここから名付けたとも言われています。旬の、アスパラガスのミモザサラダは綺麗です。この北海道に咲くアカシヤは3月頃に花を咲かせるようです。写真のアカシヤは藤の花のような房を咲かせています。調度今の、5〜6月頃に満開を迎えるのです。白い蝶のような少し長方形をした花弁です。一杯集まって藤の花のような房を作るのです。房で真白なようです。花弁がちらちら散っていました。ここは近所の公園です。桜も葉桜に成って大きな葉っぱを5月の風にユサユサと揺らしているようです。囀りも心を弾ませます。昨年は、花瑞樹を、今年は、偽アカシヤを知りました。アカシヤの蜂蜜は最高級品です、蜂蜜の瓶のラベルにはアカシヤと書かれていますが偽アカシヤの花から採取しているそうです。フランスではデザートにも、日本でもレシピは沢山有るのです。香りもとても良くて、アカシや酒に、天ぷらにもして楽しんでいるようです。大きなトゲを持っていて豆化だそうです。アカシヤには葉の形も色々有るそうです。世界中には千種類のアカシヤが有るそうです。その中の一つがこの写真の偽アカシヤです。 2016年5月15日。          

   

   御所車 絹に行列 賀茂祭り

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題「ヤジキタ〜道中膝栗毛」


ヤジキタ〜道中膝栗毛

(コメント)今月の26日と27日には先進国首脳会議が開催されます。伊勢志摩・サミットです。会場の賢島は英虞湾に浮かぶ最大の島です。伊勢志摩の真珠は世界でも有名です。英虞湾を船で大雨に打たれて木葉のように揺れた思い出が浮かぶのです。私の小学生の修学旅行は今思うとお伊勢さん参りだったとばかり思っていたのですが、賢島の見物を含めてもいたのですね。賢島は海に浮かぶ軽井沢と言われていたそうです。それで、荒れる英虞湾に出たのでしょう、それ所では無かったのです。船酔いをする人は続々でした。でも美しい真珠を見る事は出来たのです。夫婦岩を背にして記念撮影の時には私は笑顔なのです。髪を左右に結わえるように成ったのです。髪を伸ばすのが幼い頃からの夢だったのです。妹は長く伸ばして三つ編みにしてもらっていたのです。私は母に自分で結わえるように成ってからと言われていたのです。母に(コテ)でくるくるカールをしてもらっていました。くるくるカールも嬉しかったのです。6年生で初めて肩の当たりに伸びた髪を自分で結わえたのです。修学旅行の時です。それからは伸ばしたり短くしたり、日本髪も結ったのです。腰まで伸ばしてポニーテールにしていた頃です。家族が出来て初めての鯉のぼりを靡かせてすぐでした。どくたーは私の髪を撫でました。手術の為にバッサリと長い髪を切って、剃髪をするからです。お伊勢さん参りを思う時には「ヤジキタ〜道中膝栗毛」の愉快な旅が走馬灯のように浮かぶのです。嬉しかった初めて伸ばした髪を自慢でもするかのように私が笑顔なのです。夫婦岩の前でのクラス写真です。ミニチュワの夫婦岩を買って帰ったのです。今も思い出の宝箱に有るかも知れません。ヤジロベイとキタハチは今の夫と私です。これからも愉快に旅をつずけて行くのです。 2016年5月11日。    (「ヒョットコばやし」の写真です)     

   

   又泣いた! 5月の空の 愛の歌

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題「若葉・若葉に〜誘われて」


若葉・若葉に〜誘われて

(コメント)久しぶりの浅川です。家から車いすを押してもらって行ったのです。息子が小学校に通った距離です。区域の一番端でしたので遠いのです。暑く成る前にと早く出かけました。長袖のブラウスを着たのですが、もう陽射しは、手首から先を遠慮無くピリピリ焼けつけるのです。スーと時々気持ちの良い風が吹くのです。帽子を飛ばされそうです。浅川の土手に登る近くに成ると森に入り込んだみたいな匂いもするのです。土手に上がる坂道には車いすに乗っていても草が足にからみ付くのです。大きく背丈を伸ばした草を手で触れて引っ張ってみたのですが強くて切れません。何度も引っ張って嬉しくてたまりませんでした。「可愛い草の花だよ」と夫が抓んでくれたのですが萎れてしまったのです。可愛そうな事をしました。以前押し花を趣味にしていた時のようにこれからは花を挟む本を持って行こうと思いました。河川敷には花や野菜を植えているようでした。小鳥も囀ります。幾匹もの声が聞こえるのです。鶯はとても上手です。五月の空に何匹もが歌っているのです。キジも大きな声で驚かされます。美しい姿をしているようです。上手く撮れましたのでここに写真をのせました。アカショウビンの声も、合間に聞こえるのです。他にもそれは賑やかなのです。もっと沢山の鳥の声の聞き訳が出来たらいいなと楽しい音楽隊でした。ウオーキングの人、ジョギングの人、自転車も行きます、リハビリでしょうか、こんにちは!!と挨拶です。ちょっとしたスクランブル交差点を思わせるのです。音高く川の流れる関ではハヤでしょうか釣りもしていました。気持ちがいいでしょうね。ツバメだよと夫です。沢グルミの木は枯れかけていたかと思っていたのですが見事に緑を湛えているようです。野ばらも咲いているのでしょうね。校庭ではサッカーをしている声も聞こえます。テントを張ってキャンプの人もいます。パターゴルフのグループのようでした。それぞれのゴールデンウイークを楽しんでいるのですね。 2016年5月6日。

   

   草笛や 母さんの歌 山超えて

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題「雨上がりの〜サンバ」


雨上がりの〜サンバ

(コメント)昨夜はバタバタと雨戸を叩く強風と雨の音でした。朝も少し残っていた雨ですが、気温はどんどん上がって25度くらいでしょうか。明日は立夏ですからね。夏日です。一日中私は外には出る事も出来ませんでした。紫外線が強くて体に良く無いからです。開け放した窓からはカーテン越しに爽やかな風が吹いてくるのです。増えて行ったミントの葉が、匂うようです。朝一番にポストに朝刊を取りに行った夫に、ミントの葉を数枚ちぎってくれるように頼むのです。庭はプランターにも、植木鉢にも、地下植えにも緑が溢れているのです。ゴールデンウイークは後半ですが、体の調子を狂わせてしまったようです。食欲は有りません。先ずは胃にも優しいミントでお茶の時間です。庭は緑の芽吹きのようです。菜園も芽を出しているようです。昭和の日が、緑の日だったと記憶していたのですが、昭和の日に成ったのですね。4日が緑の日なのですね。すっかり記憶違いしていたのです。銀杏の真ん丸坊主だったのが新芽を出して柔らかそうです。風が、サンバを踊るかのようです。もうすぐリオのオリンピックです。その頃には銀杏も、何処もここも、若葉を超えて夏は盛りです。サワサワお風呂上がりに、シュワーと冷たい飲み物も美味しく成っているのですね。木陰で昼ねでしょうか。パキストロピアが新しい芽を出しています。パキストロピアはブラジル産まれです。オリンピックに向けてアスリート達は猛練習なのでしょう。夢を叶えて欲しいです。マラソンは暑くて大変でしょう。陸上も、水泳も。私は器械体操に応援ですが、聞き始めるとみんな応援してしまいそうです。サッカーもルールはよく知ら無いのですが、サンバのリズムで暑い夏に成りそうです。緑を湛え始めた日本です。これは銀杏の芽吹きです。優しい風が吹く時に森林浴がいいですね。2016年5月4日。

   

   山鳩に 手紙託して 緑の日

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題「風薫る〜5月」


風薫る〜5月

(コメント)アカショウビンが泣きました。ご存じですか。ヒュールールルーと聞こえます。赤い嘴と胴体の青が特徴のようです。姿は見せてくれ無いようです。筍も美味しい季節です、大きな鍋に皮ごと茹でるのです、糠もいれてです。掘りたてはしっとり濡れていて頂き物です。山菜の美味しい頃です。とは言え夫の腕の見せ所です。料理も上手に成ったのです。主夫交換ですからね。感謝して食べています。ヤマメも釣ります、虹鱒もです、6月に成れば鮎釣りです。勿論夫の腕前で美味しく頂くのです。とても食べ切れません、綺麗にして冷凍しておくのです。藤の花も咲き始めています。桜は八重の桜に交代です。初めは10種くらいしか無かった桜だったのがそれが自然交配して百種に成ったのが山桜と言われています。この山桜と人工的にかけ合わせて今は三百種にも成ったそうです。すごいですね。珍しい桜を見つけたのです。三百種も有るのですから私の頭の中の桜には思いも浮かば無い桜なのでした。でも触れられませんでしたが説明してもらいそれは、ポンポンのようです。大きな物は三十センチは有るそうです。八重桜の仲間なのでしょう。列島を桜は飾ったのでしょう。新幹線も北海道に繋がったのです。桜も乗せて行ったのでしょう。雪が降った北海道でしたね。今日のメーデーは夏のような暑さに成りました。桜も大丈夫でしょうか。風は爽やかです。軽やかなつばの大きな帽子に交換です。真っ赤な帽子を思い出します。箱根に行ったのでした。五月でした。第二日曜日は覚えていますか。こんなポンポン可愛い桜は遠い昔には咲か無かったのです。そうです「母の日」です。薔薇の季節なのです、近くのお寺の薔薇が素敵なのです。八重桜も咲いているのでしょうか。山開きもそろそろでしょう。今日は夫は釣りでした。キャンプをする人や、バーベキューを楽しむ人がいたそうです。江の島でも、夏日です半袖で水遊びだそうです。五月の薫風に咲くポンポン桜もいいですね。2016年5月1日。     

   

   鈴蘭や 一輪挿して 薬瓶

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題「すくすく育て〜子供の日」


すくすく育て〜子供の日

(コメント)鯉のぼりが浅川を渡して千匹も色取り取り大きさも様々、風に泳いでいるようです。そばには八重桜が飾るようです。多摩動物公園は何度も行きました。八王子市のお隣の日野市に有るのです。子供の日には賑わうのですが、それ以外にも楽しい動物園です。私はなまけものがおかしかったのです、ぶらぶら木にぶら下がっていたのです。ライオンバスには怖くて乗りませんでした。広大な敷地には、320種、22万点の動物と昆虫と、鳥類が居る国内有数の動物園です。アジア園、アフリカ園、オーストラリア園等ガ有るのです。キリンをスケッチブックに描いた息子でした。もうこれは何回目かの多摩動物園に行った時だったでしょうか。小学生に成っていた頃です。これで動物園に行くのは最後だったのです。キリンがいなければ何か寂しいのが動物園だと思いませんか。長い首は不思議ですね。ゾウの長い鼻も不思議ですね。子猿を抱く母猿は可愛いですね。チーターも、ライオンも、寅も、熊も、ペンギンも、それは数え切れ無い動物と昆虫と鳥類なのです。子供の日に団地サイズの鯉のぼりを靡かせたのは一回だけでした。私が病に侵されてしまったからです。兜もいつ飾ったのでしょうか。柏餅はそれは何回も食べましたよ。そろそろ買って来なければいけません。蒸かしたての柏餅です。粽もです。高年齢者の仲間入りをしたのです、又体調が落ち着いて来たので、デーサービスにも行き始めたのです。月に二回だけですが、親のような人達とも楽しい時間を送るのです。鯉のぼりを作って来たのです。素晴らしい鯉のぼりが出来たようです見えないのが悲しいですね。(勿論ヘルパーさんに手伝ってもらったのです)写真に撮っておこうよと夫も言っているのです。子供の日にも夫婦だけに成りましたが、大きく逞しく鯉のぼりのように育った息子です。キリンを描いた画板は失くしてしまったのです。前を向いて歩いていくだけです。石で作られたパンダと、成長の写真を撮ったのでした。夫と行ってみたい多摩動物公園です。2016年4月29日  

   

   送られて 問えば並木は 花瑞樹

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題「幸せ〜運べるように〜」


幸せ〜運べるように〜

(コメント)山吹の花が咲きました、一重の花です。ちらちら春風に揺れるのです。思い出すのは生まれ故郷に咲いていた山吹の花です。優しく揺れる山吹の写真です。「幸せ運べるように!」の歌は、神戸淡路地震の後で、小学校の音楽の先生が作った歌なのです。東日本大震災でも歌われたそうです。世界中で訳されて歌われているそうです。熊本、大分地震はまだまだ余震に落ち着かない日々でしょう。子供達に怖い思いをさせたく無いですね。明るく成る歌です。ラジオでも流してくれているのでしょうか。家族を亡くし、友達を亡くし、一人ぼっちに成った人もいるのでしょうね。雨が土砂を流すのです。神戸淡路地震では火事が起きましたよね。何もかもが焼けてしまったのです。熊本、大分ではこれからの長くつずく避難の日々に体調を壊す人も多いそうです。熊本県も、大分県も、震災に会った高校生達や中学生達が料理を作ったりしているそうです。自衛隊も行きました。お風呂で無くてもシャワーだけでも勇気が沸くそうです。シャワーに入れてもらった人の言葉でした。車の中で避難している人には、食料も行き届くのでしょうか。余震は少なくは成っているそうですが危険が残っていると専門家は言うのです。壊れてしまう家には危なくて入れません。柔らかい食べ物も御年寄りには差し上げたいです。熱いお湯も欲しいでしょう。なんと幸せだったのでしょう。慣れてしまっていたのです。でも大丈夫、こんな叔父さんの話を聞きました。自転車の修理です。助かっているようです。色々出来る事で手助けしてこの窮地を乗り越えたいです。乗り越えましょう。病を持った人は本当に困ります。何方もが被災者なのです。家族が居るのです。でも町の役場の人達が命がけです。子供達に憩いの場所「漫画本を読める場所」が作られたそうです。絵本もいいですね。縫いぐるみもいいですね。そして;幸せ運べるようにの歌を歌いませんか。2016年4月29日。

  

   ヤドカリの 引っ越し上手 見つめる子

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題「ようこそ~日本へ」


ようこそ~日本へ

(コメント)早い夜明けです。晴れのち曇りのようです。出掛けました。ベトナムの民族衣装を身に付けた人達に会う事が出来たのです。今密かに日本で流行しているベトナム民族衣装なのです。「アオザイ」と呼ばれて世界の花嫁衣裳の一つです。日本でも和服を着るようにベトナムでは花嫁衣装としてのアオザイです。女性が綺麗に見える衣装がアオザイとも言われています。ベトナムに旅行の目的が、アオザイを求めてとも言う人も増減しています。ベトナム語で長い衣装と言う意味です。中国風の長い上着に長ズボンを、組み合わせています。両脇のスリットがウエストまで切り上がるので風にそよいで美しく、体のラインーを細く長くスレンダーに見せてくれるようです。透けている上着はインナーを身に付けています。そんなアオザイは密かに日本でも人気上昇中のようです。オーダーメードで買えるのです。結婚式や二次会にも着て行く人も増えているそうです。このアオザイを着た女性達は観光なのでしょうか。和服を着るようにアオザイも色々有るのでしょうね。文化や、歴史、宗教、風土に合っていたりもするのでしょう。複雑な事は別にしても、エキゾチックな民族衣装を求めて女性は行動的です。アオザイは今人気一杯のようです。和服は何方にも似会って美しく見違えさせてくれるのです。フランス人形のようなドレスは、教会での結婚式には着てみたいようですね。白無垢も素敵です。色んな国の民族衣装に興味が沸きました。もっと日本も和服を身に付ける機械が有るといいですね。成人式や、大学生の卒業式に袴姿です。若い女性が浴衣を着始めています、男性も似合います。色んな場面で着たい日本の民族衣装です。車いすでも和服も着安くリフォームして着ようと思っています。「アオザイ」を着るのは無理でしょうか??? 2016年4月28日。           

   

   野を行けば タンポポの束 置きザられ

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題「写生大会〜赤・白・黄色」


写生大会〜赤・白・黄色

国営昭和記念公園のチューリップ畑です。昨年も行ったチュウリッぷ畑の見物です。今年はヘルパーサント一緒です。ヘルパーさんはバスガイドをしていたのです、だから日本中の綺麗な場所を見て来たと思っていたのですが、そうでも無さそうでした。疲れて休んでいたり、お客さん達で見物をするのだそうです。チュウリップ畑にはびっくりしていたのです。私にいちいち触れさせて説明してくれるのです。赤色が多いそうです。白いチュウリッぷは短冊形に畳の5畳分くらいも有って、モザイクのように成っているようです。黄色がその間を飾るのです。ピンクも有るようです。青い花弁が10枚も有る、背丈は十センチくらいのチュウリップも、黄色も、触れると分厚いのです。写真を撮る人、写生をする仲間の人もいるようです。春の霞空にはヘリコプターが旋回しているのです。風が強かったのです。時々突風が吹くのです。きっとチューリップは風に右に左に揺れていたのでしょう。インフォメーションは、日本語、英語、中国語です。他にも外国から来ていた人もいるようです。きっとこのチューリップ畑には驚いていた事でしょう。縫うように車椅子でも通れるチューリップ畑です。シャーレーポピー畑も風に揺れて風車のようにクルクル回っていて可愛いようでした。お腹もすくのです、御弁当の時間が来たのです。テーブルには色々並びます、分厚いカツサンドもヘルパーさんが持ってきてくれていたのです。大きな口を開けて食べたのです。テーブルの上の物が風で飛んで行きそうでした。チューリップは何種類有るのでしょうか、昨年は聞いて知っていたのですが今年は又多く成っていそうです。やはり公園内のバスも走ります。チューリップには大きさも様々、模様も付いているようです。広大な敷地に色取り取りりの球根を植えて行くのです。見事に誇らしく咲いたのです。コーヒータイムもしてゆっくりと回って来たチューリップ畑でした。木漏れ日の里には鯉のぼりも泳いでいる頃でしょう。バタバタ風に勢いよく泳ぐ鯉のぼりです。又来年も元気で行きたいチューリップ畑です。2016年4月25日

     

   何時しかに 八重の桜と 成りにけり

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題「桃の花の咲く頃は〜セピア色」


桃の花の咲く頃は〜セピア色

(コメント)四月は小学校の遠足が有るようです。一年生は歩いて行くようですよ。もう幼稚園の時のようにお母さんは一緒では無いのです。お友達は出来たのでしょうか。おやつを買いに行く友達もいるのでしょうか。バナナも、チョコレートも、卵焼きも遠い昔は楽しみだったのです。チョコレートは溶けてしまうのですよね。電車に乗って行ったのです。貸切電車です。これは私達の頃でした。席に座れ無い子もいるのです。立っていても平気な子もいるのです。大騒ぎです。私は座ったのでしょうか、押しのけられて席を取れなかった気もしますが友達と話をしていたら楽しいのです。有田君とゆう子ちゃんと私が仲良しでした。有田君は足が少しだけ歩きにくいのでした。今思うと小児麻痺だったのかも知れません。でも何時も私の席の隣が有田君なのです。何でも出来るのですよ。叔母さんが何時も付いて来ていましたから私と母と叔母さんも仲良しだったのです。ゆう子ちゃんは小学校の大きな門の有る隣の、公団住宅に住んでいたのです。幼稚園は学校の隣に有りましたから、幼稚園で遊ぶ時は、ゆう子ちゃんの近くの抜け穴から入って行くのです。内緒です。星先生と帰る時には幼稚園の門から帰りましたよ。叔父さんは布地の会社にいたようでした、何時も遊びに行くと綺麗なハギレを頂くのです。ゆう子ちゃんはとてもおしゃまなのです。遠足でも写真に写る時にも首をかしげているのです。私は真っ直ぐに向いて、怒ったような顔をしているのです。でも仲良しでした。紙芝居も二人で見たのです。三年生で引っ越しをしたのですがずっと友達です。私は絵を描くのが好きでしたから、社会や、理科や、音楽の本は大好きでした。今と違ってみんな絵で描いて有るのです。その絵を学校のノートに色鉛筆で描くのです。先生はドンドンノートに絵を描いて行くのに、大きな花丸を付けてくれたのです。それから家で学校ごっこをするのです。大きな声で国語の本を読むのです。でも学校では先生に当てられても読め無かったのです。そんな時にも先生は又当ててくれるのです。そして叱ら無いのです。優しく「いいですよ」と頭を撫でてくれるのです。私は先生に悪いので早く本が家で読んでいるように読みたいな、と思うのですが声が出無いのです。どれくらいつずいたのでしょうか、そんな事が有ったのです。先生はお母さんにも言いつけたりしないのです。だから母は何も知らなかったのです。どうしたのかハイ!と言って読めたのです。一生忘れ無い私の大好きな先生です。セピア色の写真には、有田君と、ゆう子ちゃんと私が、そして先生が写っているのです。見え無く成ってもはっきりと見えるように覚えているのです。桃の花の咲く頃です。2016年4月22日。

     

   竹藪の 小鳥騒がし 山笑う

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題「エール〜」


エール〜

(コメント)14日の夜中でした。眠れなくてウトウトしていましたがラジオを付けたのです。NHKの深夜便を聞こうとしたからです。所がそこに聞こえて来たのが「熊本県地震の震度七」と言うでは無いですか。ビックリです。東京では特に、5年前からの余震も含めて本来からの地震の多さにベットに居ても、車椅子に居ても「揺れてるね〜少し大きいね」くらいで慣れっこに成っていたのです。所が場所が九州です。西のほうです、それに震度が七と言うのです。朝の話題は勿論熊本地震です。私はラジオの情報を聞き逃せません。刻々発表される震度になんとも言う言葉は有りません。そして大分にも広がる16日に七点三と言う震度でした。余震を含めて、その数は五百にも成ると言うのです。想像も付かない恐怖です。でも避難している人達で掃除をしたり、勇気つけ合い、励まし合い援助を受けながら頑張っているのです。友達に大分県から来ている人がいたのです、早速メールをしたのです。何とか人的被害は免れたようです。知り合いもいるのです。こんな時に考えるのは私達障碍者の事です。病院も患者さんを入院させていられないとの事です。(首都直下地震も起こるのです、多摩立川巨大トラフです。熊本地震にも並ぶのです。火災も起こると言われているのです。)飲み水のペットボトルが他県から送られます。食べ物もです。ブルーシートも足りません、毛布もです。アレルギーのこの為に特別の食べ物もです。国中が大忙しです。雨が降って土砂災害に注意で。記憶の新しい、東日本震災に、神戸淡路震災からのノーハウは少し生かされてはいないようでも有りました。新潟県上越震災もです。桜前線が本州の北に達したのでしょうか。ゴールデンウイークが来るのです。尾瀬も美しく成るのです。北海道も嬉しい春を迎えるのです。アカシアも咲き、浜茄子も咲いたのでしょうか。春スキーを楽しむ人もいるそうです。関東の人は大体、家具、本棚、ぎっしりと倒れ無いように壁や天井に取り付けています。テレビ、等も体の近くに置かないとか、私は薬を余分に持っていますが自分で出来るのかが不安です。色々有る筈ですが富士山も噴火の注意です。噴火時の地図も静岡県では出来たそうです。山梨県はどうでしょうか。活火山で無いと教えられた火山が今噴火を起こしているのです。日本中が花で彩られて行くのです。天災にはお手上げなのでしょう。花達は知らん顔なのでしょうか。大丈夫と包んでくれてもいるようです。エールもくれているのです。菜の花畑と、桜に、青空の写真を乗せました。 2016年4月18日。

          

   諏訪大社 立ち寄って来て 春の宵

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題「椋鳥と;長閑な春の日〜」


椋鳥と;長閑な春の日〜

(コメント)突然曇ってきたのです。みるみる近く成って来たのです、雷です、ドカンと大きな音で一つ落ちました。サーと雨が引いて行きました。もしかしたら七色の虹が出ていたかも知れないのです。飛ばされそうな風が吹いたりもするのです。私のベットは南向きです。リハビリの先生は何時も「温かですね」と言うのでした。天井近くから垂れているレースのカーテンは真白なのです。少し右下に斜めの形の模様が綺麗なのです。1週間に一度は洗濯をしていたのでした。洗ったら薄いのりを付けて、そのままカーテンレールにかけるのです。するとしわも無く乾くのです。今は真白かなと少し気になるのです。先生とは色々話すのです。お子さんの事、古里の事、病気の事、趣味の事、その間に「そうそう、いいですよ」と励まされて、痛く無い先生の魔法のような手で、お話しもでしょうか、ベットの上で大喜びする先生と患者なのです。ちりも積もれば・・・でしょうね。腰が全然上に上がらなかったのが魔法の言葉、「そうそういいですよ」にほんの何センチか、ベットの上で上がるようになったのです。もうお昼を回りました。散歩です。黄色い嘴は、椋鳥でしょう。数羽いるようでしたが長閑な春の午後に草を啄むのでしょう、空には春の鳥達が歌います。勿論鶯もですが、まだ上手では無いようです。私の家の前でも泣くのです。耳を澄まして聞くのです。野原には、踊り子草、タンポポ、草達が一杯です。俳句の世界では4月は晩秋です。五月に成れば初夏に成るのです。こんな長閑な春の午後には蝶も舞います。虻もブンブン飛ぶのです。ユラユラ揺れる、小手まりにブランコのように乗っていたのを覚えているのです。春風はみんなを揺らすのですね。最近はカメラを持って行くのを忘れ無いように成りました。春は特に撮りたい物が溢れます。見えたらいいなあと思うのです。でも夫に説明してもらうのです。だから何処にでも行くのです。でもワクドキ歩こう会も今月は私には遠くて欠席です。電車で20分あれば行けるのです。欲張りはいけませんね。こちら向きの椋鳥を写真に撮りました。でも太陽はみんなに温かい陽射しをくれます。椋鳥は雀の仲間だそうです。ビックリしました。雀の仲間は本当に多いのですね。椋鳥は我が家にも群れを作ってピラカンサの実を目指して飛んで来ていたのです。そして、ザーと飛んで行ってしまうのです。柔らかな春の草を啄む椋鳥が春を一杯長閑に満喫していたのです。 2016年4月16日。

    

   残酷に 風の粗さよ 四月来る

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題「匂やかに桜」


匂やかに桜

(コメント)4月も半ばです。花盛りです。鳥がさえずります。鶯も上手に歌います。桜色が飾るのです。春雨が降るのです、音も無く降るのです。夜にも降るのです。昨夜も降ったようです、温かい朝です。木の芽が芽吹きます。菜園のぼこぼこした土には、苗を植えるのです。今年はやはりトマトに、いんげん、ピーマン、茄、キューり、そうそう;ジャガイモもタネ芋を植えてくれたようです。小松菜は花を咲かせてちりちり散って行きました。紫色の花を付けたのは、花大根でしょうか。パソコンの学習会に行った帰りに綾南公園に立ち寄ったのです。行こう行こうと思っていて行け無かったお花見でした。具合良く車いす用の駐車場に入れてもらったのです。桜の花弁が舞いかけているようです。膝の上に上着を広げて散る桜を受けてみました。微風が吹くと桜の花弁は、ヒラヒラ散るようです。桜祭りを開催していたのです。出し物も出ているのでした。笛に、太鼓に、鐘が、獅子舞も桜祭りを祝って賑やかに聞こえるのです。桜の花を満喫して、桜にさようなら・・・綺麗に咲いてくれて有難う!と言うようです。桜にも種類がそれは沢山有るのです。綾南公園は手入れが行き届いているようです。桜の木の下でお弁当を開く家族も楽しんでいるようです。お花見弁当に桜の花弁が舞い落ちるのでしょう。いいですね。上野の桜も最近は外国人にも人気だそうです。ワシントンの桜は日本よりも早く咲くらしいのです。木の下で御弁当は食べ無いようですよ。落語の「長屋の花見」を想い出します。江戸時代から長く楽しまれる花見です。寒い冬が明けて桜を待つのです。山桜が初めだったとも聞きますが、山桜もいいですね。今は何千本、何万本も植えている桜です。桜の木の下には桜のジュータンが出来ているようです。川には桜の花弁が浮かんでいるのです、ハナイカダですね。素敵ですね。桜の花弁が筏のように並んで流れて行くのです。桜には笑い声と笑顔が似合うのです。桜は春の道先案内です。桜餅を食べましたか〜とろけそうな桜餅を食べました。お菓子作りが大好きな私は、手作りで道明寺粉を使って桜餅を作っていたのです。大阪の;道明寺さんの道明寺粉です。今年は久し振りに道明寺粉の桜餅を、宅配ですが(とろけましたよ)桜と・桜餅で、心も桜に包まれました。 2016年4月14日。

      

   地平線 天突きぬいて 潮干狩り

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題「春風に誘われて#zoo!」


春風に誘われて#zoo!

(コメント)今年初めてワクドキ歩こう会に参加したのです。晴れますようにと願うのです。体長を壊さないようにと注意です。お天気も良く、歩く人には絶好です。私もワクワク参加です。羽村市の触れあい動物園です。歩いて来る人は八王子の駅に集合して八高線の駅から歩いて動物園に来るのです。私は動物園に直行するのです。羽村の動物園は福生に居た頃に度々行ったのです。懐かしい動物園です。小さな動物がいたのでしたが、さて今はどうなっているのかが楽しみでした。携帯でリーダーと連絡です。歩いてくる人はゆっくりと、道に咲く花を説明してもらったりして、もう20分くらい待って下さいとの事です。その間に私達は写真撮影です。動物達が増えていたのです。子供達も大勢来ているのです。広い原っぱでは、羽村太鼓が、話し声を消すかのように響くのです。ここには「れっさーパンダ」の写真をのせました。人気が有りましたよ。くるくる回って写真に撮るのが難しいのです。子供達は動物の前でお話をしているのです。ホットする春の日ですね。リーダーも、ハイエナに餌をあげたそうです。縞模様のハイエナと縞の無いハイエナがいたそうです。お猿にも手長猿や何種類もいたようです。子供達がペンギンに餌をあげているのです、リーダーが「餌をあげないの?と」聞いてくれたのですがあげませんでした、子供達が楽しそうに大騒ぎだったからです。魚が餌のようでした。片足立ちのフラミンゴも居てピンク色で綺麗なバレリーナだったのでしょうね。ハイエナ、これにはびっくりしましたがヘルパーさんに説明してもらうと犬のように可愛いようです。キリンもいました。車の中から見えたとヘルパーさんが楽しみにしていたのです。以前は原っぱに、ラクダがいたのです。お昼にはわかめが溢れて、甘い油揚げの入ったそばを買って食べたのです。御弁当も持って行っていたのですよ。いい香りに誘われてしまいました。それから自己紹介です。原っぱで集まって、顔見知りの人も声をかけてくれるのです。子供達に太鼓を叩かせてあげているようでした。私も叩きたかったのです。春の空に響くように。行列で、;モルモットと、ひよこに触れられるのでしたが、一度諦めていたのですが、やはり並んで、ひよこに触れてきました。黒いひよこもいましたよ。ピヨ〜ピヨ泣いて触れると少し可愛そうに成ったのです。楽しい春の一日!動物園でした。 2016年4月4日。

        

   花冷えや ドボンと湯船 昼間時

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題「グッド・バイ〜マイ〜ラブ〜」


グッド・バイ〜マイ〜ラブ〜

(コメント)今日は花冷えです。冷えています。待っていた桜の開花です。あちらにもこちらにも桜の便りが届くのです。桜と一緒に旅に行きたいですね。行けずままに河津桜は終わっていたようです。コブシに、菜の花、チュウリッぷ、パンジー、ハナミズキが咲いているのでしょう。河津桜の場所に咲くのです。雪柳が春風に揺れて真っ盛りのようです。初恋の頃を覚えていますか。雪柳のように、カスミソウのように、小手まりのように、心をくすぐる思い出です。日曜日には部屋の掃除をして、明日の学校の準備をするのです。ラジオを聞くのでした、;初恋に宜しく;と言う歌が流れていたのです。中学校は電車に乗って行くのです。乗り換えも有ってぎゅうぎゅう詰めなのです。それから学校まで歩いて遠いのです。初恋は今思うとその頃だったのでしょうか。恋とも言え無いような気もします。雪柳のように揺れて白くて、恥らって無口で、見て見てと言っている真白な雪柳です。仲良しの友達は6人でした。部活はそれぞれ違うのです。三つの小学校から集まった中学校です、新しい友達が集まったのです。みんなは;あの子がいいなあとか言うのです。私は恋ってよく知らなかったのです。友達も恋に恋していた頃なのでしょうね。春風に揺れる真白な雪柳が咲く頃にはそんな事を思うのです。無邪気な頃でした。お昼の休みには学年全体でホークダンスをするのでした。男子は恥ずかしがるのです。でもきちんと輪を作って踊るのですよ。淀川が流れる近くの中学校です。何て可愛い中学生だったのでしょう。本当に雪柳が微笑んでいるような思い出の春です。大切にしたい、グッド・バイ〜バイ;ラブ!!!です。 2016年4月4日。    

   波受けて 足遊ばせて 春の海

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題「枝垂れ桜と#春風の校庭と!」


枝垂れ桜と#春風の校庭と!

(コメント)4月に成りました。春も真っ盛りです、桜の頼りも届くのです。列島はこれから桜色です。秋田県では梅の花が咲いたそうです。新幹線も函館まで開通しましたね。札幌も雪どけです。甲子園も優勝戦は大拍手です、手を真っ赤にして応援でした。一打一球に興奮したのです。もう甲子園の桜も満開でしょうか。春休みはドキドキですね、お兄さんに成る子、お姉さんに成る子、学年が一つ進むのです。一年生を迎えて歓迎会です。枝垂れ桜が春風に似合うのです。大欅の木はシンボルなのです。見守ってくれている大欅です。思いっきり春を楽しんでいる花も子供達もです。大声が聞こえます。笑い声が聞こえます。枝垂れ桜は優しく揺れるのです。入学式は昨日だったのでしょう。成長を喜ぶ親御さんも桜色に染まるのでしょう。ランドセルはどんな色にしたのでしょうか。ぴかぴかの一年生です。大欅も、サッカーを楽しむお兄さん達も、枝垂れ桜も優しく迎えてくれるのです。浅川の春はカメラを持っている人、ジョギングの人、ウオーキングの人、春の空、春の鳥達、花達、土手の桜、川の流れる音、野の花も抓むのです、甲子園を目指して、少年野球場も賑やかです。サッカー場も賑やかです。きっと春のフワフワ雲が浮かんでいるのでしょう。私は付き添いに行ってあげられ無かったのです。行けなかったのです。入学式を飾った枝垂れ桜と、校庭の大欅の木だったのでしょう。少し緊張していた息子だったのでしょう。大丈夫成長しましたよ。「お帰りなさい〜」と迎えてあげたら子供は大丈夫。ランドセルが駈けてくるのです。友達と遊んで、お腹を減らして、本も大好き、工作も大好き、漫画も描くのです、怪獣も大好き、そして友達が大好きですね。そんな桜の季節が来たのです。 2016年4月2日。          

   富士の山 霞かかって 遠眼鏡

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題「「ありがとう〜さようなら!!みんな!!みんな!!」


ありがとう〜さようなら!!みんな!!みんな!!

(コメント)今日は昨日の雨が空気を綺麗にしてくれたような春日和です。家の中に閉じこもってはいられません。少し影は寒いようですが春が来ました。多摩川の、柳の木が黄緑に芽吹いてこの風に枝を揺らしている姿が浮かぶのです。若鮎もキラキラ光って上に上にと登って行くのでしょう。6月の解禁を待って吊り橋の上から覗く人達がいる頃でしょうか。私の家の庭にも、花を付け始めたクンシランを日当たりの良い場所に出してくれたのです。水仙も仲間を増やしているようです、手の平でツンツン触れるのです。菜園も。準備です。カゼカゼフクナと本当に春風を連れて来るようです。昨日はこの区域の小学校の卒業式だったのです。付き添いの親御さん達の着物も、ドレスも、子供達の晴れ舞台にはやはり晴天がいいですね。お母さん達の感激の涙雨だったのでしょうか。息子の時にも雨でした。胸を張って講堂に響く大きな声で;ハイ;と卒業賞状を頂くのです。一年生に成った時には;お母さん〜友達が出来たよ!と嬉しそうでした。浅川で釣りもしました。友達と遠くにも行きました。夏休みも冬休みも、春休みも、真っ黒に成って遊んだり、お泊りごっこも、数え切れません。誕生日会もしました。遠足に行きました。運動会も、大欅の見ている運動場で、万国旗も、弾む音楽も流れます。チュウリップも育てました。修学旅行は日光でしたね。中学校は好きな学校に今は行けるそうなのです。遠くに離れてしまう友達もいるのです。雨ですから長い廊下を歩いてくる子供達に花吹雪で;おめでとうです。ランドセルも背中に小さく成って大きく成長したのですね。中学生です。思い出が一杯です。先生にも友達にも、さようならですね。そして、ありがとうですね。嬉しい嬉しい卒業です。さようならは旅立ちです。握手をしてありがとうです。みんなレッツゴー!!!2016年3月24日。     

   針山の 母の黒髪 温かし

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題「春爛漫」


春爛漫

(コメント)春の高校野球が始まりました。甲子園です。これから手に汗握る試合中継が楽しみです。今年は温かいのでしょうか。春分の日です。お中日ですね。多摩地方では お墓参りに車は渋滞の陣馬街道です。多摩霊園の有る高尾の当たりも大変でしょう。阪神地方でも桜の開花でしょうか。春休みにはまだ甲子園の浜っ風が冷たかったのですが、時間が何かを変えてしまうのでしょうか。今朝は春霞の八王子です。窓からは陽射しが頬を温めるのです。風邪を引いていましたので体力を少し無くしているのです。お腹が一杯に成るくらいに薬を呑むのですから、副作用もでるのです。地震や災害に備えて薬もドクターから余分に頂いているのです。春の一日は変化にとぶのです。昨日咲いていなかった花も今日は咲くのですね。緑も豊かに成るのです。でも桜の頃に、寒く成るのです。桜の見所は数々ですが、川にせり出している桜の枝の大木に咲く桜の花は今もよく覚えているのです。美しい枝っぷりでした。寒い中でお花見です。ぼんぼりを付けて桜の下で夜桜見物する人達がもうソワソワでしょう。綾南公園には何本の桜が咲くのでしょうか。見事なのですよ。武蔵野御陵を見守る公園です。御陵の中にも桜が美しく咲くのでしょう。城跡にも三千本の桜です。富士森公園にもです。何処の道にも咲くようです。病院の前の国立通りにも汀うのです。桜色の列島です。花盛りの春です。長閑に野だてを楽しんでおられたのです。春だからですね。美味しいお菓子も揃えます。お薄に、お濃茶、お作法何か気にしないで頂くのがいいですね。春の訪れを楽しむのです。カラフルな、干菓子に、甘い鶯餅、桜餅、草餅、車椅子でも頂けるのですよ。春爛漫です。たまには和服も着たいですね。箪笥に眠っている私の和服です。今はスーパーでお抹茶も売られています。気軽に庭でも、山に登ってサラサラ立てて飲む人もいるそうですよ。今日はボた餅をお供にいいですね。2016年3月20日。              

   彼岸会や 頭下げ差す 白木蓮

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題「高尾梅郷;春を飾って並木道!」


高尾梅郷;春を飾って並木道!

(コメント)今朝は春雨です。13日に行って来ました、高尾梅郷祭りは、小仏関所と、関所梅林と、旧甲州街道沿いを含む6か所の梅林で開催されました。約4、5kmに渡って梅林で約一万本の紅白の梅が咲き誇るのです。露店も出ます。遊歩道も有って見事な奥高尾の高尾梅郷祭りの紅梅の並木と林です。春を探すのには梅が道案内をしてくれるのです。始めて行った高尾梅郷祭りでしたが、それは梅の世界に来たようで圧巻です。白梅の数が多いとの事でした。ここにのせた写真は紅梅の並木です。何本有るのでしょうか大並木のようです。梅の木を想像していたらとんでも無い梅の木の並木です。香りが包むのです。所によって梅林も色々でしょうけれど、高尾梅郷は自慢が出来る私なのです。1965年に点在していた梅林を観光課する為整えられて今のように素晴らしい高尾梅郷と成ったのです。もう少し早くに行ってみたかったと思うのです。私の街は、四季折々に楽しませてくれるのです。それは素晴らしい風景なのです。ハイキングにも行きました、陣馬山にも高尾山にも、登ったのでした。桜も綾南公園に咲くのです。高尾梅郷祭りは香りが一杯でしたから今回行けて良かったです。春は本番です。ラジコを聞くのです。沖縄の三振も聞こえます。コバルトブルーの海に珊瑚礁も浮かぶのです。北国ではまだラジコでは梅の便りは聞いていませんが、耳を澄ましてみましょう。日本中には、行ってみたい場所が一杯です。居ながらにして季節の旅が出来るのです。北は冬がベールをはがして雪解けです。さて今日はラジコでどこの春を楽しみましょうか。奥高尾には春を告げてくれる珍しい花も咲くそうです、ルートも数々有るのです。梅の花が終わって芳しい梅が実るのです。又一つ私の街に宝物を見つけたのです。 2016年3月19日。       

   春の日に 小ゾウ乗せてる 渡し船

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題「ヌクヌク陽射しにあくびして・銀杏!!」


ヌクヌク陽射しにあくびして・銀杏!!

(コメント)春が来ました。待ちに待っていた春です。陽射しも、風も、空気も、鳥も歌うのです。家に居る青ガエルはもう目覚めているのでしょう。お隣の猫のユキちゃんは17歳ですから、お年寄りなのです。何処かの猫がお誘いにも来ないみたいですよ。動物も、昆虫も、花も、何か嬉しそうです、弾んでいるみたいです。春の温かさがそうさせるのでしょう。水も温んでホットするのです。そうそう眠気も誘うのです。春雨が生き物達を伸びやかにするのです。今年は雨は沢山降るのでしょうか。菜種梅雨に成ると寒いのです。新一年生達には長雨に成らないようにして欲しいですね。希望に燃えた一年生です。銀杏の木は化石が残っていて恐竜時代よりももっと古くから生き残っているのだそうですよ。恐竜は子供達に人気です。春休みが来るのです。見学に行く子供達も多いそうです。20万年くらい前にアフリカで類人猿から分かれた、人間の生きた時間なんてほんの少しの時間に過ぎない気がします。大きな話ですね。でも宇宙は銀河は私達人類に夢を希望をくれるのです。星を見ているとちっぽけな事を忘れさせてくれた事も有るのです。人によってちっぽけさは違うのです。でも心の中は広くて大宇宙の大きさとは変わらない気もするのです。不思議です。持ちきれ無い荷物を背負って人間は心を壊してしまうのです。人間だからですね。傷がつくのです。薬ではどうにもならない事も有るのです。たまたま人間に成ったのですから愛情を知っているのですから、助け合い、いたわり合い、慰め合い生きて行きたいですね。どうしてでしょうか、貧しさが戦争を起こすのです。銀杏のように、恐竜のように、いつ人間も化石に成るのでしょうか。何かを問われているかのような緑の葉を萌え上がらせる準備の銀杏です。 2016年3月18日。           

   桃の花 描き差して有る 画室かな

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題「白い旅立ち」


白い旅立ち

(コメント)白梅が満開です。そして旅立ちの季節が来たのです。鶯が泣いたそうです、長野県で初音を聞いたそうです。卒業の歌もラジオから流れるのです。どのグループももう少ししたら桜の歌を歌うのです。嬉しい春が来たのです。此の今は満開の真白な梅の花が散ってしまうのです。春風にです、梅には温か過ぎるのでしょうか。今日は彼岸の入りです。温かい彼岸の入りに成るようです。いよいよ春本番ですね。春分の日には桜が開花すると、お天気お姉さんが嬉しい予報を言うのです。東京は桜の満開は29日頃だそうですよ。やはり入学式には桜は満開だったのです。大学に、就職に決まった人は故郷に残る人、見知らぬ初めての地方に行く人、様々です。卒業旅行をした人もいるのでしょうね。親しんだ土地や友達との別れは寂しいですね。でも新しい夢に向かって旅立ちなのです。白梅が少し寂しい別れを静かに見守っていてくれているようです。バトンタッチするかのように桜開花の宣言が発表されたのです。今日は気温がグングン上がるようです。満開の白梅は約目を終えたかのように散って行くのでしょう。白梅は香りがいいのですよ。だから誘われて行ってしまうのです。枝を少しだけポキンと悪い事ですね、「梅泥坊」した事が有りました。ほんの少しだけです、でも鼻を近くに寄せると甘い香りがしたのです、そして小さな花は小刻みに震えて笑っているかのようでした。昔昔の事です。浅川の土手に行けば初音が聞けそうです。楽しみです。カメラを持った人が沢山双眼鏡を覗いているそうです、春の鳥を探しているのですね。上手に鶯が泣いてくれるのはいつなのでしょうか。その頃には、真白な梅の花はもう散っているのです。明日は夜には雨が降って寒くなるようです。行きつ戻りつ、でも確実に春が来ているのです。旅立ちの春です。 2016年3月17日。      

   智恵子像 アダムとイブの 蝶が舞う

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題「梅祭りが呼んでいる・紅梅」


梅祭りが呼んでいる・紅梅

(コメント)明るい光が差し始めたかと思えば、寒い春を引き戻すのです。こんな調子では、桜は満開に成るのはいつの事に成るのでしょうか。今年は開花は早いと聞きましたが、入学式には満開だったと記憶が有るのです。温かく成って膨らんでいる桜の蕾を爆発させるのでしょう。まだ雪の予報を聞くのです。北の大地では雪が残っていてそれも何メートルもだそうです。春の観光に備えての雪を取り除く準備が始まっているそうです。中国から渡って来た梅が日本でこんなに大切にされるのです。春を呼ぶのが梅の花です。桜より先に楽しまれるのが梅の花だったそうです。梅に鶯と言っても鶯はまだのようですね。後一歩です。梅の木を植えておられるお宅も多いのです。我が家にも白梅が有ったのです。スーパーに行く道にも白梅も、紅梅も植えられているのでした。行かなくなった小道ですが、今も市の職員に寄って美しく手入れをされているのでしょう。歩いて行った時も有ったのです。色んな花が咲くのです。ベンチも有って川も流れているのです。ここに写っているのは、奥高尾の梅林で開催された梅祭りの会場の紅梅です。奥高尾は少し寒いのでしょう、まだ梅が盛りのようです。手は冷たくて、雨も降ってすっきりしないお天気ばかりです。何とかこの梅祭りには雨は降りませんでしたが、寒い日です。梅は冷たい風にも耐えられるのでしょう。ピリンとした空気に似合う気がします。梅が美しく咲いている高尾梅林です。川津桜はもう開いたのでしょうか。今度近くの公園に植えて有る河津桜を見物に行ってみようと思います。梅も、花が他にも咲いているのでしょう。 2016年3月15日 。    

   冴え返る 音流れ来て あずさ号

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題「菫の花咲く頃・・・・!」


菫の花咲く頃・・・・!

(コメント)昨日は4月の気温だったそうです。窓を全開にしたのです。自然の芳香剤です、沈丁花の香りが部屋の中に流れ込んでくるのです。歯医者さんでも沈丁花の香りです。家に帰るとピンポンと鳴ります、何方ですか、宅配便でした。「送るわね」と言っていた友人からのプレゼントだったのです。色違いのお揃いのパーカーだったのです。アクアブルーの優しい、春カラーでした。いいよ似合うよと夫です。感激でした。音声パソコンを学習してからは、昔からの友人ともお付き合いが出来るのです。ピチピチ跳ねていた頃からの友人です。今年初めて見つけた菫の花の写真をお返しに送る事に決めたのです。彼女はそれに菫の花のようです。か弱く風に倒れそうですが、見た目は可憐そのもの、倒れる事は無いのです。みんなに好かれる菫です。菫の花には色々種類が有るそうですね。私の家にも毎年咲いてくれるのですが今年はまだのようです。本当に小さな小川には、タンポポ、つくし、レンゲソウ、そして菫の花が咲いたのです。つい何十年かの前の事です。タンポポは外来種が大きく咲くのですね。道草食って、お土産は、タンポポにレンゲソウ、菫の花でした。一念坊主の頃です。今はお母さんが家におられない事も有り、子供達も忙しいのです。道草なんかしないのでしょうね。菫の花が咲く頃には思い出一杯です。ラジオのリスナーも、春の話をします。菜園の畑起こしをしていると、百舌鳥が飛んで来て、ホコホコ土から出てくる虫を狙っているから、投げてあげたとか、写真に撮ったとか春なのですね。魚市場でも、カラフルです、桜鯛、鰆、めばる、白魚、桜エビ、今年は北海道で鰊が産卵するらしく大漁だそうです、今が旬だそうですから新鮮な鰊はおつくりでも食べられるそうですよ。鰊御殿も小樽に資料館として有るそうです。ドンドン春の足音です。可憐な菫の花と春の色コレクションです。 2016年3月9日。  

   2人して つくしつみする 嬉さよ

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題「春の芽生え」


春の芽生え

(コメント)三月は蠢く季節です。雪残る渓流では、ヤマメ釣りの解禁日です。昨日は温かい日でした。大きなスーパーが出来たので私も初めて連れて行ってもらったのです。ヤマメ釣りの餌にする、イクラを沢山買ったのです。季節の物も並んでいるようでした。伊予柑、蛤、金目鯛、説明してもらって広い売り場を回ったのです。帰りに見つけたのがこの写真の葉ボタンが幾つか並んでいる所に、梅が咲いているのです。葉ボタンはお正月の為に植えたのでしょうか。春まで咲くと聞いていたのです。我が家も葉ボタンが大きく育っています。梅は高尾梅林に綺麗に咲いているそうです。今日は私は留守番です。今ヤマメが5匹釣れたとお昼の食事中と電話が有りました。私ももう沢山の準備してくれていた食事を食べてしまった所でした。どうして一人になるとお腹もすいていないのに食べてしまうのでしょうか。そうですよ、ヘルパーさんを呼ぶペンダントも首にかけているのです。梅の花はいい香りがしますね。仄かですが、春の扉を開いてくれるようです。葉ボタンの並んだ所には何かほかの花を植えられるのでしょうか。葉ボタンは何処まで大きく伸びて行くのでしょうか。我が家の葉ボタンで観察です。楽しみです。ラジオでは琵琶湖マラソンが放送されています。碧い琵琶湖が浮かびます、菜の花はまだでしょうか。風を受けて走るのですね。石山寺は梅の花が満開だそうですね。想像しているのは美しくさせてくれるのでしょうか、やはり本物には及ばないのでしょうか。録音図書で、湖北の絹糸作りの話を聞きました、お琴や、三味線の糸にするのだそうです、日本で最高だと有りましたが、本当のお話しのようでした。夕方にはヤマメが幾匹釣れて返ってくる夫でしょうか。一人で居るのも色々楽しみも有るのですよ。そして一番は今日の釣果です。笑顔です。2016年3月6日。    

   白浜の 引き潮残す 桜貝

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題「春を呼んで沈丁花」


春を呼んで沈丁花

(コメント)パステルカラーが恋しい頃に成りました。虫も土から這い出て来たのでしょうか。小鳥達が木の葉の中に入って虫を探しているようです。奈良県では東大寺のお水取りが来たら春が来るのです。関西では春が来る印なのです。もうすぐですね。今日はとても温かでした。もう三寒四温も、温かい日が何日も有って春は本番まじかで、初音ももうすぐでしょう。西のほうでは早い桜も咲いているのでしょう。三月と言えば沈丁花ですね。何方も好きな香りなのでは有りませんか。公園に行ったのです。出迎えられるように甘い香りがするのです。そうです、沈丁花の香りだったのです。包まれながらの散歩です。ジョギングをする人もいます。保育園児でしょうか、保育士さんと子供達が大騒ぎです。可愛い声で挨拶です。桜も咲き始めているようでした。新芽の為でしょうか、切り揃えられている木が花咲く頃を待っているのですね。欅並木も、切り揃えられているようでした。沈丁花の香りが何処からするのか少しのあいだ分かりませんでした。公園全体に埋め尽くしていたからです。やっと探して写真に撮りました。我が家にも香っている沈丁花ですが、公園のはとても大きくて花も沢山のようです。沈丁花はすぐに根を出しますが、植え替えはしては根ずかないようですよ。梅が香って、今度は沈丁花です。少し枝を頂いて水につけて置けば一晩で根が出ますよ。植えてみませんか。春を呼んでくれる沈丁花の香りで一杯包まれませんか。2016年3月5日。

   逆立ちで 歩く人乗せ 春の草

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題「黒いマントの川鵜です」


黒いマントの川鵜です

(コメント)草の花が咲いているようです。春ですね。水も温んで来ました。明るいカラーの洋服に衣替えです。何かうきうきして来ます。きょうはリハビリの日です。此の間は先生は風邪を引いておられたので別の先生が来られたのです。今朝も昨日よりも何度も低い気温でした。上り下りの気温です。今年の冬は手袋を余りはめませんでした。ブーツもかたずけなければいけません。冬鳥も、北帰行を済ませたのでしょうか。この鳥は最近特に増えている川鵜です。鮎釣りをする人には困らせられるのです。色んな対策を練っても人を怖がらないようです。鮎を食べてしまうのです。ペリカンの仲間だそうです。ユーラシア大陸、アフリカ大陸、アジアにも分布していて40種類もいるそうですよ。東京湾にも、湖にも、沼にも住んでいるそうです。冬は、川鵜はとても増えて行くそうです。浅川で見つけたのですが、浅川には、はやと小さな・魚しかいないそうなのです、少しは鮎も放流しているそうですが、何を食べているのでしょうか。主には餌は魚だそうですから浅川ではお腹が一杯に成るのでしょうか。鵜飼の時には可愛そうな気もしますが、真っ黒な体は人の目を引きます。アヒルや、都鳥も仲間なのでしょうか「ガチョウ」程の大きさが有るのです。大きいですね。集まっていたのです。夫婦でしょうか、家族のようです。上をむいたり、右や、左、糞もしているみたいです。よく羽根を広げるそうです。多摩川も鮎を餌に狙って飛び回っているそうです。川に潜り込んで魚を獲るのです、だから嘴は、獲物を逃がさない鉤のように成っているのです。すごい漁師です。視力もいいのでしょうね。浅川にいた川鵜です。この写真は二羽の川鵜が写っています。2016年3月1日 。     

   会いたくて 逢いたくて吹く シャボン玉

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題「偲んで椿」


偲んで椿

(コメント)昨日2月28日の、マラソン日和のなか第10回目を迎えた東京フルマラソンが開催されたのです。今は海外からも多数のランナーが参加するようです。今年はエントリーの倍率は11倍以上だったと聞きます。今までに最高だそうです。風はマラソンには爽やかだった事でしょう。と言いながらも、北の方では雪の便りです。吹雪に、竜巻、雷注意報も出ています。アメリカでは;スーパーチューズデーを迎えるのです。そんな中で寒緋桜の便りです。桃のお節句も来るのです。明るい三月です。黄色い色も目立つ頃に成るのです。もう山吹の花は咲いたのでしょうか。大雪で綺麗な姿を見せてくれなくなった我が家の真っ赤な一重の椿です。この頃に成ると思い出すのです。緑の葉っぱは今も輝いていますが、蕾からは花は記憶のままに成ってしまったのです。でもしっかりと覚えているのです。ラジオで聞いたのですが、中国地方に、藪椿の群集が有るそうです。季節は色んな所に感じさせてくれるのです。思い出の真っ赤な椿は勿論です。川も春の雪解け水を勢いよくして行くのです。三月はヤマメの解禁です。まだ雪の残る渓流です。釣り具屋さんからはパンフレットも届きます。釣り師は渓流の流れの音が聞こえるのでしょう。我が家も釣糸の細工に忙しい夫です。釣りの仲間にも連絡です。心弾む三月です。卒業式ですね。名残雪が降るのです。最近は大学生の女子は袴姿の卒業姿ですね。桜を待って入学式はもうすぐです。真っ赤に綺麗に咲いていた頃の椿です。2016年2月29日。

   雪残る 浅間の山は 国・境

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題「お世話に成ります・水滴くん!」


お世話に成ります・水滴くん!

(コメント)生きて行くのに無くてはならない物には何が有るのでしょう。私達の地球のお母さんの太陽ですね。それから空気でしょう。いざこうして考えると直ぐには思いつかないそれくらい当然に成ってしまっているのです。大事な水ですね。多過ぎると災害にも匹敵してしまいます。朝から晩まで水を必要としない事はありません。江戸時代に人口が増えて行き、水の不足に悩んだ時に多摩川から水路を引く事に成ったのです。「玉川兄弟」を聞いた事は有ると思います。資産を投げ出して今の新宿まで水路を引いたのが土木を受け持っていた兄弟です。完成後に玉川の姓が与えられたのです。羽村市に玉川兄弟の銅像が建てられています。福生市にいた頃には近いので歩いて行ったのです。桜の頃は羽村の関は賑やかに成るのです。多摩川の土手には桜並木です。東京都の水を管理してくれているのは水道局です。キャラクターの;水滴くん;です、水玉ちゃんと仲良しです。下水道のキャラクターは;アースくんです。土管をかぶっているようですよ。水もペットボトルで買う時代に成りました。日本の水は水道の蛇口からそのまま飲める綺麗な水だと言われていましたね。ミネラルウオーターや、様々な有名な水が売られています。災害の時には非常用に備えています。と言うように、水が無く成れば大変なのです。人の体も殆どが水で出来ているのですね。雨が降らなければ食べ物も特に、稲、野菜、こまってしまうのです。花にも水をあげなければ萎れてしまいます。夏は水を飲みましょうと、熱中症でなくなる人も大勢いるのです。さて少し水滴くんの紹介をしましょう。男性、平成23年3月31日生まれ。牡羊座。本籍・雲の上。笠取り山頂上付近。東京都新宿区;現住所。身長・無限大・いつもは80mm。体重・無限大・いつもは・80グラム。子供向けの学習資料として使われています。都民に人気の水道局の水滴くんです。・水玉ちゃん・アースくんも宜しくね。 2016年1月31日。          

   使ってね! 病む身飾って 冬帽子

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題「越冬雀の・大家族」


越冬雀の・大家族

(コメント)今朝は小雨が降っているようです。温かさを感じるのです。雪に成らなくてほっとしています。世界中もお天気が荒れているようです。いよいよ1月も終わり、2月を迎えようとしています。アメリカも大統領選挙のアイオワ州大会です。取材で渡米中の息子です。世界は自然も、人間の世界も何が起こるのか分からないのです。心を静かに委ねるだけです。節分には高尾山に力士が豆蒔きに来るのです。邪気払いです。東京を掛け持ちです、大忙しの豆蒔きです。年男も参加するのです。この時にはぼたん雪がよく降るのです。厄を払ってくれるのを、祈って寒い高尾山に登るのです。羽織り袴姿の力士は又頼もしく見えるのです。昔話の;桃太郎みたいに鬼退治です。そして投げられた豆の入った邪気払いの袋を頂くのです。我が家も福豆も買って来ましたよ。ニコニコお多福さんです。夫と年の数だけ食べられるのでしょうか。昨日誘われて少し考えて勢いをつけて出かける事にしました。浅川です。ビックリです、見つけたのです、雀の集団です。雪の残る場所です。雀の日向ぼっこでしょうか。大家族のようだよと言うのです。数え切れ無いようです。草の向こう側にも居るようでした。餌を探しているのでしょう。空には鵯がピヨピヨ啼いているのです。私は声に耳を澄ますのです。餌は南天か、ピラカンサ、蜜柑でしょうか。節分が来たら、立春です「春遠からじ」です。此の雀達は大家族のようです。それとも幾つもの家族が集まっているのでしょうか。冬だからでしょうか。以前集まっていた雀を写真に撮ろうとしたらバタバタとあ!という間に飛び立ったのです。今日は餌を探していたからでしょうか。夢中だったのでしょうか。寒くて飛立ちにくかったのでしょうか。仲間が大勢いたから心強かったのでしょうか、そんな気がします。寒くても仲間が一緒でいいなあと想うのです。出掛けて来て雀の大家族に会えて笑顔をもらった真冬の散歩道でした。お腹・一杯に成ったかなあ。 2016年1月30日。      

   三味線の 音聞こえ来て 福寿草

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題「震える真冬に・グズマニアで・楽しみませんか」


震える真冬に・グズマニアで・楽しみませんか

(コメント)花屋さんに行けばこの真冬の寒さの中でも色鮮やかな花達が飾っているようです。世界中を美しい花達が飾るのです。この花は「グズマニア」という名前です。四方に広がる葉が美しく特徴なのだそうです。花のように見えるのは「ホウ」のようです。赤や黄色が有るのです。これは黄色のようです。カーテン越しに昼間の温かい陽射しを当ててあげるといいようです。部屋も今は温かいですからね。株分けは葉が6枚に成ったら分けてミズゴケを敷いてあげるのだと聞きました。最近は;博物館でも触れられるように配慮されている所が増えたようです。一般の人にも触れてみて造形物を感じてもらうように成っているようです。視覚障害の人には嬉しいです。でも花は触れてはだめですね。そっと触れるのは許してもらえるでしょうか。香りは勿論胸一杯に吸い込むのです。花屋さんは何かしら良い香りがして来ます。子供達に何に成りたいのと聞くと、花屋さん、保育士さん、ケーキ屋さん、が女の子は多いようです。これは小学生の頃までに憧れるみたいです。でも大人に成っても花屋さんを開いたり、お花の世話をしたり、フラワーアレンジメントの教室に行ったり、ガーデニングは、何方も手軽です。そろそろ二月です。バレンタインデーです。そして・ホワイトデーが来るのです。最近の男性はよく御存じのようですが、女性は花を頂くと本当に嬉しいものです。こんなに綺麗なグズマニアを頂けたら嬉しい筈です。手入れは簡単のようです。お部屋も心も温かくて鮮やかに成ります。今は覚えきれ無い程の花が売られています。花キューピットも充実しています。私は一時、リボンフラワーにこった事が有りました。椿も、スイートピーも、水仙も、薔薇も、何でも作りました。針金でシンにして作るのです。プレゼントにもしましたよ。もしかしたら今も作れるかも知れません。大きく作って挑戦してみたくなりました。ペーパーフラワーも和紙で作ると綺麗です。作りましたよ。お話しをしているあいだにこんなに楽しい事を見つける事が出来ました。夢中に成り過ぎない程度に手探りなら大丈夫そうです。夫には世話をかけますが挑戦したく成りました。グズマニアがドキドキさせてくれました。2016年1月29日。                               

   鵯の 影に飛びつく 子猫かな

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題「可愛すぎるね!ふくら雀」


可愛すぎるね!ふくら雀

(コメント)そろそろ節分を目の前にしています。春ですよ、立春が来るのです。でも明日は又雨か雪に成る予報が出ているのです。大雪に成ったら大変です、まだ雪が残っている所も有るのです。菜園の土も凍て付いて波を打ったように成っているのでしょう。足の指がちぎれそうです。寒い朝です。夜も朝以上に気温も下がるのです。こんな時には寒干しをするのです。蒸して切りそろえた薩摩芋や、大根は甘く成ります。塩をふった魚も、寒干しです。今大根を寒干ししています。北風も役に立てて真冬の味です。今日は温かくて散歩日和です。閉じこもっていた人が外に出てきていたのです。「雪は嫌ね」と挨拶です。お話しも長々するのです、元気にこんにちわと追い越して行く人もいます。ウオーキングのようです。烏も啼いています、黒い嘴なのですね、本当に烏は真っ黒けなのですね。風も吹いていませんでした。日の当たる所はぽかぽかするくらいです。ゆっくりと車いすを進めます。日陰は大急ぎです。梅の花も咲いているようです。そして見つけたのが雀のようです。羽毛を膨らませた;ふくら雀でした。真ん丸の可愛い雀が・1・2・3・4・5匹とまっていると言うのです。今朝の新聞には、梅の花と一緒に;白腹の写真が掲載されていたそうです。餌はミミズとか、小さな昆虫を食べていると書いて有ったそうです。やはりこの真ん丸の可愛いふくら雀も餌は、ミミズと小さな昆虫を探して食べるのでしょう、白腹も雀の仲間だそうです。夜には寒干しが出来る位の寒さです。雀達は集まって体を寄せ合ってもっと羽毛を膨らませて羽毛布団をかぶったようにホカホカで朝を迎えるのでしょう。朝一番にチュンチュンと爽やかな声を聞かせてくれるのです。雀の仲間は沢山いるそうです、その中には;フクラスズメと言う名前の雀もいるそうです、この可愛すぎるフクラスズメは寒さに耐える為に羽毛を膨らませて温かく成っているフクラスズメです。真冬の空に仲良しの雀を見つけた散歩でした。2016年1月28日。                  

   選挙カー うぐいす嬢の 声凍る

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題「元気でいるかな?同期生」


元気でいるかな?同期生

(コメント)今日は陽射しも少なくて体を固くしているのです。温かい飲み物を沢山飲みました。温めるのには体の中からです。こんな時にも、こんな時だからこそ少年達は寒稽古にも余念が無いのでしょう。シニアにも色々なスポーツが出来ているようです。ヨーロッパに比べては高齢化のスピードが速いと聞きました。放送大学で話されていたのです。朝のウオーキングをされている人には大変な時期です。健康に注意されている人が多いです。歩け歩けです。頑張られるなと、感心するばかりの我が家です。気が向くと夫は「歩いてくるね」と出かけます。ずっとスポーツはしていますので今の所は健康です。助かっています。今夜は奈良県では1月第四土曜日の23日です、若草山の山焼きです。同期生と行ったのでした。今は花火も打ち上げられるのですね。若い同期生達と炎を見ていたのです。みんなは炎を見つめて黙っていました、社会人に成って初めての体験のようでした。何かを決心したのでしょう、夢を見たのでしょう、希望も一杯です。寒い体は勇気に燃えていたかも知れません。炎の力は何なのでしょう。バチバチと火がつけられるのです。新芽が出る前に古い枯草や、枯れ木を焼くのです。今も忘れられない音と炎です。古里の無い人は八王子に沢山いるのです。障碍者に力を入れている八王子ですから集まって来る人も多いのです。時有るごとに育った頃を思い出す私ですが、八王子の生活が有るからこそ育った頃が思い出が「宝」と成ったのです。古都で育った事は教科書に出てくる事ばかりです。同期生達はどうしているのでしょう。もうシニアです。元気でいてくれる事を今夜の「若草山の山焼き」に祈るばかりです。覚えていてくれるのでしょうか。誓いと、夢と、希望を。写真はこれから青い実が赤く成るのです。形はグミに似ていて固いようです、これから真っ赤に成るのです。真赤に染まれ、同期生!2016年1月23日  

   三笠山 新芽待ちつつ 山火かな

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題「ホカホカお鍋に・柚子香る」


ホカホカお鍋に・柚子香る

(コメント)冬将軍が暴れます。黒いマントで暴れます。白い美しい雪がお構いなしに降るのです。雪の壁を作るのです。大地を隠してしまうのです。東京に降った雪は人も電車も、自動車も困らせるのです。凍てついた道には雪が氷のように足元を奪うのです。もう友禅流しは済んだのでしょうか。冷たい水です。和紙作りも今が盛りなのでしょうか、卒業の賞状に使う学校が有るそうですね。自分で漉いた和紙で卒業ですね。寒の水がいいのでしょう。寒天は寒中に作ると聞きましたが今も自然に任せて作っているのでしょうか。寒天は色々に使うのです。日本海側の荒海は美味しい魚を育てます。打ちつける波が「波の花」に成って綺麗いだそうです。雪に埋めた野菜は甘く成るそうです。ちり鍋にも、雪鍋にも、水炊きにも、湯豆腐にも、トラフグも、カニも、美味しい季節です。そんな鍋料理にはやはり欠かせ無いのが柚子ですね。自然のいたずらに負けてはいられません。柚子は日本の味なのでしょう。リハビリをする時にはベットは眠くなる程に温かなのですが、陽射しはぐんぐん回るのです。今夜も温かい鍋です。それには柚子の香りがいいですね。ここにのせた写真は柚子の木に実っている柚子の実です。我が家はお漬物が大好きなのです。それに手作りです。我が家の味です。季節に応じて今は、白菜、大根、カブでしょうか。そんな時にも柚子の皮のせんきりを入れるのです、味は満点です。寿司飯にも柚子酢を入れると味を増しますよ。ここのお宅は柚子三昧でいいですね。お風呂にも毎日柚子を入れたらお肌はつるつるですからね。寒波が来て大荒れの日本です。ちぎれるような耳です。手にも息を吹きかけて乗り越えましょう。雪国の根雪が解けるまでには楽しい事をされるのでしょうね。冬のスポーツも盛んです。貴方のお宅のホカホカ鍋は何ですか。 2016年1月23日。

   凍て蝶や 2匹3匹 蝋細工

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題「白い世界」


白い世界

(コメント)きょうは大寒です。八王子はこのシーズン一番の冷え込みに成ったようです。先日降った雪が解け無いままです。外の風が冷たくて雪を解かさないようです。この雪の写真は夫が出かけた時に撮った写真です。自転車好きの夫でも今日は自動車でも危険です。歩いて行ったのです。「転ぶ時は前に向いて転ぶのよ」とおかしな注意を私はするのです。写真を撮るのですから余裕はたっぷりだったのですね。カメラを持って行っているとは思っていませんでした。でも外に出る事が出来ない私に雪の写真のプレゼントだったのです。スキーにスノボーに雪不足だった山は雪がどんどん積もっているようです。積雪情報もしているのです。積雪100メートルとか、氷点下10度とか寒そうです。スキーには一度しか行った事は有りませんが真白な世界は寒さも忘れていたのです。雪山はいいですが、雪が解けかけて又夜に凍ってしまった道路は危険なのです。ツルンつるんと足をとられるのです。今週末にも又寒気が来て雪を降らすみたいです。解けないままに正に寒の底です。昨日は私の誕生日でした。北海道から都内に仕事で来ていた息子は家に帰って来ていたのです。私のプレゼントを持って来てくれたのです。それは素敵な物です。コンサートにも行きたくなりました。お洒落な帽子です。さあ大変でした。北海道は荒れました、飛行機が飛べないかも知れません。雪は大丈夫らしいのですが、強風注意報が出ています、風が吹くと飛べないそうなのです。でも今はパソコンで調べたりさっさと出来るのですね。新宿からのリムジンバスで羽田までです。何時間もしないままにちとせから、無事に到着との電話有りでした。美しい雪は今日も溶けそうに有りません。一晩に積もった雪にビックリでした。お隣の町は山に成っているのです。雪が多く積もったようです。リハビリも、御休みだったそうです。居ながらにしての「白い雪景色」をぽかぽか日向で楽しむ私です。 2016年1月21日。

   ガラス越し 九輪小桜 伏し目がち

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題「雪が降る」


雪が降る

(コメント)初雪が積もりました。新塾ではもう雨に成っているようです。昨夜からラジオでは交通情報で雪で電車や、道路が停止されている情報が流されていたのです。朝は雪が積もっているよと聞きました。雪っていいですね。触れてみたいと思うのです。どれ位積もっているのと聞くのです。20センチ近くは積もっているようでした。白い世界なのです。昨日は温かくて夫と散歩に行きました。何時もの山茶花の咲く場所です。温かかったですよ。手入れをされている方がおられたので「写真に撮らせて下さいね」と言います。ご存知でしたか、赤い山茶花は葉っぱも赤っぽいのだそうです、白い山茶花とは葉っぱの色が違っているのだそうですよ。この雪のような真白の山茶花の葉っぱは白っぽいのでしょうか。久しぶりに夫との散歩だったのです。車椅子をぐんぐん押すのです、もっとゆっくり押してねと言いますがお構いなしです。それは買い物の予定が有ったからなのです。もう山茶花が散ってしまってはと大急ぎです。椿の季節なのですからね。我が家の椿は大雪の降った時から綺麗に花が開かなく成ったのです、真っ赤な一重の大きな椿でした。今度椿の実が落ちたら盆栽にしてみたいと想っているのです。楽しみです。ピンクの乙女椿も有るのです、もう開いているかも知れません。今日の雪を乗せて綺麗でしょう。大きな白い山茶花でした。蕾も有ったようです。ふわふわの大きなヌクヌクの山茶花です。赤と白が隣り合わせに植えられているのです。又ラジオでは甲州街道を雪を屋ねに乗せた自動車が走って行くようだとニュースです。屋根からバタンと雪が落ちてフロントガラスを隠してしまうのです、危ないようです。寒くても子供達はやはり雪が好きなのでしょう。雪合戦をしているのでしょうか、雪だるまも作れそうです。校庭に沢山の雪だるまが並んでいるのかも知れませんね。色んな顔や、形や、大きさの雪だるまを作るのに手袋も濡れてしまうのです。楽しいですね。雪のような真白な山茶花を昨日触れて来て写真に撮って来て良かったです。雪で益々真白な山茶花は雪をカブっているのでしょうか。2016年1月18日。               

   豆餅の 噛み心地良し 寒を噛む

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題「誰もいない真冬の公園」


誰もいない真冬の公園

(コメント)本格的に寒い朝が明けるのです。今朝は霜が張っていて菜園の大根も、小松菜も、ほうれん草も、みんな氷細工のようだと言うのです。新聞配達のバイクの音は3時くらいに聞こえるのです。今朝はピラカンサの実を啄む鵯の可愛い写真と、伊豆大島の椿祭りの写真と、しそ科の霜柱の花の写真が掲載されていたようです。霜柱の花は朝早くで無ければ見る事は出来ませんね。初場所も、選抜高校野球も話題です。選抜と聞けば我が家の枝垂れ梅が大きく花を付けるのです。昨年から温かかったので大きな大きな花が咲くのでしょうか。18歳から選挙権も与えられたのです、就職に、大学に引っ越しも忙しいでしょうけれど大切な1票です、若い新鮮な考えで必ず投票しましょう。悲しい話題も新聞を踊るのです。マフラーに、ダウンジャケット、ヌクヌクズボン、ブーツの重装備で散歩です。一人暮らしの御婆さんとお話をします。マンションの陰に覆われて寒菊が咲いているのです。ドライフラワーみたいでした、触れました。ヘルパーさんは花が殆ど無いわねと言うのです。いつもの公園に行く事にしたのです。温かでした。公園には誰も姿が見当たらないようなのです。犬の散歩もです、お母さんと乳母車もです。日向ぼこには具合は良さそうです。お正月はヘルパーさんは三が日だけが御休みだったそうです、でもその三が日には介護を受けている人はショウトステーに預かってもらうそうです。私は何故か哀しく成りました。折角のお正月なのに。元気な家族は何処かに出かけたのでしょうか。葉っぱを落とした木は枝を生き生きと踊らせている影が映っているわと教えられるのです。遊具は余り有りませんが、ここに滑車のロープでしょうか、冷たいのでしょうか、霜は解けているようです。置きざられた誰もいない真冬の公園は声も聞こえません。温かいのに誰も閉じこもって公園を忘れているのです。木枯しも、北風も吹いていませんでした。真冬の公園はヘルパーサンと私に優しい公園でした。 2016年1月17日。                       

   寒風に 老婆いちいち 耳遠し

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題「挿絵は・菜の花!寒中お見舞い」


挿絵は・菜の花!寒中お見舞い

(コメント)節分までの行事の多さには驚く程です。元旦も綺麗な雲に朝日が光って明けました。初夢、初風呂、最近は銭湯も工夫をして楽しまれているようです。高尾山の場所にも、温泉が出て楽しめるそうです。除夜の鐘を聞きながら大晦日にゆっくりとお風呂に入るのです。七草も終わり、年が明けて初笑いは落語の「初天神」でした。毎月25日ですね。そして鏡開きです。甘いおぜんざいには息子の小さな頃の思い出が蘇ります。大きな鍋にお餅もべたべたです。15日にはどんど焼き焼きも諏訪神社に奉納されている書き初めも、お飾りも焼かれるのです。私は人ごみにはもう出て行く事も少し引っ込み思案に成りました。初詣にも最近は行く事も無くなりました。そうでした6日には見事な技で出初式ですあの梯子の技はいつから有るのでしょう。私の町の青年団の赤い消防車の出初式も有ったのでしょう。まだまだ神社には初詣の人が参拝のようです。節分までつずくのです。府中の、歴史有る「大国魂神社」の神主さんが、ラジオで言われていました。高崎のだるま市には今年は猿のどんな姿のだるまを並べていたのでしょうか。七転び八起きです。年が変わっただけなのに何か新しく皆が変わった気がするのは不思議です。どんな年に成るのか少しワクワクします。思いつくままです。音もざわめきも、においも、どんど焼きの感動も、映像も蘇るのです。もう菜の花が咲いていたのです。晩秋にも咲いていたと聞きましたが、実際に咲いているよと言われたのにはびっくりです。この菜の花は1月3日に写真に撮りました。寒が明けるまでには氷も張るのです。今朝氷が張っていたと夫の声です。東京にも初雪が舞ったようです、八王子は霜が降りて真白な風景に成っていたようです。寒波が来ているようです。大雪に、雷、日本海側は厳しい冬です。八王子も氷点下に成るのです。菜の花を添えて寒中お見舞いです。北風に向かって真冬の中の小さな春を見つけに出かけます。菜の花が呼んでいます。今日はヘルパーさんが来るのです。北風に耐える菜の花を見つけに行って来ます。 2016年1月14日。          

   生姜湯や 朝1番の 喉仏

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題「蜜柑色の街」


蜜柑色の街

(コメント)年が明けて初霜が降りたと都内では言っています。八王子は少し寒いのでしょう、もう二回程は霜が降りたのです。でも温かい冬です。初売りも済んで街も賑やかに成りました。福袋が付いていたそうです、いつも行くスーパーです。これからも行事が目白押しです。初恵比寿、そして成人式です、三連休の後には寒気がやって来ると言っています。今日も風も少なく散歩には持って来いです。シルバーカラーのダウンジャケットを着ました。ボアのブーツとオニューなのです。黒い影の中は寒いようです。朝は7時頃に成らなければ日の出が来ない東京です、夕暮れも四時半過ぎには日没です。早くから戸締りをする音がするのです。でも日中は温かくて回る陽射しを求めて、きっと猫は日向を見つけて居眠り何かしていそうです。蜜柑は柑橘類でなかなか実りにくいと聞いていましたが、私の街は蜜柑色なのです。お隣にも植えておられるのです。庭に実の成る木を植えるのは楽しいですね。蜜柑は美味しくて、ビタミンタップリです。風邪予防にも成りますね。木に実っているのはもいできては新鮮な蜜柑を食べるのでしょう。小鳥と一緒に食べるのでしょうか、冬鳥も私の街の蜜柑色に誘われてやって来ているのでしょうか。これは小さな小さな蜜柑のようです。可愛いいので、写真に撮らせてもらおうと夫が言って撮らせてもらった蜜柑です。夏ミカンのような大きな蜜柑も有るそうです。蜜柑色は大好きです。新成人に、冬晴れの街に蜜柑色が似会います。晴れ着に身を包んで成人式です。蜜柑色の街八王子は新しくなった会館で、初々しい二十歳の若者が親御さんに祝われて二十歳です。参加しない人もいるでしょう、でも貴方も二十歳です。蜜柑色の二十歳です。八王子は二十歳の皆を応援しています。蜜柑色の明るい街です。この蜜柑は私の小さな、手では包めないのでしょう、夫の手の中にすっぽりと入る小さな小さな蜜柑なのでしょう。2016年1月10日。           

   だいこ引く 1本引いて 空仰ぐ

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題「七つの水仙」


七つの水仙

(コメント)寒に入りました。暫くは冬将軍の出番です。今年の冬は温かいとは言いますが寒さに弱い私は春が待ち遠しいのです。梅の花が咲いた東京です。京都の北野天満宮の梅の花も見ごろのようです。東北も、北陸も、北海道は勿論暖冬とは言え冬の中に閉じ込められるのでしょう。でも冬の中に水仙の花を見つけたのです。水仙は3月頃には咲くのですがやはり早いようです。花カレンダーでは1月の花に成っているのも有るようです。これはラッパ水仙のようです。60年代のホークソングのブラザースホーの;七つの水仙を想い出すのです。日本でもみんなコピーをして歌ったりしました。私もホークギターを抱いて、ポロンポロン引いたのです。七つの水仙は完璧に引けたかどうか忘れましたが、ブラザースホーは大ファンでした。未だに、ピーターポール&マリーとホークソングでは愛好されているのでは無いでしょうか。又アナログに戻って行っているようです。プレーヤーの復活です。ドーナッツ版をご存じですか。レコードは無く成りませんでしたが「デジタル」に飽きて来た人も増えて来ているそうです。私も何枚もレコードはまだ持っています。例に漏れずにプレーヤーも楽しんだのです。オーデオもレコードプレーヤーをバンバン響かせたのです。明るい今年のお正月には、黄色い水仙も又似合います。香りのいい日本水仙が好きです、生け花にも欠かせません。これは三日に撮ったラッパ水仙です。風も無く穏やかな庭でした。逞しく仲間を増やして行く、ラッパ水仙も年の初めに明るい黄色い色で照らしてくれそうでいいですね。黄色い色は春を呼ぶ私の好きな色です。連翹も咲きます。黄色です、そして山吹が咲くのです。春を呼ぶ黄色いラッパ水仙はラッパを吹き吹き春を呼ぶのでしょう。そんな気がする懐かしいホークソングの「七つの水仙」で華道の初稽古には生けて見たい花です。明るい今年に、先生と生徒達が挨拶です。もう花切ばさみは握れなくなりましたが、水仙が明るいお正月をくれたのです。2016年1月7日。     

   数え歌 吾をぬくめて 母子草

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題「冬の・ススキ」


冬の・ススキ

(コメント)千葉県の房総半島のお花畑の写真と、河津桜の写真が、新聞に掲載されているようです。新年を迎えて本当におだやかな、温かい日がつずいています。世界もこのように穏やかだったらいいのですが、ラジオのニュースはつらい話を伝えるのです。FMからは弾む音楽が聞こえます。仕事も始まりました。大きなガラス窓から差し込む陽射しに私はうとうと眠く成るのです。夫はコーヒータイムです、私はカフェインが飲んではいけないので香りだけで楽しみ、人参ジュースを飲むのです。初夢は見ませんでした。宝船に乗っていたらいいですが、夢はいつも覚えていないのです。元旦の空には雲に朝日が光っていたと夫が言いました。綺麗でしょうね。そうでした私は今年は日記を音声パソコンで書く事にしたのですが、どうしてか三日坊主に成るのです。一日書き忘れるともう諦めてしまうのです。日記帳を準備してもいつもそうでした。今の所は書けていますから、先ずはこの1か月が目標です。車椅子で上半身だけでも、ラジオ体操もしたいのですがこれはなかなかです。これも目標です。今日からリハビリも始まりました。おめでとうございますと先生も元気です。リフレッシュして古里の香りに包まれて又新しい年の開始です。受験生はこの冬は温かくて良かったですね。お母さんの夜食は一生、心に残る事でしょう。志望校の志望学部に入るのはなかなか大変です。でも夢が有るから頑張れますね。梅の花が咲いたと便りも届きます。私の家の近所にも、1月とは思えない風景を見つけたのです。青い空とススキです。冬の青空に、ススキの穂が風が吹くとふわふわ飛んで行きそうだそうです。まだススキが冬の青空に映えて今にも穂を散らすかのように咲いているようです。花が咲いたようだと夫が弾みます。霜にも打たれずに咲いているのです。初めて知ったお正月の風景です。ススキが冬の青空に美しく咲いているよと夫がお正月の第一声でした。今にも風に散って行きそうだと言うのです。風に乗って雪が舞うようみ、綺麗に穂を散らすのでしょうか。風風吹くな!冬のススキです。 2016年1月5日。              

   冬の川 細くして行く 田舎町

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題「謹賀新年」


謹賀新年

(コメント)2016年が輝かしく明けました。夕刻から八坂神社に初詣の人達が私の家の前を行く足音や声が聞こえるのです。年越しそばを頂いてから久しぶりに帰ってきている息子と三人で話が弾むのです。昨日帰って来た息子の土産はケーキでした。いつものお楽しみです。食事の前に食べてお腹は一杯に成りました。いよいよ大晦日です。この南天は30日に久しぶりに夫と散歩に出かけた時に撮ったのです。静かでした。子供達も声も聞こえないのです。ゆっくりと風も無く温かい道を行くのです。大きな影も有るようです、車椅子を早く走らせるのです、もう少しゆっくりおしてねと言います。寒い影を抜けると温かい陽射しです。そんな事の繰り返しなのです。もう;蝋梅が咲いているそうですよ。何十年も前には、青梅の御岳山にも登りました。ケーブルカーなのです。御岳神社が有るのです。桜も、紅葉も綺麗です。勿論高尾山にも登ったのです。富士山が見えるのです。ダイアモンド富士とかいうのですか。今年も登っていい場所を確保して朝日を見た人も多いのでしょう。今日はもう二日です。昨日は;お正月五膳を頂きに行ったのです。1月の花の水仙も咲いていたようです。やはり暖冬なのでしょうか。里帰りをした人ももう帰りの渋滞の中でしょうか。海外に行った人も一息入れて又勉強に、仕事に頑張れますね。この南天は、真ん丸で無くてとんがっているのだそうです。変わっていますね。鳥に食べられてしまった南天があちこちにあるそうです。我が家の万両も小鳥の餌に成りましたが、今年は餌が残っているようです。餌台を作って小鳥を呼んで楽しんでおられるお宅も有るようです。向日葵のタネがいいみたいです。蜜柑を置いたり、色んな鳥が来ていいですね。南天は;難をてんじると言いますね。年の初めに真赤な南天です。何かみんなにいい事が有ればいいですね。次々に行事が有るのです。1月は行く年と言います。結局は今年の目標は見つからずの正月を明けてしまいましたが、何か今年は見つけて少しずつ歩んで行こうと思っています。皆さんにもこの可愛い、とんがり南天を捧げます。 2016年1月2日。       

   やっとこさ 凧凧上がれ 風よ吹け

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25.11.13